EP 4
食べ物を粗末にする子は「メッ!」ですよ?
神話クラスの魔力が激突する寸前の、一触即発のヤクザ事務所。
そこに現れたのは、フリルのエプロンを着て、右手に包丁、左手に人参マンドラをぶら下げた世間知らずの箱入り姫だった。
「——お二人とも、大人しくしてください」
ふんわりとしたリアナの声に、デュアダロスは伊達メガネの奥の目を細めた。
アルマーニのスーツ越しでも分かるほどの殺気を放ち、ギロリとリアナを睨みつける。
「あァ? どこの嬢ちゃんじゃ。ここは素人が勝手に入ってええ場所やないど。火傷じゃすまんぞコラ」
完全にインテリヤクザの凄みである。普通の人間なら、その声を聞いただけで泡を吹いて気絶するレベルの邪神の威圧。
しかし、リアナは涼しい顔でスタスタと事務所の中に足を踏み入れた。
彼女の視線は、凄む邪神ではなく、彼が蹴り飛ばしたローテーブルと、床に転がった『シャケ弁当』に向けられていた。
「せっかくフレアさんが持ってきてくれたご飯を蹴り飛ばすなんて……」
リアナはぷくっと頬を膨らませ、デュアダロスをビシッと指差した。
「食べ物を粗末にするのは……メッ! ですよぉ?」
「……はぁ?」
デュアダロスは間抜けな声を漏らした。
神話の時代から世界に絶望を撒き散らしてきたこの『邪神』に向かって、人間の小娘がまるで子供を叱るような態度をとったのだ。
「舐めとんのかコラ。神に向かって説教たれるとはええ度胸じゃ。指パッチンで塵にして——」
カチン、とデュアダロスが指を鳴らそうとした、その瞬間だった。
『対象を認識。ユニークスキル【服従の輪】を適用します』
リアナの意思とは無関係に、彼女のスキルが自動防衛の形で発動した。
パァァァン! と眩い光がヤクザ事務所を照らし出し、デュアダロスのオールバックの頭上に、神々しく輝く「光の輪(天の輪)」がカコンッと装着された。
「……あ? な、なんじゃこりゃあ?」
デュアダロスは頭上の輪を触ろうとした。
そして同時に、目の前の生意気な小娘を『塵にしてやろう(明確な殺意と敵対行動)』と思考した。
それが、絶対にやってはいけない引き金だった。
ギリ、ギィィィィィィィン!!!
「——ッ!?」
光の輪が、邪神の頭蓋骨を容赦なく締め付けた。
それは魔法障壁も、神のオーラも、一切の理を無視して直接脳髄に叩き込まれる『絶対服従の罰』。
「い、イデデデデデデデデッ!? ギャアアアアアアア!!? な、なんじゃこの痛さは!? 痛い! 痛い痛い痛い痛いッ!!」
さっきまで余裕たっぷりに広島弁で凄んでいたインテリヤクザが、白目を剥き、床を転げ回って絶叫し始めた。
胸元から自慢のトカレフがポロリとこぼれ落ち、仕込み刀も放り出して、フローリングの上で悶え苦しんでいる。
「や、やめてくれぇ! わしが悪かった! 逆らいません、絶対に逆らいませんけぇぇ!!」
「ごめんなさいができる子は、いい子ですね。ほら、もうしませんよ?」
リアナがふわりと微笑んで敵対判定を解除すると、頭上の輪の締め付けがスッと収まった。
ゼェ、ゼェ、と息を荒げ、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしたデュアダロスは、アルマーニのスーツをボロボロにしながらリアナの足元に這いつくばった。
「お、恐れ入りやした……。お嬢……いや、お嬢おおおおおおッ!!」
世界最強の邪神が、エプロン姿の姫君に完全敗北し、完璧な土下座をキメた瞬間だった。
「あ、あんた……凄いわね……」
部屋の隅に避難していた不死鳥フレアは、ポカンと口を開けてその光景を見下ろしていた。
自分たち三調停者が束になっても封印するのがやっとだった規格外の化け物が、小娘の一睨み(?)で舎弟に成り下がったのだから無理もない。
「そうですか? 食べ物を粗末にするのは良くないですからね。……さぁ、お腹も空きましたし、ご飯にしましょうか」
リアナは土下座する極道邪神をあっさりとスルーし、事務所の奥にある立派なシステムキッチンへと目を輝かせて向かっていった。
「キッチン、借りますね!」
こうして、かつて世界を震え上がらせた最恐のダンジョンは、箱入り姫の『クッキングスタジオ』へと華麗なる変貌を遂げたのである。




