第十二話「白い魔獣」
〈ザラスのダンジョン〉
ダンジョンの付近は、ザラスから二時間程しか離れていないにも関わらず、魔物の魔力を強く肌に感じる。
ダンジョン内に潜んで居る魔物の魔力だろうか、それともダンジョン自体が持つ魔力だろうか。
ダンジョン付近の魔物を討伐するクエストを受けている俺達は、早速新しい獲物を探し始めた。
「レオン、ダンジョンの付近は結構魔物が多いんだね」
「そうだね、ダンジョンから出てきた魔物か、もしくは元々この辺りに生息している魔物だろうね。今の俺達が勝てる相手とだけ戦おう」
「わかったよ。気をつけてね、レオン」
「大丈夫さ。俺は幼い頃から魔物と戦っているんだ。心配ないよ」
ダンジョン付近の森の中を探索していると、スケルトンとゴブリンの集団と遭遇したが、俺のファイアボルトとリーシアのアイスの魔法で仕留めた。
俺達は既に、スケルトンとゴブリンに関しては接近する必要もなく、遠距離で仕留められる強さを身に着けた。
最近のリーシアは特に成長が早い。
身長も150センチ後半はあるのではないだろうか。
人間と契約をした後の精霊の成長速度は、人間とは比べ物にならない程早い。
リーシアの説明によると、大人の体に成長した後は成長が止まるのだとか。
俺達はダンジョンの周辺の森の中を、ゆっくりと物音を立てない様に進んでいると、見慣れない魔物を見つける事が出来た。
二本足で背の低い鳥の様だ。
もしかしてアックスビークだろうか?
以前魔物に関する本で読んだ事がある。
飛行能力を持たない魔物だが、二本の強靭な足で敵を蹴り殺すのだとか。
白くてフワフワした羽根で全身が覆われており、アックスビークの羽根から作られた布団は高級品らしい。
「レオン! 可愛い魔物が居るね」
「うん、多分あれはアックスビークだと思うよ。移動手段としても使われるんだ。俺達の戦利品をザラスまで運んでもらうには丁度いいかな」
「え? 仲間にするの?」
「そうだね、これからダンジョンとザラスを往復するなら、なるべく早く、大量の荷物を運べる魔物が居れば都合が良いと思うんだ」
「だけど……あんなに可愛い魔物を殺すのは可哀想だよ」
「確かにね……」
俺が召喚魔法を使うには魔物の素材が必要だ。
今までは魔物を殺して素材を集めていたが、この魔物はどうしてかあまり殺したいと思わない。
素材が持つ魔力は、強ければ強い程、召喚時に生まれる魔物は強くなる。
アックスビークを殺さずに召喚をするとなると、羽根を引き抜いて召喚を試みなければならないだろう。
しかし、魔力をほとんど持たない羽根から、俺の召喚魔法を成功させられるのだろうか。
アックスビークは俺達を見ると、退屈そうに地面をついばみ始めた。
虫でも食べているのだろうか。
俺達を襲ってくる気はないらしい。
ますます殺す訳にはいかなくなった。
「仕方がないな。羽根から召喚を試してみよう」
「それが良いよ。あの魔物は私達を襲ってくる気配もないし、殺すのは可哀想」
「わかったよ。ちょっと待っててくれ」
俺は鞄から乾燥肉を取り出して、アックスビークに見えるように差し出した。
すると、アックスビークは恐る恐る俺の方に近づいてきた。
アックスビークが鋭いくちばしで俺から乾燥肉を取った瞬間、俺は咄嗟に腕を伸ばして羽根を引き抜いた。
羽根を引き抜かれたアックスビークは驚いてどこか遠くへ走り去っていった。
俺に手の中に残っている素材は、アックスビークの羽根が三本。
召喚のチャンスは三回だ。
俺は早速アックスビークの召喚を試みる事にした。
素材を地面の上に置いて魔力を注ぐ。
どうか強いアックスビークが生まれますように……。
しばらく魔力を注ぎ続けると、素材は弱弱しい光を放ってから、ゆっくりと光を失った。
目を凝らして見てみると、素材ごと消失していた。
「失敗か……」
「大丈夫だよ。あと二回もチャンスがあるんだから」
「そうだね、もう一度試してみよう」
俺は再び、羽根を地面に置いてから魔力を注いだ。
どうか成功しますように……。
体から両手に魔力を集め、魔力を羽根に注ぎ続けると、羽根は強く光った後、再び消失した。
「駄目か……なんで成功しないんだ!」
「レオン、素材の持つ魔力が少ないんだと思うよ」
「うん、だけど俺はこの羽根で召喚を成功させなきゃいけないんだ」
最後の羽根を握りしめると、素材からは微量だが魔力を感じた。
もしかしたら今回は成功するかもしれない。
いいや、絶対に成功してくれ。
強いアックスビークを育てて移動手段にするんだ。
俺は羽根に願いを込めてから地面にそっと置いた。
『アックスビーク・召喚!』
全力で魔力を込めた。
体内にある魔力を使い果たすつもりで、ありったけの魔力を込めると、素材からはアックスビークの温かい魔力が放たれた。
成功だ!
