第二十三話「ブライトクロイツ魔法学校」
〈冒険者ギルド〉
冒険者ギルドの扉を開けると、魔法学校の学長でもある、魔術師ギルドのマスター、レーネ・クラッセンさんが待っていた。
クラッセンさんのすぐ後ろには俺達がダンジョンで命を救ったレーネさんの娘が居た。
「ダンジョンでは助けて頂いてありがとうございます。ブライトクロイツ魔法学校、二年のレオナ・クラッセンです」
「どうも、俺はレオン・シュタインです。こっちは精霊のリーシア、それから召喚獣のシルヴィアです」
彼女は魔法学校の二年の生徒だったのか。
確か魔術師ギルドにも所属しているんだったな。
自分が助けた相手が、もしかするとこれから先輩になるかもしれないのか。
複雑だな……。
「シュタインさん、早速魔法学校にご案内します。ブライトクロイツ魔法学校はここから馬車に乗ってニ十分の位置に在ります」
「意外と近いんですね。今日はよろしくお願いします」
「娘のレオナも私と一緒に学校の案内をさせて頂きます」
「はい、ありがとうございます」
俺達はクラッセンさんが用意くてくれた馬車に乗り込むと、魔法学校までの道を走り出した。
魔法学校は、ギルドや小さな店が立ち並ぶエリアとは別の、教育機関が集中しているエリアにあると聞いた。
しばらく馬車でザラスの町の中を進むと、背の高い建物が多いエリアに入った。
「この辺には魔法学校や剣術の学校が集中しているんですよ。当校は多くの魔法学校の中でも、一番の歴史を持つ魔法教育専門の機関です。四年制で、入学時には試験を受けて頂きます」
「入学試験ですか……」
俺は生まれてから一度も試験とやらを受けた事が無い。
小さな村で育った俺は、試験や学校とは無縁だったからだ。
「まずは学校のご案内を致します。そろそろ見えてくる頃ですよ」
クラッセンさんの言葉通り、教育機関が立ち並ぶ通りを進むと、一際背の高い石造りのお城の様な建物が見えてきた。
一体何階建てなのだろうか……。
クラッセンさんから建物の説明を聞くと、一階は教室と食堂、二階が図書室と談話室、三階から上は寮になっているらしい。
それから、校庭は自由に魔法の練習が出来る広場になっている。
校庭には、木で作られた人形がいくつも置かれており、生徒は木の人形をターゲットに魔法攻撃の練習をするのだとか。
面白そうだな……。
木の人形は攻撃を受けると自動で再生する力を持つらしく、破壊する事は不可能だという説明を聞いた。
「来月、魔法学校の入学試験があります。試験内容は魔術師になる資質を測る試験ですので、難しく考えなくても大丈夫ですよ」
クラッセンさんは楽しそうに俺達に語り掛けた。
馬車が学校の前に停まると、寮で生活している生徒達だろうか、部屋の窓を開けて俺達を見下ろしている。
どうしてこの時期にまだ寮に居るんだろう?
新学期が始まるまで授業は行われないが、遠方から来ていて家に戻れない生徒は、特別に寮での滞在を許可されるとの説明を聞いた。
早速魔法学校の中に入ってみる事にした。
金属製の巨大な扉は、クラッセンさんが杖を振るとゆっくりと開き始めた。
扉が開くとそこは大広間になっていた。
大広間では生徒達が楽しそうに魔法の稽古をしている。
「この大広間は、創設者のブライトクロイツ氏が魔法の稽古に使っていた場所なんですよ。ブライトクロイツ氏は、自身が作り出した魔法や魔法訓練の方法を書物に遺し、後世に伝えました」
ところでブライトクロイツ氏って誰だろう。
魔法の歴史について知識のない俺には聞いた事もない人物だ。
俺がポカンとした表情で聞いていると、クラッセンさんは更に説明を続けてくれた。
「ブライトクロイツ氏は、数々の新しい魔法を作り出し、自らの力で魔法都市ザラスを守り続けた英雄ですよ。二十歳の時には杖一振りで幻獣を倒す事が出来る力を持っていたようです」
「杖一振りで幻獣を!?」
俺達がパーティーで倒した幻獣を、ブライトクロイツ氏は一発の魔法で殺したというのか。
天才魔術師だったのだろうか。
世の中には信じられない程優れた人間が居るんだな。
「ブライトクロイツ氏は魔術師ギルドに登録してから二年でAランクの魔術師に認定されました。ちなみに私がAランクの魔術師になったのは、ギルドに登録してから六年でした……」
ブライトクロイツ氏は二年でAランクの魔術師になったのか。
どうせ魔法を専門的に学ぶなら、この機会に魔術師ギルドにも登録しておこうか。
複数のギルドに登録するのはルール違反ではないし、冒険者ギルドのクエストに関しては俺が指示しなくても第二パーティーがこなしてくれるだろう。
魔術師ギルドに登録する事によるメリットがあればの話だが……。
