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DOOR  作者: 一真 シン
2/6

第二章 「再会」

 翌日――。

「つまり……ブラックゾーンに重なってしまう、と?」

「はい。そうらしいのです」

 シュレル・キングダム、謁見の間にて。早朝から訪れた他国の使者を前に、国王は一瞬、戸惑いの色を露わにし、気を落ち着かせようと白ヒゲを撫でた。

「しかしそれでは……」

「完全にブラックゾーンに隠れてしまうことになります。ですから見分けも付かなくなり……」

「うむ……」

「シュレル・キングダムは光の継承族故、難を逃れるだろうとの認識。わたくし共、フィルウィングも聖職者達を集えば一難は免れるのではないかと。しかし、その他の国が……」

 使者は真剣な面持ちを消すことなく視線を落とし、感情をグッと堪えて顔を上げた。

「大神官様の予言によりますと、ブラックゾーンの到来は近日。……そして門番成る者が目覚めるのも数日中。阻止せねばならないのですが、その手立てが見つかりません。シュレル・キングダムにて知識があるならば、ぜひともお力添えをと」

「……よし。他人事では済まされぬ問題だ。至急、調査を始めよう。他国の民族も我が国に受け入れられるよう、全力を持って取り組む。フィルウィング国王に、協力は惜しまぬことを書状にてその旨伝えてくれ。光の神のご加護を」

「有難きお言葉! では、わたくしは祖国に戻りて書状をフィルウィング国王の元に必ず!」






「……なんだ?」

 人より遅い朝食を食べ終えて、国王と后に挨拶に向かおうとしたその道中、慌ただしく駆け回る兵士達や女中達の姿に、ジークハイドは小首を傾げた。

 ――なんなんだ、この騒々しさは?

 いつもとは明らかに違う光景だ。なのに、自分だけがポカンと突っ立っている。この現状に不満を覚えずにはいられなかった。

「あっ、王子、おはようございます!」

 目の前を通ろうとした女中がいったん足を止めて挨拶をして、再び走り出そうとしたのを「ちょっと待って!」と素早く服を掴んで捕まえた。

「なに、この騒ぎ。なにかあった?」

「は、はい……。それが、今から他国の方々がシュレル・キングダムに集まるというものですから。みんな総出で宿泊施設の建設ですとか、衣類の用意や寝具の用意で、……もう大変です!」

 愚痴をこぼしているわけではないのだろうが、額に浮かぶ汗が彼女の言葉の意味を知らせる。

 焦る女中にジークハイドは顔をしかめた。

「他国の? なんで? なにかパーティの予定でも?」

「ブラックゾーンと関係があるようですよ。今朝早く、フィルウィングから使いの方がいらっしゃってましたから」

「フィルウィングから? ブラックゾーンごときで?」

「あ、王子すみません。急ぐので……っ」

「え? ああ、行っていいよ」

 女中はペコリとお辞儀をすると、パタパタっ……と走っていく。その背中を見送り、ジークハイドは駆け回るみんなを見回して腕を組んだ。

 誇り高き聖職者達が集うフィルウィング。そこからわざわざ使者がやってくるなんて……。

 考え込んでも始まらない。答えが知りたいときは、即、行動あるのみだ。

 ジークハイドはみんなを避けながら二階にある謁見の間へと足を進めた。門番の兵士に敬礼されて扉を開けてもらうと、その奥、幹部の者達が国王を中心に口々に話し合っているのが見えた。

 ……いったいなんなんだ? 戦争でも始まるような雰囲気じゃないか。

 閉じた扉を背に、訝しげに立ち尽くしている彼を見つけた后が、その輪から離れて足早に近寄ってきた。

「ジーク」

「どうしたの? 何これ? 下もみんなバタバタしてるし。フィルウィングからも使いが来たって聞いたけど?」

 挨拶も無しに問いかけばかりをする息子に、后は少し戸惑いをあらわに「こっちへ……」と壁際へと誘った。

「各国の方々がシュレル・キングダムに集まります。しばらくの間、城内も騒々しくなるでしょうから。……いいですね? こういうときに問題を起こさないよう」

「それはわかってるけど……。……ンでも、どうしたの? 何かあった?」

「ええ。フィルウィングの大神官様が警告を」

「警告?」

 繰り返して首を傾げたジークハイドに、后はうなずいた。

「百年に一度現れる門番が、ブラックゾーンの到来日に重なってしまうの」

 その言葉に、ジークハイドはギョッ! と、驚きを隠せず目を見開いた。

「門番って……っ」

「運が悪いわ、ブラックゾーンと重なるなんて……。シュレル・キングダムもフィルウィングもこの危機を免れそうだけど、他の国々はそうもいかないから。だから、土地の広いシュレル・キングダムにできるだけ大勢の人達を避難させることにしたのよ……」

 不安げな表情で胸に手を置く后に、ジークハイドは戸惑い、身を乗り出し窺った。

「も、門番はっ? どうするのっ?」

「ブラックゾーンの影に隠れて見えなくなってしまうでしょう……。ブラックゾーンが去った後に打ち倒すしか……」

「けど、それじゃ間に合わないんじゃっ……?」

「ええ。だからお父様もああやって、皆と相談をしているの」

 国王達の方を振り返る后の視線を追うと、そこには険しい表情で話し合う大人達が……。

 ジークハイドは困惑げに目を泳がし、チラ、と后に目を向けた。

「……オレ、どうする?」

 小さな問いかけに、后はか細く微笑んで彼の腕を撫でた。

「大丈夫。あなたはとにかく……、各国の頭首の方々とお会いすることになるだろうから、礼儀作法でもカーチス先生に教わっておきなさい」

「そ、そうじゃなくってさ」

「時が来ればあなたも行かなくてはならないでしょう。……その時でいいの。今はお父様達に任せなさい」

 ……そう言われても、それで落ち着いてはいられない。任せられるなら任せたいところだが――。

「ササル!」

「王子ーっ!」

 ササルの部屋へと急いで駆け上ってきたジークハイドは、ドアを開けるなり彼の名を呼ぶ。ササルもジークハイドを見るなり、パタパタっと駆け寄ってきた。

「大変なんだ!」

「大変なんですーっ!」

「なにがっ?」

「なにがですーっ?」

 全部同時に声を合わせる、息がピッタリ合った状況を今はおかしく笑っている場合じゃない。

 ジークハイドは「ああっ、もぉっ!」と苛立ちを露わにジダンダして顔を上げた。

「オレから先! 門番が現れる! ……ササルは!?」

「フィルウィングからスエーカーさんがやって来るんですーっ!」

「……それだけかよ!!」

「そ、それだけって……。一大事ですよーっ!」

 ササルはオロオロと狼狽え出した。

「ど、どうしようっ! 数ヶ月前の課題、まだこなしてないんですっ!」

 焦りと混乱で一杯一杯なのだろう。普段なら構ってやるところだが、今はそんな余裕などない。 

「そんなの知るか!!」

 怒鳴り飛ばすと、「王子、冷たい!!」と、本格的に半べそを掻こうとする。

「そんなことよりも!!」

 ジークハイドはガシッと、口をへの字に曲げるササルの腕を掴んで引っ張った。

「門番がブラックゾーンと同時期に現れるんだよ!! 暗闇の中でも門番を見つけられる方法はないのか!?」

 ジークハイドの焦りにようやく何か気が付いたのか、ササルはピタ……と動きを止め、そして愕然と目を見開いた。

「な、なんですって!? 門番が!?」

 ……遅い! 反応が遅すぎる!

 ジークハイドは顔を下に向けて、「うーっ」と唸ると、バッ! とササルをにらみ上げた。

「どうしたらいいんだ!? 何か知ってるか!?」

「ま、待ってくださいよっ! え、えーっと、えーっとっ。……そ、そうか! だからスエーカーさんがやって来るのか! 課題チェックじゃないんだ!」

「ササル!!」

「あっ、はいはいっ! えーっと……」

 ササルが上目遣いで考えていると、「コンコン」と、部屋のドアがノックされて二人はそちらを振り返った。

「はいどうぞっ」

 ササルが声をかけると同時にドアが開き、そこから「失礼致します」と、穏やかな声と同時にカーチスが現れた。

「カ、カーチス先生!」

 ササルはパッと顔を輝かせると、ジークハイドの手を振り払って彼女に近寄った。

「おはようございます! 今日もいいお天気ですね!」

「おはようございます、ササルさん。ええ、いいお天気で何よりですわ」

 嬉しさのあまり笑顔を硬直させるササルに、カーチスはニッコリと愛想のいい笑みを向けた。

「王子を捜していましたの。ササルさんの所にお邪魔しているんじゃないかと思って」

「ええっ! 来てますよ!」

「申し訳ございません。大事な研究をしてらしたんでしょう?」

「いえいえ! 研究は無事に終わっていますから! あっ、よろしければカーチス先生もご一緒に!」

 胸を張って凛々しさをアピールするササルと、鼻にかかった高めの声で優しい微笑みを浮かべるカーチス。二人の変貌ぶりに「こういう大人にだけは絶対にならないぞ」と、ジークハイドは目を据わらせた。

「ささっ、こちらへどうぞ!」

 ササルがウキウキしながらカーチスを部屋の中に通す。ジークハイドは「チェッ」と舌を打って、にこやかな笑顔で近寄ってくるカーチスを見上げた。

「……なんの用ッスかぁ? 勉強は昼からでしょぉー?」

「お后様に頼まれたのよ。王子に礼儀作法を施すように、と」

 猫なで声のカーチスに、ジークハイドは更に目を据わらせた。悪寒が走るが、しかし、ここは彼女の演技に付き合おう。これも社交辞令、ってヤツだ。

「今からですか?」

「そうね。できるだけ早いほうがいいと思うわ。各国の王族の方々がいらしても恥じのないよう、丁寧に教えてあげるから」

 丁寧に、だと? スパルタ教師のクセしやがってっ。

 にっこりと微笑むカーチスの後ろでは、ササルが羨ましそうな顔で口をとがらしている。それを目で捉えたジークハイドはパッと笑みをこぼした。

「そうだ! ササルも来る!? 一緒に礼儀作法を教えてもらうか!?」

「駄目ですよ王子。ササルさんは忙しいんですから。お仕事の邪魔をしちゃいけません。ねぇ? ササルさん」

 振り返ってニッコリ相槌を問うと、ササルは「エ、エヘヘっ」と恥ずかしそうに体をくねらせて笑った。

「は、はいっ! すっごく忙しいですからっ!」

 ……情けないったらありゃしない!!

