ヴァンパイアハンターを助ける少女
あたしは、赤芽雷華。
ヴァンパイアハンターだった。
そして、あたしの剣道部の城田コーチが、あたしが使っていた神器、シルバーアイの使用者に選ばれていた。
その城田コーチの姿が練習中に見えない。
剣道部の練習が終了後、顧問の先生に質問する。
「城田コーチは、病気ですか?」
顧問の先生が困った顔をする。
「それが俺にもよくわからないんだ。何でも急用が出来たと言ってな。この頃、多い。何かトラブルに巻き込まれていなければいいんだが」
間違いなく、トラブルに巻き込まれているんだろう。
あたしは、こっちの方面の情報網を持つ友達に連絡して、行き先を探って貰った。
「長丁場になると思いますよ」
あたしは、近くでは、有名な大病院の駐車場の車で待機している城田コーチに肉まんを差し出す。
城田コーチは、少しだけ躊躇した後、肉まんを受け取る。
「詳しい話は、聞いた。随分と華々しい経歴をもっているんだな?」
あたしは、あっさり頷く。
「才能がありましたから」
長い沈黙の後、城田コーチがシルバーアイを握り締めて言う。
「お前がそれでどれだけ苦しんだのか、想像するしかない。でも、解ってくれ、才能が無い人間も同じ様に苦しんでいるのだと」
「あたしの担当エージェントは、自分の妹の体を使っていたヴァンパイアを滅ぼす為に捨て身の行動をとりました。城田コーチは、その人と同じ顔をしています」
あたしのストレートな言葉に城田コーチが遠い目をする。
「俺は、恋人だ。幼馴染みで、隣にいるのが当然だった。周りの人間もいつか俺達が結婚するんだって疑う事も無かったよ。行方不明と聞いて、必死に探した。その結果見たのは、人で無くなったあいつだった。親友の血を啜って歓喜の声を上げていたんだ!」
シートを強く叩く城田コーチ。
「城田コーチは、どうしたいんですか?」
その言葉に城田コーチが荒んだ顔で告げる。
「あいつを吸血鬼の呪縛から解放してやるんだ。俺の手でな」
その言葉が意味している事は、明確だった。
あたしは、友達に作ってもらった資料を押し付ける。
「そこに、吸血鬼から人に戻す色々な方法が書いてあります」
意外だったのか戸惑う城田コーチ。
「どういうことだ、一度吸血鬼になった人間は、二度と元には、戻れない筈だ! シルバークロスがそう言っていたぞ!」
車から降りて、詰め寄ってくる城田コーチにあたしは、出来るだけ淡々と答える。
「これから先の言葉は、友達が言っていた事です。この世に不可逆な物は、存在しないって」
「覆水盆に返らずって言葉を知っているか?」
城田コーチの質問にあたしは、即答する。
「零れた水分子を正確に把握し、それを集めて、盆に返す事は、可能って話です。無理だと思い込む前にやる方法を探す必要があるんじゃないんですか?」
因みに即答できたのは、友達から相手の反論の凡例として言われていたのに答えと共にあったからだ。
城田コーチは、資料を握って沈黙する。
あたしは、シルバーアイの柄を掴み言う。
「その資料を見ている間の監視は、あたしがやっておきますよ」
「出来るのか?」
城田コーチの疑問にあたしは、久しぶりの感覚に懐かしさを覚えながら告げる。
「この病院の周りに居るヴァンパイアの数は、十八体だって気付いていました?」
驚いた顔をする城田コーチ。
「詳細な数まで解るのか?」
「才能がありますから」
あたしの軽い答えにやりきれなそうな顔をしながらも城田コーチは、資料を見始めた。
二時間後、すっかり冷めた肉まんを買ってきたばっかりのコーヒーを使って流し込む城田コーチ。
「ここに書かれている話が本当なら、死者でも生き返る事になるぞ」
あたしは、頬をかく。
