EP 10
極道スローライフの始まり!
翌日の夜。
ポポロ国離宮の自室にあるクローゼットの扉を開け、リアナはワクワクしながら一歩を踏み出した。
空間がふわりと歪み、次に視界が開けた先は、城下町の路地裏に爆速で建設された『料理屋・深淵』のピカピカのキッチンだった。
「お嬢! お待ちしておりやしたぜ!」
「リアナ、遅い! 私もうお腹と背中がくっつきそう!」
ビシッとアルマーニのスーツを着こなしたデュアダロスが完璧な角度でお辞儀をし、革張りソファではフレアがゴロゴロしながら文句を言っている。
昨日と全く変わらない、賑やかで少しおかしな光景に、リアナは嬉しそうにエプロンを結んだ。
「ふふっ、お待たせしました。今日は宣言通り、『ハニーかぼちゃの甘口シチュー』を作りますね! あと、差し入れで美味しい『芋酒』も持ってきましたから」
「おおっ! さすがお嬢! アッシは昨日からこの日を——」
バンッ!!
デュアダロスが歓喜の声を上げようとしたその時、店の重厚な鉄扉が乱暴に蹴り開けられた。
「おいコラ! 見ねぇ看板が出てると思ったら、こんな路地裏で新しく店開いたのか! 酒だ酒! 安くて美味いモン出せや!」
ドカドカと土足で踏み込んできたのは、柄の悪い三人組の冒険者だった。
彼らは三大国の緩衝地帯であるこのポポロ国で、日銭を稼いでは安酒を煽るチンピラまがいの男たちだ。
真新しいテーブルに足を乗せ、下品な笑い声を上げている。
「あ? なんだこの店、店主は女か? おいネーチャン、愛想良く注ぎに来ねぇと——」
男がニヤニヤしながらキッチンを覗き込もうとした、次の瞬間。
「——誰に口利いとんじゃ、ワレ」
ヤクザ事務所……いや、店内の温度が、氷点下まで一気に急降下した。
「……あ?」
男たちが振り返ると、そこには伊達メガネの奥の瞳をドス黒く濁らせた、超絶イケメンのインテリヤクザ(邪神)が立っていた。
デュアダロスの背後には、幻覚か現実か、巨大な暗黒の登り龍のオーラが渦を巻いている。
「アッシの大事な『お嬢』のシマで、土足でデカい顔して……生きてこの扉を出られると思っとるんか、ポンコツ共が」
「ひぃッ!?」
チキッ、と胸元から抜かれたトカレフ(神の魔力製)の撃鉄が下りる音が響いた。
神話クラスの殺気と、極道特有の凄みを真正面から浴びた冒険者たちは、一瞬にして顔面から血の気を失い、ガチガチと歯の根を鳴らしてその場にへたり込んだ。
漏らす寸前である。
「す、すんません! すんません! 命だけは——!!」
「デュアダロスさーん! お客様ですかー?」
絶望の淵に立たされた男たちの耳に、天使のような、いや、それ以上に呑気な声が届いた。
キッチンから顔を出したリアナは、怯えきった屈強な男たちと、彼らを見下ろすデュアダロスを見て、ぱぁっと花が咲いたような笑顔を見せた。
「わぁ! 初めてのお客様ですね! いらっしゃいませ! ちょうど今、シチューが出来上がったところなんです」
リアナはお玉を持ったまま、男たちの前にとことこと歩み寄った。
「あ、あの……俺たちは……」
「お腹、空いてるんですよね? 今、温かいパンも切りますから。デュアダロスさん、お客様をテーブルへご案内してくださいね。フレアさんも、お行儀悪くしてちゃダメですよ?」
「へ、へい! お嬢がそう仰るなら……。オラ、さっさと座らんかい!」
デュアダロスの鋭い一瞥を受け、男たちはロボットのようにガチガチと動き、震えながらテーブルに並んで座った。
そこへ、リアナが湯気を立てる大きな器を運んでくる。
「お待たせしました! ハニーかぼちゃと人参マンドラ、それにトライバードの美味しいお肉をコトコト煮込んだ特製シチューです!」
黄金色に輝くシチューから、かぼちゃの強烈な甘みと、肉の旨味が溶け出した暴力的なほど良い匂いが立ち上る。
恐怖で胃袋が縮み上がっていたはずの男たちだが、その匂いを嗅いだ瞬間、本能が理性を上回った。
震える手でスプーンを持ち、一口、口に運ぶ。
「……ッ!!?」
男たちの瞳孔が開いた。
ハニーかぼちゃの濃厚な甘味が、疲労しきった冒険者の身体に染み渡る。人参マンドラのホクホクとした食感、ホロホロに崩れるトライバードの肉。
それは、彼らが今まで食べてきた塩と硬い肉だけの野営メシとは次元が違う、暴力的なまでの『美味さ』と『優しさ』だった。
「う、美味ぇ……なんだこれ、美味すぎる……!」
「母ちゃんの……いや、それ以上に美味えメシだ……っ!」
男たちはポロポロと涙をこぼしながら、一心不乱にシチューとパンをかき込み始めた。
先ほどまでの柄の悪さはどこへやら、完全にリアナの『胃袋テロ』の虜にされている。
「ふふっ、美味しいですか? おかわりもありますからね」
リアナはニコニコと微笑みながら、男たちの空になった器に次々とシチューを注いでいく。
その背後では、デュアダロスが「お嬢のメシを食えた幸運に感謝しやがれ」と腕を組み、フレアが「私の分のシチュー残しときなさいよ!」と皿を持って待機していた。
男たちは涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、パンで皿のソースを一滴残らず拭き取って完食した。
「ご、ごちそうさまでした!! これ、代金です! 足りなかったら明日、魔物を狩って必ず持ってきますんで! また……また来させてくだせぇ!!」
男たちはテーブルに銀貨を叩きつけるように置き、デュアダロスとリアナに深々と(90度の角度で)頭を下げて、嵐のように店を去っていった。
恐怖と美味さで完全に調教された、第一号の『絶対的リピーター』の誕生である。
「……ふふっ。賑やかで、楽しいですね」
残された銀貨を見つめながら、リアナは心底嬉しそうに微笑んだ。
籠の鳥だったお姫様が、初めて自分の足で立ち、自分の料理で誰かを笑顔にした瞬間だった。
「お嬢が笑ってくれるなら、アッシはどんな客が来ようが、最高の弾除けになってみせやすぜ!」
「あんた、弾除けって言いたいだけでしょ。リアナ、シチューのおかわり!」
極道にカブレた最強の邪神と、職務放棄した限界過労女神。
そして、無自覚に彼らを服従させる、お料理大好きの世間知らずな姫君。
ルナミス帝国、ワイズ皇国、レオンハート獣人王国が血で血を洗う覇権争いを繰り広げる、その真ん中。
ポポロ国の路地裏のヤクザ事務所で、最高に美味しくて、最高に波乱万丈な、リアナの『極道スローライフ』が、今、賑やかに幕を開けたのだった。
【第一章:極道邪神、お嬢の「娑婆の飯」に泣く・完】