 心の中で舌を打つジークハイドにカーチスは目を戻した。

「では、参りましょうか。王子」

「ち、ちょっと待ってよ先生っ」

 促して部屋を出ようと背を向けるカーチスを止め、ジークハイドは訴えるように身を乗り出した。

「門番のこと知ってるだろっ?」

「ええ、知っているわ」

「だったら礼儀作法がどーのこーのって言ってる場合じゃないじゃん!」

「仕方がないでしょう? お后様に言われたんだから」

 雇い主の命令には逆らえない。しかも相手は后だ。

 カーチスの立場を理解しながらも、ジークハイドは「そうじゃなくってさっ……」と、焦り、首を横に振ってすがり見上げた。

「オレっ……、何かしなくちゃっ!」

「……気持ちはわからないでもないけれど……」

「勉強はちゃんと受けるっ! けど今は時間をくれよ! ササルに調べてもらうんだ! ブラックゾーンに紛れても門番を探せる方法!」

 カーチスは腰に手を置いて、「困った子ね……」と小さく息を吐く。ササルは二人を交互に見ていたが、考え込むように視線を上げ、腕を組んで「うーん……」と唸った。

「しかし……問題は問題ですよね。門番が降り立つ場所も定かではないし、門番自体が影だから、ブラックゾーンに紛れてしまったら見つけることも難しい。……けど、見つけなくちゃいけないし……」

「父さん達はブラックゾーンが去った後に封印すればいいって思ってるっ。けど、それじゃ遅いよっ。門番が通った町は荒野と化してしまうっ。たくさんの人が路頭に迷うことになるっ」

 ササルの後に続いて、ジークハイドは悲痛な顔で二人に訴えた。

「ブラックゾーンが重なった闇の中じゃあ、誰も抵抗ができないっ。……みんな死んでしまうっ」

「犠牲者が増えますね……」

「このままじゃいけないだろっ? ……そう思うだろっ!?」

 ジークハイドが拳を作って力み見上げると、ササルは真顔で視線を落とし、「……少々お待ちを」と、書棚へと足を向けた。

 カーチスはため息を吐いて、うつむき目を泳がすジークハイドを横目で窺った。

「まったく。正義感だけはいっぱしに強いんだから」

「……うるさいっ」

「あんた、あとでみっちり礼儀を叩き込んであげるからね。覚悟なさい」

 小声で脅すカーチスを、ジークハイドはにらみ付け、不敵に笑ってみせた。

「いつか、その裏表の変え方、教えてくれよ」

「……くす」

 小さく笑われ、それがバカにされているような、子ども扱いされているような気がしてジークハイドは少し身を乗り出した。

「な、なんだよっ」

「あなたにも、いつかわかるわよ」

 愉快げに言われたジークハイドは「?」と顔をしかめた。

「門番を見つける方法、とまでは行きませんが……」

 ササルが分厚い本を広げながら近寄ってきた。

「目には目を、なんてどうでしょうか?」

「なんだ、それ?」

 ササルは、バタンと本を閉じて、首を傾げているジークハイドに微笑んでみせた。

「つまり、影には影を。影同志なら互いが見えるのでないか、と」

 ササルは本をジークハイドの視線に合わせて持ち上げた。

「ここに、死者甦生の記述があります」

「……死者甦生っ?」

 ジークハイドが愕然とした表情で繰り返すと、カーチスも少し驚いた様子で眉間にしわを寄せた。

「ち、ちょっと待ってくださいササルさん。あなた、白魔術師なんですから、死者甦生術を使うのは好ましくないのでは……。それに、あなたが死者甦生を唱えたとして、生き返った人は聖なる命の復活として闇のものとはなりませんよ?」

「じゃあ、黒魔術師に死者甦生を」

「どこにいるんです? ここは光を司る国ですよ?」

 ササルは「うーーーんっ」と眉間にしわを寄せて考え込む。

 ジークハイドはふと、何か思い出したように顔を上げ、ため息を吐くカーチスを見た。

「カーチス先生、……闇に住む生き物だったら、門番って見えるかも知れないの?」

「そうね……。実際はわからないけど、門番も闇の生き物だから。ササルさんの言うように、目には目を、で、闇の生き物なら門番の姿を見ることはできるかも」

「……そうか」

「ただ、私達は光の神のご加護を受けているから闇の生き物が近寄ってくれるとは思えないわ。逆に怒ってしまうわね」

「……なるほど……」

「? なに。いったいなんなの?」

 一人納得する姿に首を傾げるカーチスとササルに、ジークハイドはためらうように口を開いた。

「その……オレ、さ。……ほら、漆黒の森の中に入ったろ? その時に実は……森の中で城を見つけたんだよ。大きくて古びた」

「なんですって!?」

 カーチスとササルが愕然とした表情で同時に身を乗り出し、ジークハイドの腕を掴むなり足下から頭上までをくまなく見て回り出した。

「どうしてそのことを黙ってたの!?」

「い、異常は!? 苦しいところはないですか!?」

「大変! 呪いにかかってないかしら!?」

「い、今すぐご祈祷しますか!?」

「ち……ちょっと待ってよ!」

 慌てふためく二人の様子に、ジークハイドは戸惑って、交互に見上げた。

「どうしたのさ? オレ、なんともないって」

「……ホントに?」

「……本当に大丈夫ですか?」

「ああ、なんともないよ」

 どこか訝しげに、それでも素直なジークハイドの返事に、二人はホッ……と肩の力を抜いた。

「……けど、王子。漆黒の森に入ったばかりか、漆黒の城にまで辿り着くなんて……」

「運が悪いのか?」

「いえ、運が良い悪いじゃなくて……スゴすぎます」

 ――なんか気に障る。感心するササルの言葉にそんなことを思いながら、ジークハイドは再び口を開いた。

「その城でさ、黒ヒョウと出会ったんだよ、オレ。すっげぇおっかないヤツだったんだけど……。もしあいつが闇の生き物なら、なんとか手懐けて、それで」

「黒ヒョウってのは、そりゃガーディアンだ」

 枯れた老婆の声に振り返ると、白い衣装に身を包んだスエーカーがシワをさらに増しながら微笑み、ドアの側に立っていた。気付かなかったササルが「い、いつの間に!?」と、顔を蒼くして退き、カーチスはニッコリとお辞儀をした。

「ご機嫌いかがです? スエーカー様」

「あたしゃ元気だよ。カーチス、あんたも元気そうだね。しばらく見ない間に、また一段と綺麗になったようだ」

「あら、イヤですわ」

「厚化粧のせいかぃ?」

 カーチスはしばらく間を置いて、「う、うふふ」と顔を引きつらせながら笑った。

「ご冗談がお好きなんですから」

「本気で言ったつもりだったんだがね」

「う……うふふふふ……」

 ジークハイドは肩で笑うカーチスを見て心の中で大笑いしながら、歩み寄ってきたスエーカーを窺った。

「スエーカーさん、一人で来たンスか?」

「いちいちお付きを待ってられないよ。一人で来た方が早いさ」

「だろうね」

 ジークハイドは苦笑して肩をすくめる。

 スエーカーは周りの様子を眺め、ササルを見上げた。

「どうだぃ? 課題の方は進んでるんだろうね?」

「は、はいっ。……ち、ちょっとだけ……」

 目を逸らしてぽつりと呟く。

 怯えた様子で察したのか、スエーカーは「……フン」と鼻であしらった。

「まぁいいさ。ことが済んだらおまえは再教育だよ」

 厳しい言葉に、ササルは「……は、ははは……」と情けなく笑って見せた。

「大変なことになっちまったね」

 吐息と共に切り出すスエーカーに、ジークハイドは戸惑うような笑みで肩をすくめた。

「まぁ……ね。みんなも朝から大忙しだよ。他国の人を大勢受け入れるみたいでさ。……命に関わることだから」

「そうだね。それで、シュレル・キングダム国王は?」

「謁見の間でみんなと話し合ってたよ」

「そうかぃ。……と、お前さんはここで何をしてる?」

「何って……カーチス先生のスパルタ教……礼儀作法を教えてもらうつもりだったけど……」

 カーチスの鋭い視線を感じて慌てて言葉を変えるが、スエーカーは訝しげに眉間にしわを寄せた。

「こんな時に礼儀作法? 何考えてんだぃ、いったい」

「各国の王族の方々もお集まりになられますから」

 ジークハイドをにらみ上げるスエーカーに、カーチスが間に入った。

「失礼のないよう、王子にも対応して頂かないと」

「そういうことはもっと早い時期にやっておくモンだよ。今更何を言ってるんだ。あんた、それでも教師かぃ」

 スエーカーの刺すような言葉に、カーチスは「うっ……」と、反論できずに身を引く。

 ジークハイドは苦笑して二人の間に入り、背の低いスエーカーを見下ろした。

「母さんがやれって言ったんだ。カーチス先生は頼まれただけだよ」

「まったく……呑気な一族だね」

 呆れてため息を吐くと、「は……ははは」と、頬を引きつらせながら笑うジークハイドをギロリと見上げた。

「あんたが門番を封印しなくちゃいけないんだよ? わかってるのかぃ?」

「……わかってるよ」

 拗ねるように言葉を漏らすが、スエーカーの表情は変わらない。

「しかも今年はブラックゾーンと重なっている。これがどういうことかもわかってるだろ?」

「……わかってる」

「だったら礼儀作法の勉強なんかやってる場合じゃないだろうが!」

 ガラガラ声の老婆の怒声に三人の肩がビクっと震えた。ササルに至っては、完全に石化したようだ。

 ジークハイドは深く息を吐くと、眉を吊り上げるスエーカーを見下ろして首を横に振った。

「オレだって何かしたいけど、何をしたらいいのかもわからないんだよ。オレの出番はまだ、って感じだし……」

 スエーカーは何度目がわからないため息を吐くと、腕を組み、片眉を上げてジークハイドを窺った。

「――で? 漆黒の森で黒ヒョウを見たって?」

 突然話を変えられてジークハイドはキョトンとしたが、「う、うん」とためらいがちにうなずいて見せた。

「襲われたろ?」

「まぁ……追いかけられた、と言うか……」

「だろうね。食われなくて良かったじゃないか」

 ケッケッケッ、と愉快に笑いながら、スエーカーはササルのイスに歩み寄ってそこに腰を下ろした。

「それで、どうするつもりだぃ?」

 問いかけられたジークハイドは、ササルとカーチスの視線を受けながら小さく話を切りだした。

「あの黒ヒョウ、たぶん……闇の者だと思うんだ。黒かったし、追っかけてきたし。……もし、闇の生き物が門番の姿を見ることができるなら、その黒ヒョウを手懐けて、協力してもらえないかと……」

「手懐ける? そりゃ無理だね」

 あっさりと首を横に振られ、ジークハイドは訝しげに「なんで?」と聞いていた。

 スエーカーは軽く身を乗り出し、見透かすように目を細めた。

「お前、その黒ヒョウ以外に何か見てないか?」

「……」

 ふと、少女の寝顔を思い出したが、ジークハイドは目を逸らして首を横に振った。

「……見てないよ、何も」

 スエーカーは「そうかぃ」と、簡単に身を引いて椅子の背もたれに体を落ち着けた。

「その黒ヒョウはね、ガーディアンだ。守るべき者を守っているんだよ。お前さんが見た城が永眠ねむりの城なら、差詰め、管理者だろう」

「管理者……って? つまり……その黒ヒョウの飼い主?」

「そういうところだ。ガーディアンは管理者以外は信用しないからね。手懐けることは無理だよ」

「そ、その飼い主は目覚めるのかなっ?」

 突然興味を示して目を輝かすジークハイドに、スエーカーは顔をしかめた。

「なんだぃ? ガーディアンの話をしてるんだろ?」

「……えっ? あっ……うん、そうだよ」

「管理者は、まぁ……目覚めるよ」

「……ホントっ?」

 パッと明るい笑みをこぼす、単純な反応に、スエーカーはニヤリと口の端に笑みを浮かべた。

「それで、お前さんはどうして管理者が眠っていることを知っているンだぃ?」

 ジークハイドはハッと笑顔を消した。

「……な、なにが?」

「今、飼い主は目覚めるのか、って訊いたね? どうして眠っていることを知ってる? ……黒ヒョウ以外に何か見てるね?」

「い……いや……その……」

「会ったのかぃ? その飼い主ってヤツに」

「……」

 ジークハイドは言葉を詰まらせ、カーチスとササル、そしてスエーカーの視線から逃げるように背を向けて室内の奥に歩き出し、立ち止まると笑顔で振り返った。

「よ、よし! 協力を求めよう! その……管理者って人に!」

「バカ言ってんじゃないよ」

 笑顔の提案をスパッと弾き、スエーカーは呆れ気味にため息を吐いた。

「光の継承者が漆黒の森の住人に協力を求めるなんて。そんな話し、聞いたことがない」

「だったらチャレンジだっ! 一か八か! 当たって砕けろってさ!」

「……何を張り切ってるんだぃ?」

「即実行! 今夜、漆黒の森に行こう! ンで、またあの城にっ!」

「ダメですよ、王子」

 一人意気込むジークハイドを押さえるように、ササルが真顔で口を挟んだ。

「言ったでしょう? ブラックゾーンがやって来ると光の神のご加護が薄れます。危険です」

「まだ大丈夫だってっ。それに、協力してもらえるンなら門番のことだってすぐ解決できるんだぞ!」

「しかしですねぇ……」

 ササルは不安げに考え込み、その隣にいたカーチスも、納得いかなげな表情で腕を組んでいる。

 反対勢力の二人から逃げるように、ジークハイドはスエーカーを振り返った。

「スエーカーさんっ」

 訴えるような目を向ける彼を見てスエーカーは顔をしかめていたが、小さく息を吐くと肩をすくめた。

「仕方のない子だねぇ。……まぁいいさ。国王に頼んでみよう。ついでに、あんた抜きで話し合いをしている奴らに説教しないとね」

 ジークハイドは心の中で「よし!」と拳を突き上げた。

 スエーカーを味方に付ければこっちのものだ。誰一人として彼女には太刀打ちできない。

 ……あの子に会える! しかも……目覚めたあの子に!!

