第四十二話「第一パーティー」
ドラゴン族の幻獣・レッドドラゴンの討伐に出発した俺達は、日が暮れるまでベヒモスの背中に乗って移動し、夕方は戦闘訓練を行う事にした。
レッドドラゴンと遭遇するまでに、仲間同士での連携を覚えたかったからだ。
はじめは俺とリーシアだけで冒険の旅に出た訳だが、今ではこんなに多くの仲間に囲まれている。
全く、冒険の旅は何が起こるか分からないな……。
前回の幻獣との戦いでは、スケルトンとレイスを死なせてしまった。
一度死んだ召喚獣は二度と再召喚をする事が出来ない。
今回は決して誰も死なせられないな……。
ザラスの町を出てひたすら東に進むと、魔物が多く巣食っている森の中に入った。
この森は魔獣クラスの魔物が湧く森で、スケルトンやゴブリンなどが多く生息している。
しかし、魔獣クラスの魔物は俺達の敵では無い。
魔物と遭遇しても、リーシアのソードレインで切り刻むか、ゲイザーが触手の攻撃を放って一瞬で心臓を貫く。
魔物の中にはベヒモスを見るだけで怯えて逃げ出す者も居る。
一日の移動を終えた俺達は、野営の準備をした後、戦闘の訓練をする事にした。
「みんな! レッドドラゴンとやりあうためには、仲間同士の連携が大切だ。ゲイザーとフーガのように一心同体になって戦えるようになれば、たとえ敵がドラゴンであろうが、必ずや戦いに勝利出来るはずだ!」
「そうだよね……私ももっと皆をサポート出来るようになりたい……」
リーシアが杖を握りしめて俺を見上げた。
リーシアはいつも仲間を守るためにサポートに徹している。
仲間が少しでも敵の攻撃を受ければ、ヒールの魔法で傷を癒やし、敵の戦力が高い時には、致命傷を負わされないように、マナシールドの魔法で予め防御力を底上げしてくれる。
彼女は今のままでも有能な魔術師だ。
今日の訓練は、普段とは少し趣向を変えて行うつもりだ。
普段なら個人で魔法の練習をする場合が多いが、今回は仲間の実力を知るためにも、模擬戦の形式で訓練を行う。
より実践に近い形式で戦闘訓練を行えば、更に戦いの感が磨けるだろう。
「まずはルル! 俺と組んで稽古をしよう」
「私とレオン? 私ではレオンの相手にはならないよ。絶対レオンの方が強いし」
「そんな事は無いと思うよ。まずはやってみよう! 相手に致命傷を与える攻撃は無し、使えるのは鞘だけだ」
「わかった……」
ルルはレイピアを引き抜いて地面に置くと鞘を構えた。
俺はブロードソードとショートソードを置くと、二刀流の構えで鞘を握った。
ちなみに、リリーは俺の肩の上に乗っている。
リリーとの連携を覚えるためだ。
二体一だとかなり有利な戦いになるだろうが、リリーはまだ一度も魔法を使った事が無いし、俺の戦い方も知らない。
ルルは鞘を構えると、普段の柔和な表情から一瞬で真剣な表情に変えた。
モフモフした猫耳を警戒するように立てて、尻尾をユラユラと揺らしている。
隙きのない構えた鞘からは高速の付が放たれた。
俺は左手に持った鞘でルルの攻撃を防ぐと、右手に持った鞘に弱いエンチャントを掛けた。
火のエンチャントを掛けた状態で、ルルに対して思い切り振り下ろす。
鞘の先からは三日月状の炎の刃が飛び出した。
ルルは咄嗟に大きく後退すると、鞘に雷の魔力を込めて雷の刃を飛ばした。
俺の火の魔力とルルの雷の魔力が空中で衝突すると、魔力は小さく爆発して消えた。
瞬時に俺の攻撃の威力に合わせて斬撃を放ち、敵の攻撃を無効化するルルの戦闘能力。
やはりルルは優秀な剣士だ。
俺は二本の鞘で高速の連撃を放った。
ルルは俺の攻撃を五回程防いだ後、防御出来なかった一撃を腹に受けた。
勝負ありだ。
俺は地面に座り込むルルの頭を撫でると、ルルは少し寂しそうに猫耳を垂らした。
「やっぱりレオンは強い……でも、いつか絶対に勝てるようになる!」
「俺とルルの実力はほとんど変わらないと思うよ。ルルは俺の背中を任せられる最高の剣士だ!」
「本当!?」
「ああ。いつも頼りにしているよ」
ルルの小さな体を抱き上げて立たせると、嬉しそうに尻尾を揺らした。
俺とルルの戦いを肩の上から見ていたリリーは、目を丸くして固まっている。
「リリー。今のが俺の戦い方だ。普段は炎の球や炎の矢を飛ばして攻撃するんだけど、威力が高いから使えなかったんだ」
「二人とも凄いね……」
「ありがとう。だけど、リリーはもっと凄い力を持っているよ。なんといっても幻獣なんだからな。人間の俺よりは遥かに強い魔力を生まれながらにして持っていると思う」
