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Story 2-Part.4-

 六月になり、サトシとトモコの結婚式の日がやってきた。それは日曜日だったが、僕は前日の夜遅くまで仕事があったことで、当日朝一番の飛行機に飛び乗って直接式場に向かった。そこは都心にあるカトリックの教会で、空港からタクシーに乗って降り立つと、目の前にはまるで中世のヨーロッパにタイムスリップしてしまったかのような荘厳な雰囲気の建物が聳え立ち、視線を手前に移すと、それに負けないくらいに輝いて映るアカリの姿があった。

「久しぶりだな」

「会いたかったわ」

 僕らはそこで強く抱き合うと、周囲も気にせずに半年振りの温もりを互いの唇に感じ合った。そこには、時間が止まったかのような瞬間が永遠に続いていた。僕はアカリの体をゆっくりと外すと、改めてその姿をじっくりと眺めた。アカリはモスグリーンのシルクドレスを身にまとい、耳には僕が贈ったルビーのイヤリングを着けていた。

「そのイヤリング、とてもよく似合ってるよ」

「これ、とても気に入ったわ。ヒロミも案外センスいいわね」

「案外は余計だろ?」

「あっ、そろそろ式が始まるわよ」

 アカリの言葉に促され、僕らは足早に建物の中に入っていった。式のほうは滞りなく進み、やがてサトシとトモコは、ライスシャワーが花吹雪のように舞う中、教会の入口から石段をゆっくりと降りてきた。二人の眩いばかりに微笑ましい姿は、梅雨の晴れ間の青空に光り輝き、あたかも中世に描かれた絵画のように見えた。そして僕らのそばを通り過ぎる二人に、僕がおめでとうと言いながら目配せをすると、サトシはばつが悪そうに照れ笑いし、トモコは恥ずかしそうにはにかんだ笑顔を見せた。僕はそんな二人の中に自分とアカリとを重ね合わせ、隣に佇むアカリのイヤリングを見ながら、何とも言いようのない充実した清々しい気分になっていた。そう、その時僕はアカリとの結婚について初めて現実的にイメージしていたのだ。二人の間に永遠の時間が流れることを願いながら。


 その夜、僕とアカリは披露宴後の二次会の場にその身を置いていた。そこは教会近くの小ぢんまりとしたレストランで、和やかな雰囲気に包まれる中で会は滞りなく進んでいった。やがてサトシがこちらに近づいてきたので、僕もそれに呼応するように席を立つと、二人でゆっくりと歩きながら久しぶりの再会を喜んだ。

「おめでとう、サトシ」

「ありがとう。でも、本当に久しぶりだな。もう何年も会っていないような気がするぜ」

 改めて見るサトシは、既にいつもの人なつこそうな笑顔に戻っていた。会わなかった半年が嘘のように、二人の距離は一瞬にして縮まった。

「何年もって、たかだか半年じゃないか」

「まあ、それもそうだな。ところで、お前とアカリちゃん、うまくいってるのか?」

 サトシはその場に立ち止まると、僕の目を覗き込みながらそう尋ねた。

「何だよ、急に改まって」

「いやさ、遠距離恋愛って結構大変なんじゃないかって思ってさ」

 遠慮がちなサトシの気遣いが素直に嬉しかった。これが友情なんだなと、涙が滲み出るのを堪えながら懸命に笑顔を作っていた。

「そりゃあ、毎日のように会えないから辛い時もあるけど」

「愛の力で乗り越えられるってやつか?」

「わかってるなら聞くなよ。大体お前のほうこそ大丈夫か? 今からトモコの尻に敷かれてるんじゃないのか?」

「そりゃないだろ。俺は、正真正銘の亭主関白だぜ」

 相変わらずのサトシに妙に懐かしさを感じた。離れてみて、初めてその人の有り難味がわかるというのは本当だと思った。

「まあ、何はともあれサトシ、幸せになれよ」

「お前もな」

 僕らはお互いの前途を祝福し合うと、近くにあったビールで乾杯して別れた。感無量の想いで自分の席に戻ると、アカリが悪戯っぽく微笑みながら迎えた。

「二人で何を企んでたの?」

「人聞きが悪いな。男同士でお互いの前途を祝い合ってたんだ」

「ふうん、まあいいわ。それで、今晩はこっちに泊まっていくんでしょ?」

「ああ、そのつもりだったんだけど、実は今日中に札幌に戻らないといけなくなって。もうそろそろ行かないと」

 一瞬にしてアカリの表情が曇ったのを見て、わかっていたことではあったが、僕の胸はきつく締めつけられた。和やかで温かい場であるにもかかわらず、二人の周囲だけは空虚で切ない雰囲気に包まれていた。

「そんな、私たち、半年振りに会ったのよ。それなのに、もう帰っちゃうの?」

「俺だって、今夜くらいアカリと一緒に過ごしたかったさ。でも、明日朝一番で大事な会議が入っちゃって……。ごめんな」

「そう」

「夏には休みを取って戻ってくるから」

 僕の言葉にも、アカリは目を伏せたまま応えようとはしなかった。仕方なく僕はアカリを納得させるようにその額に口づけると、そのまま席を立って店の外に出ようとした。

「待って。空港まで送らせて」

 僕らは店の外でタクシーを拾うと、そのまま一直線に空港に向かった。アカリは空港に着くまでの間、ただの一言も口をきかなかった。僕は、アカリに対する申し訳なさで胸が一杯になり、明日の会議など放り投げて二人きりでどこか遠い所に行きたくなったが、最後の最後に僕の中で理性が感情を説得した。でもその時、僕は感情の赴くままに行動すべきだったのだ。たとえ仕事がうまくいかなかったとしても、僕は久しぶりのアカリとの時間を大切にすべきだったのだ。

 タクシーが空港に着くと、僕らは札幌行飛行機の搭乗ゲートに向かった。久しぶりのアカリと一緒に過ごせたのはわずか半日で、しかも最後のほうではアカリと話をすることすらできなかったが、それでも僕らは、お互いの想いが手に取るようにわかっていた。そう、もはや二人の間には言葉すらいらなかったのだ。と、少なくとも僕はそう信じて疑わなかった。

「じゃあな。八月には戻ってくるから」

「……元気でね」

 僕の瞳の奥に訴えかけるように呟くアカリを、僕は自分の心と体全体で受け入れた。時だけは、そうして抱き合う僕らを優しく穏やかな眼差しで見つめ続けてくれていた。

 でも、僕はその約束を果たすことができなかった。終焉を迎えるかに見えた仕事が再びその勢いを増し始め、僕は寝る間すら惜しんで働き続けた。季節や時間の感覚もなくなって、僕は無意識のうちに八月をやり過ごしてしまった。アカリから何度となく電話もかかってきたが、僕はそれに満足に応えることをしなかった。そう、その時の僕は何もかもを仕事で言い訳していたのだ。仕事を隠れ蓑にすることで、僕はアカリと正面から向き合うことをしなかった。もはや僕には自分の気持ちがどこにあり、どこに向いているのかすらわからなかった。いや正確に言うと、わかりたくなかったのだ。何故なら僕の気持ちは、次第にアカリ以外にも向けられていたからだった。だから僕は、アカリと会うことを躊躇い、八月を意識的にやり過ごした。

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