 危機が訪れようとしているというのに、体の奥が暖かくなっていく――。

 スエーカーを先頭に、四人で慌ただしい城内を歩き、謁見の間までやってきて中を窺った。

「周囲に松明を焚いてはどうでしょうか?」

「松明ごときで怯む門番ではないだろう」

「しかし、それ以外に光をもたらせる物はありません」

 そこではまだ、国王共々、大勢が話し込んでいる。

 ジークハイドとササル、そしてカーチスの三人は目を見合わせた。邪魔したら怒られそうな雰囲気だ。しかし、スエーカーは怯むことなく、機会を窺うこともなくゆっくりとした足取りで彼らに近寄った。

「何を話し込んでンだぃ?」

 挨拶も無しに問いかける老婆の参上に、国王達は話を止めて振り返った。

「これはこれは、スエーカー様!」

「出迎えもなく失礼を!」

「いつお越しになられたんです?」

 口々に話し掛けられるが、スエーカーは特に限定するわけでもなく皆を見上げた。

「つい今し方来たんだよ。……で、何を話してるンだぃ?」

「門番のことですよ。どうしたらいいものかと……」

「困ったものです……。お話しはご存じでしょう?」

 一瞬にして戸惑いを露わにされたが、スエーカーは大きくため息を吐いて、一人、皆より身なりのいい男に目を向けた。

「ジークハイド王子を外してそんなことを話し合うモンじゃないよ。わかってるだろ、国王」

 スエーカーがにらみ付けるが、その目に臆することなく、国王は苦笑すると小さく首を横に振った。

「ジークハイドを外すつもりはない。ただ、ジークにはジークの出番がある。それまでの間、わしらは門番を神殿に近付けないようにする義務があるので」

「そうじゃないだろ。門番を神殿に近付ける前に封印しなければならない。その方法を考えなくちゃいけないんじゃないのかぃ?」

「しかしですな……。ブラックゾーンに隠れてしまっては門番の姿が見えないのですから」

「なに臆病風を吹かしてるンだぃ」

 スエーカーは「やれやれ……」と怒りを通り越して呆れて首を振り、口籠もる国王をにらみながら指を差した。

「いいかぃ? どんな場合だろうと門番を決して神殿に近付けちゃいけないんだ。今回、ブラックゾーンが過ぎ去った後で門番を封印するとしても、それじゃ遅すぎる。神殿に近付きすぎるだろう。そうなってはジークハイド王子の手に負えん。王子が倒れてしまっては滅びてしまうぞ」

「……それは……そうですが……」

「フィルウィングでも今、ブラックゾーンの中で門番の姿を見て取れる方法を探っておる。お主らもその筋で追究されよ。ジークハイド王子が無事に門番を封印できるよう、その道を指し示すのがお主らの役目だろ?」

「はぁ……」

「まだ数日間の有余がある。諦めるでない」

 まるで母親に叱られた子どものよう。国王達は顔を見合わせたまま口を噤んでしまった。

 スエーカーは深く息を吐くとジークハイドを振り返った。

「ジークハイド王子」

「は、はいっ!」

 名前を呼ばれて、思わず背筋を伸ばした。

「光の神のご加護は充分に得てるね?」

「はい。……たぶん」

 最後の呟くような曖昧な返事にスエーカーは目を据わらせた。ジークハイドは慌てて、大きく数回うなずいた。

「ばっちり得てます!!」

 スエーカーは疑うように目を細めたが、深く追求することなく、ため息を吐くなり国王を見上げた。

「さっき、この子達と話をしていたんだがね、……漆黒の森の住人に協力を求めようと言っているんだよ」

 その言葉に国王達は愕然と目を見開いた。

「漆黒の森のっ?」

「ご冗談を!」

「何をおっしゃるんですか!」

「闇の住人に協力を求めるなど! けしからんにも程がありますぞ!!」

 口々に反対するみんなを見て、ジークハイドは少し視線を落とした。……やっぱりダメ、か――。

「ブラックゾーンに隠れた門番を見つけることができるのは、同じく闇に住む者。……確かにあたしらとは相反する者だが、協力を得ることができるならそれに越したことはない。……というのがジークハイド王子の考えだよ」

 スエーカーはそう言ってジークハイドを振り返った。視線を感じたジークハイドは顔を上げたが、顔をしかめた国王と目が合い、「……や、やばい、……かも?」と、ゆっくりと目を逸らした。

「……ジークハイド。……お前、まさか……漆黒の森の住人に会ったのか?」

 恐る恐る問いかける国王を直視できず、ジークハイドは言葉を詰まらせた。

「……そ、その……」

「会ったのか?」

「……会った……と言うか……見た、と言うか……」

「眠っていたんだよ」

と、スエーカーが口を挟んだ。

「起きていたのはガーディアンだけだ。幸運にも、王子は無傷で帰って来れたがね」

 肩をすくめる老婆の言葉に、国王は唖然とし、ガックリと項垂れた。

「そんな大事なことを……。お前というヤツは……本当に……」

 怒りも呆れもない、そんな国王の雰囲気を感じて、ジークハイドはシュン……とうつむいた。

「すみません……」

「……お前には跡継ぎとしての自覚はっ」

「おいおい。親子ゲンカは後にしとくれよ」

 噴火寸前の国王を止め、スエーカーは腰に手を置いた。

「今はそんなことを言ってる場合じゃないだろ。どうするんだぃ? 王子は漆黒の森に行くって言ってるよ」

「それだけは許可できん」

 国王は即答してジークハイドをにらみ、真顔でスエーカーを見下ろした。

「スエーカー様。別の方法を考えます」

「別の、ねぇ……」

 スエーカーは腕を組んで目を閉じると、じっと考え込み、そして目を開けて振り返った。

「ササル」

「はいっ」

 ササルはすばやくスエーカーに近寄って、視線を合わせるように腰を低くした。

「なんでしょうかっ?」

光草ひかりそうの種はあるかい?」

「はい。ありますけど……どうするんです?」

 首を傾げるササルを放って、スエーカーは国王を見上げた。

「国王よ。門番を神殿に近付けてはならぬこと、そしてブラックゾーンに隠れた門番の姿を見ることができるのは同じく闇に生きる者だけだということ、それは理解できるだろう?」

「……」

「漆黒の森に足を踏み入れるなど言語道断だが……致し方ない。多くの犠牲を出さぬようにと考えるのも先決だ。……王子を漆黒の森へと出向かせるしかないだろう」

「それはなりません」

 国王はすぐに首を横に振った。

「ならば、ジークハイドではなく他の者が赴きます故」

「いいや、行くのは王子だよ。ササルを護衛に付ける」

 まさかここで名指しされると思っていなかったササルは、「……へ?」と、キョトンとした表情で瞬きし、「ぼ、僕ですか?」と自分の鼻先を指差した。だが、誰もそんな彼に見向きもしない。

 国王は戸惑いを露わに目を泳がした。

「しかし……ですな……」

「あの森に入り、行方知れずとなった者は数多い。だが、王子は無事帰還を果たしただけでなく、城まで辿り着いていた。……運命と呼ぶには残酷だが、しかし、事態は深刻だ。……今はその流れに添うしかあるまい」

「……しかし……」

「……お前さんは自分の息子を信じられないのかぃ?」

 心の奥底を見透かすようにじっと見つめられ、国王は口を噤んでうつむき、ジークハイドに目を向けた。

 ……いつもと様子が違う。心配や不安だけでなく、何か怯えているようにも見える。そんな父の目に、ジークハイドは何も言えず見返した。そのまま数秒、沈黙が続き、国王はゆっくりと息を吐いた。

「……ジークハイド」

「……はい……」

「一つ、約束をしろ」

「……なんですか?」

「決して我を失うな。光の後継者として生涯を貫き通せ。……約束できるか?」

 ジークハイドは意味がわからずに少し顔をしかめた。

「……ン、もちろんですよ……」

 当たり前だ。オレはオレだし、光の後継者ってことにも変わりはない。……父さんは何を言ってるんだ?

 国王はうなずいた彼を見て、ため息と同時に肩の力を抜き、スエーカーとササルを交互に窺った。

「……ジークハイドの身に危険が及ばぬように」

「もちろんだよ。ササル、わかってるね」

 ササルは「そんなぁー……」と半泣き状態だったが、ガクンと頭を落とすようにうなずいた。






「……気味悪いですよぉー……」

 日も暮れかけた、漆黒の森の手前――。ザワザワと風に揺れる青葉の音に、ササルはビクッ……と肩を震わせた。

 二人の見送りにと、共に訪れた国王共々、そしてスエーカーとカーチスは、漆黒の森の奥深くを見つめた。

 ……いつ見ても不気味は闇が広がっている。こんなに木々が生えているのに、命の鼓動がまったく感じられない――。

 ジークハイドはオーリンを降りると、すり寄せてくる顔を「よしよし」と、数回撫でた。

「……行ってくるからな。今度もちゃんと帰ってくるから。また一緒に散歩しよう」

 オーリンは「ブルルン……」と鼻で返事をする。

 スエーカーは、森の奥に目を奪われるササルを見上げた。

「わかってるね、ササル。責任重大だよ」

 脅すようなスエーカーの言葉に、ササルの顔から血の気が引いた。名指しされたときからただでさえ怯えているのに、更に「責任重大だ」なんて言われたら、いっそのこと、このまま森の中で迷子になりたくなる。そんなササルの心情を察してか、カーチスは苦笑して顔を覗き込んだ。

「大丈夫ですよ、ササルさん。……無事に帰ってこられることを信じて、待っていますからね」

 優しい言葉に感動したササルの顔が瞬時に輝いた。

「任せてください! 王子は僕が守りますから!!」

 ドンッ、と、自分の胸を叩いた後で「ッ……ゴホッ」と小さく咳き込んで背中を丸める。その姿を横目で捉えながら、ジークハイドはオーリンを撫でつつ「“守られる”の間違いじゃないのか?」と目を据わらせた。