「そうかな……私もレオンの役に立てるように頑張るね」
「ああ。一緒に頑張ろう」
俺とルル、リリーの模擬戦が終わった後、リーシアとシルヴィアが戦う事になった。
この二人は途方も無い威力の攻撃魔法を使える訳だから、威力をギリギリにまで落とした魔法以外は使用を不可にした。
相手に致命傷を与えてしまうかもしれないからだ。
シルヴィアはショートソードを投げ捨て、シールドを体に密着させると、鞘を構えてリーシアに向けた。
リーシアは緊張した面持ちでシルヴィアに対して杖を向けている。
試合はすぐに始まった。
シルヴィアが最小限の威力でウィンドエッジを飛ばすと、リーシアは一瞬で氷の壁を作り、いとも簡単にシルヴィアの攻撃を防いだ。
シルヴィアは次々とウィンドエッジを飛ばしてアイスウォールを破壊すると、リーシアは空中に杖を向けて氷の魔法を放出した。
上空には無数の氷の剣が出来上がっている。
空を見上げたシルヴィアは、上空に向けて風の魔法を飛ばすと、リーシアのソードレインの魔法が落ちた。
シルヴィアの頭上には強い風が吹き荒れており、氷の剣はシルヴィアに当たる事もなく、虚しく地面に落ちて割れた。
シルヴィアは積極的にウィンドエッジの魔法を放つも、リーシアのアイスウォールの魔法で完璧に防御されている。
このままでは勝負にならないな。
リーシアがシルヴィアに対してほとんど攻撃を行わないからだ。
というより、シルヴィアの攻撃を防ぐだけで、リーシアには攻撃の機会も与えられない。
しばらく激しい攻防が続くと、運はリーシアの味方をした。
シルヴィアがリーシアの作り上げたアイスウォールの破片に足を取られて姿勢を崩した瞬間、リーシアは聖属性の魔力の塊を高速で飛ばした。
あの魔法はホーリークロスだ。
十字架状の聖属性の魔法を飛ばし、敵を攻撃する。
リーシアの攻撃を正面から受けたシルヴィアは、一撃で森の奥まで吹き飛ばされた。
凄い威力だな……。
かなり魔力を抑えて撃ったはずなのに、シルヴィアをいとも容易く吹き飛ばすとは。
シルヴィアが森の中から力なく戻ってくると、リーシアは目に涙を浮かべてシルヴィアを抱きしめた。
「ごめんね……シルヴィア。痛かったでしょう?」
「うんん。大丈夫よ。心配しないでね。あなたが強いから私は安心よ」
「私も。シルヴィアが強いからいつも安心なんだ。これからも一緒に魔法の練習をしようね」
「勿論よ」
シルヴィアがリーシアの頭を撫でると、リーシアは嬉しそうに目を瞑ってシルヴィアの体を強く抱いた。
やはりこの二人も強い。
リーシアは攻撃と防御のバランスが非常に良く、回復魔法も使える。
一人で軽く三役はこなす優秀な魔術師だ。
シルヴィアは圧倒的な魔力を活かして、強力な魔法の連撃を繰り出す。
リーシア程の防御魔法の使い手じゃなければ、シルヴィアのウィンドエッジを防ぐ事は出来ないだろう。
なんといっても魔法学校の入学試験で、最高の魔法攻撃力を叩き出した張本人だからな。
最後に、フーガとゲイザー対ベヒモスの模擬戦が行われる。
これは結果が全く予測出来ないな。
物理攻撃力ならパーティー内でトップのベヒモスと、自在にフーガを操り、パーティー内で最高の反射能力を持つゲイザー。
フーガが単体だとしても、戦闘力はノールと同等、もしくはそれ以上だ。
素早いフットワークと、非常に重い爪の一撃、それに加えて火炎を吐くことも出来る。
俺のパーティー内で間違いなく最強のコンビと、圧倒的な戦闘力を持ち、幻獣のキメラさえも食い殺せるベヒモスの戦いだ。
これは面白くなりそうだ。
ゲイザーはフーガの上に飛び乗り、無数の触手をベヒモスに向けて挑発する。
ベヒモスは慎重に距離を取り、ゲイザーとフーガの周りをゆっくりと回っている。
極限にまで発達したベヒモスの筋肉が、歩く度に大きく盛り上がり、血管が浮く。
この姿を見るだけでも、弱い魔獣ならたちまち逃げ出す者も居る。
まさに最強の魔物だ。
攻撃を仕掛けたのはベヒモスだった。
超速度で相手との距離を詰めると、角の一撃を放った。
あの角をもろに喰らえば、例えフーガの体が屈強だとしても命に危険があるかもしれない。
ベヒモスは模擬戦と知りながら、かなり本気に近い攻撃を繰り出しているな。
フーガは咄嗟に反応して大きく飛び上がり、後退した。
瞬間、ベヒモスは両手で地面を殴りつけて地震を起こした。
え……? 地震だと?
