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6:ボードコントロール

 その後も、多田からは通りすがりに嫌みを言われる程度の嫌がらせがあった程度で、学校では誰とも口を聞かずに数日が過ぎた。

 そして、ようやく待望の土曜日になった。


 事務的に形だけの掃除を終わらせると、俺は真っ先に学校を飛び出して海へ向かった。

 これから日没までの数時間だけでも、ずっと学校で考えていた事を実際に海の上に浮かべたボードの上で試してみたかったのだ。


 先週、俺が朝比奈さんと知り合った場所に今日も居た。

 今日は朝比奈さんの隣に奈子さんではなくて、体格の良い短髪の男の人が居て何か話をしている。


 その短髪の男の人の肌は真っ黒に日焼けしていて、筋肉質な体が映える良い色をしていた。


「朝比奈さんこんにちは! また使わせて貰っても良いですか?」

 俺は、二人の邪魔にならないように会話の切れ目を狙って、遠慮がちに声を掛けてみた。


「お、来たね! 南央樹なおきくんは熱心だねぇ」

 朝比奈さんは、会話を中断して俺の方に顔を向けて笑いかけてくれた。


「お、この少年が学校をサボって海に来ていた子か?」

 その体格の良い短髪の男の人は、俺の事をそう評してきた。


(うわっ、初対面からそういう呼ばれ方はキツいな)

 確かに学校をサボっていたのは事実だから、何も言い返せない。

下野しもの 南央樹なおきです」

 とりあえず、その件には自分から触れないようにして自己紹介をしてみた。


「俺は荒巻あらまき 來斗らいとだ。 こいつとは幼稚園の時からの幼馴染みなんだ、よろしくな」

 そう言って、來斗さんは俺に手を差し出してきた。


 ドラマとかじゃ見ることもあるけれど、実生活で握手とかする事はまず無い。

 俺は差し出された手を握り返して良いものか、一瞬戸惑ってしまった。

「あ、よろしくお願いします」

 手を差し出されてから一拍置いて、ようやく俺は荒巻さんの右手を握り返す事が出来た。


 荒巻さんは地元の漁師さんだそうで、体格が良くて日に焼けている理由に納得が行った。

 今日は漁具の手入れも早めに終わったので、暇つぶしに朝比奈さんの処へ寄ったところだそうだ。


「好きに使って良いですよ、まだお客さんも居ないから」

 朝比奈さんが指さす方向には鉄パイプの檻から出されたボードと道具が並んでいるが、セッティングがされていなかった。


「あの、道具のセッティングをお願いしても良いですか?」

 俺は恐る恐るお願いしてみた。

 1回くらい手伝っただけじゃ詳しいやり方も判らないし、なにより詳しい人にやってもらう方が安心だと考えたのだ。


「おいおい、自分が命を預ける道具くらい自分でセッティングできないようじゃダメだぞ」

 來斗さんが、ちょっと険しい顔になって俺にそう指摘する。

(怖い、マジこの人は迫力があって怖い…… )


「じゃあ、教えてあげるから覚えようよ」

 朝比奈さんは読んでいた本を脇に置いて立ち上がった。


「え、でも俺って物覚えが良くないですよ…… 」

 俺が心配したのは自分の記憶力よりも、物覚えの悪い俺の事を朝比奈さんが嫌になっちゃうんじゃないかって事だった。


「海を舐めると簡単に死ねるぞ、他人のミスで死にたくなかったらセッティングくらい自分で出来るようになれよ」

 そう言うと、來斗さんは南央樹なおきさんと俺に手を振って帰って行った。


「あいつは文字通り海の上で命を賭けてる仕事だから厳しい言い方してるけど、言っている事はその通りだと思うよ」

 朝比奈さんは、そう言って來斗さんの言葉をフォローするけれど、命云々は流石にに大袈裟だと思う。


 俺は何かを他人に教えて貰うのが苦手だ。


 大抵の人は、俺が判らない事を質問し続けると必ずと言って良い程うんざりしたという顔をする。

 それを見ると俺は、口から出かかっていた質問を続ける事が出来ずに諦めてしまうのだ。


 一つの言葉から一つの答えしか見いだせないのなら答えは簡単なんだけど、想定できる可能性というのは、確率の低いものから高い物まで含めると一つじゃない事の方が多い。

 だけど、教えている人は始めから答えを知っているから、別の可能性を確認するための質問が出ることを嫌がるのだ。


 何故そうなるんですか?、どうして其処じゃ無いといけないんですか?、だとすればこう言う場合は当てはまりますか?

