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11.あ! 野生の丸刈りが飛び出して来た!



 組織票獲得の決意を新たにした僕と益子さんは早速、放課後にグラウンドを訪れた。目指すは最大の部員数を抱える……野球部。


「た~のも~う!」


 益子さんの可憐にして大胆な声が球場に響き渡る。完全にやり方が絶滅危惧種に指定されてそうな「道場破り(ヒト科)」のそれだ。しかし皆練習に熱心で、誰一人振り向く人はいない。というか場所が悪かった。声を掛けるなら校舎側から近いライト付近ではなく、もっと奥まったバッターボックス付近で声を掛けた方が……。


「返事がありませんね。……この弱小野球部」

「だぁぁぁぁれが弱小だ、この野郎!」


 そこで益子さんが舌打ちするように呟くと、丸刈りで体躯に優れた男がすごい剣幕でバックネット方面から迫って来た。いや、聴力いいな、おい。


「あ! 野生の丸刈りが飛び出して来た!」

「野生の丸刈り? なんだお前たち。野球部に何のようだ」


 ごもっともな質問だが、目の前の男が全速力で駆けつけて来た為、練習が一時的にストップしていた。部員の注目を一身に浴び、ちょっと居心地が悪い。


「ん? あぁ、お前たち、練習を続けろ!」


 そんな僕の微妙な表情を感じ取ったのか、男が慣れた感じで指示を飛ばす。「うぉ~い」などの呼応があり練習が再開された。え~っと、と僕は愛想笑う。


「僕たち、今度の選挙の会長立候補者と推薦者なんですけど。部長さんって――」

「部長は俺だけど……会長立候補者って、何だ、美味い話でも持って来たのか?」


 指示を出していたし、やっぱりこの人が部長さんなのか。

 そう思った直後、益子さんが僕に視線を送って来た。


「へっ!」


 こいつは話が早そうだぜ、旦那。益子さんの不敵な笑みがそう語っている。物語り過ぎている。女の子なんだから、もっと色々と自重しようよ。


「えっと……まぁそれで、折り入って相談なんですけど、あの……」

「部長さん、賄賂ほしくありませんか? わ・い・ろ☆」


 僕が小判を菓子折りに包んで渡そうとすると、益子さんが銭投げした。何というド直球。スポーツマンシップに則っているのだろうか。……なに言ってんだ、僕。


「賄賂? なんだそりゃ?」

「はい。ぶっちゃけて言うと部費の話です。今の部費で足りてますか?」


「そりゃ、足りてるか足りてないかっていや足りてないけど……それがどうした?」


「素晴らしいです! 良く聞いて下さい、このマルガリータ! 次世代アイドルのこの益子、会長立候補者の私は、野球に大変興味があります。興味津津です。つまりは……部長会議では、色々と援助を惜しまないでしょう。そして今の話とはまっったく、えぇ、微塵も関係ありませんが、来年度の部費は期待できるかもしれません。ここに益子、断言します。野球部の部費、上がっちゃうかもよ! と」


「なに! それは本当か!?」


 マルガリータとか次世代アイドルとかいった謎単語は置いといて、思った以上に部長が食いついてきた。益子さんの話の内容も、まぁギリギリ大丈夫だろう。何よりもこの反応から、益子さんのお姉さんがまだ交渉に来てないことが分かった。


「ふふ、どうですか、この益子に興味が出てきましたか? 野球部員に私が野球に興味津津だとお伝え頂けそうですか? それとこれとはまっったく、微塵も関係なく、来年度の部費が部長さんの手腕で上がりそうだと言えそうですか?」


「へ? あ、あぁ。なるほどね、そういう話ね。そりゃ、さ。こっちとしてもアンタに興味を持たざるを得ないというか……。ねぇ? げっへっへ」


 なんという笑顔をしているのだろう、このスポーツマンは。


「ぐへへ」


 そしてなんという笑みを返しているのだろう、この立候補者は。

 こんな場所にいて、自分の青春が不安になった。


「しかしだな」


 と、そこで部長が暗黒面からご帰宅なさった。


「俺にも部長としての面目というものがあるんだ。アンタらが具体的に言えないのは察したが、本当に部費は上がるのか? 部員に伝えるだけ伝えておいて、いざアンタが会長になって部費が上がらなかったら、俺の面目が丸潰れになるんだが」


