EP 8
爆速!城下町のヤクザ事務所設立~神の指パッチンはリフォームのためにある~
「——お嬢。少し、下がっていてくだせぇ」
伊達メガネの奥の瞳をギラリと光らせたデュアダロスが、ボロボロの空き店舗の前へと歩み出た。
かつて世界を滅ぼしかけた『邪神』の神気が、アルマーニのスーツ越しに爆発的に膨れ上がる。
城下町の路地裏の空気が一瞬にして凍りつき、重力が歪む。
周囲を通行していた商人や冒険者たちは、本能的な恐怖に駆られ、悲鳴を上げることすらできずにその場にへたり込んだ。
「ちょっとデュアダロス! あんた、地上で本気を出す気!? 街が消し飛ぶわよ!」
フレアが慌てて紅蓮の炎を纏い、リアナを庇うように前に出る。
だが、デュアダロスは不敵にニヤリと笑った。
「へへっ……、過労鳥。アッシを誰だと思っていやがる。この深淵組組長(自称)、お嬢が望む『秘密基地』、世界の理を書き換えてでも秒で仕上げてやりやすぜ!」
デュアダロスは右手の指を高く掲げ、リアナに完璧な一礼を捧げた。
「お嬢! これがアッシの、極道(神)の力ですぜ! ——パチン!」
神話の時代、数多の勇者や天使を塵に変えてきた、恐怖の『指パッチン』が鳴り響いた。
だが、放たれたのは破壊のエネルギーではなかった。
それは、純粋な闇属性の魔力と重力魔法、そしてルチアナ女神が地球から持ち込んだ『建築学』の概念が融合した、前代未聞の神技——『暗黒物質構成』だった。
ドゴォォォォォン!!
轟音と共に、ボロボロの空き店舗が黒い霧に包まれた。
次の瞬間、霧が晴れると、そこには——。
「……はぁ?」
フレアが、間抜けな声を漏らした。
ボロボロだった木造の小屋は跡形もなく消え失せ、そこに立っていたのは、シックな黒い石造りの、洗練された二階建ての建物だった。
一階の正面には、地下のヤクザ事務所にあったものと同じ、鉄板張りの重厚な鉄扉。
その横には、新しい木札が掲げられている。
『料理屋・深淵』
(その下に、小さく『よろず相談承ります』)
さらに、鉄扉が開くと、中からは飴色に輝くフローリングと、地下にあった革張りソファ、大型テレビ、そしてルチアナが設置していった最新式のシステムキッチンが、さらにグレードアップして鎮座していた。
壁には、直筆の『仁義』の掛け軸も、ピカピカの額縁に入れられて飾られている。
外観はシックな高級料理屋、内装は完璧な『昭和のヤクザ事務所(兼・超一流キッチン)』。
デュアダロスは、神話クラスの魔力を一気に消費したというのに、汗一つかかずに、完璧な一礼(お嬢への)をキメた。
「お嬢! 店舗……いえ、アッシらの新しい事務所の準備が整いやしたぜ。地下にあった調理器具も、ルナミス帝国の最新魔導技術を覗き見て、さらに性能を上げとやしやした」
「…………ッ」
リアナはマントのフードを外し、美しい瞳を限界まで丸くして、新築の建物を仰ぎ見た。
そして、そのままポロポロと涙を流し始めた。
「お、お嬢!? な、なにか気に入らない点でも……!? す、すぐに世界の理を書き換えて直して——」
デュアダロスが慌てて膝をつくが、リアナはふるふると首を振った。
「違うんです……! 違うんです、デュアダロスさん……! 凄いです……! 凄いです、本当に魔法使いみたいです……!」
リアナは涙を拭い、満面の笑みでデュアダロスを見つめた。
「私の……離宮の部屋より、ずっと立派で……。ここでなら、みんなで……内緒で、ご飯が作れます! 本当に……本当に、ありがとうございます!」
「お、お嬢ォォォォッ!! アッシは、アッシはこのデュアダロス、一生お嬢の胃袋と笑顔を守る弾除け(護衛)として、骨の髄まで尽くしやすぜぇぇ!!」
極道邪神が、城下町の路地裏でお嬢の優しさに触れ、男泣きに泣いた瞬間だった。
「……あんた、本当に邪神の力をそんなことに……。まあ、これならルチアナも気づかないでしょうけど……」
フレアは呆れ返りながらも、新しい事務所の革張りソファにちゃっかりと腰掛け、過労の体を休めていた。
「さぁ、お二人とも! 事務所開きのお祝いです! 太陽芋のホクホク揚げと、米麦草のパンを作りましょう! キッチン借りますね!」
リアナはそう言うと、新しいキッチンへと嬉しそうに駆け寄っていった。
こうして、三大国の国境が交わるグレーゾーンに、世界最強の舎弟(邪神)と、限界社畜(女神)に守られた、箱入り姫の『極道スローライフ秘密基地(ヤクザ事務所兼・料理屋)』が、爆速で誕生したのである。




