1 丸内 泰邦①
久しぶりの投稿です。
よろしくお願い致します。
大切な誰かのために、何かを犠牲にすることは、悪いことだろうか。
そう考えることが、最近増えた。
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賑やかな雰囲気の教室がすっと静まり返る。
さっきまで騒いでいたのに、こういう時になるとすぐ静かになる。
まあ、分からないこともないけれど。
金曜日だもんね。はやく帰って遊びたいよね。
ちなみに今は帰りの会の時間。
男子はみんな余計なこと言うなよという空気だ。女子も少しそわそわしている気がする。
あ、女子の一人が手を挙げた。
どうやら、昼休みの掃除の時間に教室担当の男子数人がサボって遊んでいたことを報告したみたいだ。
周りの男子、サボっていたと名前が挙がった子たちがぶーぶーと文句を言っている。
いや、文句とか言うくらいなら、こんなところで報告されるようなことしなければいいのに。特にサボっていたのなんて自分たちが悪いのに。
まあ、そんなこと口にしたら面倒臭いことになるから言わないけれどね。
あーあー、熱くなっちゃって……早く帰りたかったんじゃなかったのかなぁ。
時間は……うーん、あっちはもう終わったかなぁ?
「はーい、じゃあ日直さん挨拶して」
あ、終わったみたいだね。
起立して、礼、さようなら。
さて、教室を出て、隣の五年一組に向かわなきゃ。
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二組の教室を出てすぐ右折すると一組の教室がある。
ん……まだ帰りの会が長引いているみたいだ。
廊下の、一組の教室前の壁に背中をつけて待つことにする。ランドセルは前に抱えてっと。
帰りの会が終わった二組の教室からはもうほとんどの子たちが出ていったみたい。まだ何人かは残っているみたいだけれど。
あ、そうだ。
この一組の教室を右手に見ながら歩いていくと階段があって、その階段を下りずに越えると音楽室があるんだ。五年生の間は音楽室に行くのがとても楽だったのは言わずもがな。
階段とは反対側、つまり二組の教室を出て左折して三組の教室前を通っていくと非常階段がある。
五年生(全部で三組ある)の教室は三階にあって、一階には家庭科調理室と保健室、あと五、六年生の下駄箱。二階には職員室と校長室、それと理科室と理科準備室。で、四階は六年生の教室と多目的室。といった感じになっている。
この校舎は四階までで、他の学年……つまり一年生から四年生は別校舎になる。
その別校舎の先に体育館があるんだけれど、まあ遠いんだよね。体育の時、下手したら遅刻する子もいるんだよ。プールはそのまた先……ああ、でもこっちは校舎から出て運動場を真っ直ぐ突き進んでいったらいいだけだから楽かな。
おっと、どうでもいい話をしていないで自己紹介しないとだったね。
ぼくの名前は、丸内 泰邦。小学五年生、十一歳。
これといって特徴はないと思うけれど、強いて言うなら五年生の三月なのに年齢に合わない背の小ささかな。あと、きのこ頭というかおかっぱみたいな髪型も特徴といえば特徴か。
簡単に言えば、見た目がすごく幼く見えるということ。
周りのみんなからマスコットみたいに扱われることが多いのは、あんまり言うことでもないか。言ってしまったついでだから、まあこれも言っておこう。マスコットみたいに扱われるのはやっぱりあんまり好きになれない。ぼくだって男として生まれてきたんだもん。
「やすくん」
「どうしたの? 山内さん」
ちなみに、一部の例外は除いて、みんなぼくのことを呼ぶ時は名前から取って「やす」と呼ぶ。
一部の例外というのは、先生方と数人の友達のこと。
先生方はまあ、別にいいよね。数人の友達っていうのは、……そのうち話すと思う。
話しかけてきたのは同じクラスの女子、山内さん。
清水さんや森さんと残っているのを教室を出る時に見たから、今から帰るのかな。
二組や三組からだと一組の教室前を必ず通るから、まあ何の不思議もないよね。
「この前教えてくれた本、図書室で読んだよ」
ああ、そのことか。
そういえば、山内さんとは理科で同じ班だからこの前の理科室で行われた授業の時間に好きな本の話になったんだっけ。
その時に話した本を読んだよって話だね。
ふーん、図書室にあったのか。ぼくは自分で買って持っているから気にしたことなかったなぁ。
今度図書室に行って色々本探してみようかな。
「そうなんだ。面白かった?」
「うん! やすくんが言ってたシーンとってもよかった!」
うん、あのシーンは何度も読み返したくらいぼくも結構お気に入りなんだよね。元々好きな作家さんなんだけれど、その人の特徴的な書き方が全面に出ていてかなり好きだなぁと思ったんだ。
ああ、そうだ、明日同じ人の新しい小説が出るんだった。買いに行かなきゃ。
売り切れていたり、入荷していなかったりしたらどうしようかな……近くの本屋さんになければ、駅のほうのショッピングモール内にある本屋さんに行ってみればいいか。
「じゃあ、また月曜日ね!」
「うん。またね」
少し話をして、山内さんは一度教室に入ったかと思うと、清水さんと森さんを伴って三人ともぼくに手を振ってから帰っていった。
「おーい! やすぅー!」
三人を見送ってふぅっと一息ついたところで名前を呼ばれた。
今度の声は男子のもの。階段を駆け上がってきたらしい。
「谷口くん。もう帰ったんじゃなかったの?」
「ああ、帰、ろうとしたんだけど、伝え、忘れたことが、あって」
息が上がっている。
そんなに急ぐ用事だったのかな?
