10.生意気なツインテールを生徒会室の窓から放り出そうとしたら、巨乳さんが現れた件について
「うん。何度見ても、思った以上に目立ってるな」
十月二十一日の金曜日。一時間目が終わり、僕は朝のホームルームで配られた選挙広報を改めて見ていた。立候補者の自己紹介文と共に、マニフェストが役職順に、学年順に並べられている。つまりは一年の益子さんが先頭にきているのだが。
『私が生徒会長になった暁には、学年一の美男美女を書記と会計にします』
他の会長候補者が「ボランティア」や「開かれた生徒会」と、誰に利益を示しているのか分からない公約を掲げるなか、益子さんの公約はインパクトもあり、意味が分からないという点も含め、思わず二度見してしまう程に目立っていた。
そして今朝はあえかと東くんに承諾を得て、朝から校門の前で益子さんと共に立って貰った。校内演説はまだ始まってないから、選挙関連のことは何も喋っていない。ただ立っていただけ。だが朝練を含め、殆どの生徒がその姿を目撃した筈だ。
「なんで二人が……」と、疑問に思った人は、このマニフェストを見て意味が開けた筈だ。学年一の美男美女。書記と会計候補は、あえかと東くんの二人だと。
実際、この広報が配られて「我がクラスからは益子大先生が出るからな。生徒会長だとよ。皆、応援してやれ。社会勉強として賄賂に挑戦するのも手だ。隙あらば袖の下に色々と突っ込め」と夕子先生が適当に紹介し、皆が広報に注目した後の反応はかなり良かった。は? となった後に、え? となり、嘘!? と続く。
「学年一の美男美女って……あれ? 今朝、益子が東雲さんと立ってなかった?」
「キョースケもいた! キョースケだよ! これ、絶対キョースケだよ! というか、昨日のライブに益子さん出てたもん! 歌、めっちゃ格好良くなってて、益子さんがステージ上でギターを叩きつけまくってた! 私、見たもん!」
教室は一時騒然となったが、益子さんはニコニコしていた。そして今は色んな生徒から質問責めにあっている。反応は上々。作戦は上手くいったと言えるだろう。
「さすがは陣内Pですね。よっ、この腹黒大臣! この益子、感服いたしました」
「本当に東くんを引きこんじゃったんだ。ねぇねぇ、ユウちゃんどうやったの?」
などと考えていたら、益子さんと初音が席にやってくる。背後に昨夜のライブハウスで見かけた娘も何人かいた。東君関連で聞きたいことでもあるのだろう。
「いや、まぁ、それはだね」
「ん? ユウちゃん?」
ただ、小さな成果に喜んではいられない。例の益子さんのお姉さんがいるからだ。彼女のマニフェストも簡潔で力強く、見る者に説得力を与えていた。はっきり言って、やられたと思った。組織票を獲りにいける、政治力のある人間……。
『無駄な支出を省き、合理化を行う。その上で、全ての部活の部費をアップだ!』
くっ、なんて直接的な利益の示し方! 組織票を取りに来たか!?
そんな大それたことが実現可能かどうかは分からない。だが、もしも、もしもだ。それを現実的なプランとして各部活の代表に説明し、交渉された日にはどうなる? 一年生を含んだ組織票をごっそり持っていかれる恐れがある。それはマズい。
しかし、だからといってどうする? いくら僕らが一年生に変化球的な利益を示した所で、部活の関係性は強固だ。先輩と後輩。上から命令され、また部費アップという現実的な利益を示されたのなら従ってしまうだろう。ならば、ならば……。
視界の内では考え込んでいる僕を怪訝に思うかのように、初音が背後の友人と顔を見合せていた。益子さんだけが全てを心得ているといった顔で問いかけてくる。
「陣内P。それで、次の作戦は?」
「次は……僕たちも負けていられない。組織票を獲りにいく!」
宣言通り、昼休み開始と共に僕は動いた。益子さんは視聴覚室で今日の予定となっている「選挙グッズ作成」について選挙管理委員から説明を受けるそうだ。一方、僕が向かったのは別校舎三階。つい先日、益子さんと共に足を運んだ場所。
「失礼します! すいません、部費の内訳を見せてもらえますか?」
直接的な利益の最たるもの、部費の内訳がどのようになっているのかを調べる為、生徒会室を訪れた。すると――
「え? 部費? というか何なのよ、アンタ、いきなり!」
何だろう。見ていると猛烈に苛めたくなる、ちっこくて反抗的なツインテールがいた。生徒会室にいるということは役員で、上級生なんだろうが……んん?
