Story 1-Part.3-
彼女……アカリとはそうして突然に、でも自然に付き合いが始まった。合宿から帰った後も、僕らは会社帰りに近くの喫茶店で待ち合わせ、時間が経つのも忘れていろいろな話をした。アカリはどちらかと言うと物静かで大人しいタイプだったが、優しく温かい雰囲気のある、一緒にいてほっとする女性だった。でも一皮剥くと、その奥に筋の通った意志の強さが秘められていて、僕はその絶妙なバランス感覚の上にあるアカリに、今まで付き合ってきた女性にはなかった新鮮さを感じ、次第に惹きつけられていく自分を抑えることができなかった。
「私、この歌好きなの」
「確か、アトランティック・スターの『オールウェイズ』だったよな。かなり前の曲だけど」
その日も僕らは、会社帰りにいつもの喫茶店に立ち寄って、取りとめのない話を重ねていた。テーブルの上には二人分のコーヒーと、アカリが頼んだイチゴのショートケーキがひっそりと佇んでいた。店内にはアトランティック・スターの「オールウェイズ」がほのかに流れ、アカリはその曲に聞き入るように静かに目を閉じていた。
「なあ、曲に聞き入るのはいいんだけど、そのまま寝ないでくれよな」
「失礼ね、寝るわけないじゃない。さてと、じゃあケーキでも食べようかしら」
「前から気になってたんだけど、どうして毎日イチゴのショートケーキを食べるわけ?」
「好きだからに決まってるじゃない」
「だからさ、そのわけを聞いてるんだけど」
「小さい頃、お母さんがよく買ってきてくれたのよ。私が生まれてすぐにお父さんが死んじゃったから、私の家お母さんと私の二人きりだったの。それで、お母さんが仕事から帰ってくると、必ずイチゴのショートケーキを買ってきてくれたの。だから毎日のように食べてたわね。イチゴの甘酸っぱさが何かよくて。もっとも、そのおかげで結構虫歯にもなったけど」
昔のことを思い出したのか、くすくすと笑うアカリに目を奪われていた。一瞬にして、彼女に対する愛しさが込み上げてきて胸が苦しくなった。
「だから習慣っていうか、癖みたいなものなのよ、これを食べるのが」
「じゃあ、俺も食べてみようかな」
「そうよ、一緒に食べましょうよ」
アカリは、ケーキの一番上に乗っていたイチゴをフォークで取ると、僕の口を開けさせてから、ゆっくりとそれを僕の舌の上に置いた。イチゴの甘酸っぱさが口の中に広がるのと同時に、その甘酸っぱさが僕のアカリに対する想いと重なった。優しく微笑むアカリを目の前に見ながら、僕は改めて自分の気持ちと正面から向き合うことになった。
「ところで、アカリの誕生日っていつなんだ?」
「五月五日よ。全く笑っちゃうわよね、男の子の節句の日が誕生日なんて。どうせなら、三月三日にしてくれたらよかったのに」
「でも、五月五日って子供の日だろ」
「まあね。でも、小さい時は結構からかわれたわ……。で、ヒロミの誕生日は?」
「十二月二十四日。世間で言うクリスマスイブだな」
「へえ、素敵ね」
「素敵なもんか。小さい時から誕生日とクリスマスを一緒にされて。大体虚しいもんだぜ、そういうのって。心が歪むよ」
「ふうん。でも私たち、何となく同じね」
「何が?」
「嫌な日が誕生日っていうところが」
「そういうのって、同じって言うのかな?」
「まあ、いいじゃない」
アカリは嬉しそうに、イチゴのないケーキを口に運んだ。僕は冷めてクリームの浮いたコーヒーを啜りながら、迫り来るアカリの誕生日プレゼントを何にしようかと、漠然と考えていたところで突然閃いた。
「じゃあさ、アカリの誕生日も近いし、泊まりでどこかに行こうか? ちょうどゴールデンウィークだし」
「本当に? 嬉しいな」
「どこか、行きたい場所とかある?」
「そうね、高原とかいいわね」
「高原か、確かにいいかもな」
「森の中に小さなログハウスとかがあって、そこでゆっくりとした時間を過ごすの。ねえ、どうかしら?」
「わかった。じゃあ、その線で考えとくよ」
「ねえ、私、何かすごく楽しみ。せっかくだから、思い切り楽しみましょうね」
アカリは同意を求めるように僕の目をじっと覗き込みながら、すっかり温くなっているであろうコーヒーに口をつけた。もちろん僕も、アカリと一緒にどこかに行けることにこの上ない喜びを感じていた。胸躍るというのはこんな気持ちなんだろうな、とひとり勝手に納得しながら、僕は早くも五月の蒼い風が爽やかに吹き抜ける緑の草原に想いを馳せていた。