それから俺達はクラッセンさんに案内されて教室の中に入った。
天井が高く、広々とした教室で、木製の椅子と机が置かれている。
部屋の壁には授業で使う魔導書や大鍋、魔物の素材がぎっしりと並べられている。
ここに居れば魔導書をタダで読めるのか……。
なんだかそれだけでも入学する価値がありそうだな。
次に俺達は二階に上がって図書室と談話室を見学する事にした。
図書室には俺が人生で見た事もない量の魔導書が並べられていた。
魔導書は属性別、難易度順に並べられている。
それ以外にも召喚魔法に関する本や、ポーション作成、魔法の歴史や魔法道具に関する本等、様々なジャンルの本が置かれていた。
次は談話室だ。
この談話室は生徒達の交流の場になっているらしく、授業が終わると生徒達はここに集まって時間を潰すのだとか。
談話室には魔法で作られた光がいくつも浮いていて、なんとも幻想的な雰囲気を醸し出している。
談話室の中には寮で生活している生徒だろうか、十名程の若い生徒が居る。
生徒達は俺達の方を興味深そうに見つめている。
きっと俺とシルヴィアの装備のせいだろう。
白銀の鎧を装備し、腰にはブロードソードを差している俺と、ミスリル装備で身を固め、背中には盾を背負い、腰にショートソードを差しているシルヴィア。
唯一この空間に合った服装をしているのはマントを羽織っているリーシアだけだ。
すると、気の強そうな女子生徒が立ち上がってクラッセンさんに声を掛けた。
「先生! 学校案内中ですか? どうも魔術師には見えないのですが」
「はい、この方達は冒険者ギルドのメンバーですから、見た目は魔術師には見えないでしょうね。ですが、魔法の心得はある方達ですよ」
「信じられませんね。ブライトクロイツ魔法学校は最高の魔術師を育てる学校ではありませんか? どうして剣と盾を装備した冒険者が居るのでしょうか」
「その最高の魔術師を育てる学校の、生徒である私の娘を救って頂いた方達なんですよ。こちらはBランクの冒険者、レオン・シュタインさん率いるパーティーです」
「まさか……ザラスのダンジョンを初攻略した冒険者……?」
「そうです。今やザラスで知らない者は居ないでしょう。召喚獣を率いて二体の幻獣を倒し、私の娘を救出してくれました」
気の強そうな女子生徒は俺達の正体を知るや否や、心底驚いた表情を浮かべた。
「あなたの言いたい事は分かりますよ。安心して下さい。魔法を習うに相応しくない者を、学長の私が連れてくるとお思いですか?」
「そうですね……失礼しました。クラッセン先生、シュタイン様」
女子生徒は俺達に深々と頭を下げると、恥ずかしそうに談話室を出て行った。
それから最後に寮を見学する事にした。
男子生徒は三階、女子生徒は四階、特待生は五階を使うらしい。
俺達は入学試験に合格すれば五階の寮を使う事が出来る。
五階の寮は、三階と四階の通常の寮よりも広く、室内のインテリアも豪華だ。
しかし、Bランクの冒険者である俺達は、ザラスの宿を無料で使う事が出来る。
わざわざ寮で生活をする必要があるのだろうか。
朝起きてすぐに魔法の練習が出来る環境という意味では、寮での生活も良いかもしれない。
だが、一つ問題がある。
俺はリーシアとシルヴィア、それから他の召喚獣と一緒に一つの部屋を使いたい。
今までもそうしてきたからだ。
「クラッセンさん、俺達はパーティーと言うか、常に一緒に居たいんです。パーティーで一つの部屋を使う事も可能でしょうか。リーシアは俺と契約をしている精霊ですし、シルヴィアは俺の召喚獣です」
「勿論ですよ、構いません。契約を交わしている精霊とは一心同体ですからね。召喚獣に関しても問題はありませんよ」
「それなら良かった……」
入学試験を受けてみようか?
一体どんな試験か分からないが、俺達が更に強くなるためには魔法を学ばなければならない。
勿論俺は魔法の勉強もしながら、剣術も学ぶつもりだ。
「レオン、シルヴィア。私、この学校が気に入ったよ……」
「そうね、雰囲気も良いし。ここで魔法を学ぶのも悪くないかも」
「リーシアとシルヴィアがそう言うなら……クラッセンさん。俺達三人は入学試験を受ける事にします」
俺がそう言うと、クラッセンさんは今日一番の笑顔を浮かべた。
「分かりました、それでは入学試験の案内紙をお渡しします」
クラッセンさんは懐から杖を引き抜いて魔法を唱えると、宙には羊皮紙が現れた。
一体何をするのだろうか。
羊皮紙に向けて魔法を唱えると、黒いインクで書かれた文字が一瞬で浮かび上がった。
便利な魔法もあるんだな……。
俺はクラッセンさんから、入学試験や学校生活について書かれた羊皮紙を受け取ると、再び馬車に乗って、俺達の宿に戻った……。