02
宿の女将からサービスしてもらった王都内の地図を広げ、宿の位置とギルドの位置を確認する。幸いなことにギルドは宿からそう遠くはない場所にあった。
しかしここでまた問題が勃発。
シキはギルド登録をしていたが、それは今の時代から500年前のギルドだ。当時のライセンスカードが今も通用するとは考えにくい。
「そういえば、一応カードの期限は5年だったよな……この制度は今でもあるのか? だとしたら完全に期限切れか」
そう結論に達したシキは一番初めから登録し直すことにした。
「せっかくSSランクまで上げたというのに……」
大きなため息をつきながらも、決意を新たにして立ち上がろうとした時、耳に何かのコール音が届く。
「この音……シークレットチャットのコール音か!」
アルカディア・オンライン内にはいくつかの専用回線があった。いわゆるチャット機能である。ギルド登録者全員が情報交換するためのギルドチャット、パーティを組んでいる者だけが見れるパーティチャット。プレイヤー全員が見れる公開チャット。
そして、特定の人物とだけ会話するシークレットチャット。
シークレットチャットはその名の通り秘密回線で、他のチャットと違い、フレンド登録している中でもお互いの意志が尊重され、運営側に申請して初めて開かれるもの。さらに、このチャットにはパスワード登録が必要となる。
シキは二人のプレイヤーとシークレットチャット登録をしていた。
「まさか……!」
慌てて機能を立ち上げると耳にとてもよく馴染んだ声が届く。
『シキ!? お前シキか!?』
「ゼロ!」
『うそっ!? 本当にシキですの!?』
「リュイ? リュイもいるのか?」
『はい』
『よかった。お前とも連絡が取れて……相棒のお前がいないなんて考えたくねえよ……』
「オレもだ。ゼロがいてくれてすごくうれしい」
『シキ……』
『あらあら、わたくしを忘れないでいただけませんか?』
「忘れてなんかいないさ。オレはリュイもいてくれてうれしい」
『わたくしもシキがいてうれしいです。それにしても、このラインが通じると言うことは、シキはわたくし達が知ってるシキでよろしいのですね?』
「アルカディア・オンラインプレイヤーのシキ、だ」
『よかった……ゼロとシキ以外のマスターには連絡が取れず、運営にメールを送れずログアウトも出来ずで本当に困りましたわ』
『お前のそれは困ってるように聞こえねえんだよ。それはそうとシキ、お前今どこにいるんだ? オレとリュイはヴァラスキャルヴとかいうところにいんだけど』
「オレもそこにいる! ハティって宿屋の201!」
『今すぐそこに行く』
『すぐに参ります』
ぶつっと回線が切れる。
シキは目を瞬かせてから、ほおっと安堵の息を吐いた。
少なくとも、シキの中では知っている人が二人いる。それも、ゲーム内で一番信用かつ信頼していたプレイヤーだ。
「よかった……ゼロとリュイがいれば安心だ」
同じマスタークラスのプレイヤーであり、自分と同じように転生を果たした二人。
特にリュイはシキが現実では女性だと唯一知っているプレイヤーで。ゲーム内では一番親しい友人だと言っても過言ではない。
対してゼロは唯一無二の相棒だ。シキがゲームを初めて最初に親しくなりコンビを組んだプレイヤーで、大体はログインすると行動を共にし、クエストをこなしていった。パーティを組むとなると、二人にリュイが加わるという形を取ることが多かった。
だからこそ、ゼロとリュイはシキにとって大切な友人たちだ。
数分後、扉の外から誰かが駆け上がってくるような音がし、バタンッと音が立つくらい強い力で扉が開いた。
「シキっ!」
「ゼロっ」
目の前の青年に駆け寄ろうと、立ち上がりかけたものの、それ以前に青年の方が急ぎ足で駆け寄ってきてシキの体をきつく抱きしめた。
「シキ……!」
