第三十五話「野盗との戦闘」
七人の野盗達は、左手に松明を持ち、右手には剣を持っている。
四対七か……。
「女を渡せ! さもなくば殺す!」
野盗のリーダーだろうか、派手な金色の鎧を着た髭面の男が吠えた。
この女性がどうして野盗から狙われているかは知らない。
だが、俺に助けを求めてきた女性を渡すつもりはない。
「この人を渡すつもりはない」
「何だって? 恰好付けてるんじゃねぇ!」
髭面の男は左手に持った松明を俺の馬車に投げつけた。
瞬間、俺は右手に構えた剣を振り下ろした。
『ファイアブロー!』
剣を振り下ろすと、剣の先からは炎の刃が飛び出して、男が投げた松明を切り裂いた。
男は俺の攻撃を見た瞬間、恐怖で顔を引きつらせた。
きっと魔法の心得が無いのだろう。
「そんな攻撃がどうした!」
男は懐から小さな本を取り出すと、おもむろに魔力を込めた。
すると、男の目の前には召喚獣だろうか、十体のスケルトンが現れた。
こんな召喚の方法もあるのか……。
スケルトンは右手にメイスを持ち、左手にはバックラーを装備している。
この数は厄介だな。
一気に状況が不利になった。
だが、召喚魔法を使えるのは俺も同じだ。
俺はダンジョンで倒したオークの素材を鞄から取り出した。
四本の牙を床に投げると、ありったけの魔力を込めた。
『オーク・召喚!』
四本の牙はあたりに鋭い光を放ち、敵の目を眩ませた。
素材からは二メートル程の背丈のオークが四体生まれた。
随分強そうな状態で生まれたんだな。
緑色の肌で筋骨隆々。
四体のオークは興奮した面持ちで俺の方を見た。
「生まれたばかりで悪いんだけど、力を貸してくれるかな」
「……」
俺が頭を下げて頼むと、四体のオークはすぐに状況を理解したのか、野盗達を睨み付けた。
十体のスケルトンを召喚して粋がっていた野盗のリーダーは、オークを見るや否や、恐怖のあまり体を小刻みに震わせている。
「殺せ!」
野盗のリーダーが叫んだ瞬間、俺達の戦いが始まった。
俺とルルは共に剣を構え、まずはスケルトンから倒す事にした。
「ルル! 一緒に戦ってくれ」
「任せて!」
スケルトンは俺達を敵と認識しているのか、メイスを振り上げて攻撃を仕掛けるも、遠距離からのファイアブローによって、一撃で粉々に砕けた。
まずは一体。
ルルの方を見てみると、既に三体も倒した様だ。
レイピアを構えて突きを放つと、剣の先からは鋭い雷の魔力が放たれ、スケルトンの体は一撃でバラバラに吹き飛んだ。
やはりルルは有能な剣士だ。
俺がルルの方を見て感心していると、一人の野盗が俺に向かって突進してきた。
「死ねぇぇぇ!」
盗賊が剣を振り上げた瞬間、俺の近くに居たオークは、野盗の体をいともたやすく持ち上げて宙に放り投げた。
宙に投げられた野盗は、なすすべもなく、一直線に地面に落下すると、苦しそうにのたうち回った。
オークはもがき苦しむ野盗の前に立ち、野盗の頭を殴りつけると、野盗は一撃で息絶えた。
とてつもない戦闘のセンスだな……。
仲間を殺された野盗達は、怒り狂ってオークに襲い掛かったが、リーシアのアイスランスとシルヴィアのウィンドエッジに切り裂かれて、一瞬で命を落とした。
既にルルは全てのスケルトンを倒し、野盗のリーダーと剣を交えていた。
野盗のリーダーは他の野盗とは明らかに強さが違い、ルルでさえもかなり押され気味だ。
リーダーは右手にサーベルを持ち、左手にはダガーを持っている。
左右に別々の武器を持って使い分けているのか、ルルの攻撃をダガーで受け流すと、右手に持ったサーベルで攻撃を仕掛けている。
ルルは敵の攻撃を防ぎながら、一定の距離を保ち、剣から雷を飛ばしている。
野盗のリーダーはルルの雷撃をサーベルで切り裂くと、ルルに対してダガーを投げて飛ばした。
危ない!
俺は咄嗟にルルの前に飛び出した。
瞬間、俺の太ももには感じた事が無い程の激痛が走った。
熱い……。
焼けるような痛さだ。
太ももには野盗が投げつけたダガーが深々と刺さっている。
俺は痛みのあまり、膝を着いて倒れた……。
すると、背後からは信じられない程、強烈な魔力の風を感じた。
『ゲイルランス!』
シルヴィアが魔法を唱えた瞬間、上空からは風の魔力で作られた槍が、信じられない速度で野盗に向かって落ちた。
野盗は反応すら間に合わず、頭から槍の攻撃を受けると、一撃で命を落とした。
「レオン! 大丈夫?」
リーシアとシルヴィアが急いで駆け寄ってきた。
俺の太ももにはダガーが刺さり、血が滴っている。
痛みを堪えるだけで背一杯だ。
「抜くわよ」
「ああ……」
シルヴィアがダガーの柄を持ち、リーシアが太ももに杖を向けた。
ダガーが太ももから引き抜かれた瞬間、俺の足には激痛が走った。
気絶しそうになる意識を何とか保つ。
『ヒール!』
リーシアがヒールを唱えた瞬間、俺の足の傷は回復し、痛みは徐々に引いた。
だが、まだ歩ける状態ではないな。
俺はベルネットさんから頂いたポーションを飲み、自分でも回復を促進させるためにヒールの魔法を唱えた。
初めてのヒールを自分に使うとは……。
リーシアがリジェネレーションを唱え、その上からは俺がヒールを唱えると、傷は完璧に消え、痛みも嘘のように消えた。
「治った……皆、ありがとう」
「レオン……」
リーシアは目に涙を溜めて心配そうに俺を見つめている。
俺はそんなリーシアを抱きしめながら、しばらくの間リーシアの頭を撫でていた。
こうしていると心が落ち着くな……。
きっと彼女も野盗に襲われて怖かったのだろう。
だが、俺達は見事野盗を討ち取り、女性の命を救った。
しかし、野盗とは随分厄介な敵が居るのだな。
きっとこの辺りの林道を通る人を、見境なしに殺して金品を奪っていたのだろう。
俺は息絶えた野盗が装備していたアイテムをオーク達に持たせると、野盗のリーダーであろう男が使った召喚の書を拾った。
この本に魔力を込める事によって、野盗のリーダーはスケルトンを召喚した。
魔力を込めるだけで召喚出来る本なんて存在するのだな……。
本の中を開いて見てみると、中身は白紙だった。
一度使うと無効になる本なのだろうか?