「ジーク」

 国王が寄ってきて、オーリンから手を下ろし、顔を上げた。

「過去、……大昔に、お前と同じように漆黒の森に入った王族がいる」

「……ええ、知ってます。……グレン、そういう名前でしたよね」

「お前同様、一度は城に戻ってきたが、しかし……その後、再び森に入り、二度と戻ってはこなかった」

 国王は少し目を虚ろに森の奥を見つめていたが、じっと見上げるジークハイドに目を戻すと、健気な笑みを浮かべた。

「……お前は必ず戻ってくるのだぞ」

「……、はい」

 ジークハイドは国王の顔を見つめて真顔で大きくうなずき、意を決してササルを振り返った。

「ササル、行こうか」

「はいっ」

 ササルは返事をすると、上着から小袋を出し、小さな種を地面に落とした。すると、瞬く間に種は芽を出して緑色の葉を生やし、その葉をボンヤリと輝かせた。

 準備ができ、ジークハイドは漆黒の森の中を見つめた。

 ……“案内人”は……――

 キョロキョロと窺っていると、低木の枝が「ガサガサ……」と動き、数人の兵士達が驚いて武器を構えた。

「……ニャオォー……ン」

「出たな」

 低木の影から現れた黒猫は一声鳴くと、ジークハイドを見上げた。誘うような目にジークハイドはニヤリと笑い、嬉しそうに国王を振り返った。

「あいつ……あの黒猫が、城に導いてくれたのかも知れないんです」

 彼の言葉に、みんなが闇と一体化しようとする黒猫を見つめる。

 ジークハイドは、今度こそ黒猫を見失わないようにと、足を踏み出した。

「それじゃあ行ってくるよ」

「王子、気をつけて!」

「ササル、頼むぞ!」

 みんなの声援を背中に受けながら、ジークハイドとササルは黒猫の後を追った。

 スエーカーは漆黒の森の中に入って行く二人を見つめながら、吐息と共に肩の力を抜いた。

「……黒猫が案内人かぃ……。こりゃ……伝説通りだね……」

 国王はまだ見える背中をじっと見つめていたが、その目を不安げに細めた。

「……ジークも同じ道を辿らなければいいのですが……」

「あの子は光の継承者だ。まだまだ子どもだけど、自覚はしてるさ。……それを捨てられないことも」

「……本当にこれで良かったのか……。不安でなりませんぞ……」

「……ああ、だろうね。あたしもどうなることか不安だが……、王子を信じようじゃないか。……あの子ならきっと、この危機を脱してくれるだろう」

 淡々と話す二人の会話を聞いていたカーチスは、心配げに森の中に消えた、二つの影の方を見つめた。

 ……けど、もしあの子が“本気”になってしまったら……――。

「ひいぃー。王子、よくこんな所を迷ってましたねぇー……」

「オレが来たときは、まだ明るかったからな……」

 段々と薄暗くなってきた漆黒の森の中――。

 ササルがパッパッと光草の種を蒔きながら歩く、彼らの後ろには、緑色に光る道筋が浮かんでいる。

 ジークハイドは、結局見えなくなってしまった黒猫の姿を探しながら、目の前を窺いつつ、足を進めた。

「チェッ。黒猫のヤツ、もういないや。あいつ、いったいどこに住んでるんだろうな……」

「だ、大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ。……多分」

「僕、こんな所で死ぬのは嫌です。せめてカーチス先生とデートできてからじゃないと」

 一生できないんじゃないのか? といたずらを言おうと思ったが、頭上でカラスが鳴き、それに驚いて立ち竦んだ。その直後、今度は足を止めた二人から少し遠く、獣の遠吠えが聞こえた……。

「アレって……仲間を呼び集めてるんじゃないですかね?」

「……、そうなのかな?」

「そうですよ。きっとそうです。ああ……。永眠ねむりの森で本当に眠っちゃうなんてこと、ないですよねぇ……?」

 情けない声を出すササルを背後に、ジークハイドは辺りを見回し、「……先を急ごう」と再び足を踏み出した。

 それからどれほど歩いたか――。

 最初迷い込んだときは一人だったからかなり心細かったが、“仲間”がいると、少し気持ちに余裕ができる。ドジな見習いとは言え、ササルも魔法使いだ。いざとなればきっと役に立ってくれるだろう。……あまり期待はしていないが。

 日の暮れ様から、まだ然程歩いていない。足の疲れもない。けれど、かなり奥まで入り込んでしまっているのは確かだ。あとは……見つけられるだろうか。

 ……あの子に会えるかな……。

「あーあ……。けど、ホントに古い言い伝え通りだなんて……」

 視界を邪魔する枝を避け、渋々歩きながらササルが呟く。

 ジークハイドは足を止めることなく、彼を振り返って首を傾げた。

「言い伝えって?」

「え? ……知ってるでしょ?」

「何が?」

「またまたぁ。漆黒の森を永眠ねむりの森って言ってたじゃないですかぁ」

「うん、言ったけど……。それはカーチス先生もそう言ってたからさ。言い伝えなんか、オレ、知らないよ」

「そうなんですか?」

「うん」

「え? じゃあなんで、ここが永眠ねむりの森か、とか……」

「黒ヒョウの飼い主が眠ってるから。だから眠りの森だろ?」

「??」

 ササルは光草の種を足下に蒔き続けながら顔をしかめた。

「王子、ひょっとしていろんなことをすごく勘違いしているんじゃないですか?」

「……そうなのか?」

「そんな気がするんですけど」

「……だって、オレ、ホントに何も知らな……」

 ジークハイドは言葉を切った。身動きしない彼の視線を追ったササルも、ポカンと口を開けた。

 湖の中央に浮かぶようにそびえ立つ古城が――。

「……す、すごい」

 唖然とそう呟いたササルの言葉には反応せず、ジークハイドは嬉しそうに目を見開いた。

「この城だよ! ここだ!」

 ためらうことなくダッ! と走り出す彼の後を、慌ててササルも追いかけた。

「王子! 危ないですよ!」

「危なくないって! この中にいるんだよ!」

 ジークハイドは足を止めることなく一本橋を走り渡り、そして突き当たり、城のドアを押し開けた。耳障りな音は同じだが、最初に開けたときよりも若干軽く感じられる。

 余裕なジークハイドとは違って、ササルは注意深く、周りをキョロキョロと窺いながら足早に近寄った。

「……信じられないですよ。永眠ねむりの城って、もっと恐々しい所かと思ってました……」

 ジークハイドは開け放った扉から中に入ると、笑顔でササルを振り返った。

「全然平気だろっ? みんなが怖がってる理由がわかんないよっ!」

 ササルは嬉しさを隠さないジークハイドに苦笑していたが、彼のその背後、視界に見慣れないものが映ってハッ……と顔を上げた。

「……お、王子……あれ……」

 愕然と声を震わせて、こっそりと、腰の高さまで手を上げて指を差す。怯えるササルの視線を追って、ジークハイドは背後を振り返った。――遠く、城の奥から足音もなくあの黒ヒョウが現れた。

「お前……!」

 ジークハイドが目を見開いて向き合うと、黒ヒョウは近寄ることなく止まって「ガルルル……」と低く唸り出した。遠くにいるのに、なぜかその威嚇がすぐ目の前で感じられる。

 敵対心剥き出しな様子に、ササルはグッと恐怖を押さえると、咄嗟にジークハイドに前に出た。

「ササルっ?」

「大丈夫です。僕も一介の聖職者。闇成る生き物には白魔術で」

「だ、ダメだってっ。あいつっ……そんなに悪いヤツじゃないんだよ、本当はっ」

 慌てて止めようと洋服を引っ張るジークハイドを、気合いを入れかけたササルは顔をしかめ振り返った。

 ジークハイドはササルの横を通って数歩黒ヒョウに近寄り、胸を高鳴らせながらも、なんとか笑顔を作って手を上げた。

「……よぉっ。……オレだよ、オレっ。……覚えてるだろっ? ほら、昨日も会ったよなっ?」

 顔なじみをアピールして鼻先を指差すものの、「ガルルルル……」とまた唸られてしまい、ジークハイドは「ちょ、ちょっと!」と、焦って両手を胸の高さまで上げた。

「そ、そんなに怒るなよっ。べ、別に取って食おうってワケじゃないんだしっ!」

「取って食われるのは僕たちの方ですよ、王子」

 背後からササルが真顔で突っ込みを入れてポンと肩に手を置く。

 ジークハイドはじっとりと目を細めたが、バシッと肩の手を叩き落とすと、「いたっ」と漏らした声を気に留めることなく、真剣な顔で黒ヒョウを見つめた。

「協力して欲しいんだ。どうしてもお前の……あの子の力が必要で……」

 ――あの子? と、ササルは叩かれた手を撫でながら、キョトンとした表情でジークハイドの背中を見た。

「グルルルルッ」

 黒ヒョウが牙を見せて強く唸った。指からは鋭い爪が赤い絨毯に食い込んでいる。それを目で捉えたジークハイドは一瞬、怯んだが、それでも、グッと恐怖を押さえて身を乗り出した。

「頼むよっ。……オレ、このままじゃ帰れないっ。みんなの命もかかってるんだっ! ……頼むよ!」

 懸命な表情で両腕を広げて訴えるが、黒ヒョウの威嚇は治まらない。「出て行け!」と言わんばかりの雰囲気に、ササルは注意を怠ることなく、黒ヒョウから目をそらすことなくジークハイドの袖を軽く引っ張った。

「王子、……やはり無理なのでは?」

「そんなことない! ……だろっ?」

 黒ヒョウに相づちを問うが、まだ唸っている。

「話だけでも聞いてくれ! それでもダメだったら帰るよ! ……もう二度とここへは来ないから!」

「グルルルッ」

 黒ヒョウは変わらず唸り続けている。喧嘩腰の態度に、ジークハイドはムカっ……と眉をつり上げた。

「なんだよ番黒ヒョウ! 昨日は助けてくれたくせに! わかってるんだぞ! お前が森の外まで追い出してくれたってことくらい!」

「グルルルッ」

「お前はいい奴だろ!? そうだろ!?」

 必死に訴えかける背中に、ササルは諦めの色を浮かべて肩の力を抜いた。

「……王子。……スエーカーさんの言うとおり、他人には慣れないんじゃ……」

 ジークハイドは心の中で「くそっ」と吐き捨て、うつむいていたが、意を決したように顔を上げると、一歩、二歩と真剣さを露わに黒ヒョウに近寄った。

「王子!」

 ササルが慌てて袖を強く引っ張るが、その手を振り払い、更に数歩近寄って真っ直ぐな目で黒ヒョウを見つめた。

「……助けてくれ。……頼む」

 黒ヒョウは、尚も近付いてくるジークハイドを見て腰を高く上げ、狙いを定めだした。まさしく、獣が獲物を狙うよう。

「王子っ……!」

 これ以上近付くのは危険だ、そう判断したササルは顔色を変え、ジークハイドを止めようと足を踏み出した。だがその瞬間、突然、ゾクっ……と背筋に悪寒が走り、息を止めて体を硬直させた。

 ……これは……――。

 ササルはすぐに辺りを見回し、愕然とした表情で目を見開いた。

「……王子!! 死神です!! 集まってきてますよ!!」

 ジーハイドは「えっ?」と、驚いて彼を振り返った。

「僕たちを狙ってるんです!! このままここに居続けるのは危険です!! 帰りましょう!!」

 ササルが困惑げに、それでも真剣に腕を広げている。

 ジークハイドも咄嗟に周りを見回した。……確かに、何か異様な気配が飛び交っている――。

「……っ!」

 焦って黒ヒョウに目を戻すと、黒ヒョウは注意深く、目で何かを追っている。彼らには見えない何かを。

 ササルはジークハイドに近寄って腕を掴んだ。

「ブラックゾーンも近付いているんです! このままじゃ光の神のご加護も消えて、それこそ僕らは死神の餌食に……!」

 ジークハイドは真剣に訴えるササルを見上げて、黒ヒョウに目を向けた。黒ヒョウは低く唸るのをやめて、辺りを窺っている。

「王子行きましょう!!」

 ササルは焦りを露わにジークハイドの腕を引っ張り、外に連れ出そうとした。しかし、彼の足は動かない。

 今一度説得しようと口を開き掛けたササルに、ジークハイドは首を横に振った。

「……今、城から出る方が危ないよ」

「えっ?」

 ジークハイドは開けっ放しの扉の向こうを見つめた。ササルもその視線を追い、そして愕然と表情を崩した。――聖職者である彼にははっきりと見える。城の扉の向こう、無数の“闇成る生き物”の姿が……。

 ジークハイドは黒ヒョウを振り返った。黒ヒョウも同じく彼を見つめていたが、不意に、襲いかかろうとしていた体を落ち着かせ、二人に向かってくるりとお尻を向けた。グリン、と長いシッポを振って、そのまま歩いて行く。その背中に、ジークハイドは目を見開いて笑みをこぼした。

「ありがとう!!」

 嬉しそうに黒ヒョウの後を追うジークハイドを見て、ササルは唖然とした。確かに、黒ヒョウに受け入れられたようだ。

 未だ死神の気配が漂う城内、ササルは深く息を吐いた。

「……良しとするべきか、……心配の種がまた増えただけなのか……」

「ササル! 早く来いよ!」

 今までとは打って変わった無邪気さで振り返って手招きをする。そんなジークハイドに誘われるまま、ササルはゆっくりと足を踏み出し、後を追った。

 黒ヒョウの後を付いて、二人は二階へと向かう。ジークハイドは胸を高鳴らせた。途中あの絵画を見上げ、ドキドキが増す。

 ……また会えるんだ!

