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ヴァンパイアハンターと共に戦う少女

 色々あった夏休みも終り、二学期がやってきた。

 色々あったのは、城田コーチも一緒だったみたいだ。

 部活が終わった後、城田コーチを強引にひっぱり喫茶店に入った。

「どうしたんですか、まるで死んだ魚の様な目をしていますよ」

 あたしの前に座る城田コーチの目に生気が無かった。

「紅実は、もう人間に戻せないかもしれない……」

「どういうことですか?」

 あたしの問い掛けに城田コーチは、躊躇していたが、あたしがしつこく粘って話させる。

「あいつは、自分の父親を殺してしまった。肉体がどうなろうとも、戻せるかもしれない。でも、心が吸血鬼になってしまった奴は、戻す術は、無いんだ……」

 諦めの言葉を口にする城田コーチにあたしは、ただ怒りを覚えた。

「ふざけないで下さい!」

 テーブルを叩きつけると周りから視線が集まるが、そんな事を気にしてる場合じゃない。

「城田コーチは、そんな事で諦めるんですか! その程度の思いだったのですか!」

 城田コーチは、テーブルをヒビが入る程に叩きつける。

「どうしろと言うんだ! あいつは、もう俺が知っている紅実じゃないんだぞ!」

 あたしは、カバンに入れていた資料を思い出す。

 それを見せれば城田コーチの気持ちを変える事が出来るかもしれない。

 しかし、それじゃ駄目な気がした。

 第一、それをあたしから伝えるのは、いけない事だと思った。

 だから、あたしは、右手を突き出して言う。

「あたしの友達の右手は、世界を滅ぼす力に侵食されています。それがどんな事だと思いますか?」

「いきなり何を言うんだ?」

 戸惑う城田コーチにあたしは、続ける。

「あたしのその友達は、侵食された時に生きる事を諦めたと言います。でも今も生きています。理由は、解りますか?」

 首を横に振る城田コーチにあたしが続ける。

「あたしの別の友達、その子の親友が、侵食された右腕の肉を食べたんです。もしもその子が死んだら自分も死ぬ事になるって脅されたみたいです」

 顔を引きつらせる城田コーチ。

「冗談だろ?」

 あたしは、首を横に振る。

「その二人は、今も世界を滅ぼす力と戦い続けています。少しでも弱気になれば世界を滅ぼす力。圧倒的な力の前に、諦めても誰も責めませんし、逆に未だに生きている事を恒常的に責められ続けています。死を、滅びを望まれながらもどっちも生きる事を諦めていないんです。それは、独りじゃないから! 相手が居るからです!」

 あたしは、城田コーチの目を真っ直ぐに見る。

「世界を敵に回しても紅実を助ける覚悟を持てと言うのか?」

 あたしは、答えない。

 長い沈黙の後、城田コーチが告げる。

「俺は、紅実の事が好きだった。その事実を痛感させられたのは、あいつが吸血鬼になってからだ。だが、時間が経てば経つほど、その思いが薄れていく。吸血鬼になったあいつが悪事をする度に、自分の思いが罪悪の様に思い始めていた。だから、あいつを楽にさせてやろうと思い始めていた」

