Story 3-Part.3-
八月初めに僕らは夏休みを取って、沖縄の果てにある小さな島へと向かった。そう、それはまぎれもなく六年前に僕とアカリがひと時を過ごした場所だった。本来なら、決して行くべき場所ではなかったが、僕はあえてそこを選んだ。自分自身がアカリから完全に離れたことを確認するためにも、僕はそこからあかりと出発しなければならなかった。
「いい気持ちね」
「ああ、そうだな」
僕らは、見事なまでにマリンブルーに染まった海でひとしきり泳いだ後、雪のように真っ白な砂浜に仰向けに横たわり、耳元を囁くように通り抜ける風の声を聞いていた。日除けのパラソルは六年前と同じように僕を静かに見つめていたが、そこにかつてのアカリを感じることはなかった。いや正確に言えば、アカリのことを思い出してはいたが、それはもう淡い追憶の彼方のことでしかなかった。今現実の世界では、僕の隣にはあかりが三次元の立体的な微笑みを浮かべて佇んでいて、アカリは僕の隣にいても、過去の世界で二次元の平面的な微笑みを浮かべているに過ぎなかった。そう、僕の中で二人の女性は永遠に交わることがないのだ。そして当然のことながら、僕自身も過去と現在の間で永遠に交わることはなかった。
「何考えてるの?」
「いや、イルカにでも乗ってみたいなと思ってさ」
「イルカに? 変なこと言うのね」
あかりの反応には少なからず幻滅したが、程なく再び過去と現在を結びつけようとした自分にうんざりして、横にあったビールを一口飲むと、浅い眠りにその身を委ねた。少し経ってから唇にあかりをしっかりと感じたが、その感触から僕は、あかりは自分にとってのイルカではないと直感した。それは全く根拠のないものだったが、僕はそうした第六感的なものがあながち間違っていないことを経験上よく知っていた。でも僕は強引にそれを否定し、自分にとってあかりはかけがえのない存在なんだと思い込もうとしていた。そこに無理があったことをわかっていながら、そうしないことにはこれからの自分が危うくなるような気がしたのだ。
それは、夕食も終わってホテルの部屋へと戻った時だった。僕は部屋の冷蔵庫から二人分の缶ビールを取り出すと、ベッドの隅に座って窓の外の海を眺めていたあかりにそのうちの一本を差し出した。
「ありがとう」
あかりは静かに呟くと、その缶を開けることなく両手で握り締めながら、横に座った僕の肩にゆっくりともたれてきた。
「静かね」
「ああ」
その瞬間、僕の脳裏に再び六年前の記憶が蘇ってきた。それは洪水のように僕を押し流し、僕はかつてアカリに言ったことを、あかりにも投げかけたい衝動を抑えることができなかった。
「なあ、俺たち何か二人で一人って感じがしないか?」
「それってどういうこと?」
「だからさ、お互いが無意識のうちに、どこかで失くしてしまった自分の一部を探していたから、初めて会った時に惹かれ合ったんじゃないかなと思ってさ」
「難しいことはよくわからないけど、私はヒロミが好きよ。それだけじゃいけないの?」
子猫のように見つめるあかりをゆっくりと抱き寄せた僕は、その勢いのままに彼女を二人だけの官能的な世界へ誘った。確かにあかりは、僕に対して期待どおりの答えを与えてはくれなかったが、僕自身が過去と決別しようとしている中で、あかりにだけそれを求めるのは理不尽だと悟った。そう、僕とあかりの世界は他のどの世界とも異なる新しいものなのだ。その世界を、時の流れを理由にして勝手に重ね合わせてはいけないのだ。何がどうであれ、今ここにあるのは褐色の肌を伴ったあかりなのだから。
その後も僕は、あかりとの世界に漂い続けたが、どれだけの時間を過ごしても、どれだけ体を重ね合わせても、二人の間にかつてアカリと味わったような一体感を持つことはできなかった。僕は少なからず居心地の悪さを感じ、その苛立ちのあまりに度々あかりと口論になったが、考えてみれば人間関係、とりわけ男と女の関係に様々なパターンがあるのは当然のことであり、僕は違和感を抱えながらも、とにかくあかりとのオリジナルな関係を築くしかないと悟った。