「……王子?」

 斜め後ろからササルに小声で名を呼ばれ、ジークハイドは絵画を見つめたままで「ん? なに?」と訊いた。

「……王子は、国王様からグレン様のことは聞いてますか?」

「んー……。漆黒の森に入って、一度は戻ってきた。けど、また森に入って、次は戻ってこなかった。そういう話なら聞いてる。だから、森には入っちゃいけないんだって。一度目が大丈夫なら二度目も大丈夫なんて、保証はないんだって。そういう……脅しで聞いたことがあるくらいだよ」

「そうですか。……じゃあ今度、ちゃんといろいろお話を聞かせてあげますね」

「?」

 ジークハイドは微笑むササルを見て少し首を傾げたが、黒ヒョウが“あの部屋”の前で立ち止まったことに気が付いて、足を止めた。ササルも彼の背後で足を止める。

「……あの部屋に管理者が?」

「ああ……」

 ジークハイドは小さく返事をすると、こちらを見ている黒ヒョウに近寄った。

「……大丈夫だよ。何も悪さはしないから」

 そう笑顔で断って、深呼吸を一つ。ドアノブを掴んで、扉を開けた。

 ――最初の時と同じ、ヒンヤリとした空気が顔を撫でる。ジークハイドが開けた扉から、彼の足下を横切るように黒ヒョウが中に入り、その後から足を踏み入れた。

 薄暗い部屋の中、すぐにベッドが視界に飛び込んでくる。

 黒ヒョウは先にベッドの脇に“お座り”をして、ジークハイドを見た。一応、番黒ヒョウの役目は忘れていないようだ。

 ジークハイドは苦笑しながらゆっくりと近寄り、そして、そ……とベッドの枕元を覗き込んだ。

 ……まだ眠ってる……。

 昨日と何ら変わりがない寝顔に、ジークハイドは少し笑みをこぼした。

「……この子が……管理者ですか?」

 横から覗き込み、驚くササルを振り返らず、ジークハイドは少女の寝顔を見つめたままうなずいた。

「ああ、この黒ヒョウの飼い主だと思うよ。……この城にはこの子しかいない」

 ジークハイドは、お座り状態でじっと窺っている黒ヒョウを見下ろした。

「……まだ目覚めないのか?」

 問いかけても黒ヒョウは何も答えない。

 ササルは少女からジークハイドに目を移して首を横に振った。

「この子が管理者なら、今はまだ目覚めませんよ」

 サラリと教えられ、ジークハイドは「えっ?」と、目を見開きササルを見上げた。

「まだ、って?」

「管理者が目覚めるのは年に一度。ブラックゾーンがやって来るときだけなんです」

 ジークハイドは唖然と目を見開いた。

「……そ、そうなのか?」

「ええ」

「ほ、他にはっ? 何か目を覚ます方法があるだろっ?」

 切羽詰まった様子ですがり寄られ、ササルは胸の前で腕を組み、視線を上に向けて考え込んだ。

「他……ですか? うーん……他……と言われましても……。なにしろ、あまり記録がないので……」

「……あれ? ってことは……」

 途中でジークハイドは顔をしかめた。

「この子は年に一回、数日間しか目を覚まさないってこと?」

「そういうことですね」

「それって……人間業じゃないじゃないかっ」

 眉間にしわを寄せて「何馬鹿なことを!」とにらまれたササルは、間を置いて「まあ……」と言葉を濁した。

永眠ねむりの森、ですからねぇ……」

 喧嘩腰になられても、その一言しかない。

 ……そうか。眠りの森だから――。

 ジークハイドは次第に気を鎮め、穏やかな寝顔を見せる少女へと目を向けた。

「じゃあ……この子が目覚めるのをただ待ってるしかないのか?」

「そうですね……。何か他の方法があればいいのですが……」

 考えても名案が浮かばず、ササルはそのまま残念そうに黙してしまった。

 しかし、このままじっとしてはいられない。居ても立ってもいられず、ジークハイドは困惑げに黒ヒョウへと視線を向けた。

「何か方法はないのかな?」

「って、黒ヒョウに聞いたところで答えちゃくれませんよ」

 ササルが肩をすくめた、その直後――

《普通の黒ヒョウだったらな》

 ジークハイドとササルは顔をしかめ、辺りを見回した。……どこからか声が……。

 黒ヒョウは腰を上げると窓辺へ赴き、そして夕暮れの太陽の、微かな明かりが差し込んでくる窓のカーテンを食わえ、引っ張って閉めた。数カ所の窓のカーテン、全てを閉めて歩く黒ヒョウの姿を二人は目で追う。

 更に暗くなってしまった部屋の中、黒ヒョウの姿が部屋の隅で闇に溶け、残された二人は目を細めた。

「……王子、これから一体何が……?」

「……さぁ。オレにも何がなんだか……」

 そう囁き合いながら、黒ヒョウが見えなくなってしまった方を見つめていると、そこからゆっくりと青年が姿を現し、二人は目を見開いた。

 黒い衣装に黒い髪、ただ、目だけは金色に輝いて二人のことをじっとにらんでいる。

 二人は愕然とした表情で硬直した。

挿絵(By みてみん)

「……光の継承者、そして聖職者。その二人がこんな所へ来て良いものではない」

 低い声だが耳にすんなりと入ってくる。しかし、瞳は責めるような厳しい色を帯び、友好的ではない。

「ここがどういう所か、知っているのだろう?」

「……お前……あの黒ヒョウ?」

 ジークハイドが唖然としたまま辛うじて訊くと、青年はゆっくりとベッドに近寄り、枕元に腰を下ろして二人を窺った。

「だとしたら?」

 平然とした態度に、ジークハイドはムカッと眉をつり上げて身を乗り出した。

「だとしたらなんで早く人間に化けないんだよっ! 卑怯者!!」

「卑怯?」

 「心外だ」と言わんばかりに、不愉快そうに目を細める青年に、ジークハイドは怒りを抑えることなく腕を振った。

「そうだろ! 黒ヒョウの姿で脅かしやがって!!」

「あの姿が本来のわたしの姿だ。この姿が偽りの姿。……なんなら、元に戻って噛み殺してやろうか?」

「遠慮します」

と、ササルが即答し、サッと顔から血の気を引くジークハイドの前に出た。

「申し遅れました。僕たちはシュレル・キングダムからやってきた」

「ジークハイドにササル、そう聞いた。紹介はいらん」

 愛想なく言葉を遮る青年に、ササルは苦笑した。

「では……あなたのことはなんて呼びましょう?」

「好きに呼べばいい」

「黒ヒョウ」

 ジークハイドが意地悪く、素っ気なく呼ぶと、青年はギロリと彼をにらみつけた。険悪な空気を感じ、ササルは「まぁまぁ……」と、宥めるように二人の間に入った。

「管理者の子からはなんて呼ばれているんです?」

 問いかけに、青年は眠っている少女へと目を移した。ジークハイド達を見る目とは違った、優しい目で――。

「……リィナからはエンジェルと」

「リィナって名前なのっ?」

「エンジェルぅ?」

 嬉しそうなジークハイドと、複雑そうなササル。

 “エンジェル”は、同時に言葉を発した二人を見て不愉快そうに顔をしかめた。

「お前達、死神共に差し出してやろうか?」

 脅された二人は激しく首を横に振り、ジークハイドは「へぇ……」と、少女の寝顔を覗き込んだ。

「リィナって言うのか……。そうか……、そうなんだ……」

 素朴な名前が、また彼女に似合っている。

 嬉しそうな笑みをこぼす彼をじっと見ていたエンジェルは、リィナに目を移しベッドに乗ると、彼女の下に手を差し入れてそっと抱き起こした。ぐったりとした体を横抱きして支えながらジークハイドを見るが、しかし、何も言葉を発しない。様子を目で追っていたジークハイドはキョトンとしていたが、不意に、嫌な予感がした。

 ……まさかこいつ、“番黒ヒョウ”じゃなくって――。

 そ、そんなことはないはずだ! 絶対ない! と慌てて首を横に振り、嫌な予感を振り払う。

 そんな彼の心の葛藤を察することなく、ササルはエンジェルを窺った。

「その……リィナさんはやっぱりブラックゾーンが来ないと目覚めないんでしょうか?」

「……いったい何を慌てている? 光の神を奉るお前達がわたし達に協力を求めるなど」

「事態は最悪でして……――」

 ササルが事情を説明すると、エンジェルは口出しすることなく、ただ大人しくその話を聞いていたが、話が終わると同時に深く息を吐いて首を横に振った。

「わたし達には関係のない話だな」

「まぁ、そう言われればそうなんですけど……」

「ブラックゾーンも門番も、わたし達にとって無害。お前達にとって有害なだけ。わたし達がお前達に協力しなくてはいけない理由はない」

「それを言われると……」

 ササルは分が悪そうに頭を掻く。予想通りの展開と言えば、それまでだ。

 二人の様子を見ていたジークハイドは、真顔でリィナに目を移した。

「けど、リィナは協力するって言うかも知れない」

 呟くような声に、エンジェルは顔をしかめた。

「どうしてそう思う?」

「だって、お前みたいに意地悪そうな顔、してないだろ?」

 エンジェルが目を据わらせると、ササルがすかさず「王子流の冗談です」と間に立つ。そんなササルの背後からジークハイドは顔を覗かせた。

「リィナの目を覚まさせる方法は? ないのか? あるんだろ? 教えろよ。隠すなよ」

 しつこいジークハイドに、エンジェルはため息を吐くと、鋭い光を帯びた目を向けた。

「――扉を開けるか?」

 静かな問いかけに二人は顔をしかめたが、ふと、ササルは何かに気付いて胸の前で手を軽く左右に振った。

「い、いえ、扉を開けるって……それはちょっと……」

「開けたらリィナは目覚めるんだろ? じゃあ開けるよ」

 何も考えずにあっさりと答えるジークハイドに、ササルは慌てて首を振った。

「だ、ダメですよ王子っ。ほらっ、昨日見せたでしょっ? 古代文字のっ。開け放たれし扉の奥、討ち滅ぼされるは我が身なりって!」

「けど、扉の奥に進まなけりゃいいってことだろ? 扉を開けるだけでリィナは目覚めるんだろ?」

 ジークハイドがさっぱりとした表情で窺うと、エンジェルは小さくうなずいた。

「……その先に進むかどうかは、お前次第だ」

 「ほらね」と肩をすくめるが、ササルは不安げな表情を消さない。ジークハイドは苦笑して彼の腕を撫でた。

「大丈夫だよ。そんなに心配するなってば」

「……けど……ですね……」

「オレだって“討ち滅ぼせれ”たくないしさ。大丈夫。扉を開けるのは、リィナを目覚めさせるためだけのものだから」

「……しかし……」

「大丈夫、大丈夫」

 戸惑うササルに構うことなく、ジークハイドは笑顔で辺りを見回した。

「で? 扉って、どこの扉?」

 キョロキョロとす探すジークハイドに、エンジェルはしばらく間を置いて抱き支えていたリィナを彼の方へと向けた。その行動で、ジークハイドはドキ! と胸を高鳴らせて硬直した。

 ま、まさか……! 眠りの森の物語通り……!?

