空想救助
二つに一つ。
あぁ、また夢だ。
目を開くと崖の上だった。まるでドラマで犯人が追いつめられそうな場所には自分一人が立っていて。二人ほど。崖の縁で落ちそうになっている。
「あぁっ誰か!頼む!ひ、引き上げてくれ!も、もう腕が…!」
「聞き覚えがあるな…ええと…そうだ、高校の時の同級生の松下くんだったね。」
「は…?あ!お前宮岸か!良かった!頼む…は、早く引き上げてくれ!」
もう一人は誰だろうかと、崖の縁に近寄ってみる。白く細い指先で縁をしっかりと掴むのは美しい女性だった。彼女はこちらに気がつくと、ニコリと笑った。綿菓子のような甘く、ふわふわした笑顔だ。
「宮岸…?おい、宮岸!?何してんだお前!」
足元にあった縄を、彼女に向けて手落とす。頼りなさ気に揺れる縄は彼女の胸元まで届いた。まるで天使のように彼女は微笑み。その縄をそっと掴む。
「みっ宮岸…、た、頼む…こっちに…手でもなんでも良いから貸してくれ!お、落ちちまう…。」
「ごめん、だけど僕はあんまり力に自身がなくて…。」
「う…ぐ、ぐぎ…た、頼む…早く…なんでも良いから…。」
「ごめん。」
縁が崩れた。落ちていく男は叫び声を上げる。だが誰も彼を止めることは出来ず、波に飲まれて消えた。
「でも、辞めておいて良かった。きっと僕は君を助けられなかった。」
ふわり、と彼女が崖の上に降り立つ。聖女のような微笑みだ。雲のようにふわふわで、愛よりも甘い、彼女はそっと頬に口吻を。
あぁ、朝だ。寝ぼけ眼を擦りながら出勤の準備をする。
気まぐれに付けたニュースではどこかで見たような男の死亡ニュースが流れている。なんでも心不全だったらしい。ブラック企業がなんだとか偉そうなコメンテーターが言う。一体誰がそいつを企業問題に詳しいなんて言ったんだろうか。
まぁ、そんなことより今日も仕事だ。早く行かないとまた上司にどやされる。
あぁ、また夢だ。
目の前には横に並んだ二つの小部屋。扉は鋼鉄製で上に出窓があり、そこだけが向こうとこちらを繋げている。出窓越しに分かるのは、壁がどんどん動いているということだ。
「あ!ね、ねぇ!そっちの人!お願い!出して!」
出窓越しに女性が言う。誰だろう。見覚えがあるような無いような。彼女はハッとして、後ろを指した。
「そこ!そこに棒があるじゃない!?それ、それ頂戴!それならきっと壁を止められるから!」
言われるままに棒を拾う。ずしりと重い、頑丈そうな棒だ。そういえば、もう一つの部屋には誰がいるんだろうか。出窓越しに覗き込むと、美しい女性がいた。こちらを見るとニコリと笑った。蕩けるように甘く、惹きつけられる、綿菓子のような笑顔。
そっと棒を部屋の中に入れた。
「ちょ、ちょっと!棒!棒は!?あっ…イタっ!壁が…も、もう何でも良いから!あっ、そこ!そこの板とか…箱とかバケツ!何でも良いから!壁を…。」
「ごめん。たぶん出窓から入らないよ。」
「はっ!?ちょっ…い、良いから!は、早く!早く!早く早くはや――――あっ。」
耳を塞いだ。
ゆっくりと耳から手を離す。すると、片方の部屋の出窓から赤黒い血が流れ落ちていた。血溜まりを、血の流れを避けるように、後ろに下がる。すると、何か、柔らかい物が後頭部に当たる。
振り向けばそこに天使がいた。純白の微笑み、甘く、どこか懐かしい笑顔。彼女はそっと頬に手を当てて。唇が迫ってくる。自然と、こちらからも顔を。そういえば、綿菓子を食べたことはなかった。お祭りで。何度も見たのに、何度も行ったのに。綿菓子ってどんなものなんだろう?
天秤に乗ってたのは一つだけ。