第十話「冒険者ギルドと魔物」
冒険者ギルドを出ると、辺りは夕方になっていた。
まずは宿を探そう。
それからリーシアのための魔導書と仲間の装備を買わなければならない。
俺達はギルドや小さな店が立ち並ぶ商業区を歩いていると、一軒の古ぼけた宿を見つけた。
俺の今の手持ちは50ゴールド程だ。
宿は安ければ安い程良い。
きっとこの宿なら一日1ゴールド前後だろう。
俺は早速古ぼけた宿の扉を開ける事にした。
〈酔いどれの冒険者亭〉
酔いどれの冒険者亭?
なんだか不思議な名前だが、宿代が安ければどこでもよい。
宿の扉を開けた瞬間、古ぼけた外見とは裏腹に、冒険者の身なりをした人達で溢れていた。
どの冒険者もあまり裕福な感じはしないが、なんとなくこの宿の雰囲気は良い。
俺は早速宿の受付で宿泊費を確認する事にした。
「すみません、この宿は一泊いくらですか?」
「一番安い部屋なら1ゴールドだよ。魔物も一緒なら一泊2ゴールドだ」
一泊2ゴールドか。
思ったより高くはないな。
とりあえず一週間、この宿に滞在する事にしよう。
この宿を拠点に、しばらくの間はザラスで受けられる簡単なクエストをこなしていけばいい。
「それなら一週間でお願いします」
「14ゴールドだよ」
宿泊費を支払うと受付の女性は部屋の鍵を渡してくれた。
「部屋は三階の一番奥の部屋だ。好きに使うと良い」
「ありがとうございます」
「飯が食べたきゃ一階の酒場で適当に食べるんだね」
「わかりました」
かなりザックリした説明を受けた俺達は、早速部屋に入ってみる事にした。
俺達の部屋は三階の一番奥の部屋だと言っていたな。
木で作られた階段を上がって一番奥まで進むと、そこには立派な装飾がされた扉があった。
部屋の扉を開けてみると、室内は白を基調とした温かい雰囲気の部屋だった。
部屋の天井にはファイアの魔法を灯したランプがぶら下がっている。
部屋にはベッドが二つあり、小さい浴室まである。
「意外と綺麗だね……この宿が一日2ゴールドか。ザラスって思ったより物価が高くないんだね」
「私は宿に泊まるのが初めてだからわからない……」
「え? そうなの?」
俺はリーシアの過去はあまり聞かないようにしている。
廃村の教会の中で力ない姿で倒れていた事を考えれば、過去につらい経験をしたからに違いないと思うからだ。
それに、リーシアは俺と出会ってすぐの頃は、俺以外の人間と関わろうとしなかった。
今でもそれは変わらない。
冒険者ギルドの受付でも、宿の受付でもリーシアは俺の後ろに隠れていた。
宿に泊まる事が初めてか……。
「リーシア、この宿は結構良い方だと思うよ、見た目は微妙だけど、安くて部屋に浴室まである! 冒険者ギルドも近いから通いやすくていいよね」
「そうだね。これからどうするの? 魔導書を探しに行く?」
「うん、魔導書を取り扱っている店に行こうか、その後はスケルトン達とレイス達の装備を揃えよう」
「わかったよ」
リーシアは微笑むと小さな手で俺の手を握った。
彼女の手から感じる魔力は、冒険者ギルドのベルネットさんに似ている。
具体的に表現は出来ないが、なんとなく温かくて落ち着く魔力だ。
俺はリーシアと手を繋いだまま宿を出た。
日が暮れたザラスの町は活気で溢れていた。
俺が住んでいたアルシュ村とは大違いだ。
俺達は宿や小さな店が並ぶ通りをぶらぶらと歩き始めた。
「レオン、私はまさか自分が冒険者になるなんて思わなかった。私、生まれてから今まで精霊の森に住んでいたの」
「精霊の森? きっと人間が入れないような森の中で生活をしていたんだね」
「そう……私は人間と契約をして立派な精霊になりたかったの。自分の力で生きていける強い精霊になりたい」
「リーシアならきっと強い精霊になれるよ。それに、リーシアは今でも十分立派な精霊だよ。レイスとの戦いでも俺達を守ってくれたじゃないか」
「そうかな……」
と言うとリーシアは少し嬉しそうに俺の顔を見上げた。
既に彼女は、初めて会った時の様な、弱々しい少女の様な雰囲気はなく、大人の女性に成長しつつある。
人間と契約を交わした精霊は、これ程までに早い速度で大人へと成長するのか。
