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BOY'S AUTOBIOGRAPHY  作者: 岳元らいと
10/25

10 丸内 泰邦⑩

 ツカサくんは少しだけ息を吐いてから、話し始めた。

 その顔は、何故か申し訳なさそうだった。何でだろう。


「ともの奴が急に勉強に身を入れだしたの、いつからか覚えてるか?」

「ええと……確か、去年の運動会のあと、だったと思う」


 うん。そうだ。

 去年、といっても今年度中……五年生の秋頃からだ。

 そうだった。

 運動会のあと、そのあとから急にともが勉強に身を入れだしたんだ。


「ああ。運動会の時のこと覚えて……いや、当事者なんだから忘れるわけもねーか。あの時のことがあってから、ともは変わろうとし始めたんだ」


 あの時のこと。

 話したっけ? ああ、詳しくは話していないけれど、少し触れたのか。

 さっき、ぼくがともの前で寂しさのあまり大泣きしてしまったっていう事件のことを話したよね。あれのことをツカサくんは言っているんだ。

 詳しくはまた話すかもしれないけれど、あのことを知っているのはぼくとともを除けばツカサくんと黒須くんだけだ。


 ……そうか。あのあとだったっけ。


「ねえ、何でツカサくんがそんなことを知ってるの?」


 確かにツカサくんはあのことを知ってはいるけれど、ともがそこから変わり始めたなんてほとんどの人が気づいていないと思う。

 変わり始めた時期だってそこまであからさまに変わったわけではないし、大きく変わったと思わされたのはつい最近なんだ。

 ぼくは少しずつ気づいてはいたんだけれど、他の人が気づいているとはとても思えなかったんだ。

 ともはそれくらい、コツコツと努力を重ねてきていたんだ。

 だからこそ、ツカサくんが最近気づいたのではなく、変わり始めようとしていた時期を知っていたことが不思議でならない。

 そんなことを考えていたら、無意識に訊いてしまっていた。


「そりゃ簡単なことだよ。あいつから勉強教えてくれって言ってきたんだから」

「えっ、ともから?」


 とても意外だ。

 ぼくには最近そういうことを言い始めたのに、ツカサくんにはその前から言っていたのか。


「ああ。あのことがあったあと、ほら、みんなで記念撮影しただろ? あの時に言われたんだよ」


 記念撮影の時に……?


 あ、その記念撮影というのは、ぼくが一人ではないとともから教えてもらった時のことなんだ。

 ぼくにはともがいてくれて、ツカサくんや黒須くんのような友達がいてくれることを、ともが教えてくれた。

 みんなというのは、とも・ツカサくん・黒須くんの三人を除くと、松戸(まつど)瑞樹(みずき)くん、洲江(すのえ)千晴(ちはる)くん(ちーくん)、権田(ごんだ)(しゅん)くん、藤原(ふじわら)寛平(かんぺい)くん、緑山(みどりやま)史貴(ふみたか)くん(シキくん)、榛原(はいばら)結斗(ゆいと)くんのことだ。

 また今度紹介しよう。

 そういえば、あの時みんなを集めてくれたのはともだったんだ。

 その時にツカサくんに話していたなんて、知らなかった。

 隠しているようにも見えなかったし。

 ふーん、ともの本気をまた知ったって感じだ。


「俺も最初は冗談かと思ったけどな。真面目な顔して冗談言う奴じゃねーのも知ってる。だから、あいつに訊いたんだ。何で突然勉強にやる気を出したんだってな」


 うん。

 それは当然、ぼくも気になるところだ。

 だからさっきともに訊こうとしたんだ。タイミングを間違ったようで聞き逃してしまったけれど。


「そしたら、『やすの傍にずっといたい。やすの役に立ちたいから』だとさ」


 ぼくの、傍に、ずっと……?

 それに、ぼくの役に……?


「俺も最初は驚いた。けど、まあ、お前らのこと見てたら分かった」

「……知ってたんだね」

「他の奴らは気づいてねぇだろーがな」


 はは、さすがはツカサくんってところかな。


 けれど、ともの考えは分かった。

 そうか。

 ともの奴、そんなことを言っていたのか。


「やすも、とも(アイツ)のことを思って、今回協力したんだろ?」

「うん。……ぼくはね、こんな自分でも好きになってくれる人がいることを、ともから教えてもらったんだ」


 だから、とものためにできることなら何でもしてやる。

 ともが望むのならば、どんなことにだって立ち向かってやる。

 それが例え、犯罪だったとしても、ぼくだけが罪に問われるのであればそれでいい。

 ともにさえ何も起こらないのなら、ぼくに何が起きようと構わない。

 ぼくがともを守る。

 ぼくがともを支える。

 ぼくが……。


「それだよ」


 ……えっ?