「それをくれた友達の所では、一般的な意味での死者蘇生は、難しくないって話ですよ」
「それじゃ、さぞ、長生きの人間が多いんだろうな?」
城田コーチの皮肉にあたしは、首を横に振る。
「死者蘇生が、どうやっても自己満足だって気付いているから誰もしないって聞いてます」
「自己満足か、俺の行為もそうなのかもしれない」
暗い顔をする城田コーチ。
「それでも、可能ならあいつを元の人間に戻してやりたい」
大切な人なんだ。
「実際どうやるんですか?」
あたしの質問に半眼になる城田コーチ。
「お前が持ってきた資料だろうが、見てないのか?」
あたしは、視線を逸らす。
「あたしには、ちょっと難し過ぎる内容だったんで」
脳内電流移植理論やクローニング限界値等、とても日本語と思えない単語が連続してるのを見て、理解するのを放棄した。
ため息を吐いてから城田コーチが言う。
「簡単に言えば、人間だった時の遺伝子情報からクローンを作って、そこに人としての精神と魂を移植するらしい。ヴァンパイアに犯された魂を洗浄する際に多少の減少が想定されるが、それは、近い人間の魂で補完する事が出来る」
その顔には、その補完する魂を自分の物を使う事を決めている顔だ。
「相手を救う為に自分が死んだら意味が無いと思いますよ」
苦笑する城田コーチ。
「俺もそこまで献身的じゃない。寿命が二、三十年縮まるくらいだ。元々長生きするつもりは、無いさ」
「そこまで覚悟できているんだったら、何も悩む事は、ありませんよね?」
あたしの問いに城田コーチが真剣な顔で言う。
「問題は、いくつかある。最初にシルバークロスは、これを認めないだろう」
あたしが強く頷く。
「あそこは、一度吸血鬼になった奴は、絶対滅ぼすって考えですからね」
あたしの脳裏に吸血鬼になるかもしれないと言うだけで赤子を殺す奴らの姿が思い出される。
「シルバークロスには、黙って準備をするとして費用だが、ただじゃないだろう?」
あたしが複雑な顔をする。
「あたしの友達に頼めば、全額出してくれますけど、それって城田コーチが納得できないですよね?」
城田コーチももっと複雑な顔をする。
「借金って事にしておいて貰う事にしよう」
「それってかなり危険ですよ。あたしの知り合いも、友達の所属している組織に借金していて、数ヶ月に一回は、死ぬかもしれないってメールが来ますから」
あたしは、問題のメールを見せる。
「かなり、精神的に来てるな。出来るだけ、安く済む方向で考える」
そして真剣な顔に戻り城田コーチが告げる。
「一番の問題は、あいつを捕獲する事だ。相手は、こっちを獲物か敵としか考えていない。そんな相手を捕まえるんだ、それなりの覚悟が必要だ」
あたしは、シルバーアイを返し告げる。
「それでも、吸血鬼に対して絶対的な力をもつこれがあれば不可能じゃない筈です」
「解った。だけど、きみは、ここまでだ。ここから先は、俺独りでやる」
城田コーチの言葉は、予測できた。
「了解です。協力体制は、ここまで。ここから先は、勝手にやります」
眉を顰める城田コーチ。
「何を言ってるんだ?」
あたしは、笑顔で答える。
「城田コーチが独りで恋人を助けるのをあたしが勝手に助ける。城田コーチのそれも単なる我侭なんだから、あたしの我侭を止める権利は、ありませんよ」
「馬鹿な事を言うな、危険だという事が解らないのか!」
怒鳴ってくる城田コーチにあたしが苦笑する。
「自分が危険な事をする人間がそんな事を言っても説得力は、ないですよ」
苛立つ城田コーチだったが、何かに気付いた様に車の外に出る。
すると、複数の吸血鬼が居た。
「油断していたか……」
シルバーアイを構えて苦々しく告げる城田コーチだったが、あたしは、余り危険を感じて居なかった。
