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――死者の言葉を聞きたかったら告げ人を探しなさい。
それは幼い頃誰もが聞いたであろう言い伝え。
世界に一人の、奇跡の存在のお噺。
この世界には《告げ人》という、死者と対話できるただ一人の存在がいるという。
告げ人は死者の言葉に耳を貸し、生者にその言葉を伝える。それは時に助言であったり、時に予言であったり、はたまた恨みつらみを吐き出したりさまざまだ。
人々は告げ人をこう呼んだ。
神の使者、と。
* * * *
「お金よ私のもとに降り注げぇー……」
今にも両手を振り上げそうな声色で、切実に非現実的な願いを漏らす。空を見上げるが当たり前であるがお金が降ってくる様子はない。
はぁー。と長いため息を吐いてハナはいよいよ肩を落としてとぼとぼ歩いていた。長い金髪が尻尾のように頼りなく揺れる。老夫婦の家を出て三時間が経とうとしていた。
がま口財布をぱかっと開けて中を確認する。勿論増えているわけはなかった。
「おかしいですね、こんなはずじゃなかったんですけど」
「いや、これが普通だと思うよ」
呆れた声がハナより幾分低いところから届いた。ハナは視線を地面に移す。
ハナの横を、一匹の黒猫がとことこ歩いていた。長い尻尾をゆらゆら揺らす姿はどこか優雅さがある。
ハナの友達である黒猫のネルだ。
「えぇ、どうしてですか、ネル」
「考えてもみなよ。普通、私は告げ人ですって言ったって、信憑性もなにもないでしょ。そんなのにほいほい捕まったりしないよ」
呆れを含んだ金色の瞳をハナに向ける。
猫に馬鹿にされるのはなかなかむかつくものがあるのだが、しかしもう何年も馬鹿にされ続けているハナはすっかり馴染んでいた。しかし悔しいものはやっぱり悔しくて、せめてもの抵抗に唇を尖らせて軽く拗ねてみせた。勿論これぐらいでネルがご機嫌取りをするわけがないということは百も承知なのだが。
「完璧な作戦だと思ったんだけどなあ」
ハナの作戦はこうだった。
まず自分が告げ人だと町の人に教える。そしてあとは「あなたの周りにいる守護霊、先祖さまの言葉をお伝えします。値段はなんとたったの50ヘール!」というキャッチコピーで自らを売り出そうとしたのだ。そしてとっとと稼いだらとっととこの町を離れようと。
だが、そんな計画は第一歩目から失敗に終わった。想像していた路線が変更され、行き先も変わっていた。そして行き着いたのが、今の状況なわけだが。
(うぅ、こうなるはずでは)
組み立てられた計画がサァ、と砂になって風に流されていくようだった。
「……ネル、お腹すいてない?」
「大丈夫だよ、ぼく食細いもん」
「っていうか、むしろちゃんと食べてますか? 私ネルが食事するのみたことがないです……」
「ハナも知ってるでしょ。人前で食べるの嫌いなんだよ。人間みたく手足を器用に使えないから、そのまま口で食べるしかないけど、それってなんだかお下品じゃない」
澄んだ声が不満げに低くなる。猫にお下品もなにもない気がするが、それは心の中にそっと仕舞っておいた。
(あー、それよりも、どうしましょお金。なにか良い事ないかな。……?)
ふとすれ違った男性になにかを感じてハナが足を止めた。横でネルも歩くのをやめハナを見上げている。
ハナはしばらくなにかを考えているかのように顎に手をやって「ふむ」と呟くと踵を返し、
「あのー、すいませんそこの方」
「あ?」
悪びれもなく声をかけた。返ってきた言葉はいささか乱暴であったがハナはそれを気にすることなく男性に一言。
「そろそろご先祖様のお墓参りに行かないと痛い目見ますよ」
にっこりと笑って告げる。
男性はいぶかしげに眉をひそめて頭何個分も下のハナを見下ろした。なかなかガタイの良い男だ。
「なんだお前藪から棒に。喧嘩売ってんのか」
「お金くれるなら売りますけど……。いや、ごほんっ。忠告ですよ、忠告。あまりに怖い顔しているんでつい」
「あぁ? 俺の顔が怖いっていうのか!」
「まぁ確かにあなたの顔も怖いですが。私が言ったのはあなたのご先祖様です。もうかんかんのぷんぷんですよ」
ぴょこっと頭から角を生やす真似をする。
「は、何言ってんだこの餓鬼」
「む、餓鬼じゃないです……」
「あ? 何か言ったか」
「いいえ、別に。とにかく、早くお墓参り行ってあげてくださいね。ちゃんと暮石も綺麗にして差し上げるんですよ!」
「さっきからなんだよてめぇは! 餓鬼だからって調子こいてんじゃねぇぞ!」
忠告が癇に障ったのか、男は筋肉のついた腕を大きく振り上げた。
周りの人たちが「危ない」とか「逃げて」とか騒いでいる。
しかし当の本人は至って冷静に男を見上げていた。
そして溜息をひとつ。
「すぐ暴力に走るのはどうかと思います」
「うるせぇ!!」
叫ぶと同時に男が力いっぱい腕を振り下ろした。
野次馬が悲鳴を上げる。
しかし、
「よっ、と」
ハナは軽々とその攻撃を後ろに飛んでかわした。真っ白なシフォンワンピースがふわりと舞う。着地した瞬間に素早く地面を蹴ると一気に間を埋めて男の大きな顔にビンタを喰らわせた。
ばちんっ。可愛らしい音がし、しかしたったそれだけのことで男はバランスを崩し横に倒れた。
どんっ。
たった8秒の出来事だった。
「な……」
男が驚嘆の声を漏らす。
それを見下ろしてハナは自慢げに胸を張って鼻を鳴らして見せ、
「告げ人の身体能力をなめちゃいかんですよ」
正直まったく関係ないことを誇らしげに言い放った。
「告げ人だと……! お前みたいな餓鬼が!?」
「告げ人に年齢は関係ないんですよ」
ちっちっちっと人差し指を揺らす。
「ってことは、さっきのは――」
「あぁ。あなたのご先祖様がこーんな顔して睨んでるのが視えるので」
眉を指でぐいっと上げて、怖い顔をする。残念ながら周りから見たら全く怖くないのだが、しかし男には十分であった。それを見て男の顔色が一気に青くなると、
「ひ、ひいいい! ごめんなさいご先祖様あああああああ! 十年もお参りに行かなくてえええええ! 今すぐ行きますうううううう!」
「どんだけ行ってないんですか。そりゃお怒りになりますよ」
ハナのツッコミを無視して男はどたばたとうるさくその場から去って行った。全くもって騒がしい男である。ハナは仕方ないなぁと息を吐いて遠のいていく男の後ろ姿を見ていた。
「あ」
こけた。
いや、ご先祖様がこけさせた。