第九節 ガラスの耐久性、粉砕魔道具
閑話「カラフェシリーズ」エピソード9 本編 ep.136
十月の王都は、どこまでも高く澄みわたる青空に包まれていた。石畳を照らす陽光は柔らかく、白亜の城壁や尖塔を清らかに映し出す。
街路樹はところどころ黄金や紅に染まり、秋の風が吹けば葉がさらさらと舞い落ち、行き交う人々の肩や帽子にひらりと落ちては笑いを誘った。
アルフォンスは公爵邸の暖房魔道具に守られたガゼボでお茶をしながらリュミエールとガラスの原料について話し合っていた。
「帝国産に石灰と鉛が混ざってたのは分かったからどう進めるのがいいかな?」
「アルは帝国産の方が物持ちが良い点を調べたいのかしら?」
「そこか、方向性が迷子になってるのが悩みの元だね。元々は、高い透明度と色が挿し色というデザイン性から来てる。で、物持ちが良いという話がマリナから出てきたんだよね」
アルフォンスはカップを傾け、琥珀色の紅茶を一口飲む。
「透明性に関しては解決してる。挿し色は……特に進展はないけど、そこは工房が工夫して売りにする部分と考えれば手は出さない方がいい。自分でやっておきたい気持ちはあるけど優先度は低いかな」
「では、やはり残るのは耐久性ですわね。であるならば、石灰と鉛が耐久性にどう影響するかを確認することでしょうか」
アルフォンスはしばらく試行錯誤するとリュミエールに伝える。リュミエールは、少しリトルと乗馬を楽しむため連れ立ってガゼボを後にする。
アルフォンスは、ガラスの原料と混ぜやすそうな石灰から試すことにする。
ガラスを錬成するのに特化させた錬成陣を構築し、ガラスの原料に石灰を少し加えて静かに魔力を流していく。
錬成陣に淡い光が走り、原料が溶け合い融合し透明なガラスが姿を現す。
そこでアルフォンスはふと『耐久性ってどうやって確認するんだ?』と、当たり前過ぎる疑問を思い出す。
よく考えてみると、王国のガラスよりは物持ちが良いという話で始めているが、衝撃に対しては帝国産の方が脆いとも聞いている。
「これ、物持ちが良いというのが何を指してるのかきちんと聞いてなかったな。言葉として違和感がなかったからすっかり抜けてた。後でリュミィに相談しよう」
アルフォンスは即解決する点ではないと割り切り、石灰を入れる量を調整したサンプルをいくつか量産していく。
量産に飽きてきたアルフォンスは、お昼までいましばらくありそうなので別のことをやることに決めた。
少し考え、候補は二つほど、〈粉砕〉と〈遮熱〉が思い浮かんだ。と、〈粉砕〉に引きずられたのか〈防壁〉も思い出した。
「そういえば、錬成陣に風魔法の〈防壁〉を組み込んだら起動したんだっけか。錬成陣って、拡張する制限ってあるんだろうか?」
アルフォンスは新たな錬成陣を展開し〈防壁〉の魔法陣を組み込んでいく。組み込みながら「強度は固定がいいのか? 可変? 指定は魔力経由?」などと呟きながら作業を進めていく。
組み込み終わった錬成陣にさっそく魔力を流し込むと、錬成陣に淡い光が走り〈風の防壁〉が起動する。
「ん? これ、魔力を流してると両手塞がって何もできなくないか?」
錬成陣から手を離すと錬成陣は光を失い〈風の防壁〉も霧散する。アルフォンスはしばし考え「そうか、お手伝いをお願いすればいいのか」と、周りを見回すが暇そうな人はいなかった。
諦めたアルフォンスは再びベースとなる錬成陣を構築し〈粉砕〉の魔法陣を組み込んでいく。組み込む過程で『術者保護』で組み込まれている構成要素を少しずつ抜き取っていく。
驚くことに、飛び散る効果は結果として現れるのでなく『術者保護』の枠組みの中に存在していた点である。
「そういうことか、方向性を持たせて飛び散らせることで保護という効果を高めてるってことか。砕けたものが集まっているだけで事故とかあったんだろうな。それにしても、術者保護の陣式を削ったら随分シンプルになったな」
そこに侍女がやってきて「昼食の準備が整いました」と伝えに来たので、アルフォンスは了承し片付けをおこない食堂に移動する。
食堂にはリュミエールが既に着席して待っていた。シグヴァルドとマリナは午後も授業があるため不在となっていた。
「ねぇ、リュミィ。ガラスの話なんだけど、『王国より物持ちがいい』というのはどういう耐久性を考えればいいかな?」
「確かにそうですわね。『物持ちが良い』と聞きましたが、どういう意味での物持ちか聞いてませんでしたわね」
リュミエールは首を傾げ、顎に手をあてる。
「マリナは午後授業ありますし、とりあえず、飲み物を入れても王国産よりは持つという確認で良いのではないでしょうか」
「リュミィは王国産のガラスで飲み物入れたことある?」
「そもそも、王国産のガラス製品はダリナンさんの工房で買ったものだけですわ」
「あと、石灰を混ぜたガラスは作ったんだけど、それを水差しにできるか? と言われると無理かなと」
「ソフィアを通して丸投げした方が良いかもしれませんね。その時間を使って別のことで遊んでいても問題はないでしょう。そういえば、今日ソフィア見ました?」
「今日は見てないよ、たぶん公務が入ったとかじゃないのかな」
昼食を食べた後はいつものガゼボに移動しお茶を楽しみながら談笑する。
「そうそう、リュミィにお願いがあったんだ。例の〈防壁〉を組み込んだ錬成陣なんだけど、起動した後の確認をお願いしたいんだ。さっき、起動してみたんだけど両手が塞がってて何もできなかった」
