第二章 クズ狼ともやし炒め定食
金の無心と、最低の神様
ポポロ国の城下町、路地裏にひっそりと佇む『料理屋・深淵』。
その日の昼下がり、夜の営業に向けて仕込みの準備をしていたリアナたちの耳に、重厚な鉄扉が開く音が届いた。
カランコロン、という可愛らしい来客鈴(リアナが後から付けた)の音とは裏腹に、入ってきた足取りはひどく重々しい。
「……姉ちゃん、頼む。金貸してくれぇ……」
「はぁ!?」
カウンターで昼間からジョッキを傾けていたフレアが、素っ頓狂な声を上げた。
そこに立っていたのは、ずぶ濡れになった銀髪のイケメン青年だった。
耳にはじゃらじゃらとピアスをつけ、口元には火のついていない『マルボロのアイスブラスト』を咥えている。
凄まじい顔面偏差値の高さと気怠げな色気を放っているが、その出立ちはどう見ても『雨の日に捨てられた大型犬』である。
彼こそが、神話の時代に大地と本能を司った三調停者の一角——『狼王フェンリル』であった。
「ちょっとあんた! 帝国の貴族令嬢の家で、ヒモニートやってたんじゃないの!? なんでそんなずぶ濡れなのよ!」
「……追い出されたんだよ。女の家で三日三晩、寝ずにFPSゲームのランクマッチ回してたらガチギレしやがってよぉ……。俺の荷物、全部窓から雨の中に放り投げられたんだぜ? 信じられるか?」
「信じられるわよ! 完全に自業自得じゃないのこの駄犬!!」
フレアが青筋を立てて怒鳴りつけるが、フェンリルは全く悪びれる様子もなく、濡れた銀髪をバサッと掻き上げた。
「もう俺には、パチンコしか残されてねぇんだ……。だから姉ちゃん、金くれぇ」
「どの口が言ってんのよ! 神の威厳はどこに置いてきたのよ!?」
そのあまりにも堂々としたクズっぷりに、店の奥で包丁を研いでいた男が呆れたように鼻で笑った。
「チッ。相変わらず、どうしようもねぇクズだな、フェンリル」
「あァ? 誰だてめぇ、俺に説教たれようって——」
凄んで振り返ったフェンリルは、アルマーニの高級スーツを着こなしたインテリヤクザとバッチリ目が合った。
そして、そのヤクザの背後に渦巻く『神話級の絶望』の残滓を感じ取り、咥えていたタバコをポロリと落とした。
「——は!? て、てめぇはデュアダロス!? なんで邪神がこんな娑婆に出てんだよ!? しかもなんだそのヤクザみたいな格好!」
「おう。まぁ、色々あってな。今のアッシは、最高に美味い飯を食わせてくれる『お嬢』の舎弟(用心棒)ってワケだ」
デュアダロスはニヤリと笑い、ヤクザらしからぬ手つきで布巾を洗い始める。
フェンリルは完全にパニックに陥った。
世界を滅ぼしかけた絶対悪が、エプロンをつけてグラスを磨いている。過労で死にそうだった不死鳥が、昼間からビールを飲んでくつろいでいる。
なんだこの空間は。自分がゲームをしている間に、世界線でもズレたのか?
「あ、あのぅ……」
混乱するフェンリルの耳に、鈴を転がすような優しい声が届いた。
厨房の奥から、フリルのエプロンを着た亜麻色の髪の少女——リアナが、不思議そうな顔でひょっこりと顔を出したのだ。
「いらっしゃいませ。お客様、ずぶ濡れですよ? お風邪を引いてしまいますから、タオルをどうぞ」
「え……あ、おう。サンキュ」
手渡されたふかふかのタオルの良い匂いに、思わずドキッとするフェンリル。
(なんだこの可愛い子!? ここ、ルナミス帝国の歓楽街よりレベル高ぇぞ!?)
バトルジャンキーにして最強の遊び人であるフェンリルのチャラいアンテナが、ピコンと反応した。
しかし、フェンリルがリアナにちょっかいを出そうとした瞬間、デュアダロスとフレアがものすごい形相で間に割って入った。
「おい駄犬。お嬢に気安く触れようとしたら、次元ごと真っ二つにするぞ」
「リアナに手を出したら燃やすわよ、このヒモニート」
「お、おう……なんだよお前ら、過保護かよ」
二柱のガチギレ具合にドン引きしつつ、フェンリルはふと、リアナの存在に首を傾げた。
そういえばさっき、姉ちゃん(フレア)に金の無心をしたとき——。
「あのぅ……パチンコって、なんですか?」
リアナが、純粋無垢な瞳をパチパチと瞬かせて、フェンリルを見上げてきたのだ。
その瞬間、ヒモニート神の瞳に、パチンカス特有の怪しい光が宿ったのだった。




