第三十三話「ダンジョンでの攻防」
〈ザラスのダンジョン〉
毎日の様にダンジョン前で魔法の練習をしているが、魔物を狩るためにダンジョン内に入る事はあまりない。
久しぶりにダンジョンで狩りをしてみるのも面白いかもしれないな。
「リーシア、ダンジョンに入ろうか」
「うん……暗くて少し怖いよ……」
「大丈夫だよ、俺が守る」
「ありがとう……」
ダンジョンの地下一階に続く階段を、リーシアの手を握りながら一歩ずつ降りる。
薄暗い階段を照らすために、俺は杖の先に小さな炎を灯した。
なんだか魔法の杖を使うと、随分楽に魔法を作れる気がするな。
俺は人生で一度も魔法の杖を使った事が無かった。
父さんから魔法を習った時も杖を使わずに練習していた。
杖を使って魔法を唱えた方が、きっと威力が増すんだ。
魔法の杖が持つ魔力を、自分自身の魔力に上乗せして魔法を作る事が出来る。
初歩的な事だが、剣から魔法を放つよりも杖から魔法を放つ方が、簡単、かつ威力も高いのだろう。
だが、俺は右手で剣を持ち、左手で魔法を唱える今の戦い方が好きだ。
杖を持つとなると、右手に剣を持ち、左手で杖を持つ事になってしまう。
それは少し恰好悪いな……。
左手に魔力を増幅させる指環でも装備して、魔法の杖と同等の使い方をするのはどうだろうか。
今度ブルックさんの魔法道具屋でアドバイスを貰おう。
俺達は慎重に地下一階に続く階段を降りると、大広間に出た。
久しぶりだな……。
大広間には魔物が運び入れたであろう荷物が置かれている。
料理用の鍋に、錆びついた剣、それに家具まである。
木を切って作ったであろう、イスにテーブル。
きっと手先が器用なゴブリンが作ったのだろう。
ゴブリンと言えばアルシュ村に居るグレートゴブリンを思い出すな。
アッシュおじさんとは仲良くやっているだろうか。
広い大広間を注意深く進むと、何やら物音が聞こえてきた。
武器と武器がぶつかる音だろうか。
冒険者の声と、魔物の呻き声が聞こえる。
薄暗くて確認できないが、どうやらこの近くで魔物と交戦中の冒険者が居るみたいだ。
「魔物と戦っている冒険者が居るみたいだね」
「そうだね。行ってみようか?」
「うん」
俺は杖に作り上げた火の魔力を増幅させて炎の球を作った。
作り上げた炎の球を、大広間の中心の方に飛ばすと、次第に闇が晴れて魔物と冒険者の姿が見えてきた。
冒険者は俺よりも少し年下だろうか。
肩まで伸びた黒い髪に、銀色のライトメイルを装備している。
武器は……。
金槌?
珍しい武器を使う冒険者も居るんだな。
冒険者が戦っている魔物は背の高いオークだった。
手には斧と盾を持ち、立派な鎧を装備している。
冒険者は四体のオークに囲まれて、何とか敵の攻撃を凌いでいる。
オークがダンジョンまで入って来たのか……。
助太刀した方が良いのだろうか。
俺は杖をリーシアに返してから、ブロードソードを抜いた。
「すまない! 力を貸してくれ! 俺一人では勝てそうにない!」
「任せろ!」
冒険者は俺達に気が付いたのか、助けを求めてきた。
身長が二メートルはありそうな筋骨隆々のオークは、俺達の存在に気が付くと、武器を構えてゆっくりと近づいてきた。
冷静に、少しずつ俺達との距離を縮めてきている。
厄介だな。
知能の低い魔物なら、すぐに俺の武器が届く範囲まで突っ込んでくるのだが……。
「リーシア、念のためにマナシールドを掛けてくれるかい」
「分かったよ」
リーシアは俺に杖を向けると、魔法を唱えた。
『マナシールド!』
リーシアが魔法を唱えた瞬間、俺の体の表面には薄い光のシールドが作られた。
久しぶりに防御魔法を掛けて貰った気がする。
オークは左手で持った盾を体に密着させ、右手で持った斧を構えると、ついに俺に向かって突進してきた。
オークの突進をギリギリのところで回避すると、俺はすぐに反撃に出た。
ブロードソードを両手で持ち、突きを放つ。
突きを放った瞬間、オークは後ろに飛び退いて俺の攻撃を避けた。
だが、後ろに下がったところで俺の攻撃は回避出来ない。
左手をオークに向けて魔法を撃つ!
『ファイアボルト!』
魔法を唱えた瞬間、俺の左手からは炎の矢が放たれた。
オークは俺が魔法を放った瞬間、斧を振りかぶって器用に炎の矢を叩き切った。
炎の矢はオークの斧に当たると、辺りに炎を散らしてから消滅した。
まさかファイアボルトを叩き切るとは……。
どういう反射神経なんだ?
