EP 2
過労女神のお買い物と、不審な反復横跳び
ルナミス帝国の歓楽街に近い、活気あふれる市場。
不死鳥のフレアは、両手にスーパーのレジ袋(特売の豚バラ肉がぎっしり詰まっている)を提げ、死んだ魚のような目でため息をついていた。
「なんで神話の時代から世界を支えてきたこの私が、パシリみたいに豚肉の買い出ししてんのよ……」
ブツブツと文句を言いながらも、リアナの作る絶品ご飯(今日は回鍋肉!)の誘惑には勝てず、言われた通りにお使いをこなしてきた帰り道である。
歓楽街の入り口にある、帝国の治安を守る小さな交番。
その前を通りかかった時、フレアの耳に、ひどく棒読みで、しかし妙にリズミカルな声が届いた。
「あ〜あ〜。私は悪いこだぞ〜。何となく悪い事をするかも〜」
「……は?」
フレアが足を止め、交番の前へ視線を向ける。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
透き通るような青い髪を持つ、宝石のように美しい少女。
しかし、その服装は完全に狂っていた。手作りのフリフリなアイドル衣装の上に、ゴミ捨て場から拾ってきたような薄汚れた半透明の『ビニールカッパ』を羽織っているのだ。
さらにヤバいのは、その行動である。
少女は交番の真正面で、無表情かつ完璧なフォームで、シュババババッ!と目にも留まらぬ速さの『反復横跳び』を繰り返していた。
「あ〜あ〜。こんなところで反復横跳びをするなんて、私はとんでもない不良です〜。おまわりさ〜ん、早く私を捕まえないと、もっと悪い反復横跳びをしますよ〜。そしたら取調室行きですよ〜」
シュバッ! シュバッ! シュバッ!
一切のブレがない、アスリート顔負けの反復横跳び。しかし声は完全に国語の教科書を読んでいるような棒読み。
あわよくば補導されて「カツ丼」にありつこうという、ド底辺アイドルの涙ぐましい生存戦略である。
「な、なんなのよあれ……。ルナミス帝国もついに末期ね……」
あまりの奇行にドン引きし、見なかったことにして通り過ぎようとしたフレアだったが、ふと、その少女から放たれる微かな魔力の波長に気づいた。
神の目を持つ不死鳥の視覚が、ビニールカッパの下に隠された『真実の姿』を捉える。
深海の魔力。そして、どこかで見たことのある絶世の美貌。
「……ん? ちょっと待って。あの子……」
フレアの脳裏に、数年前に海中国家『シーラン』の女王リヴァイアサンから見せられた、親バカ全開のホログラム写真がフラッシュバックした。
『見てくださいフレア様! 我が愛娘のリーザです! 今度、ルナミス帝国へ親善大使として赴任し、トップアイドルとしてデビューするのですよ! オホホホ!』
——目の前で、薄汚れたカッパを着て、交番前で「悪いこだぞ〜」とカツ丼目当ての反復横跳びをしている不審者。
「……いやいやいや! 嘘でしょ!? あんた、シーランの姫君じゃないの!?」
フレアが思わずレジ袋を落としそうになった、その時。
交番のすりガラスの引き戸が、ガララッ……と、心底疲労しきった音を立てて開いた。