素材は弱い光を辺りに放ち始めた。
魔物が生まれる瞬間は何度見ても幻想的だな。
自分自身の魔力と、元の素材の持ち主である魔物の魔力が融合して、新しい魔物が生まれる。
しばらく光り輝く素材を見ていると、光りの中からは小さなアックスビークが姿を現した。
「小さいね……」
リーシアがポツリと呟いた。
さっき俺達が遭遇したアックスビークは、体長2メートルはあっただろう。
だが、今生まれたアックスビークはフーガが生まれた時よりも体が小さい。
両手で抱き上げられる程小さなアックスビークは、生まれてくるや否や、俺の胸に飛び込んできた。
「よしよし……」
フワフワした白い毛で覆われた頭を撫でると、アックスビークは嬉しそうに目を閉じた。
随分体は小さいが、召喚は成功した。
あとは強く逞しい魔物に育てれば良い。
そのためには栄養が必要だ。
俺は手持ちの乾燥肉を全てアックスビークに与えた。
生まれたばかりのアックスビークは肉が好きなのか、もの凄い勢いで食べ始めた。
そんな様子をフーガは羨ましそうに見つめている。
「フーガ! お前に弟が出来たぞ! 可愛がってやるんだぞ」
「バウッ!」
俺がフーガに声を掛けると、俺が言いたい事を理解したのか、嬉しそうに返事をしてから、アックスビークの体を舐めた。
一体俺達パーティーは何を目指しているのだろう。
人間が一人、精霊が一人。
それからファイアウルフとアックスビーク、剣と盾を持ったスケルトンが三体と、ロングボウを持ったレイスが二体。
アルシュ村には巨体のグレートゴブリンが一体。
凄いパーティーだな……。
パーティーというより、そのうち軍隊にでもなりそうだ。
魔物と人間で構成された軍隊か。
なかなか面白そうだな。
「リーシア、今日の狩りはここまでにしようか。どうやら俺は魔力を使い果たしてしまったみたいだよ」
「そうだね、私は魔法の練習をするよ」
「うん、近くで見ているよ。フーガ、レイス達を連れて獲物を狩ってきてくれないか? なるべくなら人間でも食べられる獲物を頼むよ」
俺がフーガにお願いをすると、嬉しそうに二体のレイスを従えて森の中に入って行った。
三体のスケルトンは、今日も野営地の見張りだ。
リーシアはすぐに魔法の練習を始めた。
まずはリジェネレーションだ。
この魔法は対象の体力を継続的に回復させ続ける魔法らしい。
リーシアは対象を俺に定めて、魔法の杖に魔力を込めた。
『リジェネレーション!』
リーシアが魔法を唱えた瞬間、彼女の心地の良い魔力を体に感じたが、特に体が回復しているという感じはなかった。
失敗だろう。
その後もリーシアはひたすらリジェネレーションの練習を続けた。
魔力を使い果たすぎりぎりまでリジェネレーションを唱え続けると、フーガと二体のレイスは嬉しそうに獲物を引きずって運んできた。
運んできたのは大きな白いイノシシだった。
ホワイトボアといって、田畑を荒らす悪質な魔物だ。
「よくやった! 今日はホワイトボアの焼肉にしよう!」
俺は早速ホワイトボアの血を抜いてから解体した。
すぐに血を抜いたからか、肉は比較的臭みが少ない様だ。
まぁ、多少臭みがあっても問題はないが、なるべくならリーシアに美味しい肉を食べさせたいからな。
