04
ギルド前で二人と別れ、シキは依頼人の元に向かう。
依頼は食堂兼酒場の手伝いで、わかりやすく言えばウェイター。女性限定と書かれていなかったので、シキはこれを選んだのだ。酒場は情報収集には欠かせない場所なのだから。
「すいません」
建物の扉を開けると、ちょうど客足の切れどきなのか中は閑散としていた。
「いらっしゃいませー」
「いえ、客ではなくギルドの依頼を見て来たんですが」
「えっ? きゃー! 大将―っ」
ウエイトレスの女性が小さな歓声をあげながら奥へ駆けて行く。数秒後、酒場の主と思しき男性が出てきて、シキを上から下まで品定めするように視線を巡らせていた。
「兄さん、うちは中々の荒くれどもも来るけど大丈夫かい? 人間だけじゃなくてドワーフなんかもいるぞ?」
「あ、はい。これでもオレ、竜族なんで。500年ほど引き籠ってましたけど」
「竜族がウエイター……なかなかシュールですね、大将」
「500年も引き籠ってたってんなら、驚いただろ」
「無視ですか!?」
「ええ、まあ。王国が帝国になってたり、いつのまにか帝都なんて大きな街が出来てたり出びっくりです」
「お兄さんも無視!?」
「ミリーナ喧しいぞ」
「うわーんっ! 大将のばかーーーっ!!」
酒場のカウンターの隅まで走って座り込む女性。壁に向かってぶつぶつ言っている姿は客商売とは思えないほど怖かった。
「あの、いいんですかアレ」
「いつものことだ、構いやしねえ。そういやあんたの名前は? 俺ぁ、ジェイルだ。アレはミリーナ」
「シキです。一応まだまだ新米の冒険者ってとこです」
ジェイルと名乗った酒場の主はシキに簡単な説明をする。
本来なら彼の妻がミリーナと共にホールを切り盛りしているのだが、前日から風邪をひいてしまった。前日の夜はなんとかぎりぎり凌いだのだが、さすがに二日目ともなると少々きつい。それを感じたジェイルは朝市でギルドに依頼を出したのだ。僅かな運をかけて。
「酒場の給仕なんてあんまりやりたがる仕事でもねえからよ。今日も二人で死ぬ気でやるかなんて話してたとこだったんだが……」
「新米なんで、どんな仕事でもこなしていきますよ。千里の道も一歩から、です」
シキの言葉にジェイルがばんばんと彼の背中を叩きながら笑う。
「いいこと言うじゃねえか、シキぃ。そうそう、最近の若い奴ぁなんでもかんでも突っ走る傾向があっからよ。おめえみてぇに少しは地道な努力って奴を覚えりゃいいものを」
「あ、でもオレもCランクまで言ったら突っ走ろうと思ってます」
その言葉に一瞬目を瞬いて、ジェイルはまた大笑いした。
夜も更けると酒場の本領発揮とばかりに賑わってくる。シキもミリーナにいろいろと教わりながら料理や酒をテーブルへ運んで行った。
細身で、男ではあるが、どちらかというと男らしいとは言いいがたいシキは、よく酔っ払いに絡まれ、セクハラもどきを受けていた。
「男のケツ揉んで何が楽しいんだか」
「うーん……なんかシキさんて、妙な色気があるんだよね。なんて言うか、ちょっと手ぇ出したいけどそれ以上は踏み込みたくない、みたいな?」
「ワケわからん」
「ぶーぶー。感覚的なもんだから説明がつかないのー」
「そうか。だったら仕事の続きするぞ」
お盆を口元に当てて文句を言うミリーナの頭を軽く小突いて、シキは受けた注文を伝えるべく厨房へ。
「大将っ、ロッテン牛のステーキのポトト添え一つお願いします!」
「おうっ! シキっ、フィッシャマッシュあがったから持って行ってくれっ!」
「はいっ」
基本的に夜は酒場がメインなだけあって、酒類の注文はよく出るものの、きちんとした料理も出る。ジェイルがシキの述べたように、彼の経営する食堂兼酒場『ディオニス』は冒険者たちが立ち寄る酒場で、大柄の肉体派の人物が多かった。そんな中ではシキの細い体は確かに見劣りし、場合によってはひょろっこいもやしな兄ちゃんと言った視線を向けられる。
「フィッシャマッシュお待ちどうさまです!」
「待ってました!」
随分酔っぱらった赤ら顔の男が皿を受け取ると同時に、シキのお尻にそっと手を伸ばそうとする。しかしぱこーんと気の抜けたような音と同時に男は頭を押さえながら机に突っ伏した。
「だめですよー、ガンツさん。シキさん、こう見えても竜族ですからガンツさんなんて
ぽぽーんでぱーんですよ」
「ミリーナ、ぽぽーんでぱーんじゃわからない」
「んんっ? ならばばーんでぼん?」
「……もういい」
ミリーナ独特の表現に付き合いきれなくなったシキは、もう片方の手に持っていたジョッキをテーブルに置いて行く。
「しっかし、ミリーナちゃんが言ってることが本当なら、なんで竜族のあんたがこんなとこでバイトなんてしてんだ?」
「500年ほど引き籠ってたんで、いろいろと状況把握しようとギルド登録した末の依頼です」
「ごひゃっ……!?」
酒場ないが静寂に包まれると同時に、周囲の視線がシキに突き刺さる。
「今は世間知らずなただの新米冒険者です」
それだけ言ってシキはテーブルから遠ざかっていく。
その後も、シキに対して何か言いたげな視線を向けてくる客がいたものの、酒にのまれればそれも忘れるのか、店が閉まる頃には酔っ払いの集団が出来上がるだけだった。
閉店の時間はすでに深夜近く。大将であるジェイルは建物の二階が自宅であり、ミリーナは裏手にある家が自宅だった。
仕事が終わってシキはあることに気付いた。
「……泊る所がない」
朝までいた宿は一泊のみの支払いしかしておらず、そのまま出てきたこともあって継続予約はしていない。
「まあ、【ホーム】に行けばいいか」
中指にしてある【ホーム】への移動手段である指輪を起動させようとしたとき、突如後ろから抱きしめられる。思わず裏拳を叩きこみそうになったが、耳に届いた声が聞きなれたものだったので体の力を抜く。
「ゼロ、なんでここに?」
「迎えに来たに決まってんだろ。何かあるとは思ってねえけど、心配は心配だからな」
「そうか、ありがとう。それと、ゼロ達は宿とか取ったのか?」
「ああ。もちろん、お前の分も取ってある」
「相変わらず気が利くよな、お前。オレ、いつもゼロにお世話になりっぱなしだ」
「それでいいんだよ。どうせ、俺がここまでするのお前だけだし」
後半は小声だったせいか、シキの耳には届かなかった。
酒場の女将の風邪が治るまでの三日間、シキは酒場の給仕を見事に務めあげ、大将のジェイルとウエイトレスのミリーナとすっかり仲良くなり、王都に寄るたびに三人で食事をディオニスで取ることですっかり常連と化したのだった。