第四章 白銀の魔闘騎士と、服従のカツカレー
料理屋・深淵の『ヤバすぎる経営目標』
緩衝地帯ポポロ国の路地裏に、朝の清々しい陽光が差し込んでいる。
ヤクザ事務所を改装した『料理屋・深淵』の店内には、出汁の効いた甘い卵焼きの匂いと、焼き鮭の香ばしい匂いが漂っていた。
「はーい皆様、おはようございます! 朝礼を始めますよー!」
アイランドキッチンの前に立ち、フリルのエプロンを身につけたリアナが、パンッ! と手を叩いて元気よく宣言した。
その目の前には、この定食屋が抱える規格外の従業員(居候)たちがズラリと並んでいる。
アルマーニスーツを着崩したインテリヤクザ(邪神デュアダロス)。
寝癖のついた銀髪を掻きむしるチャラ男(狼王フェンリル)。
コーヒーカップを片手に死んだ魚の目をしている限界社畜(過労女神フレア)。
そして、両頬に「厚焼き玉子」をリスのように詰め込み、幸せそうに咀嚼している底辺アイドル(人魚姫リーザ)。
「チョウレイ? なんだそりゃ」
フェンリルが大あくびをしながら首を傾げる。
「お店を開く前に、みんなで目標を共有する大切な会議です! 実は私、昨日の夜、ベッドの中でこのお店をどうしていきたいか、一生懸命考えたんです!」
リアナの言葉に、神々は少しだけ真面目な顔になった。
確かに、彼らはリアナの作る『飯』に完全に胃袋を掴まれてここに居座っているが、この店自体は無銭飲食の身内ばかりで、まともな客は一人も来ていない。
店として、どうやって売上を立て、どう経営していくのか。神々の頭脳を持ってしても、この異常なメンバーでの経営戦略は難題だった。
「ほぅ。でお嬢、どんなシノギ(経営計画)を思いついたんで?」
デュアダロスがインテリメガネを中指で押し上げ、期待を込めて尋ねる。
リアナはえっへんと胸を張り、満面の、それはもう天使のような笑顔で、とんでもないことを言い放った。
「私、決めました! このお店を世界一有名にして……ルナミス帝国の皇帝陛下、獣人王国の王様、そして魔王領の魔王様、この三人を全員うちのお店に招待します!」
「「「…………は?」」」
神々の動きが、文字通りピタッと停止した。
リーザだけが「もきゅもきゅ」と卵焼きを噛み続けている。
「美味しいご飯を食べたら、みーんな笑顔になりますよね! だから、三大国のトップの人たちに私の作ったご飯を並んで食べてもらって、仲直りしてお友達(平和条約締結)になってもらうんです! これが『料理屋・深淵』の最終目標です!」
パチパチパチパチ!
自分で自分の素晴らしいアイデアに拍手喝采を送るリアナ。
しかし、店内はシベリアの永久凍土よりも冷たく凍りついていた。
ルナミス帝国。獣人王国。魔王領。
それは、現在このマンルシア大陸を三分し、血みどろの覇権争いを繰り広げている絶対的な三大勢力である。
そのトップ三人を、緩衝地帯(ポポロ国)の、こんな路地裏の狭い定食屋に、同時に呼び出すだと?
「お、お嬢……」
デュアダロスが、かつて世界を滅ぼしかけた時よりも青ざめた顔で震え声を出した。
「……それは、『平和条約』じゃねぇ。三大国の軍勢がポポロ国に密集して衝突する、『第三次世界大戦の引き金』って言うんだ」
「待て待て待てお嬢ちゃん! そもそもあいつら、同じテーブルに着かせた瞬間に殺し合いを始めるぞ!? 定食屋が血の海になるわ!!」
フェンリルが涙目でツッコミを入れる。
「あんた、なんでそんな笑顔で大陸滅亡のカウントダウンみたいな目標ぶち上げてんのよ!!」
フレアがコーヒーを噴き出しながら叫んだ。
彼らは理解した。
この箱入り姫は、世間の常識や国家間のパワーバランスといったものを「1ミリも理解していない」。
彼女の脳内では、『敵対する国家元首』=『喧嘩している子供』程度の認識なのだ。
そして何より恐ろしいのは、彼女にはそれを強制的に実行できる【服従の輪】という絶対的なチート能力と、神々すら平伏させる【圧倒的な料理スキル】が備わっているという事実である。
(((このお嬢、ガチでやりかねねぇ……ッ!!)))
三柱の神々は、自分たちがとんでもない特異点の配下に入ってしまったことを改めて悟り、恐怖に打ち震えた。
「よーし! 目標も決まったことですし、今日も一日、元気にお店を開けましょうね! リーザちゃん、表の看板を出してきてくれる?」
「はいっ! お嬢様! 今日もご飯が美味しいです!」
絶望する神々をよそに、リアナとリーザ(何も分かっていない)は呑気に笑い合っている。
かくして、「三大国のトップを定食屋に集めてお友達にする」という、一歩間違えれば大陸が消し飛ぶ狂気の経営目標が設定された。
しかしこの時、リアナたちはまだ知らなかった。
この異常な神々の魔力の密集地帯(ポポロ国の路地裏)を察知し、ルナミス帝国から『最強の討伐者』が、すでにこの定食屋のすぐ目の前まで迫っていることを——。