「あの、僕は会長立候補者の推薦人で、一年六組の陣内と申します。選挙活動の為にも現在の部費がどうなっているのか知りたく思い、部費の内訳を――」
「ぶひぶひぶひぶひ、五月蠅いわね! 何よ! 私がブタって言いたいの!?」
「………………」
「………………ちょ、ちょっとぉ! 何か言いなさいよ!?」
「あ、は、はい。えっと、」
な、何を言っているんだ、この人は? 絶句してしまった。話が通じない。猛烈に頭が悪そうだ。頭が悪いツインテールだ。どうやってこの学校に入った? 可愛い顔が色々と台無しだ。だが不幸なことに、生徒会室にはこの人しかいない。
「あの豚の鳴き声じゃなくて、部活動における費用を――」
「あぁぁ! アンタ、今私のこと豚って言った!?」
「言ってません」
「言ったもん! 聞いたもん! なぁによぉ、豚じゃないわよぉ!?」
オーマイガ! 神よ、このツインテールを巴投げで窓から放っていいですか? ギャ~~! とか言って泣き叫びながら落ちていく声を聞き、ほくそ笑んでも?
と、僕が神に適当に祈りを捧げ、「可」という天啓を今にも得そうになっていると、背後で扉の開く音がした。振り返ると、疑問符付きのおっとりとした声が。
「あらぁ? どちらさま?」
「ゆ! ゆかりぃぃいぃ! こいつが私のこと、豚っていったぁ!」
「いや、だから言ってませんってば」
扉を開けたのはいかにもお姉さんといった雰囲気の、髪を腰まで伸ばした凹凸のはっきりした女性だった。この人も生徒会役員なんだろうか。というか凄いボリュームだ。椅子を蹴って詰め寄るツインテールの声を聞き、困った顔をしている。
「ゆぅかりぃぃぃぃ! ゆぅぅかりぃぃぃ!」
FかGな(F)ファンキーで(G)グラマラスなブツに顔を埋め、ツインテが叫ぶ。
「えっと……君、女の子を豚よばわりしちゃ、だめだぞっ☆」
「いや、そうではなくてですね。僕は部費の内訳を」
「ほらぁ! ぶひぶひ言って、私をいじめるのぉ!」
「せい!」
あ……凹凸先輩の胸から顔を離したツインテに、思わずチョップしてしまった。
「ぷ……ぷぴぃぃぃぃ!」
奇妙な声を上げる奴だな。
「……と言う訳で」
そこで凹凸先輩――もとい春日先輩に事情を説明し、仕切り直しが行われる。
「彼女の勘違いです。僕は会長立候補者の推薦人で、今後の選挙のためにも、現在の部費の内訳を調べようと思ってですね」
「あらぁ、そうだったのぉ。ごめんなさいね。ちょっと萌は頭が弱いからぁ」
「うぅぅ弱くない! 弱くないもん!」
それから「ちょっと待っててねぇ」とごそごそと戸棚から書類を探し始めた春日先輩を待ち、部費の内訳が細かく記入されたプリントを受け取る。エクセルで作成されたと思われる資料は、実務的でかなり分かりやすかった。
「あの……これって、持ち出しは?」
「あ、ごめんなさい。持ち出し禁止なの。この部屋で見るだけでお願い出来るかしら? 席なら勝手に使っていいから」
そう言われてしまったら仕方ない。パイプ椅子に腰掛けて書類を確認する。持ち出しは駄目。なら、写真に撮るのはどうかと捻くれたことを考えた。が……ツインテールな生き物が、気の小さい小動物のようにコチラをさっきから警戒していた。
「シャァァァァァ!」
視線が合うと威嚇してきた。僕は人間ロケットとして彼女を生徒会室の窓から打ち出すことを考え、その際に上げるであろう泣き叫ぶ声について考え、仕方ないから書き写す位にするかと現実に着地し、メモ片手に部費のチェックを始めた。
事前にネットで調べた情報だと、部費は一般的に部活動の成績と綿密に関係しているらしい。何らかの功績が認められた部活には部費が多く与えられ、逆に目立った実績や活動がない部活は容赦なく部費をカットされるとか。
調べながら、ふと疑問に思ったことを春日先輩に尋ねる。のほほんと仲良くツインテールに餌をあげていた。お弁当のオカズをあ~~んしていたという意味だが。
「なによぉ! 見ててもあげないわよぉ!」
「あの……春日先輩。ちなみに部費の総額って、毎年変わらないんですか?」
「ちょ、無視しないでよぉ!」
「え? そうね~。公立学校だし、部活に充てられる資金は大体毎年度同じみたいね。その中から成績を踏まえたりして分配しているの。これも生徒会のお仕事ね」
「なるほど」
「だから無視しないでって言ってるじゃない! もう、なんなのよぉ!?」
喧しいツインテのことは……無視だ。春日先輩によしよしされてて、超絶に妬ましい。今度廊下ですれ違ったら、足をひっかけてやろう。いかん、どうした僕。
「あ、そうそう。そういえば~」
それから春日先輩は各部活の部長が出席して部費について相談する、部長会議なるものの存在についても教えてくれた。それを取り仕切るのも生徒会らしい。
地味な印象しかなかったが、そんな調整までやっているとは知らなかった。そういえば漫画やアニメでやれ新しい部活を認めないだ、活動してない部活は廃止するだというのを見たことがあるが、あれも結局、部費が関係しているんだろう。
ん……待てよ?