「楽になりたかったのは、城田コーチじゃないですか?」

 あたしの突っ込みに城田コーチが頷く。

「そうだろうな。だが、それが悪い事なのか? 元々は、俺の我侭だ。俺が諦めても何の悪い事は、ないだろう?」

 あたしは、大きく息を吐いて、席に着く。

「そうだと思いますよ。どちからと言えば、その方が世の為人の為になる筈です。善行ですよね」

「そうか?」

 安堵とも、落胆とも思える息を吐く城田コーチの胸にあたしは、言葉の刃を突き刺す。

「それで城田コーチが満足だったら良いんじゃないんですか? あたしだったら、一生後悔しますけどね」

 硬直する城田コーチ。

「決めるのは、城田コーチです。あたしは、単なる手伝いなんですから」

 震える城田コーチにあたしは、もらった資料の中から一枚の写真を取り出す。

「覚悟が出来たら、この写真を切り裂いてください」

 それは、城田コーチと紅実さんが仲良く写っている写真だ。

「紅実……」

 城田コーチは、写真を手に取り、思い出を決別しようと力を入れる。

 写真に切れ目が入る。

 後は、手を上下させるだけだ。

 しかし、城田コーチの手は、動かない。

「なんだ、昔の彼女の写真も破れないヘタレ男かよ?」

 周りから嘲笑が起こる。

「そんなんじゃない!」

 怒鳴る城田コーチにあたしが言う。

「そんなレベルの話ですよ。所詮は、城田コーチがその人の事を忘れられるかどうかなんですから」

 城田コーチがあたしを見つめ続け、そして椅子に座りなおす。

「赤芽、お前を彼女に選べたら普通に幸せになれたのかもな?」

「いきなり何を言うんですか! さっきまでのは、単なる例えで!」

 反論するあたしに城田コーチが肩をすくめる。

「否定したって無理だぞ。好きでもない男の為にそこまで出来るわけ無いだろ」

「それは、城田コーチには、色々お世話になってるから……」

 言葉を濁すあたしに城田コーチが頭を下げる。

「すまない。俺は、お前の気持ちには、答えられない。やっぱり、紅実の事を忘れるなんて出来ないんだ!」

 解りきっていた答えだった筈なのに、胸が痛かった。

「それでどうするんですか?」

 城田コーチが顔をあげて言う。

「絶対に紅実を取り戻す!」

 あたしは、頷く。

「そうこなくちゃ。それでこそ城田コーチです」

 こうして、生気を取り戻した城田コーチと共にあたしは、友達に集めてもらった情報を元に、紅実さんが潜む吸血鬼のアジトに向かうのであった。



 閉鎖されたホテルの前にあたしと城田コーチが立っていた。

「ここに紅実が居るんだな?」

 あたしが頷く。

「ここに紅実さんを吸血鬼にした大元の吸血鬼も居ます。そいつを倒して、束縛を失ったところで拘束して連れ帰れば元に戻せる筈です」

「解った。全力で行こう。しかし、本当に良いのか?」

 城田コーチの言葉にあたしは、頷く。

「今更聞きますか?」

「お前の気持ちには、答えてやれないぞ?」

 城田コーチのその言葉に胸が痛むが、それだけだ。

「あたしは、城田コーチは、城田コーチらしくあって欲しいんです。あたしを前に進ませてくれたあの城田コーチで」

 城田コーチがあたしの頭を撫でて言う。

「これが終わったら、特訓に付き合ってやる。そして必ず剣道でいい成績残して大学への推薦を決めさせてやるよ」

「約束ですよ!」

 あたしが睨むと城田コーチが頷く。

「約束だ」

 あたし達は、吸血鬼達が待ち構えるホテルに入っていく。



 シルバーアイを持った城田コーチと夏休みに手に入れた、精神力で闇を滅ぼす光の刃に変換する心光刀シンコウトウをもったあたしの前に吸血鬼の大群も物の数では、無かった。

 そして、あたし達の前に紅実さんが現れた。

「ご主人様の所には、行かせない!」

 爪を伸ばし、襲ってくる紅実さんに怯む城田コーチ。

 でもあたしが、紅実さんに斬りかかる。

「城田コーチ、先に行って下さい。そして、絶対にボスを倒して戻ってきて!」

 あたしの言葉に城田コーチは、激しく躊躇するのであたしは、軽口を叩く。