試しに召喚の書に魔力を込めてみたが、反応はない。
「レオン、野盗の死体はどうするの?」
「そうだね……このまま放置しても良いんじゃないかな。俺達を殺そうとした奴らだし。丁寧に埋葬してやる必要はないと思うんだ」
俺は野盗のお陰で太ももに大きな怪我まで負った訳だからな。
しかし、新しく生まれたオーク達はどうしたら良いのだろうか。
このままノールが巣食う遺跡まで連れて行こうか。
それとも、助けた女性をザラスまで送って貰おうか。
ザラスに着けばベルネットさんがなんとかしてくれるだろう。
俺は御者席で眠る女性の体を揺すった。
「起きてください。大丈夫ですか」
「うん……」
女性はうっすらと目を開けて俺の方を見た。
「野盗に襲われていましたね。もう大丈夫ですよ」
「本当ですか……?」
女性は起き上がって野盗の死体を見ると、安堵の表情を浮かべた。
長く伸びた金色の髪に青い目。
腰には短い短剣を装備している。
防具は革の鎧だけだ。
随分軽装なんだな。
冒険者なのだろうか?
「助けてくれてありがとうございます。私はアインシュタットの商人、ノーラ・ブラントです。魔法都市ザラスまで行商のため、小麦を運んでいたのですが、商品は全て野盗に焼かれてしまいました……」
「俺は冒険者ギルドのレオン・シュタインです。小麦は残念でしたね」
「はい……護衛のために傭兵を付けていたのですが、野盗が現れるとすぐに逃げ出してしまいました」
「護衛が逃げ出すとは災難ですね」
「シュタイン様が居なければ、私は今頃野盗達から辱めを受け、殺されていたでしょう……本当にありがとうございます」
ブラントさんは大粒の涙を流して俯いた。
こういう時にどうしたら良いのだろうか。
ルルはブラントさんに近づくと、彼女の肩を抱いた。
ブラントさんはルルに抱きつくと、しばらくの間泣き続けた。
そうだよな……。
護衛にも逃げられて、野盗に襲われるなんて、恐ろしいに決まっている。
たまたま俺達が通らなければ、彼女は今頃死んでいただろう。
「シュタイン様。取り乱してしまって失礼しました。私は荷物を全て失い、行く当てもありません。宜しければ、しばらく一緒に行動させて貰えませんか……?」
「え? それはちょっと難しいですね……俺達はこれからノールの討伐に行くんです」
「もしかして古代神殿ですか? 私の町でも古代神殿でノールが湧くという情報を耳にしました。迷惑はかけません。一緒に連れて行って下さい。なんでもします!」
「と言われましても……」
「お願いします! 荷物持ちでも料理係りでも良いです!」
随分押しが強い女性なんだな。
俺が初めて見るタイプの女性だ。
商人の女性は凄いな。
「それなら……俺のもう一つのパーティーに合流して貰っても良いですか?」
「もう一つのパーティーですか?」
「はい」
俺は召喚魔法で作り出したパーティーが、ザラス近辺で討伐クエストをこなしている事を説明した。
商人として、第二パーティーの仲間が倒した魔物の素材の中から売れるアイテムを選んで貰おう。
素材を売る際にも商人のブラントさんが居れば有利になるだろう。
相場を知っている人間が居るか居ないかでは、利益に大きな違いが出るだろう。
利益の二割をブラントさんに払うと伝えると、彼女は目を輝かせて俺の手を握った。
「お任せ下さい! シュタイン様!」
「レオンで良いですよ」
「それなら私の事もノーラって呼んで下さい。レオン」
「分かりました……ノーラさん」
現在、第二パーティーはザラス近辺で狩りをしている訳だから、四体のオーク達にノーラさんの護衛を任せて合流してもらおう。
俺はオーク達を集めて早速命令を出す事にした。
「オーク達、ノーラさんを守りながらザラス付近で狩りをしている仲間と合流してくれ。ノーラさん、それじゃよろしくお願いします」
「分かりました。レオン、気をつけてね」
「はい、ノーラさんも」
オーク達は静かに頷くと、ノーラさんを守るように陣形を組んでザラスまでの道を戻って行った。
さて、俺達は再び古代遺跡を目指して進まなければならないな。
古代遺跡まではあと三十分も馬車を進ませれば着くはずだ。
俺達は再び馬車に乗り、林道の道を進み始めた……。




