19
アートルムが部屋から出て行くのを苦々しげに見て、ゼロは覚悟を決めたように目の前に立つシキに向き直る。そしてまずは頭を下げた。
「悪かった」
「…………」
「いきなりあんなことするつもりはなかった」
「……じゃあ、なんでしたんだ」
「俺の理性の限界が来たから、だな」
「は?」
ゼロとしてはもっときちんとした形でシキに告白するつもりだった。その上で手を出すはずだったのに、酒と本能に負けて先に軽く手を出してしまい、挙句にその流れで告白するような形になってしまった今の状態はかなり不本意である。
「あのなシキ。俺はお前のことが好きだ」
「…………オレ、男なんだが」
「俺は男もイケるぜ」
ゼロは男女問わず気に入ったなら抱けるタイプだが、どちらかというと男のほうが好みだったりするため男の恋人のほうが多かった。
「シキ、俺はお前に初めて逢ったときお前に運命って奴を感じたんだよ。そして、お前と一緒に過ごすたびにそれは間違いじゃなかったと確信した。すぐ現実でも逢いてぇって思った」
「ゼロ……」
ゼロはシキの現実世界での姿を知らない。
ゲームの中だけではなく、現実でも逢いたいと何度も願った。
だが、同時にゼロは現実でシキに逢うのが怖かった。バイという性質ゆえ、シキに拒絶される場合があることを考えてしまったのだ。それでも抑えきれずに、ゲームの中でだけ少々過剰かもしれないスキンシップを取った。
最初は驚いていたシキをゆっくりと慣れさせていき、今は抱きしめても頬にキスをしてもそれを返してくれるまでになった。だから急がずゆっくりとしたペースで先へ進めて、気持ちを確実なものにした上で手に入れたかった。
「こっち来て一年。前以上に信用してくれてんのはわかってたし、もうちょっとって思ってたけど、まさかお前が酔うとここまで俺の理性乱してくれるとは思わなかった……」
「だから、オレは何をやったんだ何を!」
「酔っ払って俺にキスしてきたんだよ」
ビシッとシキの身体が固まった。
「しかも起きたら起きたで人の身体ぺたぺた触ってきやがるし。マジ限界」
「その、謝ったほうがいいか?」
「いや、お前は悪くねえだろ。悪いのは我慢できなかった俺」
ゼロは苦笑しつつ、手を伸ばしてシキの細い身体を抱きしめる。抵抗を見せない様子に安堵しつつ、肩に顔を埋める。
「シキ」
「ゼロ?」
「俺の気持ちに応えなくてもいい。一生相棒のままでも構わない。だけど、拒絶だけはすんな。頼むから、それだけはしないでくれ……」
「ゼロ」
「頼む」
「ゼロ」
「頼むから……!」
「話を聞け」
「ごふっ!?」
急に腹部に痛みを感じてうずくまる。シキの膝が見事に入った。軽く入れたであろうとも、マスタークラスの筋力値は生半可なものではないのでかなりの痛みがある。
「お、おまっ……!」
「ったく、さっきから自分の言いたいことばかり。少しはこちらの話を聞け」
「話って、お前それほど話してないだろう」
「聞け」
「はい」
逆らえず、思わず床に正座。
「あのな、ゼロ。オレもお前に秘密にしてたことがあるんだ」
「秘密?」
「ああ」
「あのな、オレのリアルでの性別……女なんだ」
「………………は?」
シキの言葉を脳内で反芻し、ゼロは思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
「え、女って……はあ!?」
「……悪い、騙してて」
「いや、別にネカマとネナベも普通にいるからその辺りは別に構わねえけど……あー、くそ。お前が女ならさっさと逢おうって言えばよかったな」
「え?」
「さっさと逢って口説いてりゃよかった。そしたらゲームん中でもいちゃいちゃ出来たのによ」
「いや、オレは平々凡々だからそんな口説いてまで欲しがるような奴じゃないぞ」
「俺にとってはそれだけの価値がある奴なんだよ、お前は。ゲームでもリアルでもお前のことめちゃくちゃ甘やかして気持ちよくさせて俺に夢中にさせたい」
瞬間、シキの顔が一気に赤くなる。その様子が珍しくてゼロは目を瞬かせた。シキは手で口元を覆い、ゼロと視線を合わせようとしない。気になって立ち上がり顔を覗き込むも、顔を背けられる。
