Story 1-Part.2-
会社の保養所に着くと、僕ら新入社員はまず昼食をとり、午後からさっそく研修のメニューに入った。一日目は講義形式の研修だったので、僕は午後の日差しが机や椅子を優しく照らす太陽のベッドで、講師の話を子守唄にしながら夢の世界へその身を委ねていた。夢の中では僕と昨日の彼女が、南の島の青い海で二人でイルカに乗って遊んでいた。僕らはイルカと話をしながら、幻想的で安らいだひとときを過ごしていた。僕は、この一瞬が永遠に続けばいいと思っていた。彼女と二人だけで過ごす南の島での日々が。
でもその日々は、いやその夢は、隣に座っていたサトシの現実的な声によってものの見事に打ち砕かれてしまった。
「おいっ、起きろよ。もう講義終わってるぜ」
「何だよ、人がせっかくいい夢見てたのに」
「人が起こしてやったのに、何だよ、その言い草は」
サトシは語気を荒げて言い放つと、怒ったのかそのまま足早に部屋を後にした。一人部屋に残された僕は、まだ夢から覚めた自分にうまく馴染めなかったが、薄暮に染められた窓の外の景色を見ながら何とか現実に立ち返り、サトシの後を追うように部屋から立ち去った。
二時間ほどが過ぎて夕食の時間になったので、機嫌を直したサトシと一緒に大広間の宴会場に向かうと、そこには既に百人の新入社員が、縦四列に並べられたテーブルの前に静かに座っていた。そのあまりの滑稽さに笑いを堪えながらも席に着くと、一呼吸置く間もなく、研修担当の人事部職員の挨拶を皮切りに夕食の宴席が始まった。僕は、何気なく周囲を見渡しながら彼女の姿を目で追ってみたが、昨日の入社式ではあれほど簡単だった作業が今日は意外に難しかった。僕は半ば探すのを諦めて深いため息をつくと、仕方なく隣に座っていたサトシや周囲の会話の中にその身を埋もらせていった。
でも、一時間ほどが過ぎた時、僕は偶然にも大広間から外に出て行こうとする彼女の姿を捉えた。僕は反射的に席を立つと、彼女を見失わないようにそっと後を追った。大広間のある一階から、エレベーターに乗って上の階へ向かう彼女を刑事のように追跡するはずだったのだが、見事エレベーターに乗り遅れた僕は、行き先が屋上であることを確認すると、すぐ脇の階段を走って上っていった。日頃の運動不足から、息を切らせながらもようやく屋上までたどり着き、彼女の姿を捉えてすぐ後ろまで来た時、僕は思わず今の正直な気持ちを口に出してしまった。
「やっと会えた」
「私も」
「えっ?」
「私も……会いたかった」
彼女の言葉を、僕はどう判断していいのかわからなかった。少し酒が入っていたせいもあったが、それを割り引いても言葉の意味がうまく理解できなかった。春の夜風がゆっくりと二人の間を通り過ぎ、僕らはそうして向き合ったまま静かな時を重ねるだけだった。
気がつくと僕らは、まるで以前からそうであったかのように強く抱き合い、激しく互いの唇を求め合った。考えるまでもなかった。ただ本能の赴くままに行動していた。そう、僕ら二人の心のギアは始めから既にトップに入っていたのだ。
「ひとつ、聞いてもいいか?」
「何?」
「何で俺に会いたかったんだ?」
それは、僕らがひとしきり互いの唇を弄り合い、互いの体を温め合った後のことだった。僕の問いかけに対して、彼女は少し首を傾げて考えた後、その口をゆっくりと開いた。
「昔、好きだった人に似ていたから」
「えっ?」
「冗談よ。何でだろう、昨日入社式で偶然あなたを見かけた時から、とても会いたくて、話がしたくて。本当に、何故だかわからないんだけど」
「偶然だな。実は俺も、昨日君を見かけた時から、君にとても会いたかったんだ」
「そう。不思議ね。私、今までこんな気持ちになったこと、一度もなかった」
「俺もだよ。自分でも驚いてる」
僕はそう言った後、彼女の額に軽く唇を当てた。彼女はしばらくの間恥ずかしそうにうつむいていたが、その後僕の頬に優しい口づけを返してくれた。
「なあ、もうひとつ聞いてもいいか?」
「ええ」
「君の名前」
「ああ、まだ言ってなかったわね。ヨシモト アカリっていうの。あなたは?」
「ウチダ ヒロミ」
「じゃあ、ヒロミって呼んでもいい?」
「もちろん」
「私のことは、アカリって呼んでね」
僕らはその後も、そうして夜遅くまでそこにいた。二人とも浴衣姿ではあったが、少なくとも僕はそこに寒さというものを全く感じなかった。むしろこうして二人でいることに、今まで経験したことのない心の温かさを感じていた。ふと仰ぎ見た夜空の星たちにさえ安らぎを感じたほどだった。