「そこが空回ってるって言ってんだよ。つーか、はっきり言って重い。お前どんだけとものために自分殺す気だよ……」


 そんなこと言われたってなぁ……もう決めてしまったことだし、覚悟もしているし。


「自分はどうなんだ」


 じ、ぶん……?


「ともが聞いたら、絶対そう言うぞ。『おれのために、やすはどうなってもいいの?』って」


 ともなら、……確かにそう言うな。

 自分のことを想ってくれているのは嬉しいけれど、ぼく自身のこともちゃんと考えろ。ぼく自身が自分自身を大切にしないでどうするんだ。

 ともならこれくらいは文句を言ってくるかな。


 ……とものことを考えるあまり、本質的なことを見失っていたのか。


「お前がいなくなったら、それこそ意味がねーよ。ともだけじゃねぇ、俺や恭哉だってお前がいなくなったらやるせねぇ気持ちになるわ」


 ツカサくん、それ以上は言わないで。


「だからこそ、一番酷く空回りしてるやすを放っとけねーんだよ」


 それ以上聞いたら、それ以上言われたら、……我慢できなくなる。


「いつまでもズレたこと言ってっと、ぶん殴ってやるからなっ。ともだって同じこと言うと思うぜ」


 ぼくは、根は泣き虫なんだ……。

 だから、そんなに、嬉しいことを言うのは、やめてほしい。


 ぼくは、……まだ必要とされる資格が、あるのだろうか。



 数分経った頃だろうか。

 上の階の教室の扉が閉まる音が聞こえてきた。


「やすっ、お待たせっ」


 どうやら、ともと黒須くんは目的を果たしたようだ。

 ともの脇には何冊かの教科書が抱えられている。

 ともが嬉しそうな顔をしながら下りてきたのを確認すると、階段に腰かけていたぼくとツカサくんは立ち上がって、辺りに再度注意を払い始めた。

 ツカサくんと二人で話している時にも、辺りの様子には注意を払っていた。

 警備員さんはこちら側(三号館)の校舎には来なかった。

 まだ一号館や二号館のほうを見ているのかもしれないけれど、そんなことは気にしないで早々に学校から脱出するのがいいだろう。


「オイ」


 ともの背後から声が聞こえたのでそちらに顔を向けると、黒須くんがいつも通りの怠そうな、かったるそうな顔をしながら下りてきた。

 首に手を当てているということは、少しマズい状況ということかな。


「警備員がこっちに向かってる」


 それはマズい。


「今、渡り廊下を通ってるのが見えた。ずらかるぞ」


 三号館と二号館は二階、つまり今ぼくたちがいる階が渡り廊下で繋がっている。

 その渡り廊下の途中には階段があって、実は二号館と三号館の間には給食室があって、給食を取りに行く時はその階段を使用する。

 渡り廊下は、実は三号館の三階と四階のある特定の位置からある程度見下ろすことができる。

 たぶん、黒須くんはそこから警備員さんの様子を窺っていたんだ。


 と、いうことは、さっさと窓から出て……いや、どこかに隠れないといけないか。


 ……ん? 靴の音だ。


「足音だ。上行くぞ」


 警備員さんのものと思われる足音が鮮明に聞こえてくる少し前、黒須くんがぼくたち三人に向けてジェスチャーをまじえて短く言い放ったのを聞いて、ぼくたちは各々頷き、黒須くんについて三階……へは向かわず、二階と三階の間にある踊り場で様子を窺うことにした。

 ちなみに今の黒須くんの指示は、『警備員の足音だ。何階から見回りを始めるか分からないから、とりあえず踊り場で様子を窺うために上に行くぞ』という意味が込められていた。

 深読みしすぎだと思われるかもしれないけれど、ジェスチャーもまじえていたので大体合っていると思う。


「ツカサくん。さっきの話」

「分ぁってるよ」


 警備員さんの足音と懐中電灯の灯りに気を張りながら、ぼくたち二人にしか聞こえないくらいの小さな声でツカサくんに話しかけると、少しこちらに顔を向けるとにっと笑って返してくれた。


「……行ったな。こっちは終わってたのか、それとも一階から始めるのか」


 ツカサくんが息を吐きながら言うのを、ぼくたちは静かに聞いていた。


「どっちにしろ、さっさと脱出だ」


 そして、ツカサくんが続けて言ったことに頷くと、ぼくたちは誰からともなく侵入してきた窓のほうへと足音を立てずに向かった。


「やす」

「あとで聞くよ」


 ともが何か言いたげにしているけれど、後回しにしてもらう。


 さぁ、帰ろう。

 ぼくたちの、各々の居場所へ。




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