EP 4
底辺人魚、ヤクザ事務所に連行される
「カツ丼……! 私のカツ丼がぁぁ! 衣がサクサクで、卵がトロトロの、お肉がぁぁぁ!!」
ルナミス帝国からポポロ国へと続く裏路地。
薄汚れたビニールカッパを着た絶世の美少女(人魚姫リーザ)が、涙と鼻水を撒き散らしながら、ズルズルと地面を引きずられていた。
「うるさいわね! もう出禁になったんだから諦めなさいよこの底辺アイドル! 大体、あんたのお母様(女王)に手紙でなんて報告してるのよ!」
「『毎日美味しいご飯を食べて、帝国のファンに囲まれて大成功してます』って書いてますぅぅ!」
「大嘘じゃないの!! 完全に虚偽報告よ!!」
限界社畜女神のフレアは、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえながら、リーザの首根っこをガシッと掴んだままズンズンと歩みを進める。
片手には特売の豚バラ肉が入ったスーパーの袋。もう片手には、カツ丼の亡霊と化した一国の姫君。
神話の時代から世界を救ってきた不死鳥の威厳など、もはやどこにもない。
やがて、フレアは城下町のさらに奥まった路地裏にある、重厚な鉄扉の前にたどり着いた。
「ほら、着いたわよ! 豚肉買ってきたわよー!」
バンッ! とフレアが鉄扉を蹴り開けると、カランコロン♪という場違いに可愛らしい来客鈴の音が響いた。
そのまま店内にポイッと放り出されたリーザは、床を転がりながら「ひゃうっ!?」と情けない声を上げた。
「……あ?」
「……お帰り、過労鳥」
リーザがおそるおそる顔を上げると、そこは完全に『その筋の事務所』だった。
壁には『仁義』の掛け軸。黒い革張りのソファ。
そして、カウンターの奥でトカレフ(神の魔力製)を手入れしているアルマーニスーツのインテリヤクザ(邪神デュアダロス)と、ソファにふんぞり返って爪楊枝を咥えている銀髪じゃらじゃらピアスのチャラ男(狼王フェンリル)。
(ひぃぃぃっ!? や、ヤクザ!? 私、ついにタダ飯の罪で裏社会に売られちゃうんですかぁぁ!?)
リーザが恐怖のあまりビニールカッパをギュッと握りしめ、ガタガタと震え出したその時。
——ボワァァァァァッ!!
店のさらに奥、巨大なシステムキッチンから、猛烈な炎が噴き上がる音がした。
「わぁ! フレアさん、お帰りなさい! 豚肉ありがとうございます!」
ヤクザとチャラ男という恐怖の空間のド真ん中で、フリルのエプロンを着た亜麻色の髪の少女が、天使のような笑顔でこちらに手を振っていた。
「お、女の子……?」
リーザが目をパチパチさせた次の瞬間。
リアナは受け取った特売の豚バラ肉を、一切の迷いなくザクザクと切り分け、煮えたぎる油の入った巨大な『中華鍋』へと放り込んだ。
ジューーーーーッ!!!
パチパチと豚の脂が爆ぜる音と共に、店内に凄まじい匂いが立ち昇った。
それは、先ほどリアナが容赦なく両断した『ネタキャベツ』の甘みと、豚バラ肉の暴力的な脂、そしてニンニクと生姜の香ばしい匂い。
「……ッ!!?」
リーザの胃袋が、キュルルルルルッ!!と、もはや悲鳴に近い轟音を鳴らした。
さっきまで泣き叫んでいた「カツ丼」への未練など、一瞬にして宇宙の彼方へ吹き飛んでしまった。
「おい過労鳥。なんだその薄汚れたガキは」
デュアダロスが眉をひそめてトカレフを仕舞う。
「あ! お前、パチンコ屋で俺の足元で銀玉拾ってたハイエナじゃねーか!」
フェンリルがソファから身を乗り出し、リーザを指差した。
「色々あって拾ってきたのよ! ほらあんた、立ってご挨拶しなさい!」
フレアに背中をバシッと叩かれ、リーザはフラフラと立ち上がった。
しかし、彼女の視線はヤクザにもチャラ男にも向いていない。ただひたすらに、リアナが振るう中華鍋の中で黄金色に輝く『お肉とキャベツ』に釘付けになっていた。
「あ、あら? もしかして、フレアさんのお友達ですか?」
リアナが中華鍋を器用に振りながら、首を傾げる。
「お、お肉……。お野菜……。パンの耳じゃない、あったかいご飯……っ」
リーザはよだれを拭うのも忘れ、フラフラとキッチンのカウンターへと吸い寄せられていく。
ド底辺地下アイドルが、箱入り姫の圧倒的な『胃袋テロ』の射程圏内に、完全に足を踏み入れた瞬間だった。
「ふふっ、ちょうど今、出来上がるところですよ! お腹、空いてるんですよね?」
リアナはニコッと微笑むと、手元に用意していた漆黒の調味料——特製の『甜麺醤』を、中華鍋へと思い切り投入した。




