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* * * *
「はい並んでくださーい。順番は守ってくださいねー!」
ハナは実にご機嫌だった。町の壁側に立って目の前に陳列する人々を見てにっこりと頬を緩ます。手にはつめつめのキャリーバッグから取り出した折り畳み式の箱を持っている。その中にはコインや紙幣がじゃらじゃら入っていた。
「はい、次の人どうぞ! ……あら、もうすぐおばあさんの誕生日なのですね。おばあさんが少しわくわくしています。なにか贈り物をしてあげると良いです。おばあさんはアクセサリーが好きみたいですね。なにか素敵なアクセサリーでも飾ってあげたらどうでしょうか?」
「す、すごい! その通りです! 本当に視えているんですね……!」
「はい、勿論です! 告げ人ですので」
ちゃりーん。新たに入れられたコインににっこり。決して代金は高くないが、塵も積もれば山となるである。あとでバンクに行ってまとめてもらおう。ハナはにこにこ愛想笑いを浮かべて次を催促する。
「あら、あなたご先祖さまのお供え物のお菓子、つまみ食いしましたね?ご先祖様が拗ねていらっしゃいますよ」
「えっ。やっぱばれたか~」
「はい。代わりに超高級品のお菓子買ってこいと言ってます。ダッシュで」
「どこのパシリだよ!? はぁ、帰ったらまたお菓子お供えしてあげるってご先祖様に言っておいて」
ちゃりーん。コインが入る。ハナの笑顔がさらに深まる。お金の音って、こんなにも心地の良い音だったのか。まるで演奏家の合奏を聴いているかのようなうっとりとした瞳を、自身の手の中に向ける。ここ数週間で知ったお金の大切さが、今ハナの手の内にある箱の中身をみて小躍りしていた。
神の使いと言われている告げ人が商売道具に自らの力を使うというのはいかがなものかと思うが、今のハナにとってそんなのは糞くらえだった。それくらい彼女はお金がないのだ。非常事態に使えるものを使わなくてどうする。今はなんとしてでもお金を集めなくてはならない。
ちらりと隣で丸まっている黒猫に目線をやる。その視線には「ほら見ろ」と言わんばかりの勝気な態度がしっかりとのっていた。
しかしネルはどうでも良さそうに軽く頷くとくあ、と欠伸をしてさらに丸くなった。まったく、友人が働いているというのにこの黒猫は随分と呑気だ。勿論それも仕方ないことではあるのだが。
それよりも。
ハナはまた箱に視線を移した。
(ふふふ、今いくらあるのでしょう。勘定するのが楽しみです)
頬がだらしなく綻んでいるのに気付いてハナは慌てて営業スマイルを浮かべる。
「お次の方どうぞー」
次の人はハナと同い年ぐらいの少年だった。亜麻色の髪から覗く赤い瞳がハナを真っ直ぐ見ている。
その瞳には期待と無邪気さ、しかしそれだけではないなにかを含んだ色が浮かんでいる。
どことなく不思議な雰囲気を持っている人だなとハナは思いつつ、彼の周りを視る。
「……あ、すいません、貴方の周りに死者はいないみたいです」
死者は必ずしも人の側にいるとは限らない。大体の人間には守護霊がいるが、それも全ての人間というわけではなかった。どうやらこの少年にはまだ守護霊がいないようだ。
ハナは苦笑を浮かべて少し申し訳なさそうにする。せっかく並んでくれたというのになにも伝えられないのは少しばかり心苦しいものがある。自分が悪いわけではないと分かってはいるが、僅かながら罪悪感はあった。
「え、まじ?」
「はい、まじです」
「そっか、それは残念だなー」
少しだけ肩を落とした少年に、ハナは小さくおろおろしてどうやって励まそうか考えた。楽しみにしてくれていたみたいなのに、答えられなくて申し訳ないと、さっきよりも罪悪感が強まる。
どんな言葉をかけようか悩んでいる間に、少年がなにかを思い出したかのように「あ、」と声を漏らした。
「そういえば告げ人さん。飴あげる」
「へっ? 飴、ですか」
「うん。本当はお礼にあげようと思ってたんだけど……あ、勿論お金も払うつもりだったぜ? まぁとにかく、せっかくだし、良かったら受け取ってよ」
「じゃあ遠慮なく……」
基本食べ物を貰ったら断らないのがハナのモットーだった。貰えるものは貰っておくべし。
おずおずと手をだすと、ころ、と紙に包まれた飴が転がる。
「良かったら今食べてみてよ。多分美味しいからさ」
「あ、はい。いただきます」
包み紙をとって、丸い飴を口の中に放り込む。そのまんまころころと転がす。
(なんか変わった味……)
ほんのり甘いような、すっぱいような、微妙な味だった。強烈な印象はないが、それにしても味が薄い。薄いから味覚もあまり感知していないのだろうか。
「どう?」
「うーん、あまり味しないです……」
素直に思ったままのことを言う。味ばっかりに気を取られたせいだ。言い終わったあとに、あ。と自分の失言に気がついた。
「あ、いえ、あの、でも決してまずいとか、そういうわけではなくってですね――!?」
「はは、いいよ別に。それよりもさ、告げ人さんに伝えたいことあるんだ」
「伝えたいこと? なんでしょうか」
「嘘かもしれないけど、盗賊が血眼になってあんたのこと探してるみたいだぜ」
それは明らかに異様なことだった。よく考えなくてもわかる不自然なもの。
しかし、
「――え」
どきっ。胸が嫌な感じに脈打つ。
盗賊が自分を? どうしよう、流石に大人数は部が悪い。自分は大丈夫でもここには人もたくさんいるし、もしかしたら怪我人が出てしまうかもしれない。それはなんとしても避けなくては。
ハナの頭が目まぐるしく回って、対策を立て始める。まるでなにもおかしなことがないかのように、当たり前かのように。
「ほら、考えてる時間なんかねぇだろ。そこの路地裏をずっと行くと俺の隠れ家がある。そこに急げ」
「は、はいっ! 誰だか存じませんがご親切にありがとうございます!」
「おう、どーいたしまして」
ひらひらと手を振る彼にぺこりと頭を下げて、せっかく並んでくれた人たちに軽いお詫びを言った後に言われた路地裏に走りこんだ。
慌てていたハナは明らかに不自然なこの状況と、少年が「へぇ」と声をあげたのにこれっぽっちも気付かなかった。