「城田コーチが居て、敵に加勢されたら堪らないんですよ!」

「すまない! 直ぐに戻ってくる!」

 駆け出す城田コーチ。

「行かせないと言っている!」

 邪魔をしようとする紅実さんの間に入るあたし。

「貴女の相手は、あたしだよ」

 歯軋りをする紅実さんにあたしが告げる。

「大丈夫だよ、城田コーチは、気付かないよ」

 その一言に紅実が戸惑う。

「何を言っているの?」

 あたしは、友達に貰った資料を投げ渡す。

「全部、そこに書かれてる」

 資料を見て、目を見開く紅実さん。

「まさか、誠一もこれを……」

 あたしは、首を横に振る。

「知ってるのは、あたしだけ。それは、貴女の口から伝えないといけないことだと思ったから」

 紅実さんの目から殺気がほとばしる。

「そう、だったら、貴女を殺して、全てを闇に消してあげる!」

 今までにない気迫を込めて襲ってくる紅実さん。

「あたしも約束があるんだよ!」

 あたしの心光刀と紅実さんの爪がぶつかりあい、火花が散る。

 紅実さんの攻撃は、苛烈だった。

 自分の命を削る如く、速く、ダメージを恐れない鋭い攻撃が続く。

 あたしの刃が腕を貫くが、それを振りぬく前に相手の爪があたしの太ももを切る。

「どう、生身の人間には、きついダメージでしょ?」

 そういう紅実さんだって決して小さなダメージじゃない筈。

 あたしは、油断無く構え、紅実さんの攻撃を迎え撃つ。

 紅実さんは、致命傷だけを避けながらも、どんどん攻めてくる。

 はっきり言ってかなり不利だった。

 相手を滅ぼすつもりだったらまだ違うんだが、あたしが出来るのは、時間稼ぎだけ。

 確実にダメージが蓄積される。

 そうなったら、吸血鬼と人間の体の差が明確に出る。

「それでも、約束したんだ!」

 あたしは、痛む足をふんばり飛び上がる。

「愚かね! 空中で勝てるつもり!」

 翼を広げ飛び上がる紅実さん。

 あたしは、待っていた瞬間だ。

 心光刀を羽根に向かって投げつけ、天井に貼り付ける。

「こんな物、直ぐに外して……」

 心光刀に触れようとする紅実さんだったが、手が弾かれる。

「心光刀の光は、太陽光と同じ、吸血鬼には、触れられない!」

 悔しげな顔をする紅実さん。

「だったら、また羽根をもぐだけよ」

 その言葉通り、自らの羽根に爪を伸ばそうとする紅実さんにあたしが告げる。

「もう直ぐ城田コーチが帰ってきます。そうしたら真実を教えてあげてください」

 それを聞いて紅実さんの動きが止まる。

「言える訳が無いでしょ!」

 涙を流して、訴える紅実さんの体に変化が起こる。

 羽根がいきなり消失して、床に落ちた。

「その羽根は、ここのボス吸血鬼の能力の一つだったんですか?」

 紅実が傷つき、主を失って力の大半を失った体で這いずり、逃亡を開始した。

「逃げないと、誠一だけには……」

 あたしも追いかけられない。

「赤芽、大丈夫か!」

 城田コーチがあたしに駆け寄ってきた。

「紅実さんは、あっちに逃げたよ。早く追いかけて!」

「しかし……」

 傷だらけのあたしに躊躇する城田コーチに怒鳴る。

「ここで逃がしたら、次の大会に間に合わなくなる。約束は、絶対に守る為に、急いで!」

 城田コーチが駆け出して行った。

 その後姿に安堵の息を吐くあたし。

「これで、全部上手く行ったよね?」

 あたしは、幸せな二人の未来を思い、胸が痛んだ。

 流れてくる涙を拭い呟く。

「初恋って叶わないって本当だね」

 その時、銃声が鳴り響いた。

 あたしは、嫌な予感を覚えて、立ち上がって、銃声のした方向に進んだ。



「頼む、見逃してくれ!」

 紅実さんの盾になるように立つ城田コーチの向うには、青木が居た。

「駄目です。吸血鬼は、残らず滅ぼす。それが我らシルバークロスの役目なのですから」

「紅実は、元の人間に戻す。だから、大丈夫だ。お願いだ!」

 必死に懇願する城田コーチを鼻で笑う青木。

「馬鹿な事を、その娘が元々ダンピールだった事は、調べがついている」

 それを聞いて困惑する城田コーチ。

