EP 9
新しい看板娘(まかない付き)の誕生
「アハハハハ! リーザちゃん、すっごく面白いです!!」
ヤクザ事務所(料理屋)のド真ん中で、鼻から五円玉を抜き取り、ゼェゼェと息を切らす薄汚れた人魚姫。
その常軌を逸した『ハゲたぬきのポンポコ節』を目の当たりにし、神々がドン引きして沈黙する中、リアナだけが腹を抱えて大爆笑していた。
「ああっ、お腹痛い……っ。私、こんなに笑ったの久しぶりです!」
リアナは目尻に浮かんだ涙をフリルのエプロンで拭いながら、みかん箱から降りたリーザの両手を、ギュッと優しく握りしめた。
「リーザちゃん! 歌も踊りも、とっても素敵でした! もしよかったら——」
リアナは、天使のような、しかし底辺アイドルにとっては『悪魔の契約』にも等しい極上の笑顔を浮かべて、とんでもない提案をした。
「もしよかったら、このお店の『看板娘』として、一緒にお手伝いしてくれませんか?」
「……か、かんばんむすめ……?」
リーザが、間の抜けた声でオウム返しにする。
「はい! お客さんの案内をしたり、たまに今日みたいにお歌を歌ってくれたら嬉しいです! お給料はあまり出せないんですけど……その代わり」
リアナは、言葉を区切り、リーザの耳元で甘く囁いた。
「**『三食まかない付き(食べ放題)』**ですよ?」
ピタッ。
その瞬間、リーザの全身の時が止まった。
『三食』。
『まかない』。
『食べ放題』。
ルナミス帝国に親善大使(という名目の家出)としてやってきてから数ヶ月。
彼女の脳内を駆け巡るのは、公園の冷たいベンチ、パサパサのパンの耳、苦いタンポポ、そして交番の前で泣きながら反復横跳びをした屈辱の日々。
それが、今日食べたあの暴力的なまでに美味い『絶品回鍋肉』のような食事が、朝・昼・晩と、永遠に約束されるというのか。
「さ、さ、さ、さ、三食……っ!?」
リーザの青い瞳孔が、極限までガンギマリに開いた。
「パンの耳じゃなくて……お肉ですか!? お野菜ですか!? 白くてホカホカのご飯が、毎日、お腹いっぱい食べられるんですかぁぁ!?」
「ええ、もちろん! 明日の朝ごはんは、出汁をたっぷり巻き込んだ『ふわふわの厚焼き玉子』と『鮭の塩焼き』にしようかなって思ってます」
「やりますッ!!!!」
食い気が、アイドルの矜持を、一国の姫としての尊厳を、音速でぶっちぎった。
リーザはリアナの手を握り返し、ブンブンと千切れんばかりに上下に振った。
「私、やります! 看板娘でも、皿洗いでも、床の雑巾掛けでも何でもします! だから、私をここで飼ってくださいぃぃっ!!」
「ちょっと待ちなさいよこの大バカ娘!!」
ここでついに、頭を抱えていた過労女神が割って入った。
「あんた、仮にも海中国家シーランの次期女王でしょ!? それがヤクザ事務所(料理屋)の住み込みバイトってどういうことよ! お母様が知ったら泡吹いて倒れるわよ!?」
「うるさいです、燃えるおばさん!!」
「お、おば……ッ!?」
カチンッ! とフレアの額に青筋が浮かぶが、カロリーの亡者と化したリーザは止まらない。
「王家の誇りじゃお腹は膨れないんです! 私は今、自分の胃袋の『絶対無敵』を見つけたんです! もう交番のおまわりさんに迷惑もかけません! ここで、リアナお嬢様の作ったご飯を一生食べて生きていくんですぅぅ!」
リーザはリアナの背中にピタッと隠れ、フレアに向かって「あっかんべー」と舌を出した。
「おいおい……マジかよ」
ソファで見ていたフェンリルが、信じられないものを見る目で呟く。
「神である俺や過労鳥、極道邪神に続いて、一国の姫まで『胃袋』で屈服させちまったぞ、あの箱入り姫……。完全にこの店のヒエラルキーの頂点じゃねぇか」
「……ふん。まぁ、賑やかになる分には悪くねぇ。俺のチャカ(トカレフ)の手入れくらいは手伝わせるか」
デュアダロスも、呆れながらもインテリメガネを押し上げ、小さく息を吐いた。
「ふふっ、決まりですね! リーザちゃん、明日からよろしくね!」
「はいっ! お嬢様!!」
こうして、緩衝地帯ポポロ国の路地裏にある『料理屋・深淵』に、新たな居候が誕生した。
極道邪神、過労女神、ヒモ狼王に続く四人目の従業員は——『カツ丼出禁のド底辺アイドル(人魚姫)』。
この大陸で最もカオスで、最も食欲に忠実なヤクザ事務所の伝説は、ここからさらに加速していくのである。