「ご安心ください。この益子、武士(もののふ)の中の武士(もののふ)、二言はありません!」


「いや、だから口では何とでも……いや、うん、アンタは別に何も言ってない。言ってないがさ、ごにょごにょをどうやって保証してくれるかが問題なんだが……」


 察しが良く、あまりにもゲスい笑顔が似合うから失念しがちだったが、目の前にいるのは紛れもない野球部の新部長だ。組織内における自分の立ち位置や信頼関係について苦慮するのは当然のことだった。保証、保証か。どうしたものか。


「分かりました。では、私が信頼のおける人物だと信じることが出来れば良いのですね。益子の言葉に二言はなかったと。そして私が野球大好きだということを部員に強く印象付けることが出来、尚且つ、野球部に利益を与えることが出来れば」


 考え込んでいた僕は益子さんの言葉に瞠目する。無為無策だ裸単騎だ、(ふんどし)一丁だと言っていた彼女が「利益を与える」という言葉を使い、交渉を持ち掛けている。


「ん? あぁ、まぁ、そうだな。そういうことになるけど」


 そして現実的に、野球部の部長に揺さぶりをかけている。情緒の奥深くに居座っている感じ易い何かが、不思議な感動を僕にもたらし……。


「結構です。ところで、野球部の成績は芳しくないと同級生のソフトボール部員から聞きましたが……近々、試合はありますか?」


「試合? それなら丁度日曜日に練習試合があるけど……それがどうした?」


「それです。この益子愛、ここに宣言します! 日曜の練習試合、東雲あえかちゃんを連れて、野球部の応援に行くと!」


 ほほぉ、あえかか。確かにあえかを連れて応援に行けば野球部も喜ぶだろう。それで益子さんの信頼も…………って、あえか!? いや、あえかを連れて応援!?


「いやいやいやいやいや、益子さん、ちょっと!? あえかを連れて応援って」

「東雲あえか……うおっ!? あの一年の女神様みたいな娘か!? マジか!?」


「落ち着いて下さい、マルガリータ大将軍。それだけではありません。応援に際しては、あえかちゃんに激ミニスカな衣装を! チアリーダーの格好をさせます!」


「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉおぉおおおぉおおおぉぉ!」」」


 益子さんが言い終わると同時に、ここは戦場(いくさば)かとばかりに野球部員が兵卒じみた咆哮を上げ、僕らを囲む。カオスが惜しげもなく半額セールだった。


「な……お前! それは本当か!?」


 聞き耳を立て過ぎな部員を代表し、部長が興奮した面持ちを隠さずに尋ねる。


武士(もののふ)に二言はありません。いざ、参ろうぞ(ワイロード)!」


 一方、益子さんは目と唇を笑みの形に結び、楚々と応じる。武士っぽく「参ろうぞ」と言ったようだが、僕だけにはしっかりとワイロードと聞こえていた。




* * *




「で……あえかにチアリーダーの格好をさせるなんて、どうするの?」

「陣内P、ただのチアリーダーではありません。ミニスカチアリーダーです!」


「いや、なんでちょっと興奮してるの?」


 野球部との間に一応の約束を取り付けた僕たちは今、黄昏色に覆われ始めた校舎の廊下を歩き、教室へと向かっていた。その前にソフトボール部に寄って益子さんは初音に声を掛け、共に部室に消えたと思ったら紙袋を二つ携えて出てきた。


「それで、その、ミニスカチアリーダーの件なんだけど」


 チラチラと紙袋の内側に視線を向ければ、カラフルな色をした布切れが見える。嫌な予感が我が国の負債のように、一秒一秒と膨れ上がっていく。


「はい、その件に関してはこの益子愛にお任せ下さい。先ずはあえかちゃんを教室に呼び出します」


「いや、もう放課後で学校にいないと思うけど」

「ふふ、その件に関してはご安心ください。あえかちゃんは、“たまたま”図書室にいたそうです。というか、既に連絡を取って呼び出しています」


「いつの間に!?」


 益子さんがあえかに連絡を取っていたことにも驚けば、連絡先を交換していたことにも驚いた。あえかは滅多に連絡先を教えないし、携帯電話が嫌いで殆ど弄らない。微妙に機械音痴だったりもする。そのことで初音に笑われ、よく怒ってた。


