第三十一話「魔法剣士」
新たなクエストはノールの討伐だった。
魔獣クラスの魔物で、全身が赤い毛で覆われている狼系の魔物だとベルネットさんから説明を聞いた。
人間の様に二本足で立ち、両手で武器を扱う。
ノールの鍛冶屋が作る武器は冒険者の間でも人気があり、高値で取引される事があるのだとか。
今回討伐するノールは、ザラスから馬車で一時間程移動したところにある、古代遺跡に巣食っているらしい。
ノールは繁殖力が非常に高く、放置しておけばたちまち数を増やしてザラスを襲うだろうと、ベルネットさんは推測している。
「レオン、ノールの討伐を任せたぞ。レオン達ならきっと上手くやれるはずだ。本当は俺が直々に討伐するべきだが、若い冒険者を育てる意味でも、今回のクエストはレオン達に任せる事にした」
「ベルネットさん、ノールって見た事もないんですが、強いのでしょうか」
「まぁ、幻獣を倒せるレオン達より強い個体は居ないだろうな。討伐の難易度はDランク程度だ。Dランクの冒険者なら問題なくクリア出来るだろう」
「わかりました。お任せ下さい」
「遺跡に巣食っているノールを全て討伐してきてくれ、報酬は特別な物を用意しておこう」
「え? 特別な報酬ですか? 楽しみだなぁ」
俺は冒険者ギルドを出発する前に、もう一度妖精と話す事にした。
クラーラさんの手の上に乗っている妖精は、俺の顔を見ると嬉しそうに俺の手の上に飛んできた。
「俺は君を召喚した、レオン・シュタインだよ。クラーラさんは幼い頃から君と友達になりたかったんだってさ。仲良くするんだよ」
「うん……」
小さな妖精は俺の手の中で寂しそうに俯いた。
きっと主である俺と離れる事になるからだろう。
冒険者ギルドには頻繁に顔を出しているから、いつでも会う事は出来る。
「帰ってきたら一緒に遊ぼうか。ザラスの町を見て回ろう!」
「本当……?」
「あぁ、本当だよ。ノールの討伐が終わったらね」
「待ってる……レオン……」
小さな妖精は俺の手から飛び立つと、俺の肩の上に乗った。
妖精は自分の顔を俺の頬に近付けると、小さな唇で俺に口づけをした。
瞬間、俺の体にはホーリーフェアリーの魔力が流れてきた。
まるで精霊の契約をした瞬間みたいだな。
聖属性の魔力だろうか、俺の体からは新たな属性を感じる。
俺自身が使える属性が増えたのだろうか……。
「私の加護をあげる。気をつけてね。レオン……」
「ありがとう」
「うん、帰ってきたら私に名前を付けて」
「あ、そうか。まだ名前を決めてなかったね。分かったよ、素敵な名前を考えておく。それじゃベルネットさん、クラーラさん、俺達はこれから出発します」
「レオン、出発前にポーションを渡そう。Cランク以上の冒険者はクエスト開始時にポーションを受け取れるからな」
ベルネットさんはカウンターの奥の部屋に入ると、ポーションが詰まっている箱を持ってきてくれた。
箱の中からヒールポーションとマナポーションを五個ずつ取って鞄の中に仕舞った。
俺はクラーラさんと妖精、それからベルネットさんに手を振ると、冒険者ギルドを出た。
今回のクエストは、俺、リーシア、シルヴィア、ルルで行う。
他の召喚獣の力を借りないのは、ルルとの連携を俺達四人で出来るようになりたかったからだ。
ルルとは魔法学校でも一緒に過ごす時間が増えるだろう。
入学までの今の時期に、もっと彼女と親しくなっておきたい。
冒険者ギルドを出た俺達は、冒険のための食料を買う事にした。
ノールが巣食う古代遺跡は、ザラスから馬車で一時間だと聞いているが、念のため食料を持って行こう。
「皆、食料を買いに行こうか」
「うん。レオン達パーティーはいつもどんな食料を持ち歩いているの?」
「そうだね、日持ちする堅焼きパンに乾燥肉かな。それからナッツ類、チーズ。ルルは?」
「私もほとんど同じなの。堅焼きビスケットを買う事が多いかな。それに、水の魔法が使えないから、水はなるべく多く持っていくんだ」
「俺も以前は狩りに行く時に水を準備していたけど、リーシアが氷を作れるから、最近は持ち歩いていないな。リーシアが作った氷を俺の火で溶かして水にするんだ」
「リーシアの氷……魔法能力試験で使った魔法。本当に凄かったなぁ」
