第三章 未練たらたらな関係と貧乏サバイバル王女
ネタキャベツの命乞いと、お嬢の裁き
緩衝地帯ポポロ国、城下町の路地裏に佇む『料理屋・深淵』。
その日も、真新しいアイランドキッチンには、フリルのエプロンを着たリアナの鼻歌が響いていた。
「んふふ〜♪ さてさて、今日のまかないの献立は何が良いかしら〜?」
リアナは愛用のマイ包丁を右手に持ち、トントンとまな板を軽く叩いた。
その視線の先、まな板の上でブルブルと震えているのは、ポポロ国の特産(?)である喋る魔野菜——『ネタキャベツ』だった。
外見は瑞々しい普通のキャベツだが、葉の隙間からギョロリとした目玉が覗き、必死に冷や汗(水滴)を流している。
彼らネタキャベツは、捕食者から逃れるために「渾身の一発ネタ」を披露して命乞いをするという、悲しくもウザい生態を持っていた。
「ヒィィッ! ま、待ってくれねーちゃん! 殺さないでくれ! 俺の渾身のネタを聞いてからにしてくれぇ!!」
「あら、良いですよ。面白かったら、今日はお野菜スープにしてあげますね」
リアナは包丁を振り上げたまま、ニコニコと天使のような笑顔で頷いた。
(※結局食べる気満々である)
絶体絶命のネタキャベツは、葉っぱを器用に擦り合わせながら、命がけの一発ネタを放った。
「い、一発ネタ披露〜!! 『キャベツが豚肉を、ギュッと抱きしめました!』」
「ふむふむ。……その心は?」
リアナが小首を傾げ、包丁の刃がキラリと光る。
キャベツは一世一代のドヤ顔(葉っぱのシワ)を作って叫んだ。
「肉垂らし(にくたらしい)……『憎たらしい関係』です! さらに、そこに味醂をかけたら……『未練たらたらな関係』!! な〜んちゃって!!」
「「「…………」」」
ヤクザ事務所(料理屋)の店内が、極寒のシベリアよりも冷たく凍りついた。
カウンター席でグラスを磨いていたインテリヤクザ(邪神)のデュアダロスと、爪楊枝を咥えていたヒモ狼が、あまりのネタの寒さにスッと目を逸らす。
そして、まな板の前のリアナは——。
「うーん」
数秒の沈黙の後、リアナは満面の笑みで、朗らかに宣告した。
「アウト〜! そうだわ、今日は回鍋肉にしましょ」
ザクゥッ!!!
迷い、慈悲、一切なし。
リアナの振り下ろした包丁が、見事なダジャレ(?)を披露したネタキャベツを、脳天から真っ二つに両断した。
「アッーーー!!」
キャベツの断末魔が店内に響き渡り、真っ二つにされた断面からは、新鮮でシャキシャキとした瑞々しい葉が顔を覗かせていた。
「ふふっ、葉っぱがギッシリ詰まってて美味しそう。やっぱり豚肉とキャベツには、甘辛いお味噌ですよね!」
リアナは何事もなかったかのように、手際よくザクザクとキャベツを一口大の乱切りにしていく。
その一連の流れるような作業をカウンターから見ていた二柱の神は、顔を引き攣らせていた。
「……お嬢」
デュアダロスは、伊達メガネを中指で押し上げながら、額に一筋の冷や汗を流した。
かつて神話の時代に世界を滅ぼしかけた彼でさえ、あそこまで無慈悲で躊躇いのない一撃は放てない。
「……お嬢ちゃん、笑顔でヤバいことするよな。完全に天然サイコパスやんけ」
フェンリルもまた、もやし炒めの残りの皿を抱えながら、ガタガタと震えていた。
絶対零度の氷狼を使役する彼よりも、まな板の前で「アウト〜!」と宣告する箱入り姫の方が、何倍も恐ろしい。
「あ、お二人とも! フレアさんが豚肉の買い出しから帰ってきたら、すぐに炒め始めますからね。お腹空かせて待っててください!」
神話最強の神々が引いていることなど露知らず。
リアナはフライパンに油を引き、ニンニクと生姜を刻みながら、ルンルン気分で過労女神の帰りを待つのだった。
一方その頃、豚肉のお使いに出されたフレアが、ルナミス帝国の交番前で『とんでもない底辺アイドル』に遭遇しているとは、まだ誰も知らない——。




