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江戸リーマン  作者: 小菅八三六
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江戸検三級取りました!

若干、空想的なものに挑戦してみます。

  仙台の繁華街、国分町の飲食店の立ち並ぶ一角、ビルの一階のモツ鍋屋で男女4人のグループが鍋を囲んで酒と食事を愉しんでいた。

 席には5人分の取り皿や箸があるところをみると、一人遅れているのだろうか。

 男性3人と女性1人、全員大学生くらいの普通の若者だ。ただ、男たちのうち2人は、髪型が丁髷。そう、時代劇で江戸時代の武士や町人がしている、あの丁髷だ。

 ただ不思議なことに、店員もほかの客も、その髪型を気にしている様子はない。もちろん危ないやつといった感じで、意図的に無視しているようでもない。丁髷の人間がいることが珍しいことではないように、だれも気にしていないのである。

「初音、秋穂はいつ来るんだよ」

 丁髷の若者が言った。彼は健康的な肌と運動で鍛えているのであろうか、引き締まった体つきをしている若者だった。

「区役所に寄って、ICチップに三級の登録をしてから来るんだって。もうすぐ来るんじゃない」

 初音と呼ばれた女性が答えた。彼女は、肩甲骨のあたりまである、真っ黒な長い髪のなかなかの美人だ。

「祐二は就職決まりそうなの?」

 初音が最初に秋穂のことを聞いてきた引き締まった体つきの丁髷の若者に問いかけた。

「おう、今の日本は景気がいいからな。商社もだいぶ採用枠が多いみたいでさ、おかげで順調に内定がとれてるよ。ただ、本命は6月に試験だけどな」

 祐二と呼ばれた丁髷男が答えた。

「直人と芳男は就職どうするの」

 初音が残りの二人にも就職活動について尋ねた。

「おれは大学院。この先もう少し勉強したいからな」

「芳男は理系オタクだからな、研究してるのが向いてるよ。で初音は」

 祐二が場を仕切るように言ったものだから、初音が

「ちょっと待ってよ、祐二、直人の話がまだでしょう」

 と祐二に抗議した。

「聞かなくてもわかるだろう。この江戸オタクは航時局旅行公社だけしか眼中にねえよ。だろ直人」

 そう言われながら祐二に肩を叩かれたもう一人の丁髷男、直人は

「航時局の試験はまだ先だからね、いまのところ勉強中。で初音は」

 とだけ答えてきり上げると、話をさっさと初音に戻してしまった。

「あたしは、はい、今日きました。内定通知」

 と一通の書面を差し出してきた。

「おめでとう、で、どこの内定」

 芳男が初音の空いたグラスにビールを注ぎながら聞いた。初音は、グラスに手を添えながら

「三越」

 とだけ答えた。

「三井越後屋かぁ、すげえな、いくら景気いいっていっても入るの大変だろ」

 祐二はえらく感心したようだった。

「面接がよかったのかな、前回の旅行で越後屋を見てきたでしょ、その時の感想から話題が膨らんでね。面接の担当者のなかに江戸リーマンがいてラッキーだったのよ」

「いや、初音の実力でしょ、とにかくおめでとう」

 4人は、初音の内定を祝うように再び乾杯をした。

 そこへもう一人、女性客が席へと案内されてきた。

「遅れてごめん」

「秋穂、登録は終わったのか?まず、座れよ。何飲む?」

 遅れてきた女性客、秋穂は最初にビールを注文した。他の4人に比べて幼くも見えるが、話し方や態度を見れば同年齢の友達同士なのだろう。

「で、さっそくだけど、見せろよ江戸検三級」

「はい、これ」

 秋穂は、自分のカバンから財布を出し、その中からカードを一枚取り出して祐二に渡した。カードには江戸文化歴史検定三級と表記されている。

「おお、ほんとに取れてやがる」

「なによ、ほんとにって、信じてなかったの」

