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ball game girls  作者: 澪月 ソウ
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翌日の朝、朝食を取り終えた清河は、起きてきたばかりの紅葉に朝食をとるように促し、グローブをカバンに詰め背中に背負うと、ランニングシューズを履いて家を出た。

昨日の雨のせいだろうか、道路は湿っていた。その影響か、見上げた空は晴天だが、爽やかというには少々温度の低い微風が頬を撫でる。

  昨晩、「智代ちゃんを泣かせた!」と紅葉に言われ、仲の良い兄妹には珍し ギクシャクとした空気の中で夕食をとったのを思い出し、思わず苦笑する。

それでも一晩寝たら機嫌が直ったようで、山の天気並みに変化の早い紅葉の性格 に心の中で感謝しつつ、あちらこちらに水溜まりの見える道路を走り始めた。

ふと、今日の予定を頭の中で反芻する。走ってバッティングセンターに行き、一、二時間打ち込む。その後、自宅近くの公園で碓氷と自主トレをし、午後一時からは、同じ場所でpink girlsの練習がある。

思ったより日差しが強かったため、カバンからサングラスを取り出しつけて間もなく、踏切を渡ると、自宅から道のりにして二キロのところにあるバッティングセンターにたどり着いた。


 従業員六名、バッティングゲージ六箇所にストラックアウト、簡単なレストランがついたその店の入り口には、個性に欠けると言わざるを得ない、『佐藤バッティングセンター』という店名が書かれている。

個人で経営しているこの店に通い詰めて六年になる清河は、当然その店のオーナーとも顔見知りだった。

かと言って込み入った話ができるほどの仲でもないので、眠そうに目をこすりながらカウンターで頬杖を着くオーナーに軽く会釈をして通り過ぎようとした。が、

「清河くん!清河くん!」

  突然起き上がって手招きをするオーナーに呼ばれる。

「本当に突然なんだがね清河くん、バイトをしてみないかい?」

切羽詰まったようなオーナーの形相に思わずのけぞりながら、『本当に突然だな』と心の中で突っ込みを入れる。

「バイト?」      

「ああ、そうだ。それもただのバイトじゃない。これを見てくれ!」

そう言ってオーナーはカウンター横に貼られたビラを指差す。いつもならスポ少の勧誘やら、河川清掃への参加の要望やらが貼られているはずのそこには、

《四月十六日(日)午前八時半~十時 わが町の英雄、小鳥遊清河くんによるバッティング指導を行います!》と赤字で書かれたビラが大々的に貼られていた。さらにその横には清河の顔写真。

 「なんですかこれっ!てか、日付今日じゃないですか!俺なんも聞いてないっすよっ!?」

 「いやぁまあそれがなかなか言い出せなくて…」

 と、全く悪びれようともせずに語るオーナー。

 「近年客足も右肩下がりでね…そこで何か策はないかと娘に聞いたら、これが一番だというから……」

 すると、カウンターから覗いた人影が突然口を開いた。

 「まぁ良いじゃないですかぁ小鳥遊先輩。可愛い後輩からのお願いだと思って!どうせ、部活動停止中で暇を持て余してるんでしょう?」

 と、満面の笑みで語る少女の顔を見て、思わず顔をしかめる。

 佐藤奏かなで、十四歳、中三。野球部のマネージャー。清河も中学校時代は同じ部だったため、もちろん関わりがある。そして、なによりこのバッティングセンターの長女。上に兄弟がいる筈だが、すでに成人して家を出ているようで近年は数回しか見たことがない。

