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美しきこの場所で

作者: スタ

 


 私は、日本と言う小さな島国に住む平凡な女子大生だった。


 両親共働きで、面倒を見てくれていた祖父によく懐く典型的なお祖父ちゃんっこだった。

 祖父が亡くなったのは私が中学の頃。病気で衰弱していく祖父をまだ子供だった私は見守る事しかできなかった。ただ傍に居て見守る事しかできなかった私は、その死がきっかけで医者を目指すようになった。


 必死で勉強して都会のそこそこ有名な医大に合格して、夢のためにバイトをしてコツコツお金を貯める毎日。

 周りは私の夢を小さいと言うけれど、祖父の愛した小さな港町で医者をすることが私の夢だった。

 小さな港町に住んでいた祖父の家は小高い丘の上に立っていて、庭先から見える風景は祖父のお気に入りだった。中でも朝早くに起きて見る、水平線から覗く朝日が一番好きだったことを覚えている。私も一緒に見たその景色を今でも鮮明に思い出す。

 キラキラと輝く海がとても眩しくて、とても美しかった。

 思わず見惚れてしまうほど美しい景色に私は、この未来(さ き)もこの景色を見ていたいと思った。

 この時の私は、きっとこの景色に惚れ、この場所を愛し、此処で生きていくのだろうと漠然とした未来を描いていた。


 そんな平凡だけど幸せな未来が来ることを少しも疑わなかった。



 小さな夢、でもそれは叶わない夢だった。







 何が切っ掛けだったのか、どうやって来たのか、どうして私だったのか、それは今でも分かりはしない。

 突然の出来事。

 幾ら嘆いたところで現状が変わることは無い。


 私は一人、何処とも知らない異世界に放り出されてしまった。

 ラノベ何かでよく聞く異世界トリップ。

 何処かの国の王子様に拾われて乙女ゲームみたいな展開になったり、異世界補正でチートで世界を旅したり、物語ではよくある事だけど、私がトリップしたのはそんな優しい世界では無かった。


 私がトリップしたのは、剣も魔法も存在するファンタジーな世界。その世界でも強国と称され、いがみ合っている二国の間で戦争が激化している都の外れ。





 知らない土地。

 見たこともない風景。

 聞き覚えのない言葉。

 地球には存在する筈のない人種。




 科学では証明出来ない超常現象の応酬するその場所で、悲鳴や怒号が耳を劈く。

 目にした光景を認識したくなどなかった。


 あまりの違いに私はこれは夢だと思った。

 否、夢だと思いたかった。


 平和な日本から来た私にとって、此処は地獄のようなところだった。

 言葉の通じない人達の争いを、遠い世界の出来事だと感じるのに、否、本来なら遠い世界の出来事で私には関わりなど無かった筈だった。それなのに、見える光景も聞こえる音も私に夢だと認めさせてはくれなかった。



 言葉が通じないと言うのはとても不自由なこと。ましてや異世界の言葉ともなると、全くもって解らなかった。そんな言葉の通じない相手に彼らも警戒していたし、私も彼らをこの世界を拒絶していた。

 監視という名目もあるのだろうが、置いてくれた人に少しづつ言葉を教わり理解出来るようになり、街の人達とも交流するようになった。

 彼らと接するようになって、彼らの事を知って。戦争と隣り合わせの状況でも、彼らは助け合って生きていた。苦しくても助け合い、悲しくても支え合う、そんな人達だからこそ何処の誰とも知れない私をこの街に置いてくれたのかもしれない。