 エンジェルは、唾を飲むジークハイドに目を向けた。

「……リィナに」

 やっぱりだ!!

「伝えろ」

 ジークハイドは、「……へ?」と、だらしない表情でポカンと口を開く。

 エンジェルは言葉を続けた。

「目覚めて欲しいことを伝えろ。心から。……伝われば、リィナは目を覚ます」

「……そ、それだけ?」

「それだけだ」

「……ほ、ほんとに?」

「それだけだ」

 繰り返される返事に、ジークハイドはガックリと頭を落とした。

 ち、違うのか……。伝えるだけだなんて……。

 いかにも残念そうな様子に、ササルは首を傾げた。

「どうかしましたか王子?」

「……、なんでもないよ」

 ジークハイドは「……はあ」と深くため息を吐いた。……やっぱり、期待し過ぎちゃいけないってことだよなあ……。

「……やらないのか?」

 訝しげにエンジェルに問われ、ジークハイドはしばらく間を置いて、「……よしっ!」と気合いを入れ直して顔を上げた。

「やるぞ! たくさん伝える! 絶対伝える!!」

 意気込みながら、眠るリィナを見つめ、床に跪いて力のない手を握った。白い肌の柔らかさに心臓が高鳴るが、今はそれに気を取られている場合じゃない。

「……、目覚めてくれ……」

 祈るように言って、目を閉じた。

 ――目覚めてくれ。そして、力を貸して欲しい。……キミの力が必要なんだ。頼む。……オレに……力を貸してくれ……。……目覚めてくれ。

 リィナの手を握る、その手に力が入る。

 ……門番が目覚めてしまったら、みんなが犠牲になってしまう。……みんなを助けたいんだ。……神殿に近付きすぎてオレが朽ち果てて死んでもそれは構わない。……何もできないみんなを助けられるのは、オレしかいないんだ……。……頼むよ。オレに力を貸して。……助けてくれ。力を貸してくれ。……目覚めてくれ……。

「……王子……」

 ササルの小さな声が聞こえ、ジークハイドはそっと目を開け、うつむいていた顔を上げた。その時、虚ろな目のリィナと目が合った――。

 ……起、きた……。

 ジークハイドは少し戸惑って目を見開き、硬直した。

 リィナは寝ぼけ眼で彼を見つめていたが、小さく微笑んで唇を開いた。

「……おはよう」

 微かな声だが、とても柔らかく、綺麗な声色だった。

 まさに想像通り。ジークハイドはホッとし、照れたような笑みを浮かべた。

「……やぁ、……おはよう」

「……うん。……エンジェル、……ちいさくなっちゃった……?」

 ジークハイドは顔をしかめた。

 リィナを背後から支えていたエンジェルは苦笑し、彼女の耳元に顔を近付けて囁いた。

「わたしはここです、リィナ。……ここですよ」

 リィナは、その声にゆっくりと視線だけを向け、そして、ジークハイドに目を戻すと少し首を傾げた。

「……だれ……?」

 ジークハイドは困った顔でエンジェルを見た。助けを求める視線にエンジェルは小さく息を吐くと、リィナの耳元で優しく言う。

「彼がリィナの目を覚ましました。……届いたでしょう?」

 囁き問われ、リィナは何か考えていたが、少し間を置いて「……ああ……」と小さく言葉を漏らし、微笑んだ。

「……うん、聞こえた……聞こえたわ……」

 ジークハイドは少し照れたように微笑んだ。

「オレ……ボクはジークハイド。そして、ササル。……よろしく、リィナ」

「……ジークハイド……ササル……。……よろしく」

 リィナが微笑むと、エンジェルは彼女の肩を抱いて「……ちょっと待ってください」と、痩せた体を抱きしめた。ジークハイドは、その弾みで握っていたリィナの手を離した。

 エンジェルに抱きしめられてリィナが目を閉じ、しばらくそのままで時間が過ぎた。何をしているのか、ジークハイドにもササルにもわからなかったが、エンジェルがリィナを解放した時に気が付いた。リィナの顔色が目覚めた頃よりもいい。

「ありがとう、エンジェル……」

「……その者達の話を聞いてください。……わたしは……少し休みます」

 虚ろな目でそう断って、エンジェルは崩れるようにベッドに横になった。リィナは寝息を立てる彼の頬を撫でると、そっと体に白い毛布を掛け、体を優しくひと撫でし、窺うだけのジークハイドとササルを見上げた。

「え、と……。今、夜ですか?」

 彼女の問いかけに、ササルは窓を振り返って確認した。

「……いや、まだですね。もうすぐ日も沈むでしょうけど」

「そうですか……。それじゃ……お話はここでお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、場所はどこだろうと構いませんから」

 ササルが笑顔でうなずくと、リィナは微笑み返し、ベッドの脇にちょこんと座り直して恥ずかしそうにうつむいた。

「……目覚めたばかりで……。こんな格好ですみません」

 寝服のシワを伸ばすように手で引っ張ったり、少し乱れた髪をせっせと手ぐしで解く、そんな彼女に、ジークハイドは慌てて大きく首を横に振った。

「そ、そんなことっ。オっ……ボク達の方こそ眠ってるのを強引に起こしちゃってっ……。まだ眠かったよねっ。あっ、格好も全然気にしなくていいよっ。平気だからっ。オレっ……ボクの方が寝起きの姿はメチャクチャだからっ。ホントっ……すごくっ」

 身振り素振りで焦る、その仕草がおかしかったのか、リィナは「ふふっ」と笑った。

 落ち着きをなくしてしまっている自分自身が恥ずかしい――。ジークハイドは顔を真っ赤にして、「は、ははは……」と頭を掻きながら照れ笑いをした。

 ……く、くそっ。ちゃんと顔が見れないっ……。よく見たいのにっ!

「……それじゃ……お話を」

 リィナが尋ねるが、ジークハイドはすっかり照れてしまってモゴモゴと口の中で言葉を詰まらせている。そんな彼を見てササルは小さくため息を吐き、切り出した。

「何から何まで突然のことですみませんね。僕たちは、シュレル・キングダムからやって来たんです」

「……シュレル……キングタム……」

「知ってますか?」

「……はい」

 リィナは少し視線を落とし気味に小さくうなずいただけで、それ以上のことは言わなかった。

 ササルも深く詮索することなく、そのまま言葉を続けた。

「もうすぐブラックゾーンがやってきます。……ブラックゾーンのことは知ってますよね?」

「ええ……。私にとっても大切な時期ですから」

「門番のことは? 知ってますか?」

「門番……ですか? ……どこかで聞いたことはあります。実際、お目にしたことはないと思いますが……」

「そうですか。門番というのは僕たちの大敵なんですよ。百年に一度目覚めるんですが、それがブラックゾーンと重なってしまうんです」

「……はぁ」

「門番は闇成る生き物で、僕たちの目には影として見えるだけなんです。その影がブラックゾーンに紛れてしまったら……」

「見えない……ですね」

「はい。だからといって放って置くわけにもいかないんです。門番が狙っているのは神殿の扉。……闇の神殿です」

「ああ……その話は聞いたことがあります」

「そうですか」

「光の神がこの土地に光臨した後、闇成る生き物を封じるために作られた闇の神殿。その見張りとして門番を作ったけれど、神殿に近付きすぎていた門番は、魂を闇に襲われてしまった……とか。……とても古いお話しでしたよね……」

「ええ。当初、フィルウィングという国の神官達の手によって異空間へと封印されたのですが、その効力も百年まで。百年経てば門番は再び目覚め、異空間からこの世界に通じやすい場所を見つけて現れ、闇に操られるままに神殿の扉を開けようとするんです。……それを防ぎ、そして、再び門番を封印しなくちゃいけないのが僕たちの使命なんですよ」

「……そうなんですか」

「門番を放っておけば、門番が通った道筋の国々は闇の残骸として死に絶えてしまいます。……今年はブラックゾーンと重なってしまう。そうなってしまったら、僕たちには門番の姿は見えず、門番はやりたい放題。ブラックゾーンが過ぎるまで待っていたら犠牲が増えるばかりです。下手したら、門番が神殿の扉を開けてしまうとも限らない。……表の世界では、今、非常事態が起こってます。なんとか門番の姿を見ることのできる方法がないものかと。それで、あなたの協力が得ることができるなら、と思ったのですが……」

「……はい」

「あなたになら、門番の姿は見えるんじゃないでしょうか?」

「……そうですね。……はっきりとした姿が見えるかはわかりませんが……。その存在を感じることはできると思います」

 目を逸らし、小さくうなずいたリィナに、ササルは真剣な顔で窺った。

「手を貸してはもらえませんか?」

「……」

「エンジェルさんは、関係のないことだとおっしゃってたのですが……。彼は、あなたが助けてくれるとそう信じて、ここにやってきたんです」

 ササルがジークハイドを視線で指し示したのを見て、リィナはその目を追ってジークハイドを見上げた。彼はうつむき気味に、チラチラと、横目で様子を見ている。

「……ああ、聞こえてました。助けてくれ、って……。とても真剣に……」

 覚えているのかー!! と、ジークハイドは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに首を縮めてうつむく。

 リィナは眠ってしまったエンジェルに目を向け、しばらく考え込んだ。

「……時間を頂けますか? エンジェルにも意見を聞きたいし……」

 戸惑い気味の様子に、ササルは「そうですね」と素直にうなずいたが、ジークハイドは顔を上げるなり軽く身を乗り出した。

「き、キミはどうなんだろうっ?」

 ソワソワと目を落ち着きなく泳がせるジークハイドに、リィナはか細く微笑んだ。

「できるならお力になって差し上げたいです。……困っていらっしゃるんでしょう? 私にできることがあるのなら……」

「あ、ありがとう!」

 まだOKを貰っていないのにも関わらず、ジークハイドは嬉しそうに笑った。その単純さに、リィナは少し笑みをこぼし、そしてササルに目を戻した。

「ブラックゾーンは……いつ頃に?」

「もうすぐですよ。今夜かも知れないし……明日かも知れない。そして、門番の目覚めも」

「……そうですか……」

 リィナは呟くように返事をして少し目を伏せ、間を置いて顔を上げると、ベッドから降り立った。

「……国の方へお戻りになられますか?」

 リィナの問いかけにササルと顔を見合わせ、ジークハイドは彼女に首を横に振って見せた。

「いや……。キミの……答えが出るまでは帰れないから……」

「……わかりました」

 真剣なジークハイドに、リィナもやはり真剣な面持ちでうなずいた。

「それでは、できるだけ早くお答えします。その間、この城から離れないようにしてください。私とエンジェルの傍からも」

「?」

「ブラックゾーンが近いせいですね……。多くの死者の魂が彷徨っています。彼らの気も立ってますから……」

「ああ、なるほど」

 と、ササルはうなずくが、ジークハイドの頭の中は「?」となっていた。ただ、それを露わにして「何も知らない人だ」と思われたくはない。なので、表面上で「うんうん」とうなずいた。

「私、少しここを離れますが、よろしいですか?」

 リィナはそう断りながら壁際の真っ白な衣装棚へと赴き、そこを開けて洋服を選ぶ。

「どこかに行くの?」

 ジークハイドの問いかけに、リィナは少し、取り繕うように微笑んだ。

「ええ。ちょっと」

「……ちょっと?」

 曖昧な返事に首を傾げたジークハイドに、ササルが彼の腕を指でつついた。その間に、リィナは服を持って部屋の奥、着替えるためだろう、隣の部屋へと消えた。

「……な、なに?」

 間を置いて小さく声を漏らすと、ササルは深く息を吐いた。

「役目ですよ。きっと」

「……役目?」

「管理者ですから」

「……。だからなに?」

「管理者の役目として、さまよえる死者の魂を闇の世界へといざなうんです」

 ササルの言葉に、ジークハイドは少し目を見開いた。

「……魂を?」

 ササルが「はい」とうなずくと同時に、リィナが現れた。――シンプルな黒いドレスに黒い靴、アクセサリーまで黒く固められ、今までのかわいらしさとは違って、どこかしら怪しい美しさが漂う。そんな彼女に、二人はポカンと口を半開きにして息を止めた。