 「いやいや、よくはねぇだろ!部活動停止中って言っても俺、することはあるし…それに「小学生女児に野球を教えている」」

 と、突然奏が言葉を重ねてくる。

 「ってなんで知って…」

 「そりゃあ先輩、だって私校内一の情報通ですよ?知らないわけないじゃないですかぁ☆」

 得意そうな表情を見せる奏を見て、特技はこの街のことなら誰よりも早く情報を手に入れることです、と言った二年前の奏を思い出す。

 「じゃあ知ってるならなおさらじゃないか。監督業がある以上俺はバイトなんかしてられないぞ」

 「そのバイトの報酬として、その子達に好きなだけ打たせてあげると言っても?」

 「えっ?」

 「もちろん現金でも報酬は出しますよ。時給千六百円でどうでしょ?普通の高校生のバイトの二倍」

 「待て待て待て、そこまでしたらむしろそっちは赤字になるんじゃないのか?俺にそんな経済効果があるとも思えないんだが」

 「いえいえ、私の計算があっていれば絶対黒字です。それに多少赤字でも、話題作りになれば全然オーケーですから」

 清河は頭を抱えた。一時間半、そこに時間を取られるのは痛いし、素人にバッティングを指導する自信なんてないが……時給千六百円、そしてなによりpink girlsに無料で打たせてくれるのはおいしいかもしれない。

 「まぁそもそも、先輩が何を言おうと、もう学校のみんなには広まってるんで手遅れです。ほら、もう直ぐ時間ですから、準備してください」

 そう言われて、清河の抗議の声も聞き入られずに、奥のバッティングゲージに連れて行かれる。

 「はい、あと十分で始まりますから!」

 と言われながら建物の奥の方へ行くと、本来ならば裏口として利用され、職員以外ほぼ使用しないはずの扉から何人もの人が並んでいるのが見て取れた。

 「まてまてまてまて、まさか、これ全員?」

 「ええ、もちろんですよ。これだけいると一人にたいして時間はかけられないでしょうけど、全員に指導が行き渡るようにしてくださいね!」

 清河が呆然としていると、 「少し早いですが…」といった奏の合図によって扉から何人もの人が入ってくる。十、二十………三十人近くいるだろうか?そのほとんどが女子。それも中学校時代見たことがある人が大半だ。

 あまり運動に適してるとは言い難い服装の集団で、元々たいして広くないバッティングセンターの廊下は人でいっぱいになってしまった。

 「はーい、じゃあ整理券の番号順にこちらのゲージへ」

 奏の指示によって最初の人が清河の元へとやってくる。なんと五番目の人までは無料で打席に立てるそうだ。六番目以降の人が、バッティングの際に投入するコインを購入する。

 「何キロにしますか?」とか「どちらの打席ですか?」といった質問は奏がしてくれるらしく、一通りの質問が終わって、いよいよ打撃開始、となる。

 すると、ケージの外で見守っていた奏がなにやらジェスチャーで伝えようとしてくる。なにを言いたいのか要領を得ないが、コミュニケーションを取れ、ということだろうか。

 「君の名前……は?」と初対面のボブカット少女に対して、極めて微妙としか言えないコミュニケーションをとりながら、たったの二十球で何が変わるのか、と奏へ心中で批判しつつ、指導を終えた。

 ありがとうございました、とスカートをひらひらさせながら少女がゲージを出て行くと、次に控えていたこれまた女子生徒が中へ入ってくる。

 と、こんなペースで一度だけ休憩を挟みながら、合計一時間半、約三十人ほどの指導を終え、強制的に始まったバッティング指導も終わりを迎えようとしていた。 

 すると、最後に並んでいたのは、

 「スポ少のキャプテン……」

 そう、昨日対戦したばかりのあの不機嫌な表情だったキャプテンだった。 縫坂涼と名乗った少年は、生意気にも奏の指示を手で制し、なぜか清河に「勝負をしろ」と言ってきた。