 席に秋穂が注文したビールが運ばれてきた。

「それじゃあ、秋穂の三級合格と初音の内定を祝って乾杯しよう」

「初音ちゃん、内定きたの?」

「うん、今日」

「おめでとー」

「かんぱーい」

 直人が音頭を取って、この日、何回目かの乾杯をした。

「これで、今回は5人で江戸旅行に行けるね」

 乾杯したグラスを置いて、初音が言った。

「今度のゴールデンウィークでしょ、あと3週間ね」

 秋穂はスマホのカレンダーを開いた。ページは2025年5月が開かれている。

「4月29日に仙台を出発して、その日は両国の大江戸ホテルに泊まる。次の日の午前中の便で江戸に行って、帰りは5月6日という予定」

 直人が旅行のスケジュールを大まかに言った。

「仙台から東京まではリニアでしょ」

「うん。予約してあるよ13時ちょうどのやつ」

「昼飯はどうする?駅弁でも買うか?」

「それぞれで済ましてから集合でいいんじゃない。発車したら45分で東京に着いちゃうよ。お弁当食べてるヒマないって」

「じゃあ、勝手に飯済まして駅に集合だな」

 それからしばらく5人は旅行の予定を確認していた。

「ところで直人は、なんで江戸オタクになったの」

 不意に初音が言い出した。

「なんだよオタクって。今じゃ、江戸のマニアなんか珍しくねぇじゃないか。丁髷が歩いていても誰も気にしないしよ。それに、そのオタクの直人さまが江戸検一級のおかげで、全員一週間の江戸潜りができるんだろ。オタクの直人に感謝しねえとな」

 と直人に代わって祐二が反論した。

「なあ祐二、お前もオタク、オタクって、フォローになってないぞ。まぁ、僕はオタクで結構なんだけどね。一級取ったのも、一人で好きに旅行ができるからなんだけどさ」

 直人は飲み物のメニューを見ながら答えた。

「ところでさ、江戸検一級とか三級とか何が違うの?江戸潜りってなに?そもそも江戸旅行のしくみがわからないんだけど、教えてくれない」

 直人が読み終わったメニューを受け取った秋穂が口を挟んできた。

「おまえ三級取ったのに、そんなことも知らないのか」

 祐二が呆れたような表情をした。

「だって三級取らなきゃ江戸旅行に行けないって言うから、必死に勉強したんだよ。でもオタ話ばっかりでさ。試験に出るところを覚えるのだけでいっぱいいっぱいだもん」

「しょうがねえな。まず、江戸潜りってのは、時間旅行で江戸に行くことを言うんだよ。で、江戸旅行に行くためには条件があるってことは知ってるよな」

「うん。それは前に聞いたもん。20歳以上で、江戸検三級以上を持ってることでしょ」

「そうだ。ただ、持ってる江戸検、正式名称は江戸文化歴史検定って言うんだけど、この江戸検の級で滞在できる時間やできることが違ってくる。三級で二泊三日、しかもガイドがついたツアー旅行で行ける時代も限られてるんだ。二級だと一週間、好きな時代に行けるようになる。ただし、二級以上の同行者が一緒じゃないと行けない。で、一級だと最長一ヶ月、個人旅行ができるようになる。それとツアーガイドもできるようになる。ちなみに一級の上に通称0級っていう限定解除の級があって、これを取ると江戸への半移住ができる。けど、0級の合格者はまだいないんじゃないかな」

「ちょっとまって祐二、祐二は二級で直人は一級だけど、あたしは三級でしょ、初音ちゃんと芳男くんも三級じゃない。そうすると二泊三日のツアー旅行しかできないんじゃないの?なんで、今回の旅行は一週間なの?」

「だからオタクの直人さまのおかげなのさ。特定ツアーっていうか、グループ旅行の規定があって、ツアーガイド1名で引率する場合、最大3名の客を特定の時代へ二泊三日しか連れて行けないけど、ガイド1名、補助者1名で事前に旅行計画を提出すると最大3名の客を一週間、好きな時代へ連れていくことができるんだ。補助者は二級の人間でいいんだ。つまり、5人で検定二級を持ってるのと同じ旅ができるんだよ」