「シキさん、その反応どう捉えていいか微妙なんですが」
「あの、その……お前、本当にオレのことを……」
「……まさか冗談だと思ってたのかよ」
「そうじゃなくて! なんか、オレを本当に好きでいてくれてるんだと思ったら、なんか、その……うれしいなって」
(なんか、さっきから微妙に口調がいつものシキと違くねぇ? ……もしかして、これが素のシキか? つーか、こいつ今うれしいって……)
「シーキ」
呼びかければ、シキがそっと視線を向けてくる。頭一つ分違う身長故、自然とシキは上目遣いになってしまい、思わず胸が高鳴った。
「その反応はちょっと脈ありだと思っていいか?」
「……ゼロのことは好きだ。だが、恋愛対象としてかどうかはまだわからない」
「ま、それは当然だな」
「大体、同性愛がダメならリュイの腐り具合も苦手になるだろうから、付き合ってられないしパーティとか組めない」
「ああ」
「だから、お前を拒絶しようとは思わないし、思えない。お前にされたこともそんなに嫌だと思わなかったし」
「ああ」
「……もう少しだけ待っててもらえないか。ちゃんと返事するから」
「“はい”か“YES”しか認めねえぞ」
「ゼロっ」
「冗談だ」
(なあシキ。俺の気持ちがうれしいって感じて、俺にあんなことされても嫌じゃないって、それほとんど答えを言っているようなものだぜ?)
旅立つ前の最後のお茶の時間に、リュイが爆弾発言を落とし、シキの思考が一瞬止まる。
「そんな驚くようなことですか?」
「……驚くに決まってんだろ。いきなりなんだってんだ。何がどうなってお前とアートルムが結婚なんてことになる」
「結婚ではありません。婚約です」
「取り合えず、そこに至った経緯を説明しろ」
「至極簡単です。結婚したいと思ったからわたくしから持ちかけて、アートルムがOKしてくれただけですの」
「……そうじゃないとリュイお姉さまに食われそうな気がしたもの」
どこか遠い目をする養い子に、シキはなぜだかそのときの様子が手に取るようにわかった。
「お前がそんな女らしい思考の持ち主なわけねーだろ」
「まあ! それはわたくしに失礼すぎますわよ、ゼロ」
「普段のお前の思考を考えろ! 魂胆は何だ!」
「ゼロ、少し落ち着け。まずは、アートルム。竜族とエルフの婚姻は可能なのか?」
「可能よ。異種族婚だから、同族婚に比べれば出生率とかは下がるかもしれないけれど、前例がないわけじゃないわ。先代の陛下の愛人にエルフがいるし、子供もいるわ」
「竜とエルフのハーフってどんなんなんだ……?」
「その子供の種族はエルフよ」
異種族婚で生まれる子供をシキ達は人間でいうハーフのように、どちらの血も受け継いだような形になると思っていたのだが、この世界では違うということに少々カルチャーショックを受けた。
異種族の間に生まれた子供は、受け継いだ血の強いほうの種族で生まれる。どちらの種族で生まれたのかは、すぐに判別がつくのだ。
アートルムとリュイのように竜族とエルフでいえば、竜族は卵生でエルフは胎生だ。出産時、妻が卵を産めばその子供は竜族で、耳の尖った赤ん坊を産めばエルフというようになる。
「竜王と妖精女王の子供って……どんだけチートになるんだ?」
「本当はわたくしがゼロとシキの子供をお生みしようかと思ったのですけれど……」
「「却下!」」
「そう言うと思いましたわ。だからアートルムを選びましたの。彼は血の繋がりはなくともあなた方の子供。彼と結婚して子供が生まれれば、あなた方の家族が増えますでしょう?」
「……リュイ?」
「子供が出来れば、あなた方はアートルムの所に顔を出します。ちゃんと生きていると伝えられます。そしてわたくしにお二人の生死がわかりますから、アートルムの傍にいればそれを伝えられますもの」
聖母のように微笑むリュイを、シキはしばし見惚れた。
「とは言いつつも、結婚も出産もまだ先の予定です。今はまだ世界を見て回りたいですし。わたくしが満足したらちゃんと嫁ぎますわ」
皆様の予想の斜め上をまた行ったと思いたい。