「オレはここにいる、ゼロ」
腕の力を緩めて青年――ゼロ――は切なげな顔でシキの髪を撫で、そのまま手を下ろし頬を撫でた。
シキの目に自分と同じ黄金の瞳と、夜よりも深い漆黒の髪、アバターだとわかっていても端正な顔が映る。
「会えてうれしいぜ、シキ」
言いながらゼロはシキの頬に軽くキスを落とす。最初は戸惑ったが、これが彼のスキンシップの形だと思うと慣れたもので、シキも同じように自分よりも長身の彼の頬に唇を押しつけた。
「ああもうっ、ゼロに負けましたわ!」
「リュイ!」
肩で息をしながら、プラチナ色の髪と金の瞳を持った少女が二人を見つめていた。
「シキ、再び会えてうれしいですわ」
「オレもうれしいよ、リュイ」
二人は軽く抱き合い、額を合わせて笑った。
「それでは、ゼロとリュイも自動ログアウト設定していたはずなのに、目を覚ましたらここにいたというわけか」
「ええ」
「自動ログアウトなら、時間忘れて寝坊なんてこともねーしな」
「他のマスター達は?」
「あいつらは全員俺らより先にログアウトしてった」
「そうでしたわね。わたくし達はその後チャットして、どうせ自動ログアウトするからと言ってその場で寝てしまいましたものね」
「アレがいけなかったのか……」
シキは頭を抱える。だが、どう考えてもその行為が原因としか思えない。
何らかの事象が三人の身に同時に起きて、結果三人まとめてゲーム内に実在のキャラクターとして取り残された形になった。
「問題はアレだな。ここが俺らの知ってるアルカディア・オンラインの世界じゃなくて、500年後の世界ってとこだな。ギルドのライセンスカードは使えねえ、金だって使えるかどうか微妙な所だ」
「金は大丈夫だ」
「シキ?」
「お前達が来る前に宿の女将さんにいろいろ聞いた。金・銀・銅の貨幣は変わらず。ただ、金の上に晶貨っていうのが出来たらしい」
「名前からして水晶か?」
「たぶんな。透明で何か紋章が入ってるらしいぜ」
「ゼロとシキの手持ちはどれくらいありまして?」
「あ゛ー……金貨は六桁、銀貨と銅貨はほとんど使わなくなっちまったから四桁で止まってるな」
「オレも同じようなものだ」
「わたくしもそれくらいですわ。ひとまず、暮らして行くのに金銭の心配をする必要はありませんわね。ここに来る時に見た感じ、他の人々はNPCが人間になったという感じでしたから、わたくしたちのようにボックスからお金や物を取り出すといった行為はないでしょう」
「つーことは、俺らがボックスから取り出すと何もない所から物を取り出したってことになるのか」
「たぶん」
「そのあたりは適当に説明すりゃなんとかなるだろ。さて、これからどうする?」
「オレはギルドに再登録しようと思う。場合によっては学校に通ってもいい」
「それが妥当か……ま、シキがいりゃ俺はそれでいいしな」
「そうですわね。シキがいればわたくしもいいですわ」
「お前らはいつもそうだなー。別にオレを気にしなくてもいいんだぜ?」
「何言ってんだ。俺はお前の相棒、俺以外の誰とコンビを組むつもりだ?」
「そうですわよ。わたくしはシキと百歩譲ってゼロ以外とはパーティは組みたくありませんわよ」
「んんっ? オレはゼロ以外とコンビは組みたくないし、パーティだってゼロとリュイがいれば満足だが?」
何も関係性は変わらないのだから、好きなように行動していいと言ったはずなのだが、シキの解釈と二人の解釈は違っていた。しかし、シキの答えで二人の周囲に漂っていた怒気が霧散していく。
「シキ、三人一緒が一番ですわよ?」
「そうそう。俺らと一緒が一番。違うか?」
シキは首を振る。
シキにとっても、ゼロとリュイがいるといないのでは全然違うのだから。
「じゃあ、これからもよろしく。ゼロ、リュイ」
笑顔で言うシキに、二人もまた笑みを浮かべるのだった。