そこで電球が灯るように、ある閃きが自分という存在を切り替えた。
「それじゃ、もし部活が廃部なんてことになったら……その部費は」
「そうねぇ。一概には言えないけど、補てん分に回されることになるわね」
補てん分。つまりはプール金ってことだろうか?
「つまり……その分は、生徒会の裁量で決済できるってことですか?」
「部長会議の結果も踏まえてだけどね」
よし! その答えを聞いて僕はある作戦を思いついた。
見たところ我が校にはマイナーな部も多い。これなら、来年度あたり部員不足で廃部になる部だってあるんじゃないか? もしそうなら、補てん費がその分だけ生まれることになる。これを上手く使えば、組織票を得ることも不可能じゃない。
お手数をおかけして申し訳ないが、春日先輩にそれから最新の部員数などが記録されている用紙も出してもらった。日付を確認すると作成が十月になっている。
「うふふ、それにしても今年の立候補者さんは熱心ねぇ。この間も、二年生の会長立候補者さんが部費と部員数を調べにきたのよ。あっ、名前はいえないけどね」
その一言で僕は確信した。益子さんのお姉さんだ。彼女が部費について調べていたんだ。そこで確証を得たからこそ、あんな大胆な公約を……。
僕は急いでメモの別ページに部員数を書き写した。それから選挙管理委員が発行しているという、求めないと貰えない「選挙規則」という用紙を手にし、春日先輩にお礼を言って生徒会室を後にした。ツインテには「二度と来るな」と言われた。
五時間目の終了後、授業中に考えていた「ツインテール撲滅計画」を一端棚上げし、益子さんを席に呼んで集めた情報を開示する。
「各部活の全体人数と、学年ごとの内訳がこんな感じだよ」
「やっぱり野球部が一番多いんですね……続いてサッカー部、バスケ部と」
昼は写すのに必死だったが、今ならある程度ゆっくり見ることが出来る。ここに必ず答えがある筈だ。目を皿のようにして眺める中で、ある一つの部に着目した。
「ゴルフ部……ここ、一年の数がゼロだね。二年は一人、他は三年だ」
「まぁゴルフですしね。思わず、中小企業の社長か! と突っ込みをいれたくなります。それにあまり活動的な部ではないと初音ちゃんから聞いたことがあります」
活動的ではない部。十月の時点で一年がゼロ、二年がイチ、部の存続には四人が必要。部費の内訳を書き写したページから、該当の部活の部費を確認する。
「……多分、この部は来年つぶれる。一人残された二年生がどんな人か分からないけど、受験を控えた三年になった時、新入生や同級生から新たに三人も部員を集めるのは困難だ。組織票獲得に先んじている益子さんのお姉さんも、きっとそう判断したと思う。そして廃部になれば、これだけの部費が浮くことになる」
「組織票、獲得に先んじている。それで、陣内P?」
「うん。人は必ず利益で動く。お爺ちゃんは暗にそう言ってたよね。だからこの浮く予定の部費を餌にして、組織票を得よう」
「餌に……ちょっと、腹黒すぎて、言っていることが理解出来ないのですが」
「つまりは来年度の部費を必ず上げてあげるから、部員に投票してもらうよう狙った部の部長に掛け合うってことだよ。実際は何もしなくても全体的に少し上がるかもしれないけど、今の段階でゴルフ部がなくなりそうだから来年度に補てん分が生まれると知っている新部長は少ないと思う。それに、結果的に嘘にはならないし」
危ない橋を渡ろうとしている自覚はあった。部長への交渉は慎重に慎重を期す必要がある。そして人の口に戸は立てられないから、部長から部員への指示も直接的ではなく、婉曲的にやってもらわないといけない。出来るだけ、政治的に。
「な! 陣内P……そのようなことを! 黒い! 黒過ぎます!」