俺はこれからの人生で、リーシアと共に冒険者としてこの世界を旅するつもりだ。
俺自身も、リーシアや魔物達の力に頼らずに、他人を守れる強い冒険者になりたい。
俺達はしばらくザラスの町を歩いて回っていると、小さな魔法道具の専門店を見つけた。
店の外から店内の様子を覗くと、背の低い魔術師風の男性が、何やら難しそうな顔をして魔導書を見つめている。
きっと彼が店主に違いない。
早速店に入ってリーシアの新しい魔導書を買おう。
〈ブルックの魔法道具専門店〉
俺達が店内に入ると、店主はすぐに俺達の元に駆け寄ってきた。
背の低い店主はきっと人間ではない種族だろう。
もしかしたら彼も精霊かもしれない。
まさかな……。
「いらっしゃい! ブルックの魔法道具屋にようこそ。魔法の杖、魔導書、ポーションなんかを探しているなら私の店で買っていってくれ!」
「実は彼女のための魔導書を探しているんです」
「魔導書か! ちょっと失礼。属性を確認させてもらおう」
店主のブルックさんは、ベルトに挟んでいた木の杖を抜くとリーシアに向けた。
何やら聞いた事もない魔法を唱えると、優しい光がリーシアの体を包み込んだ。
「もしや精霊か……? 人間とは違う魔力の流れを感じる。体の中に二つの魔力の流れがあるな……片方は人間、片方は精霊で間違いないだろう」
「私は精霊のリーシアです」
「やはり精霊だったか、精霊が魔術師を目指すという事か。それなら喜んで協力しよう! 実は私も体に精霊の血が流れている。母が精霊で父が人間なんだ。この通り背も低い。さてさて話を戻そう。魔導書を探しているんだってな。体から感じる魔法の属性は、聖属性と氷属性。回復魔法や防御魔法には適性があるようじゃ、氷属性の魔法もまだまだ未熟じゃが、これから優れた魔術師になるだろう」
ブルックさんは小さな体で店の中を駆け巡ると、二冊の魔導書を持ってきた。
「今のお嬢さんにはこの魔法が良いだろう。力と癒しだ。自分と仲間を守るための力、それから仲間を癒すための力、そんなものを望んでいたんだろう?」
「はい……!」
ブルックさんがリーシアに手渡した本のタイトルは『魔導書・アイスランス』、『魔導書・リジェネレーション』だった。
アイスランスは氷の槍を飛ばす魔法で、リジェネレーションは対象の体力を常に回復し続ける魔法だという説明を聞いた。
魔法都市に魔法道具の店を構えているだけあって、ブルックさんが選んだ魔導書のチョイスは完璧だった。
確かにリーシアには攻撃手段と回復手段が必要だと思っていた。
「代金は15ゴールドだよ」
俺はブルックさんに代金を支払うと、ブルックさんは俺に対しても杖を向けた。
「お主の体からも精霊の魔力を感じる……それもとても強力な精霊の力を……」
「そうです、俺は精霊王ガウスの加護を受けています」
「精霊王の加護を……! 今日は運が良い日だ。こんなに立派な冒険者と出会えたんだからな! 君達のこれまでの冒険の話を聞かせてくれないか」
「え……? 良いですよ」
俺はブルックさんにお茶を淹れて貰って、ゆっくりと時間を掛けて、リーシアとの出会いや、魔物達を素材から召喚した話をした。
「そうか、今はFランクの冒険者という訳だな。なぁに、心配せんでも精霊と人間が組めばすぐにAランクの冒険者になれる!」
「え? そうなんですか?」
「私はその様に思うぞ。二人の相性が良ければどこまでも強くなれる。それにレオンといったな、自分自身に与えられた精霊王の加護を使ってレイスまで召喚してしまうとは……レイスなど、とても並みの冒険者が扱える魔物ではない。魔物を意のままに操る冒険者か、きっと偉大な冒険者になるだろう」
俺はブルックさんから褒められて何だか嬉しくなった。
これからも更に新しい魔物を作り出して効率よくクエストを達成しよう。
きっと俺とリーシアなら出来るはずだ。
「ところで、最近ザラスの近くにダンジョンが出来た事を知っているかの? これからこの町で名を上げたいなら、誰よりも先に新しいダンジョンを攻略してみてはどうかの」
「ダンジョンですか……面白そうですね! 明日にでも情報を集めてみようと思います」
「ああ、そうしてみると良い。また魔法の事で困ったらいつでも訪ねてきなさい」
