08
カチリ、と刀が音を立てて鞘に納められる。
その周囲には首と銅、上半身と下半身と真っ二つに切り裂かれたり、心臓一突きされて倒れている盗賊達がいる。その切り口はどれも凍っていた。
「な、なんなんだよあいつ……」
クロスの職業は魔法剣士。剣で生業を立てているからこそわかる。
目の前の人物の技量は生半可なレベルのものではないことが。
乱戦のさなかだと普通にただ斬るほうが至極簡単。反撃されることもあるが、大きく斬ってしまえばそんなこともない。大ぶりだと避けられることもあるのでそのあたりは剣士の技量による。
だが、シキの場合は違う。
無駄な体力を使わないため最小限の動きで相手の命を奪い、次の相手へと向かう。まさに一騎当千のための技。
「ぜってー只者じゃねえよ……」
ぽつりと零した所で、シキの体がぐらつき前のめりになる。
「シキさんっ!」
地面に手をついて荒く呼吸をするシキにフィンが慌てて状態を確かめようと手を伸ばす。だがその前にシキが顔をあげてフィンに小さく微笑んだ。
「大丈夫、血の臭いに気持ち悪くなっただけだ」
「そう、ですか。慣れている僕も少しきついですし、久々のシキさんだとかなりきついかもしれませんね……ちょっと待ってください。【癒しの光よ・我は願う・身に纏いし不浄なるものを取り除かれんことを・クリア!】」
青い光がシキの周囲を包み込むこと数秒。光が収まればシキの青かった顔色が少しだけ元に戻っていく。
「さっすがフィン。短縮詠唱でこの効果。すごいよね~」
「回復魔法はエルフ族が得意とするものだからな」
「当たり前だろ。フィンは一族の中でも一番ハイエルフに近いって言われてるんだからなっ」
「お前が威張ることでもないだろう」
クロスはちらり、と三人に視線を向けてから二人の元に向かおうとした時、後ろから馬車が駆けてくる音がすることに気付きそちらに視線を向けた。
後に、彼はこの時さっさと聞きたいことを聞いておけばよかったと後悔することになる。
目的地であったスコーネ村に到着するまで、いつくかの盗賊団が出没するもすべてシキ達の手で倒され、二日目の後半はほとんど盗賊が出ることもなく楽な道のりだった。
その間、シキは馬車の中で誰とも話すことなくぼおっと空を眺めていた。それは村に着いてからも同じで、村の外れにある巨木にもたれかかりカイエン達の仕事が終わるまで目を閉じていた。
耳元を風の精霊たちの囁きが擽る。
巨木に宿る樹の精霊もシキを慰めるように葉をざわめかせている。
竜族は元々エルフ同様、精霊と親交が深い。ましてや、シキはエルフ族最高位の妖精の女王たるリュイの親友であり、シキ自身も竜族の最高位の始祖竜。それだけで精霊達は敬意を表する。
“始祖竜様、大丈夫ですか?”
“女王様に報告?”
