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HEAVEN  作者: 真白
第一章 死者の言葉を紡ぐ
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1-03

* * * *



「はっ、はっ、はっ」


 しばらくはさっきの少年が言っていた隠れ家で身を隠したほうが良さそうだ。息を切らしながら路地裏を進む。路地裏にはごみが散乱していて度々キャリーバッグが引っかかってしまう。あぁもう! と軽く腹立たしてキャリーバッグを持ち上げた。でかいので抱えるのは少し大変だがこの方がずっと速い。


 細く薄暗い裏路地を走ること数分。目の前に壁が見えてきた。この辺だ!


「はぁ、はぁ、はぁ……ふう」


 キャリーバッグをおろし、壁に身体を預けて息を整える。肩を上下しながら辺りを見渡すが、隠れ家のようなものは確認できない。もしかしたらここ自体が隠れ家ということなのだろうか。


 ハナはキャリーバッグにぴょこっと座って、暫くここでじっとしていようと決めた。


 上を向くと自分の瞳と同じ色をした青空が広がっていた。



* * * *



「……お腹すきました」


 ぐきゅるるる。お腹が答える。早く何か食べさせろ! と言わんばかりにさっきから腹の音が止まない。なんだか自分のお腹が可哀相に思えてきた。


 ここに来てどれくらい経ったろうか? もう30分は経ったと思う。盗賊はハナを諦めてこの町から離れてくれただろうか。とくに騒ぐ声は聞こえないので暴れたりはしていないはずだが。


「いつまでここにいる気?」

「え? とりあえず盗賊が諦めてこの町を去るまでですかね。それか、隙をついてこの町を出ましょうか」

「……ハナ、正気?」

「? はい、正気……ですよ?」


 なぜかネルが呆れ果てた視線を送ってくる。しかし今のハナはそれをいちいち気にいている余裕はなかった。


 きゅるるー。切なげにお腹が悲鳴を上げる。


「……腹ぺこ……」


 再び愚痴をこぼした、その時だった。


 ぷつん。まるで細い糸が切れたような音がした気がした。


 瞬間、何故かはっと我に返るような、そんな気分になる。別にぼんやりしていたわけではないのに。まるで夢から覚めたかのような、そんな感じだった。


「……あれ?」


 そこでようやく、ハナは自分の状況がおかしいことに気付いた。


 何故自分は薄暗い路地裏なんかに、ぽつんと座って息をひそめているのだろうか。


――それは、親切な少年が盗賊が自分を探していると教えてくれたからだ。


 でもそもそも、どうして自分は盗賊なんかに追われているのだろうか。


――さぁ?


 なにか盗賊にしただろうか。


――記憶にない。


 そう、記憶にないのだ。


「……あれ、あれれ……ん~?」


 おかしい。今の状況はあきらかに、おかしい。


 そうだ、よくよく……考えなくてもわかることだ。なぜなら自分は、盗賊に追われる理由がないのだから。盗賊と一悶着起こした記憶も、そもそも関わった記憶すらないのだ。


 どんどん意識がはっきりしていくような感覚がハナを襲った。


 例えるなら冷水を頭から被ったかのような、全ての幻も夢も流されたかのように。


 ぱちぱち。瞳を瞬かせた。


「……あは」


 思わず乾いた笑いが漏れた。ネルが「ハナ?」と不思議そうに名前を呼んできたが、しかしハナはあはは、と壊れかけた人形のように笑った。


 そしてゆっくり息を吸って、吐く。


 すぅー、はぁー。すぅー、


「騙された~~~~っ!!」


 叫びは路地裏に虚しく響き渡った。にゃっ。と驚いたネルが短い悲鳴をあげた。



* * * *



 ハナは怒っていた。女の子なのにはしたなく大股で歩いて、「只今怒り中。近寄るべからず」と書かれた看板を掲げているかのように、分かりやすく怒っていた。


 騙された。騙された騙された騙された!


「気付くの遅すぎだよハナ」

「しょ、しょうがないじゃないですか! あの時は気が動転していたんです。っていうか、どうしてネルは教えてくれなかったんですか!」

「めんどくさい」

「意地悪!」


 ぷんすか怒りながらさっきの少年の顔を思い出して、思わず舌打ちをする。あの野郎、見つけたらどうしてくれよう。だなんて怖いことを考える。それほどまでに怒っていた。


 騙されるのは好きじゃない。それは皆そうだろうが、しかしハナにはそれ相当の理由があるのだ。


 しかし今はそれをのんびりと思い出している暇などない。


「あんの野郎、どこに行きやがったのですか!」


 あたりをぐるぐる見て少年を探す。


「あ、告げ人様だ」「え、あれが告げ人? 子供じゃん」「わー可愛い告げ人さま」「でもなんだか機嫌悪いみたい」「ほんとだほっぺが膨らんでる」「リスみたい」「いやいやハムスターだろ」「頬を膨らますと言ったら蛙だろ」「蛙か」「蛙なの?」


 蛙はやめてください。


 心の中で恨めしげに思いながらも聞こえなかったフリをする。


 気が付いたらお腹は怒りでいっぱいになっていた。


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