EP 13
カツ丼出禁のアイドル
ガララッ……。
フレアが驚愕で固まっていると、交番のすりガラスの引き戸が、ひどく疲労しきった音を立てて開いた。
中から出てきたのは、目の下に濃いクマを作った、ルナミス帝国治安維持部隊の初老の警察官だった。
「ああっ! おまわりさん!」
シュバッ! と完璧な反復横跳びをピタリと止めたリーザが、パァァァッ! と顔を輝かせて警官に詰め寄った。
「ついに私という極悪人を逮捕しに来たんですね!? さぁ、早く私に手錠をかけて、あの薄暗い取調室へ連行してください! そして『田舎のお母さんが泣いてるぞ』って言いながら、あの衣がサクサクで卵がトロトロの……魅惑の『カツ丼』を出してくださいぃぃ!!」
もはや隠す気ゼロ。欲望フルスロットルである。
「悪いこ」を自称しておきながら、よだれを拭い、目をキラキラさせて自ら両手首を差し出す不審者(絶世の美少女)。
しかし、初老の警官は、そんなリーザを完全にスルーし、重いため息をついた。
そして、呆然と立ち尽くすフレアの方へ、救いを求めるような、縋るような目を向けたのである。
「あぁ……そこのお嬢さん。あんた、もしかしてこの子のお知り合いかい?」
「え? ……あ、いや、知り合いというか……」
フレアが言い淀むと、警官は深々と、それはもう深々と頭を下げた。
「助かったよ……! 頼む、この子を引き取ってやって下さいよぉ……っ!」
「へ?」
警官は涙目でフレアに泣きついた。
「この子、ここ三日間、毎日うちの交番の前で不審な動き(反復横跳び)をしては、職務質問を誘発してくるんだ。最初は本当に腹を空かせた哀れな家出少女だと思って、自腹でカツ丼を取ってやったんだが……」
警官の言葉に、リーザが「ああっ、あのカツの旨味……!」とうっとりした顔をする。
「味が忘れられなかったのか、次の日も、その次の日も同じ時間に来て反復横跳びをしやがる! 挙句の果てには『今日は大盛りでお願いします!』って注文までつけてくる始末で……! 頼むよ、毎回毎回、カツ丼を食わせるわけにはいかないんだ! こっちの財布(経費)が爆発しちまう!!」
なんと、ルナミス帝国にトップアイドルとして君臨している(はずの)シーランの人魚姫は、帝国の交番の『ブラックリスト(カツ丼目的のタダ飯常習犯)』に登録されていたのだ。
「……ッ!!」
フレアは、頭を抱えた。
神の視界がバグったのかと一瞬疑ったが、目の前で「カツ丼……大盛りカツ丼……」と念仏のようにつぶやいているアホの子は、間違いなく一国の姫君である。
「そ、そんな! 今日はダメなんですか!? 私、こんなに完璧な反復横跳びをしたのに! 悪いこなのにぃぃぃ!」
「反復横跳びのクオリティは関係ないんだよ! 帰れ! もう君を出禁にする!」
「ああぁぁぁっ! 私の、私のお肉(カツ丼)がぁぁぁ!!」
絶望のあまり、交番の前で崩れ落ちて号泣し始めるリーザ。
そのあまりにも悲惨で、情けなくて、底辺を極めた姿に、ついにフレアの堪忍袋の緒がブチィッ! と切れた。
「……あんた、仮にも一国の姫が何やってんのよォォォォッ!!」
ゴォォォォォッ!
フレアの全身から不死鳥の炎が(怒りで)噴き上がり、ルナミス帝国の歓楽街の路地裏が真昼のように明るく照らされた。
「ひゃあッ!? な、なんですかあなた! 燃えてますよ!?」
「うるさいこの底辺アイドル! お母様が海底で泣いてるわよ! 一体どういう教育受けたら、交番前でタダ飯狙いの反復横跳びするような姫に育つのよ!!」
フレアはズカズカとリーザに歩み寄ると、薄汚れたビニールカッパの首根っこをガシッと掴んだ。
「おまわりさん、ご苦労様! この大馬鹿娘は私が責任持って引き取るわ!」
「お、おお! 助かるよ! ありがとう、燃えるお嬢さん!」
「い、嫌ですぅぅ! 離してくださいぃ! カツ丼! 私はカツ丼が食べたいんですぅぅ!」
手足をバタバタさせて抵抗するリーザ(※意外と力が強いが、過労女神の腕力には敵わない)を片手で引きずりながら、フレアはもう片方の手で豚バラ肉の入ったレジ袋を提げ、足早にポポロ国へ向かって歩き出した。
「カツ丼なんてジャンクなもん食ってる場合じゃないわよ! 今からうちのお嬢が、死ぬほど美味い『回鍋肉』作って待ってんだから、大人しくついてきなさい!!」
「ほ、ホイコーロー……!?」
その聞き慣れない、しかし圧倒的なカロリーの響きを感じ取った単語に、リーザの抵抗がピタリと止まった。
こうして、カツ丼を出禁になったド底辺人魚姫は、数奇な運命(と食い気)に導かれ、箱入り姫の待つ『料理屋・深淵』へと連行されていくのだった。




