第四十七話「闘技場での授業」
〈闘技場〉
円形で背の高い石の建物の中に入ると、ザラザラした砂が敷かれていた。
ただ広いだけで何も無い空間を見下ろす様に観客席が設置されている。
本当に魔法を練習するだけの空間の様だ。
信じられない事に、クラッセン先生は戦闘能力試験の際、この闘技場を杖一振りで廃村の様な空間に作り変えた。
Aランクの魔術師の実力は計り知れないな……。
「皆さん。お待たせしました! 実戦魔法の授業を始めます! 今日は皆さんにゴブリン退治をして頂こうと思います!」
ゴブリン退治?
ゴブリンなんてどこにも居ないのだが……。
「ザラスの町から馬車で一時間程進んだ場所にゴブリンの群れが現れ、田畑を荒らしているとの情報が入りました。今朝、私が実際に出向いてゴブリンの巣に結界の魔法を仕掛けて置きました。これから、結界の魔法の中に入ったゴブリン達をこの空間に召喚しようと思います」
クラッセン先生が生徒達を見つめながらそう言うと、生徒達は緊張した面持ちで杖を握りしめた。
「魔獣クラスのゴブリン、それから火属性の魔法を使用するファイアゴブリンが私の結界の中に入っています。皆さんは力を合わせてゴブリンを討伐して下さい! それでは授業開始!」
先生が叫んだ瞬間、闘技場の中には無数のゴブリンの群れが湧いた。
突如、闘技場に召喚されたゴブリン達は、しばらく辺りを見渡していたが、俺達の姿を睨みつけながら武器を構えた。
ショートソードやアックス、スピア等の武器を装備し、立派な防具を身に纏っている。
五十人居る生徒の中の半数以上は、ゴブリンの姿を見た瞬間、後退した。
中には恐怖のあまり座り込む者も居る。
魔法学校の生徒って本当に戦い慣れていないんだな……。
「リーシア、シルヴィア。しばらく様子を見よう。クラスメイトの戦い方を知りたい」
一番最初に敵陣に切り込んだのはルルだった。
レイピアに雷のエンチャントを掛け、次々とゴブリンを切り刻んでいる。
ルルに続いてカイが走り出した。
敵のゴブリンは全部で七十体程だろうか。
流石に二人では数が多すぎる。
カイは得意の地属性魔法を駆使して、小さなゴーレムを作り上げた。
ゴーレムはカイを守るようにゴブリンの総攻撃を受けている。
石で作られているゴーレムにはゴブリンの攻撃はほとんど効いていない。
他の生徒達は、ルルとカイを援護するように後方から杖を構えて魔法を唱えている。
あくまでもルルとカイに前衛を任せて、安全な場所から魔法を使おうというのか……。
すると、一人の黒髪の少女が剣を抜いてルルのサポートを始めた。
剣には強い聖属性の魔力が籠もっている。
剣の腕はお世辞にも良いとは言えないが、彼女は必死にルルを守りながらゴブリンの攻撃を受けている。
銀色の美しいマントを身に纏っており、剣士にも魔術師にも見える。
「確かあの子も特待生だったような……」
「本当かい? シルヴィア」
「ええ。名前はレベッカ・ブライトナー。入学試験で九位だった人だわ」
「レベッカ・ブライトナーか……俺達も彼女をサポートするぞ!」
俺が仲間に声を掛けた瞬間、リーシアはアイスランスの魔法を飛ばしてゴブリンを一撃で貫いた。
的確に心臓を貫くリーシアの氷の槍は、ゴブリン達を恐怖のどん底に叩き落した。
ゴブリン達はリーシアの魔法を恐れ、後退しようとした瞬間、リーシアはアイスウォールの魔法でゴブリン達の後方に背の高い壁を作り上げた。
チャンスだな……。
『アローシャワー!』
俺は両手をゴブリンの群れに向け、ありったけの魔力を放出させた。
瞬間、俺の目の前には無数の炎の矢が出現した。
三十本以上はあるだろうか。
いつの間に俺の魔力がここまで強化されていたんだ?
俺は大量の炎の矢をゴブリンの群れに降らせると、ゴブリン達は上空から降り注ぐ矢の速度に反応すら出来ず、一瞬で命を落とした。
敵があまりにも弱すぎる……。
日常的に高難易度の討伐クエストをこなしている俺達からすると、ウォーミングアップにすらならない。
俺のアローシャワーとリーシアのソードレインが無数に降り注ぎ、ゴブリンの体を貫く。
俺とリーシアの攻撃を回避したゴブリンには、シルヴィアのゲイルランスが襲い掛かる。
こうして俺達三人の魔法攻撃により、ゴブリンの群れは無残に息絶えた。
ゴブリンとの戦いが終わると、黒髪の少女が俺に近づいてきた。
「援護してくれてありがとう。私はレベッカ・ブライトナー。あなたがレオン・シュタインね?」
「そうだよ」
「町であなたの噂を聞いたわ。魔物を操り、次々と高難易度のクエストを突破する最強の冒険者……」
「最強ではないけどね」
「お会い出来て嬉しいわ! 前からあなたに会いたいと思っていたの! 私は魔術師ギルドで闇属性の魔物を専門に討伐している悪魔祓いなのだけど、あなたがザラスに来てから、悪質な魔物が町に近寄らなくなったわ。おかげで私の仕事は減ったけど、ザラスは最近すごく安全になったわ!」
「そうなのかい? 誰かの役に立てているなら光栄だな……」
レベッカは俺に手を差し出すと、俺は彼女の手を握った。
まるでリーシアやリリーの様な聖属性の暖かい魔力を感じる。
黒髪に水色の目。
スタイルもかなり良く、マントの上からでも彼女の豊かな胸が分かる。
これは素敵な女性と出会えたな……。
俺の肩の上で、リリーが俺の頬を殴った。
「もう……またデレデレして!」
「おっと……ついつい」
「え? どうしたの? レオン?」
「なんでもないよ。レベッカ。ルルとカイのサポートをしてくれてありがとう」
「どういたしまして。レオン、ちょっと放課後に相談があるのだけど、良いかな?」
「放課後か……少し用事があるんだけど……」
まさか、「放課後はカイに頼んで本拠地に石畳を敷いてもらうんだ!」なんて説明した所で理解しれ貰えないだろう。
この際だからレベッカも本拠地に連れて行こうか。
何か話があるらしいし。
「どんな用事? 私も一緒じゃだめ?」
「用事は……詳しく話せば時間が掛かるんだけど。レベッカも一緒に来てくれるかい?」
「ええ。勿論よ」
こうして俺は放課後、レベッカを連れて本拠地に行く事になった。
実戦魔法の授業では、クラッセン先生から基本的な攻撃魔法の使い方や、ゴブリンとの戦闘でのダメ出しを受けた。
クラッセン先生は意外と厳しく、ゴブリンに対して魔法攻撃を仕掛けなかった生徒に対して、放課後一時間の居残りを命じた。
大量のゴブリンを倒した俺とリーシアはクラスメイト達から賞賛された。
しかし、最も賞賛すべきなのはルルやカイ、レベッカだ。
ゴブリンの攻撃を直接受け、魔術師達に攻撃の機会を作ったのだから。
四時間目の授業を終えた俺達は、学校で昼食を頂いた後、ザラスの町の近くで待機して貰っていたレッドドラゴンの背中に乗り、本拠地に飛んだ……。
 