 そんな質問を自分が納得できるまで続けていると、原理原則を判っていない人ほど説明に詰まって露骨に嫌な顔をする傾向にあると、俺は今までの経験から知っていた。


「セイルに風が流れると引っ張られるでしょ、それはセイルに揚力が発生するんだよ」

「揚力って、風に押されるって事ですか?」

「ん~とね、セイルってこんな形をしているでしょ」


 朝比奈さんは俺の質問に対して、突然砂の上に図を書いて説明を始めた。

「これがマストで、これがセイルの断面ね、上と下で形が違うでしょ。 ここに風が流れると…… 」


 突然始まった解説は翼が揚力を発生させる理屈だった。

 その他にも、テコの原理を使ってマストにブームを確実に取り付ける方法とか、解けにくくて解きやすい不思議なボーラインノットの結び方とか色んな事を教えて貰った。


 軽い気持ちで聞いた事なのに、何故それがそこにあるのか、どうしてそうなっているのかをしつこい位に教えられて、俺の方がうんざりしてしまう程だ。

 俺は朝比奈さんの豊富な知識量に、なんとも驚かされてしまった。


「どうしてそんなに知っているんですか?」


 教えて貰いながらも最初から最後まで自分でセッティングした道具リグを前にして、俺は朝比奈さんに聞いてみた。

 そこまで博識なる必要があるのだろうかと、俺は疑問に思ったのだ。


「知らないより知ってる方が便利でしょ、いざという時にも応用が効くし、誰かの手を借りないと出来ない事が一つでも減れば減るほど自由になれるしね!」


 俺の質問にそう笑顔で答える朝比奈さん。

 理屈ではそうだけど、朝比奈さんの言う自由って言葉の意味は、俺の考える自由という漠然とした考えとは違って、より具体的な物だった。


「すべての事を自分一人で出来る訳が無いから、他人の力を借りることも大切だけどね」


 朝比奈さんは、最後にそう付け加えることも忘れなかった。

 だけど俺は自分の他人任せな態度を責められたように感じて、自由という言葉について胸に湧いた質問を更に重ねてしまった。


「自由って… 出来る人にやってもらったほうが便利だし素人がやるよりも確実じゃ無いですか?」


 そう、出来る人がやれば出来ない人がやるより上手くいくんだから、得意分野は分業すれば良いのでは無いかと、俺はそれまで思っていた。

 もちろん、それは自分がやらない言い訳でしか無かったのだけど、その時はそう判ってもいない。


 その後も少し納得が行かなくて色々と質問をしたんだけれど、自由になれるって言葉の意味は俺の考えている事とは違っていた。

 全てのことを自分一人で出来るスーパーマンは居ないけど、自分が出来る事少しでも増えて行けば他人にお願いする事は逆に減って行く。


 誰かに頼らなければ出来ない事があれば、それはやってくれる人が嫌だと言えば出来ないし手に入らなくなる。

 だから、自分がやりたい時にやりたいだけ自由に誰にも縛られずにやる為には、なるべく他人に頼らなければならない部分を減らせば良いでしょって言う事だった。


「それにウィンドの場合は、自分の命を預ける道具を他人に任せるなんて怖くない?」


 そう逆に聞かれてしまって、俺は考えても居ない事だったので驚いた。

 全然命を賭けているというイメージが、ウィンドサーフィンと結びつかないのだ。


 ウィンドサーフィンが他の自然を相手にするスポーツと同じように危険と隣り合わせである事と、朝比奈さんが言いたかったのは「自立」と言う事だと後で気が付いたんだけれど、それはまだずいぶん先の事だ。


 夕暮れ前の一時を、俺は不安定なボードの上に立ってセイルアップに費やしたのだが、その大半の時間は前回のように海の中に居る事になった。

 何度やっても、何度繰り返しても、俺がセイルを引き上げようとすると足下のボードがグルリ大きくと回転して俺を振り落とすのだ。


 ボード上の何処に足を置いても、セイルを引っ張り上げるために足に力を入れて踏ん張るとボードが足に押されて回転をする。

 足下のボードが回転してしまえば、足払いを掛けられたように踏ん張った足は置き場を無くしてしまい、俺を海に突き落とす役割を忠実に果たしてくる。


 俺はボードの上に立ち、|セイルを引き上げる為のアップホールラインを握りながら再び考えて見た。


 右足に力を入れてみるとボードは押されて左へと回転する。

 左足に力を入れると逆に右へと回転しようとする。

 一旦ボードがどちらかへと回転を始めると、それで足場を無くしてしまうので抵抗することは難しかった。


 俺は、右足に力を入れようとしたときにアップホールラインを握る手が右へ、左足に力を入れようとすると左へと動くことに気付いた。

 もちろん無意識にやっている事だ。


 ふとそれに気付いて、意識的にアップホールラインを握る手を右に左に動かしてみた。

 すると、その動きに追従してボードに置いた足に力が入りボードが回転しようとする事が判ったのだ。


 だとすれば、ボードが動きそうになったらアップホールラインを握る手を左右に振ってボードの動きをコントロールできるのではないか、そう思いついた。


 そうして俺はようやくボードコントロールに開眼した。

 しかし、まともにセイルアップに取り組む事が出来るようになった時には、もう夕暮れが間近になっていたのだった。


一日が過ぎるのをこんなに早く感じるなんて、外で遊び回っていた子供の頃以来では無いだろうか……

俺は海の向こう側に沈んで行く夕日を眺めながら、そう感じていた。


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