リュミエールは目を見張り、クスっと笑い「お手伝いしますわ」とアルフォンスの隣に座った。
アルフォンスは再び〈防壁〉を組み込んだ錬成陣を構築し、「魔力流すね」と伝えて静かに魔力を流していく。錬成陣に光が走ると〈風の防壁〉が生まれる。
「ちょっともったいないけど、柔らかいそこの乾燥果物の欠片を少し離れたところからぶつけてみてもらっていいかな?」
リュミエールは乾燥果物の欠片を摘み、少し離れたところから「えぃ」と、〈風の防壁〉に向かって投げ入れる。アルフォンスはつい『動作が可愛すぎる』と、違うことを考えてしまい結果を見そびれる。
「あら? 突き抜けてしまいましたわね。防壁として効果が出てないのでしょうか?」
アルフォンスは慌てて錬成陣を見ると、投げ込んだ欠片は錬成陣の中に転がっていた。ただ、逆に錬成陣の中に残っていることに違和感を感じる。
「リュミィ、ごめん。リュミィが投げ込む姿が可愛すぎて見惚れてきちんと見てなかったんだ。もう一度お願いしていいかな?」
リュミエールは頬に熱を持ちながら『またですの?』と照れを必死に隠そうとする。ついつい「ちゃんと欠片を見てくださいね」と、アルフォンスに声を掛け欠片を〈風の防壁〉に投げ込む。
乾燥果物の欠片は〈風の防壁〉を突き抜けて内部に入り、反対の壁にぶつかり弾かれて錬成陣の中に転がった。
「そういうことか、リュミィ分かったよ。この〈風の防壁〉は内側に防壁効果が出て外には効果が出てないんだ。って、〈防壁〉はそういうものではなかった気がするんだけど――」
「風魔法の〈防壁〉は双方向に対して防壁効果がありますわ。片方向だと今よりもっと使いやすくなるという愚痴は有名ですもの。それは画期的ではありますね」
「とりあえず、今は〈風の防壁〉は内側に防壁効果が出てるぽいというところで止めておこう。そこまで研究範囲に入れると良く分からなくなりそうだからね」
アルフォンスは防壁効果が内側だけであれば、ある程度は無茶ができそうな気がしたが、リュミエールに睨まれるからなと考えていた。
そこまで考え、『自分に〈防壁〉かけてやれば安全では?』と気がつく。
「ねぇ、リュミィ。思ったんだけど、自分に〈防壁〉かけてやれば安全だったような気がするんだけどどう思う?」
「周りに誰もいなければ安全ですわね」
「だよねー。うんうん、気がついてたよ? 錬成陣の動作確認で危なそうなときは〈防壁〉を掛けて、周りに人がいない場所でやればいいってことだよね?」
「掃除することも念頭に入れておいてくださいまし」
アルフォンスは「掃除かー」と、頭を掻きながらうんうんと頷いていた。
アルフォンスは、錬成台と敷布と乾燥果物を持ってガゼボから少し離れた場所に移動する。敷布の上に錬成台を置き、脇に乾燥果物を置いておく。
錬成台に〈防壁〉の錬成陣を構築し、先程考えた〈粉砕〉の簡素化した魔法陣を組み込んでいく。
「以前の〈粉砕〉を組み込んだものよりシンプルに感じますね。何か細工をしてるのですか?」
リュミエールが錬成陣を見ながらアルフォンスに質問を投げてくる。
「えっとね、土魔法〈粉砕〉の魔法陣は術者保護の陣式がかなり多く入ってたんだ。たぶん、魔法ができたときに事故が多かったんだろうなって思ってる」
アルフォンスは考えついた理由を話した。
「粉砕したいだけだったらそれほど陣式が複雑でなかったのがシンプルになった理由かな」
「なるほど?……つまり、〈粉砕〉は事故を防ぐために保護用の陣式が追加されて複雑化したということですね。そこが理解できる時点で少し感覚がズレてますが」
リュミエールは「ふむ」と頷き、思わずアルフォンスにツッコミを入れた。
準備が終わったので乾燥果物を錬成陣に並べていく。チラッと見たらリュミエールが摘み食いをしていた。量的には問題ないので気にせず作業を進め、リュミエールに少し離れるように伝える。
アルフォンスは周囲を確認して自身に風魔法で〈防壁〉を発動する。その状態で錬成陣に静かに魔力を流し込むと、錬成陣に淡い光が走り〈風の防壁〉が発動し錬成陣は待機状態に移行する。
『あれ? この待機状態は入れてないのに勝手に?』
少し混乱したがアルフォンスは「粉砕」と言葉にする。
錬成陣の〈風の防壁〉内に置いた乾燥果物がボロボロと形が崩れ粉のようになっていく。アルフォンスは錬成陣への魔力を止め〈防壁〉の風魔法も解除する。
「成功しましたの?」
「うん、なんかよく分からない部分はあったけど粉々にはなってるみたい」
リュミエールが覗き込み「あら」と声をあげる。辺りを見回し待機していた侍女に「テーブルのソーサーを持ってきて下さいな」と声を掛ける。受け取ったソーサーに粉末状になった乾燥果物を移しテーブルに歩いていく。
アルフォンスも片付けてテーブルに移動する。リュミエールは、ソーサーに積んだ粉末状態の乾燥果物をティースプーンで掬い口にしていた。
「これは、美味しいですわ。粉末状態になっても味に変化がなく、粉末の分だけ味がわかりやすくなってますの。きっと好む人は多いと思います。特に、妊婦さんにはかなり好評になりそうですわ」
リュミエールに強請られ、夕暮れになるまで粉末果物を錬成し続けた。
粉砕はあっという間に粉砕魔道具になり魔道具工房の忙しさに拍車が掛かった。