あ、谷口くんも同じクラスの子だよ。さっき天野くんたちと帰ったのを見たんだけど、近くにはいないな。下で待っているのかな?
「とりあえず落ち着いて」
ちゃんと話は聞くし、息を整えてもらおう。
そうそう、深呼吸して……うん、落ち着いたみたいだね。
「実はさ、今度一組とサッカーの試合することになったんだよ。んで、やすにも来てほしいんだ」
うん?
あ、体育の話ではないみたいだ。
また揉めたのかな? それとも親睦を深めようとか? ……今さらそれはないか。
まあ、サッカーができるんだったら何でもいいんだけれどね。
「いいよ」
「マジ!? うわぁ、さんきゅー助かるわぁっ。やすがいれば絶対何とかなるぜっ」
喜んでくれるのはいいけれど、そんなに期待されても困るんだよな……。
というか、本当にどうしてサッカーの試合をするんだろう。理由を訊いてもいいけれど、そこまで興味もないしな。訊かないでおこう。
あ、日時と場所を訊いておかないと。
「え? あ、ああ、そうだった。来週の月曜の放課後、場所は運動場だ」
「帰りの会が終わったらすぐってことだね」
「おう。よろしく頼むわ」
「忘れるといけないから、あとで連絡くれると嬉しいんだけど」
「おっけ。んじゃあとでメッセージ送っとくわ」
「うん。ありがとう」
「んじゃ、また月曜なっ」
谷口くんが階段を何段かとばして下りていくのを見送ってから、一組の教室のほうをぼーっと眺める。
んー、中で何を話しているのか何となく聴き取れそうなんだけれど……やめた。もう少し待ってみよう。
「ヤス」
そんなことを考えていたら、横から声をかけられた。
また男子の声だ。
今度のは、普段からよく話す子のものだから、すぐに誰だか分かった。
「やあ黒須くん」
この子は、黒須 恭哉くん。
よく話すし、遊ぶこともあるし、携帯での連絡もよく取り合う仲が良い友達のうちの一人なんだ。
五年生になった時に転校してきた子で、同じ五年二組。
見た目は、つり目だし髪型もちょっと不良っぽくて怖そうだし、喋り方も少し問題があるけれど本当はいい子なんだよ。見た目は怖そうだけれど。
だから、転校してきた当初はほとんどの子が近寄ろうとしなかったんだよねぇ……。
ぼく? ぼくはそういうのは気にしないかな。
というか、実はクラスの誰よりも最初に話しかけてきたのは黒須くんのほうだったんだよ。
驚かなかったわけじゃないけれど、ぼくも話しかけてみたかったのが本音だったから嬉しかったことを覚えている。
さっきまで教室の机に突っ伏して寝ていたはずだ。
少し眠そうな顔をしているから、今起きて帰るところだな。
「まだ帰ってなかったのか」
大きなあくび。
かったるそうな目をしているなぁ。
口振りは素っ気ない感じだけれど、よーく目を見てみると案外気にしてくれていることが分かる。本当によーく見ないと分からないから、普通だったら素っ気ない反応で返されたって誤解されてしまう。
「いつも通りだよ」
「ああ、紀井を待ってんのか」
「うん」
しばらく黒須くんが話し相手になってくれるみたい。ありがたいことだ。
一組の帰りの会、妙に長いなぁ。今日は特に連絡事項はなかったはずだけれど……。
それともクラス内で何かあったのかな?