「ダンピールって、吸血鬼との混血。まさかそんな訳が……」

「真実だ。その娘の父親は、吸血鬼なのだ。穢れた血族。それがその娘なのだ」

 青木の言葉に紅実さんを見る城田コーチ。

「嘘だろ?」

 紅実さんは、顔を背ける。

「貴様は、ずっと騙されて居たのだ! さあ、その娘を差し出せ!」

 呆然としている城田コーチにあたしが叫ぶ。

「違うの! 紅実さんも自分がダンピールだなんて知らなかった。それを知ったのは、親友に裏切られた時だったんだよ!」

「言わないで!」

 紅実さんがあたしの言葉を止める。

「誠一だけには、その先の事を言わないで!」

 涙を流す紅実さんに城田コーチがあたしの顔を見つめて言う。

「言ってくれ」

 あたしは、紅実さんを見る。

 紅実さんは、青木を見て叫ぶ。

「さあ、早くあたしを滅ぼして!」

「言われるまでもない!」

 青木の拳銃が紅実さんの額に向けられるが、あたしの投げた心光刀がその拳銃を弾き飛ばす。

 その隙を城田コーチは、見逃さず、青木を組み伏せる。

「放せ! その娘は、我々人間とは、相容れない存在なのだ!」

「俺は、どんな事実も受け入れる」

 真摯な瞳で紅実さんを見る城田コーチ。

 あたしは、紅実さんに言う。

「城田コーチを信じてよ。だって一番好きな人でしょ?」

 紅実さんは、涙を流しながら告白する。

「あの子も誠一の事が好きだったのよ。だから、あたしが邪魔だった。そんな邪魔なあたしの弱みを掴む為に男達にあたしを無理やり犯させた。その時、あたしは、ダンピールの力の目覚めたの。知ってる、ダンピールは、子供が産めないのよ。知らない男に汚され、子供も産めないあたしじゃ、誠一と一緒に居られない。だからあたしは、吸血鬼でいなければいけないの!」

 愕然とする城田コーチ。

「誠一、お願いだからあたしと一緒に吸血鬼になって、そうすれば永遠に二人で暮らせるわ」

 哀願する紅実さん。

 何も答えない城田コーチを見て、最後の力を失う紅実さん。

「解っただろう! 幾ら望もうともお前とこの娘とは、幸せには、なれないんだ!」

 嘲る青木の頭にあたしの靴がクリーンヒットする。

 城田コーチが悔しげに言う。

「すまなかった。お前がそんなに苦しんでいたなんて知らなかった。だけど子供なんて養子を貰えば良い。俺には、お前が居るそれだけで十分だ」

 手を指し伸ばす城田コーチ。

「本気? あたしは、知らない男に汚されてるのよ?」

 信じられないという表情をする紅実さんに城田コーチが微笑みで返す。

「それでも俺の事を好きで居てくれたお前の気持ちに答えられない訳が無いだろう」

「誠一……」

 先ほどまでとは、違う涙を流す紅実さん。

 そしてその手が城田コーチの手に触れようとした。

『バン』

 無情な銃声と共に紅実さんの頭が吹き飛んだ。

「なんて愚かな奴だ。敵の言葉に油断して近づくなんてな!」

 高笑いをあげる青木の手には、隠し持っていた拳銃が握られていた。

「貴様!」

 城田コーチの力一杯の拳が振り下ろされ、青木が今度こそ意識を失う。

 慌てて駆け寄る城田コーチ。

 その前で紅実さんの頭が再生していく。

「紅実……」

 顔を綻ばせる城田コーチ。

 しかし、あたしは、咄嗟に城田コーチをタックルする。

 そして、城田コーチの頭があった場所に紅実さんの爪が通り過ぎていく。

 舌打ちする紅実さん、嫌、紅実さんの体を使った別の存在。

『折角のチャンスを逃したか』

「あんた、紅実さんじゃないよね? もしかして、紅実さんのお父さん?」

 あたしの問い掛けに紅実さんの体を使う奴が高笑いをあげる。

『その通りだ。人間のふりを続けていたのも全ては、この時の為だ。俺は、最初から、お前の体を狙っていた。お前の体は、吸血鬼にとって都合の良い体だ。十分に成長するのを待っていたが、変な邪魔が入ったあげく、飼ってやっていたこのガキに前の体を壊されてしまった。スペアのこの体も、ガキの魂があるうちは、思うように動かせなかったが、それが失われた今、もう私の思うがままだ』