「そして陣内P、ここからは陣内Pの仕事です。この激ミニスカチアリーダーの衣装を手に戴き、あえかちゃんに土下座してください。ちょっと面白い光景を展開し、特殊なプレイを恋人に強要する変態のように迫って下さい。得意ですよね?」


 紙袋からオレンジを基調にした秋には寒々しくも思える衣装を取り出し、そんなあえかに「これを着ろ」と僕に言わせるつもりらしい益子さん。


「得意じゃない。全然、得意じゃない。っていうか、やっぱそれ、チアリーダーの衣装だったんだ。……なんであるの?」


「はい、ソフトボール部が新人勧誘に際してノリで買ったそうです。以前に見たことがあったので頼んだら、部長さんの許可も得て貸して頂くことができました。来年は初音ちゃんも着るとか」


「あ、そうなんだ。初音もね。うん、別に見たくないな」


 初音については保育園から今まで様々な姿を見てきているが、自分でも驚く位、全くと言っていい程に、その格好についてどんな感想が浮かんでくることもない。

 

「そんなことよりいいですか陣内P、あえかちゃんに頼む際の筋書きはこうです。『ちょ、あえか、聞いてくれよ。俺~野球部の助っ人にマジ要請されちゃったんだけど~。ぱねぇ、頑張れる自信なさすぎ。あっ、でもぉ、フヒ、フヒヒ、あえかがさ、ミ、ミ、ミミミ、ミニスカチアリーダー姿で、お、応援してくれれば~、頑張れるかもしんねぇ。おひょ、おひょひょ、げひょひょひょ』といった感じです」


「益子さんの中で、僕のキャラはどんななのさ」


 僕の気持ち悪いキャラをどうにか払拭したい。が、今はそんなことよりも考えるべき事項が控えていた。あえかにどう頼むかだ。助っ人を頼まれたことにして、あえかに来てもらう……か。野球、殆どやったことないよ。どんな助っ人だよ。


「というか……あえかにチアリーダーでしょ? 絶対無理だと思うけど」

「なら、『僕の女王様になってください!』では、どうですか」


「余計だめだから!」


 そんな遣り取りをしている間に教室に着いてしまう。あえかが一人、薄墨のようにぽつりと、どこか不安げに茜色に照らされていた。


「益子さんに……優さん? その、私に用とは一体」


 あ~~あのですね、とつい敬語で応じそうになるところを益子さんが先んじる。


「はい、野球部から組織票を得るべく、陣内Pが野球部の練習試合に助っ人に入ることになったのですが……“あえかが応援してくれないとやる気になれない”。“マイラブリィエンジェル、あえかたん♡”そう駄々をこねまして」


