EP 6
敗北者、ヤクザ事務所に帰還す
夜も更けた頃。
緩衝地帯ポポロ国の路地裏に佇む『料理屋・深淵』の重厚な鉄扉が、ギィィ……と力なく開いた。
「……いらっしゃ……あ、駄犬」
カウンターでルチアナ女神のソシャゲ課金履歴を見て呆れていたフレアが、気怠げに視線を向けた。
キッチンで新しい食材のメニューを考えていたリアナと、グラスを磨いていたデュアダロスも同時に振り返る。
そこに立っていたのは、数時間前の凛々しい無双シーンなど見る影もない、完全に抜け殻となったフェンリルだった。
銀髪はボサボサで、顔色は土のように青白く、瞳からは光が完全に消え失せている。
全身から、この世の終わりのような虚無のオーラが漂っていた。
「……ねーちゃん。……全部、飲まれた……」
フェンリルは蚊の鳴くような声で呟くと、カウンター席までフラフラと歩み寄り、そのまま椅子から崩れ落ちるように床に這いつくばった。
「知ってたわよ。5千円なんて、あんたの手にかかれば5分と持たないでしょ」
「……違うんだ。道中、オークの軍勢を全滅させて村人からお礼に10万円貰ったんだ……。その10万円も合わせて、10万5千円……全部、トラックに轢かれた……」
「「はぁぁぁぁぁ!?」」
フレアとデュアダロスの声がハモった。
「あんた、村から全財産搾り取っておいて、それを数時間で全ツッパしたの!? 最低! 邪神より最低の神様よあんた!!」
「ちっ。お嬢を泣かせるようなクズかと思ってたが、お嬢を尊敬するレベルの、次元が違うクズだったな……」
デュアダロスさえも引き、チャカ(トカレフ)を抜く気失せさせるほどのクズっぷり。
フェンリルは床に顔を擦り付けたまま、涙と鼻水で顔をグシャグシャにして泣き始めた。
「……美味いもんが食いてぇ……。10万あれば、美味いもんが山ほど食えたのに……。俺はなんで、猫を助けるトラックに全部賭けちまったんだ……っ! お腹空いたよぉ、リアナねーちゃぁぁん!!」
神話最強のバトルジャンキーが、床で子供のようにワンワンと泣きじゃくる。
そのあまりにも哀れで情けない姿を見て、リアナは少し困ったように眉を下げ、優しく微笑んだ。
「まぁまぁ。10万円は残念でしたけど、お客様が生きて帰ってきてくれただけで十分ですよ」
リアナは厨房からカウンターの方へ回り、フェンリルの背中をポンポンと優しく叩いた。
「お腹、空いてるんですよね? もう豪華な食材は残ってませんけど……まかないで良ければ、すぐに作りますから。そこに座ってください」
「……え? メシ、食わせてくれるの? 俺、一文無しだけど……」
フェンリルが、涙目のまま信じられないといった顔でリアナを見上げる。
「ふふ、お友達なんですから、出世払いでいいですよ。デュアダロスさん、フェンリルさんを椅子に座らせてあげてください。フレアさんも、お水をお願いしますね」
リアナはそう言うと、厨房へ戻り、腕まくりをしてフライパンを握った。
「よし! 元気が出るような、とびっきりのジャンク飯を作りますね!」
こうして、全てを失った敗北者・フェンリルは、リアナの優しさに触れ、この後、人生で一番美味い『安いもやし炒め』に出会うことになるのだった。