 「勝負?なんのために?」

 「理由なんか後だ。二十球でどっちがあのホームランの的の近くにあてられるか勝負だ。審判はそこの人に任せる」

 と言って奏を指差す。

 すると、奏は突如指名されたのにも関わらず、「二人とも的にあてた場合は、より中心に近い方の勝ちね!」といって清河の背中を押した。そしてなぜかウインクを向ける。

 「俺が勝ったらあんたはあのチームの監督をやめろ。すぐにだ」

 「俺が勝ったら?」

 「お前が聞きたいことを何でも一つ、教えてやる」

 と、威圧的な目を向けてくる涼を見て、何が目的かを探る。清河に監督をやめろと言うからには、何か理由があるはずだが……。思い当たらない。

 技術的にはこの勝負、清河が勝てる可能性は高いだろう。しかし、条件的に見ればあまり受ける価値があるとも思えない。

 「まさか、逃げるんじゃないだろうな?俺に負けるのが怖いのか?」

 迷う清河を見てか、涼がさらに眼光を鋭くする。それを見て勝負を受けることを決意した。単純に涼がムカついたというのもあるが、自分は本質的に負けず嫌いなのだ。

 「わかったよ、受けてやる。確かにお前も小学生にしてはなかなかの実力がある。でもな、あんまりなめてもらっちゃ困るぜ」

 そう言いつつ、並べられたバットのうち一番重いのを選ぶ。二人が隣同士のゲージに入って構えたところで、奏が立て続けに二カ所にコインを投入。

 すると、余ったコインで打撃を続けていた数人が集まってきた。どうやら二人の勝負に興味を持ったらしく、結果を見届けるようだ。

 そんなものは気にせずに、隣のケージの右打席に立つ涼の目を見て、集中、と自分に言い聞かせる。

 初球、奏が最初に涼の方にコインを入れたため涼が先になる。すると、涼の振り抜いた打球はいい角度で上がっていき、的から一、二メートルのところに当たった。言うだけあって、実力は大したものだ。

 清河はそれを見て、初球で決めるためにバットを構える。もう見慣れた百三十キロのボールは、ほどよく力の抜けた体幹から出されたバットによって弾かれる。そして、

 『おめでとうございます!ホームランです!!』

 「えっ」

 「すごい……!!」

 ギャラリーがたちまちに声を上げる。

 その打球が直径五十センチほどの的のど真ん中に直撃したのもその理由の一つだろう。清河自身もまさか初球で当たると思っていなかったので驚いていた。

 とりあえずなにかアクションをとったほうがいいと思い、小さくガッツポーズをしておく。そして、まだ十九球余っていたが、奏に機械を止めてもらいケージから出た。

 二十球後、結局涼は的に当てることができずにケージから出てきた。なにやら相当苛立った様子で、自分で持ってきたバットを乱雑に置いた。清河がそのバットを拾ってきちんと立てかけると、涼の顔は一層険しいものとなる。相当悔しがっていることは容易に想像がついた。

 「勝者、小鳥遊先輩~!」

 その涼の苛立ちに油を注ぐかのような奏のハイテンションボイスを聞いて、涼はバットを持って入り口へ向かってしまった。奏と顔を見合わせ、バッティングセンターを出たあたりで涼に追いつく。すると、素直にも涼はこちらへ振り向いた。

 「何が聞きたい……」

 清河に負けたにもかかわらず、相変わらず尊大な態度で涼が問う。

 「二つだ。お前が勝負を挑んだ理由と、日依梨がお前らのとこをやめることになった理由」

 「………別に大した理由なんてねぇよ。ただ、あんたがあそこの監督を始めたってことが気に入らなかっただけだ」

 「そうか。じゃあ日依梨がスポ少を辞めた理由は?」

 すると、涼は清河と目をそらし、下を向いた。二人とも無言で数秒間、時が流れる。

 「お前らが日依梨に嫌がらせをしていた、ってのは本当か?」

 涼は答えようとしない。

 「別に責めてるわけじゃないんだ。きちんと説明してくれればそれでいい」

 「………アイツ等だってこんなことになるとは思ってなかったんだと思う。……ただちょっと服を脱がせようとしたり…弁当の中に小さい虫を入れたり……こんなの俺だってされてた時期があるし。ウチの野球チームに入ったら通る道みたいなものだったから…でも…」