「だったら、みんなガイド雇って一週間の旅行をするんじゃないの」

「金かかるじゃねえか。3人の旅行で5人分の金がかかるんだぜ。そこまで江戸が好きなら二級取った方が早いじゃん」

「そうだね。二級って難しいの」

「簡単ではないかな。江戸時代が好きな人間にはさほどでもないけど。三級の場合はツアー旅行だから、飯屋での注文なんかも、全部ガイドがしてくれるだろ。だから、江戸言葉をそんなにしゃべれなくてもいいけどさ。二級になると、それを全部自分達でやらなくちゃいけないから、話し方やマナーの試験も厳しくなるな。一級となりゃあ、やっぱりオタクしかとれねえよ。三級は19歳以上で高卒の学歴で受験できるけど、二級は三級を取って一年以上かつ二回以上の江戸旅行経験がなきゃ受験できないしな。さらに一級は、二級を取って二年、延べ一ヶ月以上の江戸旅行経験で受験だろ。だから直人なんかは、ほとんどストレートできてんだよな」

「なんかそういう風にきくと一級ってすごいね。で、直人はなんで江戸が好きなの」

 初音が直人に話題を振った。

「うーん、なんでだろうな。子供の時から歴史が好きだったし、時代劇も好きだったし。親父が歴史小説とか時代小説をよく読んでて、その影響もあるかな。日本ってさ、江戸時代はたった150年位しか前じゃないのに、その当時のものって何も残って無いじゃん。ヨーロッパとかに行けば中世の街並みがそのまま残っている所はいくらでもあるし、アメリカに行けば、カウボーイハット被ったビジネスマンもいるじゃんか、でも日本はどこにも残ってないだろ。無いから余計に興味をひかれたってとこかな」

「でも、初めて直人が丁髷で大学に来たときはびっくりしたな」

 芳男が直人の頭を覗き込むように見た。

「2年前だっけ」

「そう、2年の夏休みが終わったときだから、1年半前かな」

「今は丁髷で歩いている人も結構いるしね。なにしろ丁髷で歩いている人は、江戸旅行をし慣れてる人か、江戸関連の仕事をしている江戸リーマンだもんね。最初は変な目で見てたけど、最近は、ああ、すごいなって思ってみてるしね」

「結局、物珍しいことには変わりはねえだろ。俺達は、江戸に遊びに行くのに、いちいち頭を作り直すのが面倒だから、丁髷のままいるだけなんだけどな」

「そういう祐二は、なんで江戸にハマったの?」

 初音は祐二にも理由を聞いたが、祐二が答える前に横から秋穂が

「祐二は、花魁とかにハマったんじゃないの。馴染みの花魁とかはありんすか」

 と語尾をわざと廓言葉風にあまったらしく言った。

「なんだよそれ、言葉遣いメチャクチャじゃねえかよ」

「え、違うの?時代劇とかで、そうでありんすか、とかって言ってるじゃない」

「店によって違うんだよ。大見世の松葉屋、大見世ってのは一流店のことな、で、松葉屋だと、『おす』という言葉を使うんだ。じれったいことを言って、『じれっとうござります』は、『じれっとおす』となるしな。『ようござります』が、『ようおす』って話すんだ。これが松葉屋と同じくらいの大見世の丁字屋だと『ざんす』だしな。扇屋だと『本当のことですか』が『ほんだんすかえ』と『だんす』を使う。中萬字屋だと『しなまし』とか『こっちに来なまし』ってな感じで、店によって違うんだよ」

「うわっ、なんかかなりのオタ話。でも、吉原って同じ江戸なのに言葉遣いなんかもだいぶ違うみたいね」

「遊女は地方出身者も少なくはなかったからな。訛りをごまかすための人造語だそうだよ。とにかく、楽しい旅行をするためにも、俺や直人とはぐれないようにしてくれよ」

 祐二はそう言ったあと、店員を手招きして鍋の追加注文をした。

 店内の有線放送で、カブキロックスの『お江戸O・EDO』が流れてきた。最近の江戸ブームで人気のアイドルグループがリメイクしてヒットしたおかげで、有線放送ではオリジナルも度々耳にするようになっていた。

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