 その言葉に城田コーチが気付く。

「それじゃ、紅実が貴方を殺したのは……」

『そうさ、お前を護りたかったのだろうな。本人が滅んだ以上、答えは、永遠に闇の中だがな』

 紅実さんの父親は、邪悪な笑みを浮かべ、その爪を伸ばす。

「あんた、自分の娘をなんだと考えているのよ!」

 あたしの言葉に肩をすくめる紅実さんの父親。

『お前ら下等生物と一緒にするな。我々ヴァンパイアにとってもっとも大切な物は、己自身。子供など、使い勝手の良い手駒にしか過ぎぬわ』

 城田コーチは、シルバーアイを構える。

「お前だけは、必ず滅ぼす!」

『出来るのか? この体を失えば、お前が交尾をしたがっている娘の体が失われるのだぞ?』

 紅実さんの父親が脅迫に怯む城田コーチ。

 無造作に近づく紅実さんの父親。

『安心しろ、お前の体は、私が有効に活用してやる。この体とも交尾させてやろう』

 悔しげに唇をかみ締め、血を垂らす城田コーチの首に紅実さんの父親の牙が伸びる。

 しかし、突き刺さる直前、その動きが止まる。

『どうした事だ? 体が動かないぞ!』

 混乱する紅実さんの体から、先ほどまでと同じ声がしてくる。

「殺して、これは、私の最後の願い。誠一の胸の中で消えて行きたいの」

「紅実!」

 城田コーチの悲痛な叫びが廊下を震わせる。

 短い沈黙の後、再び奴の声に戻る。

『愚かな娘だ。それにしても、私を殺せる最後のチャンスを逃したな』

「そんな訳、無いでしょ!」

 あたしの心光刀が奴の背中を切り裂く。

『貴様!』

 振り返る奴と入れ替わるようにあたしは、城田コーチの前に行き、シルバーアイを奪い取り、あたしは、駆け出す。

『舐めるな! 私は、お前らが相手してきたような雑魚とは、違うぞ!』

 奴は、念動力で、あたしの動きを封じようとしたが、シルバーアイの能力で解除する。

『馬鹿な!』

「シルバーアイの対吸血鬼能力は、魔王クラスでも通用するのよ!」

 あたしは、駆け寄る。

『それでも、私は、負けないぞ!』

 爪を伸ばし、紅実さんの時とは、全然違う、高速の攻撃、あたしは、心光刀とシルバーアイで弾き近づこうとするが、手が追いつかない。

 弾かれるシルバーアイ。

『ここまでだ!』

 念動力で動きを封じた奴が一気に迫ってくる。

「紅実さんの気持ちに答えてください!」

 あたしは、心光刀の刃を開放して、目晦ましをする。

『そんな物が通じると思うな!』

 奴は、多少怯んだものの、そのままあたしに爪を突き刺してくる。

 あたしは、致命傷だけは、避けたが、壁に縫い付けられてしまう。

『これで終りだな』

 勝利の笑みを浮かべた奴に影が落ちる。

 血を噴出す奴。

 その胸からは、シルバーアイが突き出ていた。

 愕然とした表情で振り返り奴は、涙を流しながらもシルバーアイを握り締めている城田コーチを見た。

「滅びろ!」

 魂を震わすその一言と共に奴は、紅実さんの体は、灰になって崩れ去った。



 シルバークロスによる後始末を横目で見ながらあたしが呟く。

「頭が砕けても、紅実さんの思いは、消えなかったんだね」

 遠くを見ながら城田コーチが言う。

「余り知られていないが、心臓にも記憶を保持する機能があるらしい。多分、心臓に残った僅かな紅実の心が俺を救ってくれたんだ」

 あたしは、胸を押さえて言う。

「正に心の底から城田コーチの事が好きだったんですね?」

「俺は、そんな気持ちに答えてやれなかった。最低な男だ」

 天を見上げる城田コーチの頬から滴れた涙は、きっと物凄くしょっぱい事だろう。



 数日後、あたしが、部活に勤しんでいると城田コーチが復帰してきた。

「もう大丈夫なんですか?」

 城田コーチは、あたしの頭を撫でながら言う。

「約束は、守らないといけないからな」

 あたしは、俯く。

「そんな、結局、城田コーチの思いは、何も……」

「そんな事は、無い。俺は、紅実の心に触れられた。吸血鬼になっても変わらなかったお互いの気持ちを確認出来た。お前が居なければ、それすらも出来なかった。感謝している」

 城田コーチの笑顔は、何処か悲しげだった。

「城田コーチ……」

 あたしが言葉に詰まっていると城田コーチが竹刀で、お尻を叩いてくる。

「次の大会まで時間が無いぞ! 特訓を始めるぞ!」

「はい!」

 こうして、あたしと城田コーチの特訓の日々がはじまるのであった。

短い話でしたがこれでおしまいです。

純愛と意外な事実。

心の底から好きだった相手との決別。

報われない初恋。

そんな話でした。

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