 真顔で語る涼に対し、清河の頬は相当引きつっていたと思う。自分がスポ少にいたときはそんなことなかたよな、と心の中で思い出しながら、続きを話すよう促す。

 「みんな、日依梨が辞めるなんて言い出すとは思ってなかったんだ。あいつは俺らのチームのショートになるはずだったのに……」

 「その日依梨が、pink girlsを作って野球とも呼べないような遊びに興じてるのが許せない。だからあのメンバー表交換のときしかめっ面をしていたと?」

 下を向きながら涼はコクン、と小さく頷く。

 「もしかして……お前、日依梨のことが好き?」

  すると、涼は驚いたかのようにこちらを見返した後、「んなわけねぇだろっ!」と真っ赤になって反抗してくる。

 「図星、か」

 恋愛関連の感情に疎い清河にも、ここまでわかりやすければわかった。その間にも涼は違う!とアピールしてくる。

 「安心しろ、誰にも言わないさ。日依梨がお前らのとこを辞めた理由も分かったしな」

 そう言ったのを見て、清河を信じたのか涼は背を向けて歩き出す。いちいち最後まで格好をつけた涼の背中を見て、清河は思った。

 少々卑怯かもしれないが、日依梨から涼への色仕掛けは相当有効だ、と。

 

 涼と別れた後、再びバッティングセンターに戻り、待っていた奏に改めて今日の強制バイト、そして自分の練習時間が取れなかったことについて抗議した。

 しかし、奏はそれを笑いながら受け流し、二時間分の給料として三千二百円、さらには《pink girlsにコイン十枚×人数分提供!!!!》と手書きで書いてある紙切れを、乱暴に清河に渡す。

 どこまでも適当なやつだな、と思いつつもそれらを財布にしまい、バッティングセンターを後にした。

 予定の時間より遅れてしまうことは確実だったが、急いで走って帰り、凌牙と約束した公園に行く。

 ブォンと空気の切る音を鳴らしながらバットを振っていた凌牙に遅れた理由を説明すると、少々驚いたのち、「佐藤のやりかねないことだ」と笑って流してくれた。

 二人で軽くストレッチをしたらキャッチボールを開始、三十球ほど投げたところで、凌牙が持ってきたメジャーで十八・四四メートルを計りとり、その距離で数球投げた後、凌牙に座ってもらい投げ込みを開始する。

 振りかぶって、左足を持ち上げる。振りかぶってから投げるまでの間、一度も視線を凌牙のミットに向けないのが二人の約束だった。清河の中指で押し出されたボールは、凌牙の構えた位置に寸分違わず吸い込まれる。


 ―精密機械―それが、中学校時代の清河に付けられた二つ名だった。圧倒的なコントロールを持ち、失投が少ない投手をたたえる言葉だと聞いた。

 もう使い古されたような二つ名だし、それが誇り高いだなんて一度も思ったことはないが。

 なんてことを考えながら、ストレート、スライダー、チェンジアップ、そして自分の中では一番自信のある球、スクリューを投げ込む。元々、腕が上から出てくるオーバースローではなく、すこし下気味から出てくるため、このボールがしっくりときた。

 人差し指と中指を揃えるようにして、普通の変化球とは反対方向に腕を捻るこの球は、中学校レベルで使う投手はほとんどいない。というか、自分以外に投げているのを見たことがない。

 そのボールが凌牙の構えたミットから十センチほど下にゆっくりと落ちていくのを確認する。そんなこんなで計四十球ほどを放って、今日の自主トレは終了となった。

 これからバッティングセンターへ向かう、と言った凌牙と二日に一度は投げ込みをすることを約束し、家に帰る。

 紅葉とともに簡単に昼食をとり、清河は庭にある物置へ向かった。そこで五十メートルメジャーとストップウォッチを手に取り、カバンに詰める。十二時四十五分、紅葉と並んで家を出た。

 

 練習開始の五分前にはメンバーのほとんどが集まっていた。玲、怜という双子の姉妹は家族で出かけてしまっているようで、集まったのは9人。

 昨日の清河の態度が尾を引いているのか、メンバーの清河に対する面持ちは芳しくない。それでもなんとか近くにメンバーを集めると、笑顔を作って切り出した。

 「みんな、今日は体力テストをやる。五十メートル走とか幅跳びとかをやるアレだ。野球をやる上で色々知りたいからな。ってなわけで、準備手伝ってくれる人!」

 するとメンバーは、口を揃えて「えー」と批判の声を上げる。男子にとって体力テストは、仲間と競い合う格好の場であることが多いが、女子にとってはそうでもないのかもしれない。

