EP 9
過労女神、居座る〜箱入り姫の完璧な二重生活〜
新築の匂いが漂う『料理屋・深淵』の真新しいキッチンに、パチパチという軽快な油の音が響き渡っていた。
「お嬢! アッシが油の温度を見やしょうか? 地獄の業火で、一瞬にしてカラッと——」
「ダメです、デュアダロスさん! お店ごと消し飛んじゃいますから、大人しく座っていてくださいね」
「へ、へいっ! 出すぎた真似をしやした!」
エプロン姿のリアナがピシャリとたしなめると、アルマーニのスーツを着た極道邪神はシュンと首を縮め、大人しくカウンター席に座り直した。
リアナが作っているのは、ポポロ国の庶民に愛される『太陽芋のホクホク揚げ』。
魔法のポーチから取り出した新鮮な太陽芋を大きめにカットし、絶妙な温度の油でじっくりと二度揚げしていく。
表面はカリッと、中はホクホク。そこに『米麦草』の粉から作った焼き立てのフワフワパンを添えれば、立派な事務所開きのお祝いメニューだ。
「はい、お待たせしました! 揚げたてですから、火傷に気をつけてくださいね」
山盛りのホクホク揚げとパンがテーブルに置かれると、デュアダロスとフレアの目が同時にカッと見開かれた。
「サクッ……ホフッ、ハフッ! ……う、美味ぇぇぇ!! 芋の甘味が脳髄にガツンと来やがる! 娑婆の芋は最高じゃあ!!」
「んん~~っ! なにこれ、パンがフワッフワ! 芋も甘くて美味しい! ちょっと、デュアダロス! あんた独り占めしないでよ!」
「あァ!? アッシはお嬢の一番の舎弟じゃぞ過労鳥! 半分はアッシのモンじゃ!」
「やかましいわね引きこもりヤクザ! 私なんか何百年もワンオペで——」
「こら。喧嘩しながら食べると、美味しくなくなっちゃいますよ? メッ、です」
「「……へい(すいません)」」
リアナが一睨み(※本人は優しく微笑んでいるつもりだが、背後に服従の輪のプレッシャーがチラつく)すると、神話最強の二柱はピタリと喧嘩を止め、仲良く太陽芋を頬張り始めた。
その光景を満足げに見つめながら、リアナはふと時計の役割を果たす魔導具に目をやった。
「あ……もうこんな時間。そろそろ離宮に戻らないと、メイド長さんが心配して探しに来ちゃいます」
リアナは少し寂しそうにエプロンを外した。
いくら服従の輪を持つチート姫とはいえ、彼女の表向きの身分は「ポポロ国の第一王女」であり、病弱(という建前)で隔離されている箱入り娘なのだ。無断外泊など言語道断である。
その言葉を聞いて、フレアがビールの入ったジョッキをドンッとテーブルに置いた。
「……ねえ、リアナ。あんた、明日もここに来るの?」
「はい! もちろん抜け出して来ます! だって、ここは私たちの秘密基地ですから。明日は『ハニーかぼちゃ』のシチューを作りたいなって思ってます」
「シチュー……!」
フレアの脳裏に、トロトロに煮込まれた甘いかぼちゃと、リアナの手作り料理の数々がフラッシュバックする。
そして、自分が帰るべき天界の殺風景な執務室と、山積みにされた魔物討伐の書類、ルチアナからの理不尽なお遣いリストを思い浮かべ……フレアは、強く拳を握りしめた。
「……私、もう帰らない」
「えっ?」
「私、もう天界(仕事)になんか戻りたくない……! ねえリアナ、あんた面白いし、何よりご飯が最高に美味しいから、一緒にいたげる! だから私にも毎日ご飯作って!!」
神話の時代から世界を支えてきた調停者(不死鳥)が、ついに完全なる職務放棄と、リアナへの寄生(居座り)を宣言した瞬間だった。
「本当ですか!? フレアさんがお友達になってくれるんですか!?」
リアナはパァァッと顔を輝かせ、フレアの手を両手で包み込んだ。
ずっと離宮で一人ぼっちだったリアナにとって、「お友達」という言葉は魔法のように魅力的だったのだ。
「ちっ、調子のいい過労鳥め……。まぁいいでしょう。お嬢、日中アッシらはこの事務所で、情報収集と食材の買い出し(という名のシノギ)をしておきやす。お嬢は夜、こっそり城を抜け出してきてくだせぇ」
デュアダロスがニヤリと笑い、トカレフの入った胸元をポンと叩く。
「大丈夫ですぜ。アッシの『空間接続』の魔法を使えば、お嬢の離宮の部屋のクローゼットと、この事務所の扉を直通に繋ぐことなんざ造作もありやせん」
「わぁ! それなら誰にもバレずに通えますね! デュアダロスさん、凄いです!」
「へへっ、お嬢のためなら次元の一つや二つ、いつでも歪めてみせやすよ!」
かくして、役者は揃った。
昼はポポロ国離宮で大人しく過ごす、世間知らずの『箱入り姫』。
そして夜は、城下町の路地裏にある料理屋(ヤクザ事務所)で、極道邪神と過労女神を従えてフライパンを振るう『深淵組のお嬢』。
リアナの、完璧で波乱万丈な「二重生活」が、今ここに幕を開けたのである——。