ただ僕の発言は大胆に過ぎたのか、あの益子さんですら驚きを露にしていた。僕は彼女の言葉を聞きながら、全校生徒の九十パーセントが読んでいないであろう「選挙規則」に目を通す。探していたものは第四章、第二十三条にあった。
第二十三条【禁止事項】
次の行為をすることは禁止する。禁止行為を行った場合、選挙管理委員会は第九章に従って罰則を与える。
1.金品、物品または労働の肩代わり等による投票依頼。
2.脅迫による投票の強制。
3.拡声器及びそれに類するものの使用(政見放送を除く)。
4.選挙管理委員会の許可のないポスター、印刷物等の使用。
5.他の候補者への不当な妨害。
6.選挙運動での迷惑となる行為。
7.他人の投票を改ざんすること。
8.その他、選挙管理委員長が選挙の管理運営上禁止する行為。
ざっと確認したところ、「1.金品、物品または労働の肩代わり等による投票依頼」と「2.脅迫による投票の強制」が組織票獲得の際に抵触しそうといえば抵触しそうだった。が、逆を言えば抵触せずに行うことも出来る。そういう内容だった。
「この二十三条の禁止事項を見ても分かる通り、部費アップについてほのめかすことは“金品の肩代わり等による投票依頼”に反する可能性がある。だけど、やり方を間違えても厳重注意くらいの罰則にしかならない。要は投票を直接的に依頼しなければいいんだ。それに部費アップの件は益子さんのお姉さんも、“無駄な支出を省き”とか言っているけど、結局は同じようことを目論んでいると考えて間違いない」
お姉さんの話を出す度に、益子さんはハッとなり、纏っている空気は変質していく。そして僕は身の内に熱いものが宿り、自分がこんなにも真剣になっていることに気付く。全力を出すこと。努力し続けること。昔、その行為を通じて、かろうじてこの廻る世界に引っ掛かっていられる気がした。今は、どうだ……?
『優さん……どうして、頑張ることを止めてしまったのですか?』
知らず、苦笑するような形に唇は結ばれていた。自分の覚悟を放射するように、知的な光が宿っている益子さんの瞳を見た。そこに映る、自分。僕という存在。
「あえかと東君で票が見込めるとしても、こちらとしても組織票を獲得する努力はしなくちゃいけないと思う。それに今は殆どの部が三年の部長が引退して、二年の新部長が引き継いでる時期でしょ? ここで来年度から部費がアップするとなれば、新部長の面目も立つし、上手くいけば喜んで賛同してくれるかもしれない」
そう言葉を並べ立てても、結局、決断するのは益子さんだった。知らない内に僕の願いを勝手に託され、今、組織票獲得という極めて政治的な、ミスすれば益子さん本人が注意や叱責を受けるという、デリケートな選択を迫られている。
だけど彼女は、笑った。
僕を信頼しているとでも言うように、笑ったんだ。
「わかりました、陣内P。一瞬でも臆しそうになった自分を恥じるところです。一年で生徒会長になる。お姉ちゃんに勝つには、生半可な覚悟ではいけないと決意を新たにしました。真剣にお考えになって下さり、本当に有難う御座います」
「いや、そんな……僕は、」
眩しさに照らされ、気恥ずかしくなってしまう。でも益子さんとなら、頑張れる気がする。自分を驚かすことができる気がする。だから僕は、この道を――
「参りましょう、陣内P。この益子、どこまでも堕ちていく覚悟です。やりましょう! 栄光のゴールの為に、この賄賂の道を! ワイロードを!!」
とか真剣に思っていたら、ワイロードとか言われた。いや、今朝の夕子先生もそうだし事あるごとに益子さんも賄賂とか言うけど、選挙だからといって何でもかんでも賄賂が絡んでくる訳じゃない。祖父のいうところの政治的手腕なんだ。うん。
だから今回の組織票獲得のあれこれも、政治的手腕の一つの発揮であって、賄賂や脅迫じゃない。うん、そう思いたい。思えば。思うとき。