 それでも日依梨が手伝ってくれることになり、それを見てか智夜と紅葉も手を上げる。手を挙げてくれたのは三人だったので、残りのメンバーにストレッチをしておくように言い、三人で準備を進めることとなった。

 公園内の小さいグラウンドを最大まで使っても三十メートル走しかできないため、二十三メートルに設定する。智夜と紅葉にはわからなかったようだが、日依梨にはなんの長さかわかったようだ。そう、これは少年野球の塁から塁、つまり塁間の長さである。

 その後、公園の端に申し訳程度に設置された砂場をうまく使い、走り幅跳びができるようにした。腕力を測りたいため、鉄棒で懸垂が何回できるかも計る。

 さらには、グラウンドにラインカーで白線を三本。もちろん、反復横跳び用のものである。ボール投げは、日依梨だと三十メートルでは絶対に足りないので、持ってきたスピードガンを使っての球速測定コーナーを設置する。

 思ったよりも時間がかかってしまい、退屈そうにしているメンバーの元に戻ると、カバンから取り出した紙を一枚ずつ配る。《体力テスト結果記入用紙》と書かれたそれは、昨晩、慣れないパソコンを駆使して制作したものだった。

 「じゃあ、今から体力テストをはじめる。チームトップ目指して頑張ろー!」

 おー、とやる気の感じられない声が聞こえてくる。

 まず最初に向かったのは走り幅跳び。助走は十メートルより前からで着地地点は砂場になっている。しかし、最初に測るのが嫌なのかメンバーが譲り合いを始めたので、じゃんけんをするように促して、順番を決める。

 結局、負けて一番最初になったのは智夜で、結果は三・四メートル。続いて紗枝が三・一メートル、彩が三・二メートル、と小学生女子にしては高水準な記録が続き、思わず驚く。

 しかし、清河はこの後さらに驚くこととなった。

 「走り幅跳びか……。ふはは!丁度良い機会だ、見せてやろう!我が眷族<月に祝福されし兎>(ムーン・ラビット)の力を!」

 などと理解の難しい言葉を発して走り始めた月奈は、跳躍ラインギリギリのところで思いっきり左足を蹴る。オリンピックで見る本職の選手を彷彿とさせる跳躍を見せた月奈の記録は四・一メートル。

  後でわかったことだが、これはこの記録は小六女子走り幅跳びとしては、全国大会でも上位に入ることのできる成績ということだった。

 「我が眷族の力、思い知ったか!だがな?我の隠されし力はこんなものではないぞ、ふはははははははは!!」

 そして、想像通り運動神経の優れた日依梨は三・八メートル。他のメンバーは、平均より少し上か、少し下かくらいだった。突出して距離が短いメンバーはいない。手応えを感じつつ、次は三十メートル走に移る。

  清河の合図で二人ずつが同時にスタートを切る。最初は日依梨と月奈。走り幅跳びを見て思ったが、月奈は相当運動能力が高い。最初は日依梨と並んで走っていた月奈だが、後半はグングンスピードを上げて、四・二秒。日依梨は四・四秒。

 なんと、それらは小学校時代の清河よりも早いタイムだった。その後に走った他のメンバーの記録は四秒台中盤から五秒台前半程度と平均並み。やはり、二人の成績は圧倒的だった。

 続いて懸垂。二箇所ある鉄棒に二人ずつが入り、足がつくまでに何回顔が鉄棒から出てくるかを測る。日依梨が対抗心を見せたのか、月奈を促して二人が並んで鉄棒を握った。しかし、結果は二人ともゼロ。

 「んっ……んっ」と背徳感を覚えそうになるような声を出しながら頑張っていたが、日依梨ですら一度も上がることはできなかった。しかし、投手に求められるものは腕力ではない、と清河自身が一番理解しているので気にはしない。

 結局、腕力は男子に劣るのだろう、最高記録は紗枝の五回に終わった。

 それまでの記録がそのまま反映されたような反復横跳びを終え、軽くキャッチボールをしたら、清河はグローブを構えスピードガンを持って座った。

 それが何の機械なのかイマイチ理解していないメンバーの中から日依梨が出てきて、グローブを振りかぶり投球姿勢に入る。相変わらず素晴らしいフォームだな、と感心していたら、清河の構えたグローブから一センチもずれずにボールは収まっていた。表示は、九十六キロ。

