15
魔力封じの手錠をつけられ、シキは問答無用で牢屋へと入れられる。格子の向こう側には薄く笑みを浮かべた、系統は違えど美しい顔立ちをした男達が並んでシキを見ている。
「覚悟しておいてくださいね。フィオリースに手を出した報いを受けてもらいます」
「たかが人間ごときがフィオリースを泣かせるなんて許されないよね~」
「竜の炎に焼かれて苦しみ悶えながら死んでください」
(……こいつら、本気で頭大丈夫なんだろうか……ってか、この手錠全然威力ないぞ)
手錠に視線を落とし、手を動かすと手錠がジャラリと音を立てる。しかし魔力が封じられている気配をシキはまったく感じない。同時に、格子の向こうと同族たちもそれほど強いとは思えない。シキは相手のステータスを目視するための魔法を発動すると、彼らの横にそれぞれのステータスがシキにしか見えないように表示される。
(やっぱり効いていないな、この手錠。それなら別に大丈夫だ。こいつらもあの非常識の固まりも強くないし)
レベルでいえば彼らは全員400を超えた程度。フィオリースにいたっては300もなかった。世間一般の冒険者たちにしてみれば脅威の数字かもしれないが、シキが知っているプレイヤー達は大体が1000前後。自身は1500のマスターだ。さすがにそこまでの差があれば油断大敵とは思えど負ける気はしない。
いろいろ考えているうちに、格子の向こうからいつのまにか男達の姿が消えていた。
「……まあ、いいか」
(ゼロとリュイが暴走しないといいんだが……)
元々目的だったアキレアの花を採取したシキとゼロ。シキはゼロに花を持たせて帰還させ、自分は村で破壊された畑や家の復興を手伝っていた。二日かけて復興を手伝い、王都へ帰還しようかと思ったそこへフィオリースと、フィオリース親衛隊ともいえる美男子ならぬ美竜を引き連れて村に来て、シキを捕らえたのだ。さすがに村人に危害を加えられるのはいただけないのでシキは抵抗もせず連行された。その結果が今の状況だった。
シキは、ゼロとリュイが自分を気に入ってくれていることを知っている。
「オレにそこまで気に入ってもらえるような価値はないんだけどな……」
不意にそこでゼロと初めて会ったときのことを思い出す。
高校三年生の夏、大学の推薦合格を得た後β版モニターテスト募集の二次募集でシキは無事に当選し、βプレイヤーとして参戦することになった。一次募集から二次募集まで半年のブランクがあったため、やりこんでいる一次プレイヤーとの差は激しかった。ゼロはそのやりこんでいる一次プレイヤーの一人だった。
「そういや、最初から優しかったっけ」
初心者が最初にログインして降り立つ町で、先のことを考えているシキに声をかけてきたのがゼロ。一次プレイヤーは迷っている二次プレイヤーに道を示すのがその時のクエストだったとゼロは語っていた。
初心者のシキはゼロのお世話になりながらどんどんレベルを上げていった。同時に「アルカディア・オンライン」の魅力に取り付かれ、高校で自由登校の日々と大学生活で時間があったのをいいことに授業中も携帯用の専用プレイヤーを使用して常時ログイン状態を保つなどして、かなりやりこんだ。
βで一年、正規で二年半。合計三年半でシキはマスタークラスにまでなり、転生をして最上位種になった。その三年半、ほぼオンライン上ではゼロと共にいたのだ。だからこそ、彼がとても優しいことを知っている。同時に、敵には決して容赦しないことも。
リュイもβ時代に知り合った一人。オンだけではなく、オフでも知り合うようになったのはほんの偶然だった。だからこそ、リュイはシキの本来の性別を知っている。ゼロに隠していることに罪悪感を感じながらも、ずるずると言えないまま今に至る。
「ゼロとリュイがタッグ組んだらどうなるんだ……?」
シキはゼロの魔法で城が一つ壊滅したクエストを知っている。さらに彼は魔法での遠距離、射撃での中距離、サーベルでの近距離とシキ以上に戦闘に特化しているオールラウンダー。リュイは回復魔法と精霊魔法のエキスパート。弓での攻撃も得意で、彼女がいれば治せぬ怪我はない、撃ち込めぬ的はないと言われるほど。
そんな二人がタッグを組めば……国の一つ二つは壊滅しかねないとシキは思った。
「谷が壊滅するのだけは防ごう、そうしよう」
うんうんと頷きながら、得意の風系魔法を使って手錠を切断。すると、一瞬魔力が大きく吸い込まれるのを感じた。
「……そういうことか」
シキがつけている魔力封じの手錠は、通常の状態ではそれほど強い効力を発揮しない。そのことがわかると大抵は魔法を使って手を自由にするため切断する。しかしそれが手錠の本来の効果を発動するきっかけとなる。手錠を切断することで何かのスイッチが押され、手錠が魔力をより多く吸い出す。これがこの魔力封じの手錠の本来の使用法だとシキはあたりをつけた。