「ソードレインだよね。俺もあの魔法には驚いたよ。空から氷の剣を降らせるなんて……」
俺とルルがリーシアを褒めると、リーシアは嬉しそうに顔を赤らめた。
リーシアはそっと近付いて来て俺の手を握った。
小さかったリーシアの手も、今では成長した女性の手になっている。
俺はリーシアの手を握ると、ルルは不思議そうな顔で俺達を見た。
「リーシアとレオンって付き合ってるの?」
「え……!?」
「だってお揃いの指環を嵌めてるし」
「ああ、これは精霊王の指環なんだよ」
「じゃあ付き合ってる訳じゃないの?」
「まぁ……そうだね」
まさかそんな質問をされる日が来るとは。
確かに俺とリーシアは仲が良い。
精霊の契約を結んでいる訳だし、普通の男女以上の特別な関係なのは間違いない。
俺はシルヴィアもリーシアも好きだ。
シルヴィアは自分の召喚獣として愛しているが、リーシアにはシルヴィアに抱いている感情とは少し違う、何か特別な感情を抱いている事は間違いない。
これが女性を好きになるという気持ちなのだろうか。
彼女を見ているだけで心が落ち着き、嬉しくなる。
「それじゃあ、レオンは恋人が居ないんだ」
「うん。まだ人生で一度も恋人が出来た事ないんだよ」
「格好良いのに」
「そうかな、ありがとう。ルル」
ルルは俺の手を握ると、可愛らしく微笑んだ。
もしかして俺はルルに好かれているのか?
ルルが俺の手を握った瞬間、リーシアが少し寂しそうな表情を浮かべたのは気のせいだろうか。
恋人か……。
どうしたら作れるのだろうか。
奥手な俺にはなかなか難しいな。
俺達はしばらく他愛もない話をしながら市場を歩いていると、冒険者向けの食料を取り扱っている店の前に着いた。
〈冒険者向け保存食・アイテム専門店〉
ここはルルがクエストを受ける際には必ず立ち寄る店なのだとか。
主に保存食を中心としたアイテムが売られている。
食料以外にも、調理器具やポーション、石鹸や肌着など、あらゆる種類の冒険に必要な物が売っているみたいだ。
まずは食料を買おう。
ノールが巣食う古代遺跡はザラスから馬車で一時間の距離だが、遺跡内の広さがわからない。
もしかすると遺跡の中で寝泊まりする事になるかもしれない訳だから、用意しておく食料は多ければ多い程良い。
「いらっしゃい! 今日は何を探してるんだい?」
「保存が利く食料を探しています」
「そうか、普段はどんな食料を持ち歩いているんだ?」
「堅焼きパンや乾燥肉、葡萄酒等です」
「わかった!」
雰囲気の良い50代程の店主は、俺が言った商品を次々と持ってきてくれた。
堅焼きパンも種類が豊富で、小さくて甘い物もあれば、大きくて味気が無く、ただ栄養を摂るためだけの物もある。
俺は味にはこだわりが無いから、日持ちして腹が膨れる種類の堅焼きパンを買った。
それから乾燥肉だ。
店主が持ってきてくれたのは牛肉を加工した乾燥肉だった。
薄くスライスされた乾燥肉と調味料をセットで買った。
あとは値段が安くて飲みやすい葡萄酒を買おう。
店主に勧めてもらった葡萄酒を二本買う事にした。
堅焼きパンと乾燥肉だけでは少し食事が寂しくなってしまうな。
チーズと瓶に詰まったナッツ、ドライフルーツを買い足した。
これだけあれば十分だろう。
万が一、遺跡内で閉じ込められたとしても、しばらくは生きていられる。
「他に必要な物は無いかな?」
「そうですね……」
店の中を見渡してみると、本が積まれている事に気が付いた。
本のタイトルを見てみると、入門者向けの魔導書だった。
俺はその中から、聖属性の魔導書を選んで購入した。
これで準備は完璧だ。
俺達は店主に礼を言ってから、市場で適当な馬車を借りて乗り込んだ。
俺は御者席にリーシアと共に座り、荷台にはシルヴィアとルルが座った。
「出発しようか。準備も整ったし」
「わかったよ」
まずは新しい加護を試すために、ザラスのダンジョンの前で訓練を行う。
午前中は訓練をして、午後から新しいクエストに挑戦しよう。
俺達は馬車を走らせて、ザラスのダンジョンに向かった……。
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