「いや、そこまでしなくていい。ここで寝てるだけで十分だから」
その答えに精霊達はそっと静かに姿を消して行く。
「おや? 精霊達が自ら姿を見せるとは珍しい……」
目を開けて視線を流すと、ローブを纏った魔道士風の老人が近くに立っている。ゆっくり立ち上がり挨拶しようとするが、逆に老人に止められる。
「無理しなされるな。顔色が悪い」
「すいません……」
「……魔法で治るようなものではないかね?」
「そう、ですね。少し精神的なものなので。自分の中で割り切ってしまえば楽なのに、今はそう出来そうになくて」
見ず知らずの人に何を喋っているのか。
シキは自問自答するけれど、口が勝手に動いて行く。
「結局ぐだぐだ考えてしまうんですよね」
「それが人、いや生物というものだよ。我々は思考する生物だ。思考することで選択する。違うかね?」
「それはそうですが……」
「存分に考えるといい。そして出た結果を受け入れるのじゃ。それがお主の選択なのだから」
老人の言葉は脳内で咀嚼する。
ここに来るまでシキはずっと考えていた。正確には恐れていた。
仕事という名目で人を斬り捨てることに慣れることを。その感触が当然のモノになってしまうことを。
いつか元の世界に戻った時、傷つけることに厭わなくなってしまうことを。
(何しても、どう考えても今いるのはこの世界。受け入れるしか、ないんだ)
頭の隅のどこかに未だ燻っていた。
この世界は夢で、目が覚めればそれまで送っていた日常が帰ってくるのだと。
けれどそれがまさに夢。
今シキが立っている世界こそが日常を送る場所。
(郷に入りては郷に従え。やらなければやられる世界。今、ここが“私”の現実)
そう、受け入れた瞬間、目の前が鮮やかに変化した気がした。
「ありがとうございました。なんとなくですが、自分の中に答えが出ました」
「そうか、そうか。それはよかった」
シキは老人と二言三言話し、フィン達のいる宿屋へと足を向ける。だから知らなかった。
シキの背中を見送った老人が目元を和らげ、
「あれが始まりの竜。真なる竜族の王……」
と呟いたことを。
王都に戻って来たシキは、監督役のフィンの合格印をもらって早々ギルドへ提出。無事に昇格を果たした。さっそくとばかりにゼロとリュイが待つ定宿へと足を向ける。
階段から近いリュイの部屋をノックするも、応答はない。少し残念に思いつつ、ゼロの部屋をノックすれば中から声がする。
「ゼロ、シキだけど入っていいか?」
「シキか。いいぜ」
中に入ると、そこではテーブルの上にいくつかの試験管が並んでおり、その横には少し大きめのビーカーが置かれている。
「……ポーション?」
「ああ。ビーカーの奴がショップで売ってたポーション。試験管のがボックスに仕舞っておいたポーションだ。シキ、お前知ってたか? 俺達が持ってるアイテム、ほとんど伝説級の代物だって」
「はあ!?」
「俺のディアボロスとルキフェルもそう。たぶん、お前の氷華凍月もな」
ディアボロスとルキフェルはゼロの愛用の銃とサーベルだ。どちらも属性が魔であり、ゼロとはこの上なく相性がいい。シキの氷華凍月のように魔法スキルはついていないが、特殊スキル【増幅】がどちらにもセットされている。これらを装備しているとオールステータスが増幅される。つまり攻撃力も防御力も大幅にアップするという仕組みだ。
「ならリュイのユグドラシルの弓も?」
「ああ。ただ、鑑定士の資格スキルを持った奴じゃないとわからないとは思うぜ。普通の奴は珍しい武器程度にしか思わねえだろうよ。俺も討伐隊の中に鑑定士がいるとは思わなかったからな」
「誤魔化せたのか?」
「500年の引きこもり説は大いに助かった」
喉を鳴らしてゼロは笑い、その意味を汲み取ったシキも自分が立てた設定に安堵の息をつく。
「そういやずっと聞いたことなかったけど、お前最初から銃の使い方上手かったよな」
「使ったことがあったからな」
「どこで」
「アメリカで。言ったことなかったか? 俺、アメリカ育ちなんだよ」
「聞いたことない……というより、オレ達あんまり現実でなにしてるとかそういう話したことないよな」
「そういやそうだな……」
公開リリース前のβ版からの付き合いとはいえ、三人はあまり自分たちの背景を口にすることはなかった。特に問題があったわけでもなく、自然と口にしないだけだった。オフ会をしようという考えもなかった。
「まあ、いい機会だから話してもいいかもな。聞きたいことあんだったら聞くぜ?」
「じゃあ、簡単な所でゼロのリアル年齢は?」
「そこから聞くか……二十歳だよ。大学三年」
「若っ! オレと四つも違うのか……」
「あ? ってことはシキ、お前二十四か。精々同い年か年下かと思ってたぜ」
シキはその言葉に少しだけ遠い目をした。ゼロ同様、シキも実は彼が同い年か年上だと思っていたのだ。
面倒見がよく、兄貴分的な所があるゼロはどう考えても年下には思えなかった。
実年齢がわかった今、シキは己の考えを変えることにした。自分自身の彼への甘えを減らして行くためにも、それが一番だろうと考えながら。