Story 3-Part.2-
ゴールデンウィークも終わりを迎えようかというその日は見事に晴れていた。僕はその朝、ディズニーシーの入口に並んでひたすら開門の時間を待っていた。隣には、初めてのテーマパークに目を輝かせ、期待に胸を膨らますあかりの姿があった。五月の、しかも午前八時前ではあったが日差しは強く、紫外線が皮膚から染み込んでくる感覚を痛いほどに味わっていた。是非もなく、今日は暑い一日になりそうだった。
「早く開かないかな。楽しみですよね」
あかりは弾むような声を出して、持っていたペットボトルの紅茶を一口飲んだ。僕はそんなあかりの横顔を見ながら、今日ここにいることの不思議さをただ噛み締めるばかりだった。そもそも僕らがここに来たのは、数日前にあかりが僕を誘ったからだ。一緒に行く予定だった友達が急に行けなくなったとかで、何故だか僕にそのお鉢が回ってきたのだ。僕は、この年にしてディズニーシーに行くことに少し抵抗があったが、にもかかわらず二つ返事で承諾した。もちろんミッキーマウスにではなく、普段着のあかりに少なからず興味があったからだ。会社で一緒に働く姿ではなく、毎日を何気なく過ごすあかりを知りたかったのだ。
しばらくすると正面のゲートが開き、僕らは急ぎ足で中に入っていった。大きな地球儀の脇をすり抜けて、人の波に従って分け入っていくと、目の前一杯に地中海を模した港が広がった。でも僕らはそれに驚き感動する間もなく、駆け足で人気のアトラクションに並んだ。ゴールデンウィーク中とあってどのアトラクションも大変な待ち時間で、結局その日一日で回れたのは本当に数えるほどだったが、僕は一日中をあかりと過ごせたことで、小さいながらもいくつかの新しい発見をした。それは、僕が今まであかりに対して抱いていたイメージとは明らかに異なり、甘えん坊ながらも意外にしっかりした面や、子供っぽさの中に落ち着いた大人の女性の姿を垣間見て、僕は自分でも驚くほど急激にあかりに惹き込まれていった。それは本当に久しぶりの感覚で、もちろん悪い気はしなかったが、こんなにも簡単に人を好きになっていくことに年甲斐もなく戸惑いを感じていた。
やがて夜も深まり、地中海でのショーの時間がやってきた。僕らは辛うじて全貌が見渡せる建物の上から、あからさまに非日常的で幻想的な光景を目の当たりにした。
「綺麗ですね」
「本当だな」
ショーを見るあかりは文句なく可愛かった。僕は初めて彼女を抱きたい衝動に駆られたが、辛うじて踏みとどまった。ミッキーマウスの形をした神様に戒められたような気がした。
「今日は本当にありがとうございました。急に誘ってしまって、迷惑でしたよね?」
「そんなことないよ。俺も楽しかったよ。いつもとは違うオオタの姿も見られたし」
「幻滅しました?」
「その逆だよ。いい女だなって思った」
素直に口から出た言葉に、あかりは一瞬驚いたような表情を見せたが、程なくいつもの悪戯っぽい笑顔に戻った。
「また、お世辞なんか言っても何も出ませんよ」
「本当のことだよ」
「私……」
僕は、なおも話を続けようとするあかりの唇に人差し指をあてると、次にその指を自分の唇に置き換えた。あかりが肩にかけていたバッグが地面に落ち、僕らはフィナーレの花火が夜空を煌々と染める中で激しくお互いを求め合った。それは僕にとって、久しぶりの生身の唇の感覚であると同時に、新しい運命の扉を開く儀式ともなった。
「あっそうだ、渡したいものがあったんだ」
華やかなショーも幕を下ろし、周囲の人々もこぞって帰り始めた時、僕は不意にあかりへのプレゼントを思い出し、その体から離れると上着のポケットから小さな包みを取り出して見せた。
「今日、誕生日だったよな。たいしたもんじゃないけど」
「覚えていてくれたんだ、嬉しい」
あかりは満面の笑みを浮かべて呟くと、その包みを受け取り、ゆっくりといとおしそうに中身を開いた。
「実はさっき、そこのショップで買ったんだ。気に入ってもらえると嬉しいんだけど」
「ありがとう。こういうのほしかったんだ」
それは、ミッキーマウスのイヤリングだった。あかりはさっそく耳に着け、僕に向かって自分の頬を近づけて見せた。銀色に光るそれは確かに子供騙しの安物だったが、夜の闇を切り裂く魔法のように輝き、僕はその眩しさがあかりと重なり合う瞬間を静かに感じながら、二人の愛が着実に育まれていくことを切に願っていた。
その後僕らは、夏に向かって日差しが強くなっていくにつれて、本当に自然な感覚でお互いを見つめ続けていった。あかりはその年齢のせいか、彼女自身が過去に経験したであろう女の子の姿と、将来経験するであろう女性の姿が同居した不思議な雰囲気を持ち合わせていて、僕はその魅力を傍らで存分に感じながら毎日をともに過ごしていた。確かに、僕とアカリがかつてお互いに感じていたような一体感はなかったが、あかりには僕自身には永久にない鮮烈な感性があり、それが僕を圧倒的に魅了していた。そして季節が真夏を迎えるに至って、当然のことながら僕の心はあかり一色に染められていた。