EP 8
至高のジャンク飯・極上もやし炒め~人魚姫とサバ缶を添えて~
夜も更けた、緩衝地帯ポポロ国の路地裏。
一文無しの敗北者となった狼王フェンリルは、魂が抜けたような顔で『料理屋・深淵』へと向かっていた。
(……ちくしょう。10万あれば、リアナの店のメニュー、全部食えたのに……。俺は、俺は一体何を……)
猫を助けてトラックに轢かれる演出を外した悔恨と、凄まじい空腹感。
フェンリルがフラフラと店の前の角を曲がった、その時だった。
「わぁぁぁぁ……っ! 勝利の味です! 本物のお魚の匂いです……っ!」
目の前を、薄汚れたビニールカッパを羽織った青髪の少女が、スキップしながら歩いていた。
ルナミス帝国のド底辺地下アイドル、人魚姫のリーザである。
彼女は両手で、オレンジ色のラベルが貼られた『サバの味噌煮缶』を、家宝のように大事そうに抱きしめていた。
(……あ? あのガキ、さっきパチンコ屋の床這いずり回ってた……)
フェンリルのチャラいアンテナが、リーザを認識する。
そして同時に、彼の鼻腔が、彼女が抱えるサバ缶から微かに漏れ出る『魚介の旨味と味噌の濃厚な匂い』をキャッチした。
ギュルルルルルルルルッ!!!
フェンリルの腹から、オークの咆哮をも凌駕する、凄まじい音が鳴り響いた。
「ひゃあッ!?」
リーザが驚いて振り返る。そこには、飢えた狼のような目をした銀髪のイケメンが、自分のサバ缶を凝視して立っていた。
「……お、お、お魚はあげませんよぉ! これは、私が命がけで拾った銀玉と交換した、アイドルとしての大成功の証なんですからぁ!」
リーザはサバ缶を背中に隠し、涙目で後ずさる。
「……うるせぇ。誰がガキのサバ缶なんか……。……おい、そこ、道開けろ。俺は今、最悪な気分なんだよ……」
フェンリルはリーザを無視し、フラフラと『料理屋・深淵』の重厚な鉄扉を開けた。
カランコロン、という可愛らしい鈴の音が、虚しく響く。
「……あれ? フェンリルさん? お帰りなさい!」
厨房から、フリルのエプロン姿のリアナが、満面の笑みで顔を出した。
カウンター席では、フレアがソシャゲのガチャ爆死履歴を見てくだを巻いており、デュアダロスがグラスを磨いている。
「……ねーちゃん。……全部、飲まれた……」
フェンリルはカウンター席までたどり着くと、そのまま崩れ落ちるように床に這いつくばった。
「はぁ? あんた、村人から10万も貰っておいて、数時間で全ツッパしたの!? 最低! 邪神より最低の神様よあんた!!」
フレアがジョッキを叩きつけ、ガチギレする。
デュアダロスさえも引き、チャカ(トカレフ)を抜く気も失せさせるほどのクズっぷり。
「……美味いもんが食いてぇ……。10万あれば、美味いもんが山ほど食えたのに……。お腹空いたよぉ、リアナねーちゃぁぁん!!」
神話最強の狼王が、床で子供のようにワンワンと泣きじゃくる。
そのあまりにも哀れで情けない姿を見て、リアナは少し困ったように眉を下げ、優しく微笑んだ。
「まぁまぁ。10万円は残念でしたけど、お客様が生きて帰ってきてくれただけで十分ですよ」
リアナは厨房からカウンターの方へ回り、フェンリルの背中をポンポンと優しく叩いた。
「お腹、空いてるんですよね? もう豪華な食材は残ってませんけど……厨房にあった『もやし』で良ければ、すぐにまかないを作りますから」
「……え? もやし? 俺、一文無しだけど……」
フェンリルが、涙目のまま信じられないといった顔でリアナを見上げる。
「ふふ、お友達なんですから、出世払いでいいですよ。さぁ、座ってください」
リアナは厨房へ戻り、腕まくりをしてフライパンを握った。
その時、店の扉が再び開き、おそるおそるリーザが顔を覗かせた。
「あ、あのぅ……。外に、すごく美味しそうな匂いが漂ってきたので、つい……」
「あら、可愛いお客様! いらっしゃいませ!」
リアナが笑顔でリーザを迎え入れる。
リーザはカッパを脱ぎ、手作りのフリフリ衣装(薄汚れている)姿で、大事そうにサバ缶を抱えてカウンター席に座った。
「よし! 元気が出るような、とびっきりのジャンク飯を作りますね!」
リアナは厨房の魔導コンロに火をつけた。
フライパンが熱せられ、そこにたっぷりの豚の背脂と、刻みニンニクが投入される。
ブワッ!!
その瞬間、店内に『暴力的なまでのニンニクと脂の匂い』が充満した。
パチンコ屋のタバコの匂いにまみれていたフェンリルとリーザの鼻腔が、その匂いに完全に支配される。
ゴクリ、ゴクリと、二柱(と一人魚)の喉が大きく鳴った。
「ここに、1袋30円の安いもやしを2袋! 一気に投入します!」
ジューーーーーッ!!!
凄まじい爆音と共に、もやしが炒められていく。
リアナはフライパンを豪快に振り、もやしに豚の脂とニンニクの旨味を纏わせていく。
仕上げに、醤油草の絞り汁とソーリーフのペースト、そして隠し味にパチンコ屋で拾った(嘘、フレアの)ワンカップ酒をひと回し。
「香ばしい醤油の匂いが立ち上れば……完成です! 特製『ニンニク背脂・極上もやし炒め』!」