オークは俺の攻撃を防いだ瞬間、気味の悪い笑みを浮かべて再び武器を構えた。
盾でファイアボルトを防ぐ事も出来たのに、わざと武器を使って魔法攻撃を防ぐとは……。
俺との実力差を見せつけようとしているのだろうか。
この戦いは長引きそうだな。
相手は明らかに戦い慣れている。
そして非常に冷静だ。
やりずらいないな。
金槌を持った冒険者は、二体のオークの攻撃を器用に回避しているが、長くは持たないだろう。
リーシアはアイスウォールで氷の壁を作り、なんとかオークの攻撃を防ぎながら、アイスランスを使って氷の槍を飛ばすも、斧の攻撃によって全て防御されている。
盾を使う必要もないというのか……。
急いでオークを倒して加勢した方が良さそうだな。
俺が仲間の様子を確認するために目を離した瞬間、オークは俺の間合いに飛び込んできた。
まずい!
俺はとっさに水平切りを放ったが、オークの攻撃は俺の攻撃よりも早かった。
オークの放った袈裟切りは、俺の鎧の表面を強く強打した。
瞬間、胸部に強い衝撃を感じたが、リーシアの防御魔法のお陰で、鎧には傷がついただけで致命傷には至らなかった。
もしリーシアのマナシールドが掛かっていなければ、一撃でやられていただろう。
今の攻撃を受けたせいで、俺の体に掛かっていたリーシアのマナシールドが消えた。
オークは再び気味の悪い笑みを浮かべると、左手に持っていた盾を投げ捨てて、両手で斧を構えた。
これはチャンスだ。
一発のファイアボルトが通じないなら、複数の炎の矢を放てば良い。
オークと距離を詰めて、ギリギリの場所からアローシャワーを放つ!
オークが斧を振り上げた瞬間、俺は左手をオークに向けた。
『アローシャワー!』
魔法を唱えた瞬間、七本の炎の矢が左手から飛び出した。
オークは斧を振り下ろして俺が放った矢を二本同時に切り裂いたが、残りの五本はオークの体を貫いて風穴を開けた。
勝った……。
オークは最期まで俺を挑発的な目で睨み付けながら、体中から血を流して倒れた。
残るオークはあと三体。
まずはリーシアを助けなければならないな。
俺は床に落ちていた斧を拾い上げて、リーシアと戦っているオークに対して投げつけた。
オークは咄嗟に盾を構えて斧を弾き飛ばしたが、リーシアはその一瞬を見逃さなかった。
『ソードレイン!』
杖を掲げて魔法を唱えると、オークの頭上には複数の氷の剣が出来上がった。
リーシアが杖を振り下ろした瞬間、オークは防ぐ間もなく、降り注ぐ氷の剣に串刺しにされた。
驚異的な魔法だな……。
何度見ても素晴らしい。
「リーシア! あと二体だ! 後方から援護してくれ!」
「うん!」
俺はリーシアと共に、金槌の冒険者の元に駆け寄った。
俺が一体のオークを挑発すると、四体の中でも一番背の低いオークは俺に目がけて斧を振りかぶってきた。
敵の攻撃を回避してすぐに反撃に移る。
『ファイアブロー!』
剣を振り下ろすと、剣の先からは炎の刃が飛び出し、かなりの速度でオークの体を捉えた。
炎の刃はオークの鎧に衝突すると、小さな爆発を起こしてオークの鎧を砕いた。
オークは自分の鎧を砕かれた事が気に障ったのか、怒り狂って突進してきた。
リーシアは冷静に杖を向けると、オークの足元に小さな氷の障害物を作った。
俺達に向かって全速力で突進してきたオークは、小さな氷の塊に足を取られ、無様に転んだ。
俺は転んだオークに対して剣を向けた。
『ファイア!』
剣の先からは激しい炎が放たれ、俺が放った炎はオークの体を焼き尽くした。
残るオークは一体だ。
冒険者は金槌を両手で持つと、おもむろに地面を叩いた。
『ゴーレム!』
冒険者が地面を叩いた瞬間、地面からは背の低い石のゴーレムが現れた。
ゴーレムが現れた瞬間、オークは一瞬怯んで攻撃の手が止まった。
俺とリーシアはその瞬間を見逃さない。
『アローシャワー!』
『アイスランス!』
俺とリーシアの魔法が同時に放たれた。
七本の炎の矢はオークの体を貫き、リーシアのアイスランスはオークの心臓を貫いた。
ゴーレムはオークの頭部を殴りつけると、骨が折れる気持ちの悪い音が大広間に響いた。
勝利だ……。
最後のオークを倒した瞬間、冒険者は意識を失って倒れた……。




