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「……で、どういうことか説明してくれます?」
「あー……嘘ついた理由? 悪いな、嘘なんかついて。理由って言っても俺の好奇心みたいなもんで」
「違いますよ」
「は?」
「私になにをしたんですか?」
キャロルがきょとんとしてハナを見つめた。しかしハナは至って真面目な表情で逸らすことなくその瞳を見つめ返している。碧色の瞳には確かな確信が色濃く浮かんでいた。
それに気づいたキャロルが、へぇ、と見定めるように目を細める。意外とでも言いたそうなその視線に、ハナは心外だと思った。思わず小さく頬を膨らませるとそれに気付いたキャロルがふっと笑った。
「なにをしたって?」
「とぼけないでください。あんな嘘を信じるほど馬鹿ではありません」
「でも実際に信じてたじゃん」
「はい。だから、その原理を私は訊いているんです。といっても、だいたい予想……というか、そんなこと出来る仕掛けなんてひとつしかありませんが」
「ふぅん?」
「あなた、魔術師ですね」
ハナの問いに、キャロルがにっこりと楽しそうに、そしてどこか嬉しそうに笑った。その笑顔は明らかな肯定を意味していた。
ハナはさらに続ける。
「おそらくはあの時いただいた飴も関係あるのでしょう? その魔法を行うための条件のひとつでしょうか。あれが体内に入ることによって中からも魔法が侵食し、効果が強まるという可能性もありますね」
自分なりの考察――自信はある――を述べ、キャロルの反応を見る。
彼は驚きからか、赤い瞳を丸めていた。その表情にハナは得意げに胸を張ってみせる。
「驚いた、まさかそこまで見抜くとは」
「ふん、これくらいちょちょいのちょいです」
「俺がやった飴をなんのためらいもなく口に入れるからどんだけ無防備な奴なんだと思ったけど」
「そ、それは、貰えるものは貰っておく質なんですっ」
思わぬところを突かれて、ハナは照れ隠しに新しいサンドウィッチに手を伸ばす。おい、と前からツッコまれたが気にしない。
「で、もぐ、結局あれは、んぐ、なんの魔法なんです、こくんっ、か」
「お前食うか喋るかどっちかにしろよ」
「…………」
「え、食う方とんの!?」
「いいから答えてくだふぁい」
もぐもぐ咀嚼しながら促す。キャリーバックの横でネルが溜息を吐いたのがわかる。
キャロルは苦笑した後、諦めたかのようにハナの質問に答えた。
「あれはそのまんま、嘘を信じさせる魔法だよ。飴はお前が言ったように魔法発生条件だ。ちなみにあの飴が溶けるまでが魔法の有効時間。あの飴は自分の魔力を流し込んで、魔法を発動させるとその魔力が体内から神経に流れて思考を軽く操る仕組み。ただあくまで少しだから視覚的聴覚的な嘘は通用しねぇし、副作用とかもなし」
「そんな魔法があるんですか……」
思わず感心するようにぽつりと呟くと、キャロルはにやりと楽しげに笑って、
「まぁ所謂禁忌魔法の一種だ」
「ってそれダメなやつじゃないですか!」
「平気だよ。禁忌魔法っつってもランク最下位のEランクのもんだし」
「そういう問題じゃありません! なんでそんな飄々と……! っていうかどこでそんな魔法知ったんですか……」
「学校で」
「学校っ?」
学校、という単語にハナは思わず食らいついた。別に学校がなんたるか知らないわけではない。子供を教育するところで、同い年の子供が沢山集まっている場所。それぐらいの知識はある。ただ、それだけだった。それぐらいしかハナは学校について知らないのだ。
思いもよらず出てきた単語に飛びついたハナに対し、疑問を抱きつつもキャロルは素直に首肯する。
「そ。俺コンフェスタ魔術学校の高等部1年なんだ」
「コン……?」
「コンフェスタ魔術学校。――って、あり?知らねぇ?」
こくん。正直に頷く。
「え、まじ? 結構有名な学校なんだけどな。世界の四大魔術学校のひとつだぜ?」
「そ、そうなんですか? 残念ながらそういう知識を得る機会はあまりなかったもので……」
「ん、そうなの?」
「はい……」
まじまじと凝視してくるキャロルに、ハナは居心地が悪そうに身動ぎをする。
「――まぁ、だったら仕方ないか。とにかく、俺はそこの書庫でその魔法の存在を知ったんだ」
「へぇ……。あれ、でも待ってください。あの時キャロル、さんは魔法陣出しましたっけ?」
「別にそんな畏まった呼び方じゃなくていいよ」
「あ、じゃあキャロル、で」
「ん。で、あの時魔法陣出したか、だよな? いいや出してねぇよ」
「え。でも」
しれっと答えたキャロルにハナは疑問符を浮かべた。
魔法とは、魔力を持ったものだけが扱える特別な能力の総称だ。魔力を持っている人間は全国で1%も満たない。ほんのわずかな人間に与えられた奇跡の力だ。
そして遥か昔に魔力を得た人間がより効果的、かつ安定に特化し魔法を使えるようになるよう生み出したのが陣式魔法術。魔法陣で魔法を操るというものだ。それにより魔法発生に必要な複雑な条件がクリア出来たと同時に、力を操作しやすくなり、魔術師のなかでは陣式魔法術が一般的になっていた。
「魔法って、魔法陣なしだと使用するのに複雑な条件をクリアしなくてはならないんですよね? だから現代の魔術師で魔法陣なしで使う魔法を使う人はいないし、そもそも無陣式魔法術は伝わっていないんじゃ……」
「おぉ、よく知ってんな。お前の言うとおりだよ」
あっさりと認めたキャロルに、ハナの頭の中にさらに疑問が浮かぶ。
悶々と思考を巡らせて爆発寸前のハナに、キャロルは可笑しそうに笑うとようやく解答を述べた。
「別に魔法陣を使わなかったわけじゃないさ。ただ魔法陣はその飴に刻んであったんだ」
「えっ」
「まぁ告げ人さまは気付かなかったみたいだけど?」
「くっ……!」
なんたる不覚。ハナは慌ててさっき食べた飴を思い出した。しかしいくら考えても味しか思い出せない。そういえば確かに、舐めたときざらざらとした気もしないことも……、なんて今更気付いても後の祭りである。
「屈辱です……!」
ハナはぎゅっと目をつむりサンドウィッチを食べる。
「つーかお前、俺の昼飯!」
「えぇい! これふらいふれたっていいふぁないでふか!」
「飲み込んでから喋れ。つーかどんだけ食べんだよ……」
「えっ? おかわりしても良いんですかっ?」
「お前はなにを聞いてたの?」
ハナは騙された怒りと気付けなかった悔しさとを一緒にサンドウィッチを咀嚼して次々と飲み込んでいった。
お腹が膨れてくると同時に苛々も徐々に収まってきた。自分ながら単純だと思う。が、しかし、サンドウィッチが美味しいのだから仕方ない。
誰にでもなく言い訳を並べていると、まるで心を読んだかのようにネルが「お馬鹿」と呟いた。幸か不幸かサンドウィッチの美味しさに感動していたハナにはその声は届かなかった。