ベヒモスが地属性の魔物だという事は知っていたが、まさか魔法まで使うとは。
両手で殴りつけた場所から、半径十メートル程の大地が割れ、激しく揺れた。
凶悪すぎる技だな……。
突然のアースクエイクに対してフーガはバランスを崩したが、ゲイザーはフーガの背中から飛び上がると、無数の触手を鞭のように使い、目にも留まらぬ連撃を放った。
ベヒモスはゲイザーの攻撃を防ぐ事も出来ず、一歩ずつ後退しながらゲイザーを睨みつけている。
ベヒモスの硬い皮膚は、ゲイザーのナイフのように鋭い触手によって切り裂かれ、一瞬で全身が傷だらけになった。
ベヒモスは一撃の攻撃なら間違いなく最強だが、ゲイザーは連続攻撃を得意とする魔物だ。
フーガはバランスを取り戻すと、瞬時にベヒモスの背後に回った。
ベヒモスは背後のフーガに警戒しつつも、ゲイザーの攻撃を全身に受け、ダメージを蓄積している。
フーガはベヒモスに対して強い火炎を吐くと、ベヒモスは鋭い爪で火炎を切り裂いた。
その間も、ゲイザーは目にも留まらぬ速度でベヒモスを切り続ける。
全身から大量の血を流したベヒモスは、ゲイザーを睨みつけながら、降参の意味で頭を下げた。
瞬間、俺の肩の上からリリーが飛び立ってベヒモスの体の上に飛び乗った。
両手をベヒモスの体に当てると、聖属性の魔力を込めてベヒモスの傷を癒やした。
無数に出来ていた傷は一瞬で塞がると、リリーは満足げな笑みを浮かべた。
今の魔法はヒールの魔法だな。
ベヒモスの体に付いた浅い傷を一瞬で完治させるとは……。
やはりリリーは聖属性に特化した妖精なんだ。
俺はリリーを持ち上げて肩の上に載せると、ベヒモスの頭を撫でた。
あっさりと負けた事が悔しかったのか、俺の体を強く抱きしめて頬ずりした。
やはり俺のパーティーは強い。
ゲイザーとフーガのコンビネーションは素晴らしい。
仲間同士で更に連携を磨けば、俺達はもっと強くなれる。
それから俺達はゆっくりと語り合い、お互いが問題点を指摘し合って更に強くなる方法を模索した……。
日が暮れて夜になると、ベヒモスがフラリと野営地を離れた。
しばらく待っていると、巨大な熊を担いで持ち帰ってきた。
ゲイザーはベヒモスの頭を触手で撫でて褒めると、ベヒモスはゲイザーの体を舐めた。
巨大な熊はゲイザーが器用に切り刻み、次々とフライパンに投入すると、フーガがフライパンに火炎を放ち、肉を焼いた。
まさか今日の夕食を魔物達に準備して貰うとは……。
夕食に熊の肉をたっぷりと堪能した俺達は、魔力と体力を回復させるために、早めに休む事にした。
今回、このメンバーでレッドドラゴンの討伐に来られて良かった。
最近は召喚獣が増えすぎて、仲間と遊ぶ時間も無い。
これからはなるべく、全ての仲間と訓練をする時間や一緒に過ごす時間を作ろう。
野営地に建てた小さなテントの中で、俺はリーシアとシルヴィアと共にベッドの中に入った。
体の小さなリリーは俺の枕の隣に寝そべっている。
リーシアとシルヴィアの体を抱きしめながら、ゆっくりと今日の模擬戦について語り合っていると、いつの間にか眠りに落ちていた……。