俺はホワイトボアの肉を薄く切ってから調味料を振り、予めファイアの魔法で加熱しておいたフライパンにぶち込んだ。
ホワイトボアの香ばしい肉の香りが森の中に広がった。
俺が肉を焼いていると、小さなアックスビークが見上げている事に気が付いた。
きっとお腹が減っているのだろう。
フライパンで焼いた肉を少し冷ましてからアックスビークに与えると、喜んで食べ始めた。
今は体も小さいが、すぐにフーガよりも、俺よりも大きく成長するのだろう。
リーシアと俺が食べる分の肉をホワイトボアから切り取ると、残ったホワイトボアの肉は、面倒だから適当にサイコロ状に切って焼いた。
サイコロ状に切った肉は全てフーガとアックスビークに与えた。
こうして森の中で食事をしていると、父さんやアッシュおじさんとの生活を思い出すな。
よくアルシュ村の近くの森に入って、三人で協力して魔物を仕留めて料理を作ったものだ。
懐かしいな……。
アルシュ村の生活は懐かしいが、今更戻りたいとは思わない。
俺は念願の冒険者になったんだ。
コツコツとクエストをこなして地域に貢献しながら名を上げよう。
まずはCランクの冒険者になるのが当面の目標だ。
今回のクエストで、魔物を二百体討伐すると、FランクからEランクに昇格出来る。
きっとこのペースで狩りを続ければ、すぐにEランクの冒険者になれるだろう。
「さて、ご飯も食べ終わったし、スケルトン達と剣術の稽古でもするか」
「私はもう魔力が無いから見学しているね」
夕食を終えた俺はスケルトン達と剣術の稽古を始めた。
三体のスケルトンは日に日に腕を上げて、彼等が使うスラッシュの威力はなかなかのものだ。
細い木なら簡単に切り裂いてしまう。
やはり、魔物はしっかり育てればいくらでも強くなるんだ。
俺はスケルトン達に戦い方を教えながらも、自分自身の戦い方を研究している。
右手での物理攻撃と、左手での魔法攻撃をスムーズに切り替えて戦えるようになる必要がある。
俺は体力が尽きるまで剣を振り続けると、疲れ果ててリーシアの隣に倒れこんだ。
「リーシア、今日は早めに休もう……」
「そうだね、魔法の練習で疲れちゃったよ」
「うん、俺も今日は召喚魔法のせいで魔力を使いすぎたよ」
「でも、アックスビークが生まれて良かったね。今日は宿には戻らないんだよね?」
「そのつもりだよ。生まれたばかりのアックスビークを連れて宿に戻るのは危険だし、ザラスまでの道で魔物に襲われても危ないからね」
「宿代がちょっと勿体ないかも……」
「確かにね。明日は宿に戻ろうか」
俺はテントの中に入ると、リーシアの隣に布団を敷いて横になった。
明日も魔物を狩りまくろう。
兎に角、今日は新しい仲間が生まれて良かった。
きっとアックスビークは俺達の移動手段として活躍してくれるはずだ。
「レオン、おやすみ」
「おやすみ、リーシア」
リーシアは布団の中から眠たそうな目で俺を見つめている。
彼女の紫色で宝石の様な目は、いつ見ても美しい。
このままリーシアと二人で一緒に居られたら、どれだけ幸せだろうか。
早めに寝るとしよう……。
俺は布団の中に小さなアックスビークとフーガを入れて、抱きしめながら眠りについた。