 リィナは、心奪われそうになっている二人の様子に気付くことなく、改めてお辞儀をすると、顔を上げた。

「すみませんが、ここでお待ちいただけますか?」

「……えっ? ……あっ、は、はいっ」

 ササルが慌ててうなずいて返事をするが、

「オっ……ボクも行っていいかなっ?」

 と、隣のジークハイドが身を乗り出し、ササルは「えっ!?」と唖然と目を見開いた。

「ダメですよ王子っ。何を言ってるんですかっ!」

「ちょっとだけっ。邪魔はしないしっ」

「そういう問題じゃないんですよーっ。なにかあったらどうするんですかーっ」

 情けない表情で止めようとするササルを見て、リィナは苦笑した。

「大丈夫ですよ。危害をくわえるものは何もありません。興味があるのでしたら、お二人でどうぞ」

 そう笑顔で答えられ、ジークハイドは嬉しそうにササルを見上げた。「だってさ!」と、どこか勝ち誇ったような、アッケラカンとした表情の視線にササルはうんざり気味に目を細めた。

「……行くンですかぁ?」

「行く!」

「……はあ……」

「お前はここに残ってていいよ」

「……、へっ? なっ……、そ、そういうわけにもいかないでしょっ!」

「いーや。残ってろ」

 ジークハイドは困った顔をするササルに、ビッ……と手を伸ばして、“待て”の合図をする。

「そ……そんなぁー……」

「エンジェルの側にいろよ。じゃっ」

 部屋を出ていくリィナの後をジークハイドは嬉しそうに付いていく。その背中を見送って、ササルは大きくため息を吐いてがっくりとうなだれ、座り込んだ――。

 一階へと向かうリィナの後ろを歩きながら、ジークハイドはニコニコと、満足そうな笑みで彼女の背中を見つめた。

 ……二人っきりだ!

 ドキドキ高鳴る胸とは裏腹に、「何を話そうか!」とそればかりが頭の中を駆け巡る。

「……シュレル・キングダムと言えば」

 歩き保ってリィナが突然言葉を切り出したので、ジークハイドはドキっと顔を上げた。

「あ、う、うんっ」

「確か……光の神を奉っている城、でしたね?」

「う、うんっ。そうっ」

「そうですか……」

「……? な、何か?」

 不安げに訪ねるジークハイドを振り返ったリィナは、微笑んで首を横に振った。

「いえ。……だったら、ここに来ることをためらったのではないかと思って。……勇気がいったでしょう?」

 少し悲しげな笑みを浮かべるリィナに、ジークハイドは間を置いて、真顔で首を横に振った。

「そんなことないよ。怖くもなかったし」

「……本当ですか?」

「ホントだよ。全然ホント。ホントにホント」

 真面目に何度もうなずくと、リィナは「……フフッ」と、愉快そうに笑った。

 ジークハイドは再び前を向くリィナの背中を見つめ、鼻の頭をポリポリ……と掻いた。

 ……「キミに会いたかったから」なんて、言えるわけ、ないよなー……。

「……あ」

 リィナが不意に言葉を発し、ジークハイドは「ん?」と顔を上げた。

「なあに?」

「……私がいいと言うまで、絶対に後ろを振り返らないでください」

「え? どうして?」

「今、私達の後ろには無数の死者の魂がついてきています……。振り返った途端、彼らが襲いかかってくるとも限らないので」

 そういえば、リィナに気を取られてて気が付かなかったけど、確かに背後で何かの気配がうごめいているような――。そう考えると、ジークハイドの顔から血の気が引いた。

 おいおい。危害は加えないンじゃなかったのかぁ?

「……臆病なんです。彼らは、とても」

 静かな声に、訝しげな顔をしていたジークハイドは「……え?」と、表情を消してリィナの背中を見つめた。

「……ここへやって来た死者の魂は、自らが死んだものだと理解をしています。ただ……理解はしているものの、生存していた時期の思いを抱え続けていて……。だから、闇の世界へ行けずにいるんです。……そんな彼らを見てしまうと、彼らはとても悲しがるんです。……できれば見ないで欲しいんです、変わってしまった姿を。悲しみは悔しさへと変わり、そして憎しみへと変わる。……それじゃあ、嫌だから……」

 悲しげに話すリィナの背中から、ジークハイドは少し視線を落とした。

 ……そういえば、オレ、何も知らないことだらけだな……。

 リィナはゆっくりとした足で、一階から地下へと下りていく。――とても薄暗くて、ジメジメした地下階段。ボンヤリとランプの炎が灯り、その間を歩き続ける。

 ――どのくらいの深さだろう。かなりの地下深い所に、その扉はあった。黒い鉄でできた扉だ。リィナはその前で立ち止まると、扉の取っ手を掴み、そして押し開けた。

 ……何も見えない真っ暗な部屋。足下さえも暗くて、部屋の奥行も広さも何もわからない。

 ジークハイドは、ゆっくりと闇の中を見つめた。

「……ジーク……ハイドさん?」

「あ、はい」

「目を閉じてください。そして……できれば一緒に……彼らに別れを告げてもらえませんか?」

「……」

「“さよなら”って、……それだけでいいんです」

「……うん。……わかった」

 ジークハイドは背中を向けたままのリィナにうなずくと、目を閉じた。

 リィナは大きく息を吸う。

「……さぁ、行って」

 彼女のその声と同時に、背後から風が吹き抜けた――。

 ジークハイドは目を閉じたままで顔を上げた。……何かが背後から通り過ぎていく。……たくさん。

「……さよなら、……みんな……」

 リィナの囁くような声が耳に届いた。

「……さよなら……」

 彼女の小さい声を聞いていたジークハイドは息を止めた。

 ……何かが横を通り過ぎるたびに、胸が苦しくなる。

 この苦しみは……なんだろう? とても辛くて、とても悲しくて、とても……。

 ジークハイドはギュッと目を閉じて、歯を食いしばった。

 ……とても、寂しいんだ……。

「……さよ、なら……」

 言えないと思っていた。けど……言わなくちゃいけない、そう感じた。精一杯の想いで、そう呟くように言った後、通り過ぎた何かが、こちらを振り返ったような気がした。振り返って、そして……

《……ありがとう》

 そう、耳の奥に響いた。

 ジークハイドは、ギュッ……と閉じている目に力を入れて、うつむいた。

 しばらくして通り過ぎていた“風”が止み、扉の閉まる音が響く。

「……いいですよ。目を開けて」

 ジークハイドは目を開けた。……と同時に、

「……」

 いつの間にかこちらを向いていたリィナは、ハンカチで彼の目元を拭うと、優しく微笑んだ。

「……ありがとう」

 ジークハイドは顔を赤くして、少し目を泳がしながら、照れるように笑って誤魔化した。






「……っんんー……」

 リィナは歩きながら両腕を広げて大きく息を吸い込むと、肺の中の空気を全て吐き出そうと背中を軽く丸めた。そして背筋を伸ばし、背後から一連の行動を見つめるジークハイドをスッキリとした表情で振り返った。

「外の空気の方がおいしい」

 にっこり笑う、あどけない彼女にジークハイドは苦笑い。ただ、それは表面上だけで、内心ではドキッと胸を高鳴らせ、「くっそー! かわいい!!」と抱きしめたい衝動を必死で押さえている。

 ――夜。ただでさえ暗い漆黒の森の中が、更に暗闇へと変わっていた。一見、木々が生え揃っているというのはわかるが、その奥が真っ暗で何も見えない。そのせいか、木が避けてぽっかりと空いたこの場所にだけ真上から薄い月明かり注ぎ、やけに明るく感じる。黒くなっている湖に反射した光を求めるように夜光虫が森の中から姿を現して群れて飛び、その幻想的な姿に目を奪われたジークハイドは、ぼんやりと辺りを見回した。

 城の外に出た二人は、リィナを前に、ジークハイドはその二、三歩後ろから距離を取って歩く。

 一本橋の上、リィナは城を囲む湖の方に体を向けて座って足を垂らした。ジークハイドもそれに倣って腰を下ろすと、ぼんやりと湖を見ているリィナの横顔をチラッと見て目を逸らした。

 ……な、なかなかいい雰囲気だぞーっ。

 心の中の“応援団”が「今だ! 今がチャンスだ! 行け!」と応援を開始する。ジークハイドは「……よし!」と意を決して、会話を探し、切り出した。

「あ、その……。さっきの……すごかったね」

「え?」

 目を泳がせながらも、なんとか笑顔で話しかけるジークハイドに、リィナは首を傾げた。

「すごいって?」

「う、うん。だってさ……なんか……すごいよ」

 何がどうすごいのか伝えることもできず焦ってそのまま目を逸らすと、リィナはくす……と笑った。ただそれだけ。

 ――再び沈黙が訪れ、ジークハイドは水草を見つめる振りをして、チラチラと横目でリィナを窺った。

 ……く、くそっ。……何を話したらいいんだろっ!

 経験不足すぎて次の一手が浮かばない。とにかく、彼女を不愉快な思いにさせないように、とだけ考えていた、その時、

「あなたは聖職者の方……ですか?」

 リィナの突然の問いかけに、ジークハイドはビクつきながら彼女を見た。真っ直ぐ視線が合って、思わず息を詰まらせたが、そんな心の動揺を隠そうとすぐ目を逸らし、なんでもないことのように湖を見下ろして首を横に振った。

「ううん違うよっ。聖職者はササルの方っ。オレっ……ボクは光の継承者だからっ」

「……、そう、なんですか?」

 リィナは驚いたように目を見開いた。

「そんなあなたが、ここにいていいんですか? 継承者、と言うことは……、シュレル・キングダムの王子様、ですよね?」

「あっ、まぁ……一応」

「一応だなんて」

 曖昧に、どこか遠慮気味に答えるジークハイドにリィナは苦笑し、そして段々と真顔に戻した。

「それじゃ、門番を封印するのは……」

「……うん。オ……ボクの役目」

「フフッ。オレ、で、いいですよ」

 見抜かれて笑われ、ジークハイドは「は、ははは」と顔を真っ赤にしてカラ笑いをした。内心は恥ずかしさで一杯だ。

 リィナはニッコリ微笑むと、表情を消しながら湖へと目を戻した。

「……過酷ですね。そんな大役……」

「あー……うん、まぁ……。けど……仕方ない、かな」

 ジークハイドは少し笑って、彼女と同じように湖へと目を移した。

「運が良かったのか、悪かったのか。……百年に一回のこの時に生まれて、そして……継承者としての時期にピッタリだったから」

「……時期?」

「うん。継承者ってさ、十三歳から十七歳までの間って決まってるんだよ。百年目を迎えた今年、オレはちょうど十六歳で、光の神を奉る王族だ……ってことで抜擢されただけ。それだけのことなんだ」

「そう……。そうなんですか」

 どこか自虐的な笑みを浮かべるジークハイドの横顔を見て、リィナは「……けど」と笑みをこぼした。

「誰にでもできることじゃないですよ、そんな大役。……私、あなたを選んだことは正解だと思います」

「――!」

 ドキン! と心臓が反応した。

 こ、これは褒められてるのか!? すごいって思われてるのか!? かっこいいって思われてるのか!?