 何でさっきから、ちょいちょい僕がキモいキャラになってるんだよ。後半のは駄々じゃないし。というか、助っ人路線で進めると野球部にも迷惑がかかる気が。


「優さんが助っ人? それに、駄々をこねるなど。ま、まいらぶりぃ、えんじぇる」

「あえか、違うからね!? 言ってないからね!?」


「いいえ、私は確かに聞きました。その後に“はぁ、はぁ”と続くのを」

「問題を複雑にするのやめて!?」


「ふふふ。では後はお若い二人で。私は失礼させて頂きます」


 散々場を掻きまわした挙句、親戚のお節介な結婚おばさん(想像上の生物)のような言葉を残し、益子さんは鞄を手にすると教室から姿を消す。


 二人っきりになった途端、教室に気不味さが間借りする。

 おずおずと、ちらちらと伺うような視線をあえかが僕に向ける。


「優さん、その、本当なのですか?」

「はぁ……まぁ。その、なんというか……助っ人に? なるみたい」


 僕は煮え切らない態度で応える。だがこうなれば、迷惑は承知で野球部の部長に頭を下げ、どうにか練習試合に助っ人で出してもらう他ない。


「もぉ! そのことではありません!」

「へ?」


 と、静かに決意を固めていたら、あえかにたしなめられてしまう。


「その……私が、応援しなければ、やる気にならないというのは」


 視線を転じると、あえかは顔を赤くしてモジモジしていた。恋とは生き物になることだ。そんな、何処かの国の文学者の言葉を思い出しそうになる。


 沈黙が通り過ぎ、お互いの唇が無言を読む。


「その、優さんは最近、益子さんと毎日一緒にいるのですか?」

「いや、まぁ同じクラスだし、一応これでも彼女の選挙プランナーだから」


「……それ以上の意味は、そこにはないのですか?」

「え?」


 瞬間、僕は意味を捉えかねた。言葉の口触りを確かめるように答える。


「それ以上の意味? そんなの、ないけど」

「そ、そうですか! べ、別に、優さんがどこで何をしていようと、私には関係ないのですけどね」


 そして、突如として上機嫌になるあえか。少し頬が緩む。小さい頃から変わらない。あえかは僕の目に、全く別の生き物のように映る。ちょっとのことで不機嫌になったり、笑ったり、悲しんだりする。不思議な彼女。不思議な幼馴染。 


『優くん』

 

 僕の心は彼女を前に、急に何か強い感情に染まりたがり……。


「ところで、その手にしているのは、なんですか?」

「ん? 手にって……わあぁぁ!」


 過去から現実に立ち返り、思わず手を後ろに引っ込める。チアリーダーの衣装が入った紙袋を隠した。こんな衣装を持って何かに感じ入っている場合ではない。


「優さん、何を隠されたのですか?」

「いや、別になんでも」


「そうですか……はぁっ!」


 長い睫の下にけぶる、宝石のような瞳でじろりと睨みつけられた。かと思えば素早い動きで後ろに回り込まれ、手から紙袋を奪い取られてしまう。


「もぉ、許嫁に隠し事をするなん……って、な、なんですかこれは!」

「えっと……チアリーダーの衣装?」


 そこであえかは紙袋から(くだん)(ぶつ)を取り出し、不審に声を荒げた。


「チアリーダー? なぜこんなものを優さんが? まさか、そんな趣味が!」

「いや、ちょ、誤解だから! その、あの……」


 あぁ、もう! ここまで来たら言うしかない! 

 瞬時に決意を研ぎ澄ませると、僕は声を放った。


「練習試合! あえかがこの衣装を着て応援してくれたら、頑張れるかなって思って! それで、たまたま益子さんが用意してくれて、本当、ただそれだけで!」


「わ、私が……こんな布切れに等しい衣装を?」


 言い切った途端、焦りにも似た(かつ)えた思いが胸に広がり、じんと何かが痺れた。まずい。あえかの声が震えている。手を戦慄(わなな)かせ、衣装を物凄い凝視している。


「いや。その、ごめん。やっぱ無理だ――」

「いいでしょう……これも戦いです」


 だが我らが天使は、挑戦を受けるとでもいった塩梅で不敵に笑うのだ。それは僕が見る、初めてのあえかの顔だった。負けず嫌いにも思わせるストイックな笑み。


「あの、あえか、さん?」

「優さんが望むのであれば、分かりました。これを着て行けばいいのですね?」


「はぁ……えぇ、そうなんですけど」


 ふ、ふふふ、と壊れ物のようにあえかが笑っている。怒りなのか、喜びなのか、屈辱なのか、怨嗟なのか、僕にはあえかの感情を伺うことが出来ない。


「時間は?」

「えっと、日曜朝、十時にグラウンド集合の予定だけど」


「分かりました。必ず参ります……その代り、陣内家に恥じぬ戦いを見せて下さい。いつものように八割ではなく、全力の戦いを私に見せて下さい。いいですね」


 そのままあえかは紙袋を手に、「先に帰らせて頂きます」と教室から姿を消した。よく分からない内に、問題の解決が図られ、僕は途方に暮れたようになる。


「え? マジで?」


 物語を見失った、主人公みたいに。



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