 もし、戦争でなければもっと穏やかに彼らと交流できたのかもしれない。

 しかし、現実とは何故こんなにも優しくはないのだろう。


 昨日笑い合っていた人でも、今日その人が生きているとは限らない。中には重傷を負った人達がただ、死にゆく姿を見守るしかできないこともあった。

 そんな日常は彼らの心を疲弊させていく。


 彼らの事を知ってしまったから、死にゆく姿を見守るしかない人達に自分を重ねてしまうのかもしれない。

 傍で悲しむ人の気持ちを知っているから、何かせずにはいられないのかもしれない。






 今でもこの世界が憎くて堪らない。



 私はあの丘から見える景色を愛していた。

 祖父の愛したあの港町が大好きだった。

 どんなに思いを馳せても、もう帰れない。



 私の居場所を奪ったこの世界が憎かった。

 今でも憎くて堪らない。





 それでも私は彼らに手を差し伸べる。



 彼らを知ってしまったから。

 彼らの悲しみが分かってしまうから。

 彼らの思いに気付いてしまったから。


 例えどんなに境遇の違いがあろうとも。

 世界さえ違っていようとも。

 私も彼らも願いはきっと同じ。



 だから今日も、この憎くて堪らない世界の人達に手を差し伸べる。







 診療所として使っている建物からそっと出ると、私は手に持っている瓶を抱え直してゆっくりと目的の場所へと歩き出す。

 まだ朝日も昇っていない薄暗い街は、しんと静まり返っていている。

 昼間は賑やかなほど騒がしい街は、昼間の光景など嘘だったかのようになりを潜めている。


 改めてこの街を見て回る。

 薄暗い街の通りには、今はもう意味をなさないオブジェと化したものが点在している。

 それは夜を明るく照らすはずだった街灯だったり、水飛沫を上げて街の人達に憩いの場所を与える筈だった噴水だったり。きっと他にも沢山の意味のなさなくなった物は在るだろう。その殆どが本来あった物が欠けてしまったオブジェとして存在していた。その物が何だったのか、どうして欠けてしまったのか、私は人伝に知っている。


 本来この街はとても美しい街だったと言う。

 この近くの山でしか取れない珍しい鉱石を特産としていた。その鉱石は不思議な輝きを放ち多くの人を魅了していった。その中には芸術家もいて、街を美しく輝かせていたのだと言う。それは夜を照らす街灯であったり、憩いの場所を与える噴水であったり。街全体が一つの芸術とでもいうように。

 人々は笑い、街は芸術で溢れていた。

 しかし、そんな日々も隣国との争いが激化するにつれ終わりを告げる。

 芸術としての用途しかなかった鉱石は魔法を補助する魔石として見出された。街を着飾っていた鉱石は取り出され、人を殺す道具となった。今この街に存在するのは、街を守るための結界としての装置。

 かつての栄華も見る影も無くなった寂れた街。

 それでも、此処に住む人達はこの街を見捨てはしないのだろう。


 美しかった街を知っているから。

 この街を愛しているから。

 きっと、あの港町を愛した祖父のように。




 井戸へと向かう坂道を上っている時、ふと横を仰ぎ見る。

 街の先、広い荒野の向こう側から覗く光に気が付く。

 地平線から覗く朝日がとても眩しくて、不意に涙が出た。



 水平線と地平線。


 全く違うと言うのに、何故だかとても懐かしくて胸が締め付けられる。

 大嫌いな世界なのに、目の前にある風景はとても美しい。




 あぁ。

 何て綺麗なんだろう。


 無意識にあふれる涙をぬぐうこともせず、唯々この景色を眺めていた。

 きっと、この時やっと私は受け入れたんだと思う。

 この憎くて堪らないくらい美しい世界を。


「アイリ。」


 遠くで私の名を呼ぶ声が聞こえた。

 私は涙を拭って振り返る。

 そこには少しぶっきらぼうに此方を向く青年が一人、佇んでいた。


 言葉の分からない私家に住まわせて、言葉を教えてくれた。

 この世界での居場所をくれた人。


「まだ起きていたのか。後は俺がやる。」

「あっ!」


 持っていた瓶を、有無を言わさず取り上げられてしまう。

 その強引さに呆れながらも、彼が私を気遣ってくれていることが分かっているので無意識に笑みがこぼれる。


「・・・・なんだ。」

「何でもない。」

「・・・・さっさと寝ろ。」

「うん。」


 ぶっきらぼうで不器用な人。

 偶に見せるその優しさがたまらなく愛しい。



「ありがとう。」


 溢れる思いにたまらず声が漏れる。

 遠ざかる彼の後姿に、聞こえないほどの小ささで囁いた。



 きっとこの世界を受け入れたのも、貴方のおかげ。

 貴方が私を拾ってくれたから。

 貴方がずっと傍に居てくれたから。




 憎くて堪らない世界を、この美しい場所で生きていく。


 大切な人(あ な た)といれる未来を願いながら。








歴史もののテレビを見て、異国の戦場で戦うお医者様と言う設定で書きたいなと思ったのですが全然活かしきれていない・・・・・。


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