 小学生女子が投げた球だ、と言われたらひと月前の清河だったら疑っていただろう。清河がボールを返すと、日依梨はそれを月奈に渡した。

 月奈は八十一キロ。智夜は、六十八キロ。萌は七十一キロ。その他のメンバーはボールが逸れ過ぎて測ることができなかった。

 

 すべての測定を終えたのは、午後三時。メンバーが休憩をしている間に、清河はカバンからあるものを取り出した。そして、休憩が終わったメンバーを集める。

 「みんな、今日から一ヶ月、野球の練習は全てこのボールでやる」

 そう言って清河が渡したのは、遊びで使うための柔らかいボール。少年野球で使われるボールと大きさは全く一緒で、重さも近くなっている。柔らかい分ボールは跳ねにくいが、当たっても当然痛くはないため、恐怖心というものは一切発生しない。

 「これで……ですか?」

 ボールを持った日依梨は少々不服そうにも見える。あれだけの技術があれば、こんなボールで練習させられるのは納得がいかないのも当然だ。

 「さっきの記録を見たであろう!?それなのに、こんなものでやるのか?おのれ……一度ならず二度までも!主はどれだけ我を愚弄すれば気が済むのだ!」

 そう言って月奈は清河を睨みつけてくるが、正直全然怖くない。日依梨と月奈は後で説得するとして、まずは他のメンバーを説得することを考える。

 「今日から一ヶ月、練習テーマを掲げたいと思う。それは、『恐怖心をなくして野球を楽しむ』だ。昨日は残念ながら大差をつけられての負けだった。

  負けてしまうと悔しいし、昨日みたいになってしまうと面白くもない。けれど、勝てれば楽しい。俺は全国大会でベスト八まで行ったから言えるけど、勝つことは楽しい。それをみんなにもわかってもらいたい」

 そこまで言うと、ポカンとしているメンバーに二人組を作るように指示をする。柔らかいボールを持って全員が並んだところで、キャッチボールが開始する。清河がまず向かったのは、メンバーの中でも投げ方があまり良くない天堂詩という五年生の子だった。

 野球で一番基本の動作は、投げることだと清河は思っている。捕ることよりも、投げることが大事。その考えは野球を始めてすぐに恩師から教わったことだった。

 ロングの髪をポニーテールでまとめた詩の投げ方を見て、修正できる箇所を分析する。

 初心者は、背中の筋肉が伸びた状態で投球動作を行っていることが多い。胸を張らずにボールを投げれば、清河だってまともなボールを投げることはできない。

 「詩……って呼んでもいいか?」

 「はい、大丈夫です」

 その返事を聞いて、利発そうな子だなと思いつつ、投げ方をどのように直すべきかを伝える。 詩の前で見本を見せると、

 「ここをこうですか……」

 と言いながら自分も真似ようとする。その詩の肩と肘を支えながら、胸をそり肩を張るようにアドバイスすると、幾分マシな投げ方になった。

 その要領の良さに驚いたが、まっすぐボールが投げられたことに嬉しそうにする詩を見て、年相応の反応が見られたことになぜか安堵する。

 続いて詩とペアを組んでいた月奈の元へ向かう。ある程度ボールは投げられているものの、ボールの握り方すら自己流な月奈に改善の余地はたくさんある。

 「月奈、もっとこうして肘を上げれば…」

 「んなッ!我に指図する気か!我をここまで侮辱して、生きていられる人間などいないのだぞ!それでも続けるのか!?こら、離せぇ!このこの!」

 と言って清河の手を振り解こうとするが、圧倒的に腕力が足りない。諦めた月奈と腕を重ねるようにしてボール投げる。それを何球か続けて、その投げ方を忘れるなよ、と言うと、頬を膨らませながらだったが月奈は頷いてくれた。

 そんな調子で、日依梨と、家で教えられる紅葉以外全員を一通り指導し終える。

午後四時半を回ったところで練習は終了。翌日からは早く帰宅した者から集合することとなり、解散になった。



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