EP 3
ヤクザ事務所と、駄々っ子インテリヤクザ
ポポロ国地下、最終ダンジョンの最下層。
かつて神々が血で血を洗う死闘の末に、世界を滅ぼしかけた『邪神』を封じ込めた絶対不可侵の奈落。
そこは、禍々しい瘴気と絶望に満ちた空間……のはずだった。
「……えっと、フレアさん? ここが、そのお知り合いのいる場所ですか?」
リアナはパチパチと瞬きをして、目の前の光景を見上げた。
最下層の広大な空間のド真ん中に、なぜかそこだけコンクリート打ちっぱなしのような謎の建築物があった。
ごつくて重そうな鉄扉の横には、筆文字で堂々と書かれた木札が掲げられている。
『深淵組』
「……ええ。一応、神話の時代から封印されてる『邪神』なんだけどね。ルチアナが慰問の時に持ってきた任侠映画のDVDを見せたら、完全にそっちの道にカブレちゃって……」
フレアは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえ、ズカズカと鉄扉に近づいて躊躇いなく蹴り開けた。
「邪魔するわよ、デュアダロス。今週の差し入れ」
「……おう、遅かったじゃねぇか。待ちくたびれたぜ」
ギィィ、と重い音を立てて開いた部屋の中は、完全に『昭和のヤクザ事務所』だった。
黒い革張りの応接ソファ、ガラスのローテーブル、その上には無駄にデカい灰皿。壁には邪神直筆と思われる『仁義』の掛け軸。そして部屋の奥には、最新式の大型テレビとDVDデッキが鎮座している。
そして、ソファに深く腰掛けていたのは、仕立ての完璧なアルマーニの高級スーツを着こなした、凄みのある超絶イケメンだった。
オールバックの髪型に伊達メガネ。胸元からは、神の魔力で錬成されたトカレフのグリップがチラリと覗いている。
彼こそが、かつてルチアナ女神と世界を二分して争った絶対悪——邪神デュアダロスである。
「ほら、さっさと受け取りなさいよ。こっちも暇じゃないの」
フレアはドサッと、ローテーブルの上に『シャケ弁当』と『ワンカップ酒』が入ったコンビニのビニール袋を投げ置いた。
デュアダロスは伊達メガネのブリッジを中指で押し上げ、ゆっくりとビニール袋の中身を覗き込む。
そして——ピキッ、と彼のこめかみに青筋が浮かんだ。
「……フレア。こりゃあ、どういう了見じゃ」
地を這うような低い声。部屋の空気が一瞬にして凍りつき、邪神の放つ圧倒的なプレッシャーが事務所内のガラスをビリビリと震わせる。
「どういうって、いつもの弁当でしょ? 文句言わないで食べなさいよ」
「ワレ、舐めとんのかァ!!!」
ドガァァァン!!
デュアダロスは突如としてローテーブルを蹴り飛ばし、立ち上がった。
完璧なインテリヤクザの仮面が剥がれ落ち、広島弁の怒号が地下ダンジョンに轟く。
「先週も先々週もシャケ弁当じゃねぇか! わしはなぁ、もっとこう……洒落たモンが食いてぇんじゃ! 焼きチーズじゃ! 焼きチーズと、美味いワインが良いんじゃあああ!!」
なんと、世界を滅ぼす邪神が、アルマーニのスーツを着たまま「焼きチーズが食べたい」と駄々をこねて地団駄を踏み始めたのだ。
『座頭市』の真似をして生成した仕込み刀を振り回し、本気で泣きそうな顔でキレ散らかしている。
これには、ただでさえ過労で限界を迎えていたフレアの堪忍袋の緒が、ブチィッ!と音を立てて切れた。
「……ッ、やかましいわよ!!」
ゴォォォォォォ!!
フレアの全身から、不死鳥の紅蓮の炎が爆発的に噴き上がる。
「こっちは寝る間も惜しんで魔物の間引きして、あんたの介護までしてやってんのに!! ルチアナはソシャゲばっかりしてるし、なんで私だけこんな目に遭わなきゃいけないのよ! 贅沢言うなら、二度と持ってこないわよ! 私だって暇じゃないんだから!!」
「あァ!? やる気かコラ! 表出ろや過労鳥!! 神の指パッチンで塵にしてやるわ!!」
「上等よ!! ここで消し炭にしてやるわ、この引きこもりヤクザ!!」
極道の邪神と、限界突破の不死鳥。
神話クラスの二柱が本気で激突しようとしたその瞬間、ダンジョンの空間そのものが崩壊の危機に瀕した。
次元が歪み、致死量の魔力が弾け飛ぼうとした、まさにその時である。
「——お二人とも、大人しくしてください」
ふんわりとした、場違いなほどに優しい声が、ヤクザ事務所に響き渡った。
「「あ?」」
デュアダロスとフレアが同時に声を止めて振り返る。
そこには、右手に包丁、左手に人参マンドラをぶら下げたエプロン姿のリアナが、少しだけ困ったような笑顔で立っていた。