 勘違いも甚だしいが、頭の中で繰り広げられる妄想はどこまでも果てしない。

 湖に目を移して微笑むリィナを横目でチラリと窺い、ジークハイドは照れ笑いを浮かべて首を横に振った。

「そ、そんなことないよ……」

 本当は「でしょ!?」と相槌を問いたいところだが、謙遜したほうが“もっと”かっこいいだろう、という浅はかな考えの基、ぎこちなく顔を逸らした。

 そんな彼の計画的な装いに気付くことなく、リィナは「いいえ」と軽く首を振った。

「だって、すごく……助けて欲しいって訴えてたじゃないですか。……あなたが朽ち果てて死んでもいいけど、って……」

 リィナの視線がボンヤリと湖を見つめる彼の方へと向けられた。――笑顔はない。どこかしら不安そうで、心配そうな目をしている。それを視界の隅で捉えたジークハイドは「……え、どうしたんだろう?」と内心焦り、問いかけようと口を開きかけたが、その前に「あの……」と切り出された。

「門番が神殿に近付きすぎると……あなたは死んでしまうんですか?」

 目を合わせようとはしない横顔を見ていたジークハイドは、湖へと目を移して「んー……」と喉から声を漏らし、後ろに両手をつくとそこに体重を載せて夜空を仰いだ。

「なんて言うのかな……。門番が神殿に近付きすぎると闇の力が増幅されるらしくってさ。なんとか封印はできると思うんだけど、それに匹敵する力を必要とするから……オレは多分、力尽きてしまうだろう、と……、そう言われてる。ただでさえ、封印にはすごく力がいるんだって。……どんなものなのか、全然わからないけどね」

「……そう、ですか……」

 呟くように返事をした後にうつむく、そんなリィナの気配を感じて、ジークハイドは、この重い空気を払拭しようと元気よく笑みをこぼした。

「けどさっ、封印が上手く行けばたくさんの人が助かるんだっ。オレ一人がどうなったって、そんなのどうでもいいよっ。オレが誰かのためにできることって、こんなことくらいしかないしっ。いっつもみんなに迷惑掛けてるからっ。罪滅ぼしって言うのかなっ」

「……、そう……かしら」

 冗談っぽいジークハイドの笑顔を見ることなく、その言葉に笑うこともなく、リィナはそっと湖の水面へと視線を落とした。

「本当に……そうかしら……」

「……、え?」

 ジークハイドが笑顔を消して首を傾げると、リィナはやはり、彼と目を合わすことなく揺れる水面を見つめて目を細めた。

「……私は、たとえ一人でも……ここへ導きたくはない……」

 悲しげな呟き声にジークハイドは少し目を見開き、うつむいて、視線を湖へと落とした。

「……そう、だね……」

 ――言葉が途切れて、再び沈黙が訪れる。

 今までずっとドキドキして、頭の中もパレード状態が続いていたのに、今では空き家のよう。頭の中が空っぽになってしまって、何もない。笑わせるネタはあるが、今はそれを披露する空気じゃないことははっきりしている。

 けれど、このままでは重力に負けてしまいそうだ。

 ジークハイドは、息が詰まる空気を払拭しようと、後ろに付いていた手を離して軽く背中を丸め、笑顔でリィナの顔を覗き込んだ。

「そうだっ。キミのこと話してよっ!」

 リィナはうつむいていた顔を上げてジークハイドを見ると「……え?」と目を見開いた。

「……私のこと、ですか?」

「うんっ」

 楽しそうなジークハイドとは打って変わって、リィナは少しためらい、目を泳がせた。

「……けど……」

「ん?」

「あの……知っているんでしょ? ここのこと……」

 言葉を濁して戸惑われ、ジークハイドは「あー……」と渋そうに眉を寄せた。

「オレ、全然……と言うか、まったく知らないんだ、ここのこと。漆黒の森には近付くなって言われててね、ンけどさ、そうやって言われると近付きたくなるんだよ。……で、入って……ここに辿り着いた。それだけだから」

 目線を上げてあっさりと白状され、リィナはキョトンと瞬きを数回して彼の顔を覗き込んだ。

「……何も知らないんですか?」

「うん。何も」

 素直に強くうなずくジークハイドの様子にリィナは呆れてぽかんとしつつも、「……困った人」と言わんばかりにため息を吐いて苦笑した。

「それじゃ……、今度、ササルさんにちゃんとお話を伺ってくださいね」

「そ、それならキミから話して欲しいなっ」

「……え?」

「あっ、ほらっ。オーバーに聞かされちゃうかも知れないしっ。そんなの嫌だからっ」

 本当はもっともっといろんな話がしたい、もっと長い時間一緒にいたい、という願望しかないが、それを露わにしたら煙たがられるのは目に見えている。

 焦るように首を横に振るジークハイドに、リィナは間を置いて寂しげに笑った。

「けど、私……そういう時間はないから……」

「……え?」

「……ブラックゾーンが過ぎれば……また……」

 口を閉じ、寂しげに笑いながら視線を落とす――。

 ジークハイドはそんな彼女を見つめて一瞬表情を消したが、すぐに笑顔で軽く身を乗り出した。

「んじゃあさっ、キミが眠ったら、オレ、起きて欲しいって伝えるよっ。そしたら目覚めるんでしょっ? オレ、そう伝えるからっ。話を聞きたいから目を覚ましてってっ。今日みたいに伝えるからさっ」

 ねっ? と、笑顔で相槌を問うジークハイドを見て、リィナは穏やかに微笑んだ。

「……ありがとう」

 ジークハイドはドキドキしながらも、照れ隠しで笑って湖に顔を向けた。

 ……なんだか良い感じになってきたぞ。

 次第に頭の中のパレードが再開する。

 さあ、そろそろ笑わせるネタでも披露しようか。なんの話からしよう。どのいたずらがおもしろかったかな。と、記憶の引き出しを開けて探す、そんな彼の様子を察することなく、リィナは微笑んだまま湖を見つめ、小さく切り出した。

「……私……協力します」

 ジークハイドは、「……え?」と、笑顔を消して少し目を見開いた。

 リィナは彼を見て、うなずいた。

「門番を見つけるの……手伝います」

「ホ、ホントっ?」

「けど……ひとつ……」

「な、なにっ? なんでも言って!」

 真剣な表情で身を乗り出すジークハイドに、リィナはためらいを見せた。

「……私……ここから出たことがなくて……」

「……」

「きっと、外の人達には……怖がられると思うから……」

 寂しげに言葉尻を細くしてうつむくリィナに、ジークハイドは眉をつり上げてブンブンっと強く首を振った。

「そんなことないよっ! 絶対ない! もしキミを見て怖がるヤツがいたら、オレがボコボっ……じゃなくて追い払うし! 全然心配いらないから! 絶対、大丈夫だから!」

 真顔で言い切るジークハイドにリィナはキョトンとしていたが、「……ふふっ」と少し吹き出し笑うと、肩の力を抜いて「……うん」と笑顔でうなずいた。

 安心した空気に、ジークハイドは「よし!」と笑みをこぼした。

「じゃあ……エンジェルのヤツに報告! ……あいつ、怒るかなぁ。怒るだろうなぁどうせ。すごくイヤなヤツだからなぁ……」

 顔を逸らして口をとがらせながら嫌そうにブツブツと呟く、そんなジークハイドにリィナは苦笑した。

「エンジェルはいい人なんですよ。ただ、ちょっと感情表現が下手なだけで」

 ジークハイドはチラリと横目で窺った。

 リィナは穏やかな笑みを浮かべている――。

「目覚めた後、私の体力が落ちてるから、その時はエンジェルが自分の体力を分け与えてくれるんです……。そしていつも、私が起きるとき、眠るとき、傍にいてくれる。……常に一人じゃないって……教えてくれる。……エンジェルがいたから、私、寂しくなかった」

 どこか庇うような言葉に、ジークハイドは内心「……チェッ」と舌を打ちながらも、ちょっと肩をすくめて見せた。

「……わかってるよ、エンジェルがいいヤツだって……少しは。……食われそうで怖いけど」

 最後の彼の言葉に、リィナは少し困ったように、それでもおかしそうに笑った。ジークハイドもつられて笑うと、気を取り直して一息吐き、微笑みながらリィナを見つめた。

「……良かった。……ありがとう。本当に助かるよ」

 今までとは打って変わった“王子の顔”に、リィナは「……いいえ」と笑顔で首を振った。

「あっ、こんな所にいましたか!」

 城の方からの声に振り返ると、ササルとエンジェルが歩いてやって来るところだった。

「探しましたよー。どこに行ったのかと思ってー」

「ああ、ごめんごめん」

 そういえば、すっかり存在を忘れていた。――そんなことは決して声には出せないが。

 ジークハイドが苦笑して立ち上がると、リィナも遅れて立ち上がり、傍に立つエンジェルを見上げて顔色を窺った。

「もう大丈夫?」

「ええ」

 リィナはうなずいたエンジェルに微笑み、そして、少し間を置いて切り出した。

「……エンジェル。私、協力しようと思う」

 エンジェルは無表情でジークハイドに目を移した。彼は真顔でじっとこちらを見つめている――。

「……いいかしら? ……どう思う?」

 不安げに問うリィナに、エンジェルは深く息を吐いて軽く首を振った。

「……リィナがいいのならわたしは構いません。わたしはあなたについていきますよ」

 渋々というか、半ば諦めに近い様子だが、エンジェルの言葉にリィナは安心して微笑んだ。

「ありがとう、エンジェル」

 ササルはキョトンとしてジークハイドを横目で窺った。「そうなんですか? いつの間に?」と、少し驚きを交えた視線にジークハイドはニッと笑う。まるで「勝った!」と言わんばかりだ。だが、エンジェルはそんなジークハイドを見て目を据わらせた。

「リィナに危害を加えたら、お前を噛み殺すぞ」

 低く脅され、ジークハイドは内心ムッとしたが、リィナが見ている。ここは穏便に済まそうと、「は、ははは」と取り繕うに笑ってみせた。

「な、仲良くしようぜエンジェル」

 ――エンジェルは更に目を据わらせた。

 リィナは小首を傾げながら、笑顔でササルを見上げた。

「ササルさん、よろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ。お手間をかけますが」

「いいえ。それでみんなが助かるのなら……」

 ササルはにっこりと笑ってみせると、ジークハイドを窺った。

「それじゃ、王子、いつ戻ります?」

 ジークハイドが「……どう?」と目で問うと、リィナは「……あ」とためらうように小さく切り出した。

「私……太陽の光が苦手で……。月や星の明かりはまだ平気なんですけど……」

「うん、わかった」

 ジークハイドはうなずき、ササルを見上げた。

「準備もあるだろうし……、じゃあ、明日の夜にでも。リィナには悪いけど月明かりを避ける服を着て貰って、エンジェルと一緒に城へ招こう」

「え? い……いいんですか!? 我が城までお越し頂いて!」

 ササルが驚き目を見開くと、リィナは間を置いてうなずいた。エンジェルは、そんな彼女を見ているだけ。

 ササルはオドオドと、腕を組むジークハイドを見下ろした。

「け、けど……、みんな、ビックリすると思いますよ?」

「文句のあるヤツはオレがブッころ……追い払う!」

 ジークハイドは拳を握りしめながら真顔で言い切った。

 ササルが「は、はあ……そうですか……」と、戸惑いながらもうなずくと、リィナは少し笑った。

「ありがとう、ジークハイドさん。……私も安心して外の世界に出ることができます」

 彼女の礼に、ジークハイドは「い、いやー……」と照れて笑いながら後頭部を掻いた。

 エンジェルはため息混じりに肩の力を抜くと、ササルに伺った。

「ここから遠いのか?」

「そうですね……歩くには少し遠いかも知れないです」

「じゃあ、馬車を用意しよう」

 お前が馬に化けるのか? と、聞こうとしたジークハイドは、途中でそれをやめてリィナに目を戻した。

「それじゃ……リィナ、よろしく」

 改めて願うジークハイドに、リィナは「はい」と返事をしてにっこり笑ってみせた。

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