「ありがとうございます!」
俺はブルックさんに礼を言うと、すぐに店を出て武器を買いに行く事にした。
ダンジョンの攻略か……。
なんだかやっと冒険者としての生活が本格的に始まってきたような気がする。
俺はこの町で、リーシアとフーガと共に成り上がってやるんだ。
俺は父を超える冒険者になる……。
「レオン、これから武器を買いに行くの?」
「そうだよ。スケルトン達とレイス達の武器を買ったら今日の用事は終わり。宿に戻って食事でもしようか」
「わかったよ」
それから俺達は、低価格で質の良い武器を売っている店を探し出して、スケルトン三体分の剣と盾、それからレイス二体分の弓と矢を買った。
新しい武器は『鉄鋼のショートソード』『鉄の盾』『ロングボウ』だ。
アルシュ村からザラスまでの道で手に入れた装備や素材を全て武器屋に売って、やっと新しい装備を揃える事が出来た。
残りの所持金は10ゴールドだ。
早めに新しいクエストを受けてお金を稼がなければならないな。
宿に戻ると、宿の一階の酒場では、冒険者達が楽しそうにお酒を飲んでいた。
俺達は2ゴールド出して、久しぶりに豪華な夕食を食べた後、部屋に戻ってすぐに休む事にした。
〈レオンとリーシアの部屋〉
まずは旅で汚れた体を洗うために湯に浸かる事にした。
リーシアは新しい魔導書を食い入るように見ている。
彼女はすぐにでも魔法の練習がしたいといった様子だ。
俺は湯船に水を張ると、久しぶりに暖かい湯の中に浸かった。
「今日も色々な事があったな……冒険者ギルドでのマスターとの出会い。ブルックさんとの出会い。それに新しいダンジョンが出来たのか、俺達が挑むには丁度いいだろう……」
俺の人生はリーシアと出会ってから大きく動き始めた。
彼女と出会った事が、俺の人生を大きく前進させている事は間違いない。
冒険者になる事も出来ず、小さな村でくすぶっていた俺が、今では多くの仲間に囲まれて楽しく生きている。
人生はほんの小さな事で変化するんだ。
もし俺があの時、廃村に行かなかったら。
もし俺が教会の中に入らなかったら。
精霊の契約をしなかったら……。
きっと今の俺は居ないだろう。
「リーシアに出会えて良かった……」
俺が小さな声で呟くと、浴室の扉の向こうからリーシアの綺麗な声が聞こえてきた。
「レオン……私もレオンに出会えて良かった。これからもずっと一緒に居たいよ……」
「え!? 聞いていたの!」
「うん……レオンの近くに居たいから」
嬉しいな。
リーシアが俺と一緒に居たいと思ってくれている。
最高の気分だ。
その後しばらくお湯に浸かってから部屋に戻ると、リーシアはベッドの上で横になっていた。
「遅い……」
「ごめん。久しぶりの風呂だったからつい」
「私も入ってくるね」
「わかったよ」
リーシアはそう言うと浴室に入って行った。
先にベッドに入ってリーシアを待つか。
俺はベッドに入ってフーガを抱きしめていると、知らないうちに眠りに落ちていた……。
〈リーシア視点〉
精霊の契約をしてくれた人間がレオンで良かった。
精霊王の加護欲しさに、私と無理やり契約をしようとする人間は今までにも数多く居た。
私を無理やり押さえつけて指環を嵌めようとした人間。
私をだまして精霊の書を奪おうとした人間……。
私は今まで人間に対して不信感を抱いていた。
だけどレオンは違う。
傷ついた私を優しく受け入れてくれた。
「リーシアと出会えて良かった」
浴室の中からレオンの心地の良い声が聞こえた。
私が一番聞きたい言葉。
ありのままの私が、弱い私が、そのまま受け入れられてもらえる事。
「レオン……私もレオンに出会えて良かった。これからもずっと一緒に居たいよ……」
これが私の本当の気持ち……。
私はレオンが浴室から出た後、すぐにお風呂に入った。
私がお風呂から上がると、レオンは既に寝てしまったみたい。
私はフーガを布団の中から出してもう一つのベッドに寝かせると、レオンの腕の中に潜った。
「レオン……おやすみ」
「リーシア……」
レオンは私に気が付くと、いつもより少し強く抱きしめてくれた。
私はレオンの心地の良い腕の中で抱かれながら目を瞑り、眠りに就いた……。