奴らの存在は、あたしがシルバーアイの持っている間から感じていた。
吸血鬼としての力は、それほど高くないなりたてばかり、シルバーアイさえあれば十分に倒せるレベルの筈だった。
「紅実……」
城田コーチが吸血鬼の一体を見て、呆然としてしまう。
「しまった、問題の人か!」
あたしは、慌てて硬直している城田コーチからシルバーアイを奪い取り、襲い掛かってくる吸血鬼を切り裂いていく。
「あら、久しぶり。シルバーアイをもったヴァンパイアハンターが居るっていうから来て見たら、誠一じゃない」
「俺が解るのか?」
戸惑う城田コーチに真赤な瞳の笑顔で答える紅実さん。
「当然よ、まさかあたしがただ操られているだけの低俗な吸血鬼だと思っていたの?」
「だったらなぜ、あいつの血を吸って殺した!」
城田コーチの叫びに肩をすくめる紅実さん。
「あの子ったらあたしと同じ吸血鬼にしてあげると言ったのに、抵抗して来たの。だから殺しちゃった。誠一は、あたしと同じになってくれるわよね?」
その言葉に絶対に確信が籠められていた。
しかし、城田コーチは、あたしの手からシルバーアイを奪い返して言う。
「いや、逆だ。俺は、お前を元の人間に戻す」
睨んでくる紅実さん。
「ふざけないで! 誰があんな醜い生き物に戻るものですか! あたしは、永遠の美と強大な力を手に入れたのよ!」
自分の体を強く抱きしめる紅実さん。
「俺がお前の目を覚まさせてやる!」
一気に詰め寄る城田コーチ。
「解らない人ね! あたしは、絶対に人間なんかに戻らない!」
爪を伸ばして襲い掛かってくる紅実さん。
人間を超える身体能力を持つ吸血鬼、でもそれだけでは、戦いには、勝てない。
伸ばした鋼鉄すら切り裂く赤い爪は、シルバーアイの前では、紙の様に脆く、断ち切られ、シルバーアイは、紅実さんの背中に生えた羽根を貫いた。
「安心しろ、直ぐに元に戻してやる」
微笑みかける城田コーチから視線を逸らす紅実さん。
その時、後ろから銀の銃弾が放たれ、紅実さんの体にいくつ物穴を開ける。
「誰だ!」
城田コーチが振り返るとシルバークロスのエージェント青木が居た。
「聞き捨て出来ないことを言っていましたね? 吸血鬼を元に戻す? ふざけないで下さい。一度吸血鬼に身をおとした人間は、死でしか救われないのですよ」
「あんた達は、本気で自分達の都合しか言わないわね!」
あたしが叫び、一気に間合いを詰めて青木の拳銃を蹴り飛ばす。
「邪魔をしないでもらいたい」
淡々と告げる青木の胸倉を掴みあたしが怒鳴る。
「邪魔なのは、あんたらよ! 吸血鬼だったらなんでもかんでも殺すなんて馬鹿な真似を何時までやってるつもり!」
「待て!」
城田コーチの声に振り返ると紅実さんが翼を引き千切り、逃走をしていた。
「逃げられたか!」
悔しげに言う青木だったが、城田コーチに言う。
「次は、ありません。次こそあいつを成仏させてください」
「解っている」
視線を合わせず生返事を返す城田コーチを尻目に青木が去っていく。
あたしは、残された羽根を見て眉を顰める。
「どうしてここまでするのかな?」
「逃げる為には、仕方ないだろう?」
城田コーチの言葉にあたしは、頬を掻く。
「そうなのかな? 吸血鬼は、人間から逃げるのに自分の身を傷つけたりしないと思ったけどな」
あたしのヴァンパイアハンターだった時の経験が違和感を告げる。
「紅実がまだ生きている事も解った。救う手立ても見つかった。次こそ……」
強い決意を固める城田コーチだったが、その次が来るのは、随分先、夏休みが終わった後になるのであった。
コーチの恋人登場、そして提示される希望。
それを阻む者達。
そして最後の雷華の疑問。
答えは、次で解ります。