「だとすると魔力切れにならないうちに、っと」
シキの魔力容量、わかりやすくいうとMPの減り具合は微々たるものだが、ずっとつけていれば塵も積もれば山となる状態。さっさと外すに限る。
アイテムボックスからもう一つの愛用の武器を取り出し、手錠以外に耐熱耐火のための魔法を施す。取り出した剣の刃は熱を持っており、鉄を軽く溶かすほどの温度を有し、振るえば炎が渦巻く【炎熱】の魔法がかけられている。
「解けろ、手錠~」
歌いながら、刀を足で固定し、手錠をゆっくりと刃に近づけていく。すると手錠の一部が赤くなり、熱ででろりと溶けた。
「おお、さすが専用武器」
自由になった手で刀を持ち、残りの手錠を溶かしていく。二つとも溶けて地面に高い音を立てて落ちた。
「これでしばらく寝てれば魔力も回復するだろ」
牢屋といっても岩牢のため、床はむき出しの地面。さすがにそこに寝転がる気にはなれず、アイテムボックスからいくつかのアイテムを取り出し、【ホーム】からもいくつかアイテムを転送する。
「成功すりゃいいんだけど……」
木材、綿、絹、糸といった大体が敵からドロップしたアイテムがずらりと並ぶ。スキル【錬金】で綿・絹・糸から布団を作り、木材からちょっとした台を作る。台の上に布団を乗せれば簡易ベッドの出来上がりだ。
「アイテムボックスが無制限なのは便利だ……」
寝転がれば少し固めではあるが、寝心地はそれほど悪くはない。今はしばしの休息を取るシキだった。
帰還して三日。シキが未だ王都へ帰ってこないことにゼロは苛立っていた。すでに王都と村には転移陣を刻んでいて、陣を使用すればすぐに帰還することが出来る。陣を刻んだのはゼロなので、使用すればすぐにわかる。しかし使用された形跡がまったくない。
「少しは落ち着いたらどうです?」
「煩ぇ」
「はあ……それほどまでに常識知らずでしたの?」
「あ゛ー……わかりやすく言えばアンチ王道」
「……ゼロ、あなた腐男子でしたかしら」
「違ぇよ。お前、俺の好み知ってんだろ。俺のダチにお前と同じような奴がいるんだよ。俺の好み知ってるからいらん知識植えつけてくる奴」
「現実に帰れた時は、是非お友達になりたいものです。しかし、アンチ王道タイプですか……周りには美形がいまして?」
「いたな。見せてやるよ」
ゼロはコップに水を注ぐ。そしてスキル【水鏡】を起動する。本来印をつけた場所を遠見するためのスキルだが、ゼロはこのスキルの機能がゲームと違うことを発見していた。【水鏡】を起動して、魔力を流し込めば記憶を見ることが出来るということだ。
注がれた水に魔力が流し込まれると、水が空へと浮かび上がり薄く伸びる。鏡のようになったところにゼロの記憶の中の者たちが映し出された。
「確かに世間一般的には美形かと思いますけど……他のマスタークラスのアバターのほうが美形ではありませんか?」
「βプレイヤー特典でいろいろ弄れたからな。シキは知らなかったみてぇだけど……」
基本的にゲーム上では個人の基本情報を入力し、運営側が提示したランダムアバターを受け取ってカスタマイズした結果、自キャラクターが出来上がる。カスタマイズアイテム自体もかなり数も多く、様々な姿が出来上がるが、βプレイヤーはもっと細やかかつ多量の選択が出来た。
普通は髪の色は一色だが、βプレイヤーはそこにメッシュをいれたり、選択上にない色の希望を出したりすることが出来る。これは目の色も同じ。ただし、最上位種は総じて黄金の瞳を持つことになっている。その他にも外見に関しては、正規プレイヤーよりもβプレイヤーのほうが、かなり自由が利くのである。
二人もそのあたりを使って、初期にいろいろと弄り倒して今のアバターになったのである。
逆に、シキは最初に提示されたアバターを髪色や目の色を変えた以外は、そのまま使用し続けている。
「でも、それがシキのよいところではございませんか」
「まあな」
「ですから、もしかすると自分から首を突っ込まれたのかもしれませんわね」
「あの馬鹿どもに捕まったっつーことか?」
「村人を人質にでも取られれば従ってしまいますでしょう? 普通の人間が竜に敵うのは難しいですし」
「ちっ。あん時さっさと撃っとけばよかったな」
下手に情けを見せたのが悪かった、とゼロは後悔していた。少なくともシキが攫われるような状況にはならなかったはずだ、と。
「さあ、助けに参りますわよ」
「当然だ。あのくそったれども、シキに傷で一つでもついてたら脳天ブチ抜いてやる……!」
後に、この事件が口々に伝えられ、吟遊詩人や劇作家の手によって竜に捉えられた男を恋人が助けに行く密やかな禁断の愛の物語として描かれていくことをゼロは知らない。
そして、最初に広めたのがリュイであることも。