EP 6
カロリーの暴力『特大カツカレー』
ジワァァァァァァッ……!!
パチパチパチパチッ!!
ヤクザ事務所(料理屋)のアイランドキッチンから、二つの強烈な音が同時に響き渡っていた。
一つは、巨大な寸胴鍋の中で煮えたぎる『茶色い泥』のような液体の音。
リアナは、時間をかけて炒めた飴色玉ねぎに、数十種類のスパイス(クミンやコリアンダー、ターメリック草など)を惜しげもなく投入し、さらに自家製のブイヨンとたっぷりのラードを加えてじっくりと煮込んでいた。
「よしよし、いい感じのドロドロ具合です!」
グツグツとマグマのように泡立つその茶色いルーからは、複雑でスパイシー、かつ暴力的なまでの旨味の香りが、爆発的に立ち昇っている。
そしてもう一つの音。
それは、隣のコンロに置かれた鉄鍋から発せられる、油の弾ける神々しい音色だ。
「お仕置きですからね! お肉は分厚〜く切っちゃいます!」
リアナは、フレアが特売で買ってきた巨大な豚ロース肉の塊を、惜しげもなく厚さ3センチにカット。塩コショウで下味をつけ、小麦粉、卵、そして粗めのパン粉をたっぷりと纏わせ、170度の油の海へとダイブさせていた。
シュワァァァァァァァ……ッ!!
きつね色に揚がっていく極厚の豚カツ。
ラードと油が混ざり合う、最高にギルティな匂い。
カウンターに強制的に座らされているエリート騎士・アーサーは、その光景を血走った目で見つめながら、全身から脂汗を噴き出していた。
(な、なんだあの料理は!? スパイスの匂いはするが……あんな、まるで泥水のように濁った茶色いスープなど、帝国では豚の餌にすらならんぞ!?)
アーサーの生まれ育ったルナミス帝国の貴族社会では、透き通ったコンソメや、芸術的に盛り付けられたフランス料理のような洗練された食事が絶対とされていた。
茶色一色で、しかもドロドロ。さらにそこへ、油ギッシュな肉の塊を放り込もうとしている。
(不潔だ……下品極まりない! あんな泥の塊を食わされるくらいなら、いっそ舌を噛み切って死んでやる……ッ!)
アーサーは固く唇を噛み締め、騎士としての誇りを保とうと必死に抵抗した。
ギュルルルルルルルルッ!!!
だが、彼の胃袋は、主人の高潔な精神をあっさりと裏切った。
スパイスの香りが鼻腔を通り、脳の『食欲中枢』を直接ぶん殴ってくるのだ。
「ふふっ、お腹の虫さんが大合唱ですね。もう少しで完成ですよー!」
リアナはニコニコと笑いながら、まるで小さな火山のようにお皿へ山盛りにした白飯を用意した。
サクッ、ザクッ!
揚げたての極厚豚カツが、包丁で小気味よい音を立てて切り分けられ、白飯の頂上へと鎮座する。
溢れ出す肉汁。立ち上る湯気。
すでにこれだけでも立派な凶器(飯テロ)だが、リアナのお仕置きはここで終わらない。
「いきますよー! そぉれっ!」
リアナは大きなお玉で、寸胴鍋で煮え滾る『特製スパイシーカレー』をすくい上げると、サクサクの豚カツと純白のご飯の上から、容赦なくドリュリュリュッ! とぶちまけた。
茶色い暴力による、圧倒的な土砂崩れ。
美しい白飯も、黄金色の豚カツも、全てが濃厚でスパイシーな『茶色い海』へと飲み込まれていく。
「——ああっ!!」
その時、アーサーの足元から、この世の終わりのような悲鳴が上がった。
床に這いつくばっていた底辺アイドル(人魚姫リーザ)が、涙とヨダレで顔をグシャグシャにしながら、完成したカツカレーに向かって手を伸ばしていたのだ。
「私、交番でずっと食べたかったのにぃぃ……! 私の憧れのカツが、カツがぁっ! 茶色い海に沈んでいきますぅぅ!!」
羨望と絶望が入り混じったリーザの叫びをBGMに、リアナは満面の笑みで、その凶悪なカロリーの塊をアーサーの目の前にドンッ! と置いた。
「はい、お待たせしました! ドアを壊した悪い子には、特別大盛りの『特大カツカレー』のお仕置きです!! 残さず食べてくださいね!」
「…………ッ!!」
眼前に突きつけられた、湯気を立てる茶色い汚物(最高のカツカレー)。
帝国最強の魔闘騎士アーサーの、プライドと胃袋を賭けた、地獄の(至福の)お仕置きが今、幕を開けるのだった。




